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愚かな嫉妬

「ごめんなさい。私のせいなの。誰も責めないでやって」


 セシルがそう言うと、ローランドは微かに首を振ってから、深く頭を下げた。

 そして、そのまま何も言わずに退室していった。


 私はそれを黙って見送ってから、ベッドで眠るクララに視線を移した。


「王宮の結界を調べさせているわ。すぐに結果は出ると思うけれど……」

「分かった」


 クララのさらさらとした前髪を払った私を見て、セシルは私の側に立った。


「クララが無事でよかった。レイが戻ったら、褒美をあげなくちゃね」

「そうだな」


 北方の動きを察知したレイの働きがなければ、ローランドは殺されて、クララは人質となっていたかもしれない。

 強力な結界が張ってある王宮に、二人も転移魔法で送り込んでこれるのは、世界広しと言えども、レイを含めてほんの数人の魔術師だけだ。


 他には、たとえばシャザードのような。


「ローランドにもよ。レイが加勢するまで持ちこたえたのは、彼の力だわ」

「そうだな」


 ローランドは、それこそ捨て身で、盾になる覚悟だったんだろう。でなければ、クララは奪われていたはずだ。


「クララを王宮に入れたのは、私の間違いだったわ。本当にごめんなさい。こうなったら、すぐにローランドと結婚させるべきよ」

「それはダメだ!」


 思わずこぼれ出た本音に、私は自分の耳を疑った。


 だが、今、クララをローランドに委ねることは、どうしてもいやだった。


 セシルは駄々っ子をあやすような口調で言った。


「貴方の寵愛が彼女にないと、広く知らしめることが重要なのよ。分かるでしょう? 私たちの婚約式を急ぐのと同時に、クララを遠ざける必要があるの」

「分かっている。だが、すまない。今は……」


 セシルは、ふうっとため息をついた。そして微かに微笑んだ。


「残念ね。平和なときだったら、彼女を正妃にできたでしょうに。でも嫉妬するなんて、アレクらしくないわね。ローランドは、絶対に誤解したわよ」


 ローランドが、クララを私の愛妾だと思い込んでいるなら、それでいい。そう思ってわざと否定をしなかった。意図的に情報を操作したのは私だった。


 数時間前、ローランドとクララが、セシルの部屋へ飛び込んできた。レイが転移魔法で、二人を避難させてきたのだ。


 レイから連絡があったというセシルの知らせで、彼女の部屋に駆けつけてみると、ボロボロになったクララが寝かされていた。


 裸の足には、石のかけらで切ったような傷があり、四肢や頬には、かすり傷が無数にあった。

 だが、なによりも痛々しかったのは、その耳元にある内出血と、ボタンが引きちぎられた胸元だった。


 そのクララの側に佇むローランドは血だらけで、私はすぐに北方が、クララを狙ったことを理解した。

 二人がひどい目に合わされたことは、一目瞭然だった。


「私は無傷です。クララは逃げるときに、茨で切っただけで、敵兵には指一本触れられていません」


 ローランドはそう言って頭を垂れたが、とにかく医者に診せて、聖女に治療させることが必要だった。

 王室付きの典医と大聖女を呼びよせ、さらに固く箝口令を敷いた。


 クララを診察している間に、私とセシルはローランドから急いで事情を聞くことになった。


 そして、それはほぼ思った通りの筋書きだった。


「事情は把握した。その軍服の魔術師は、北方の軍師シャザードだな」

「これは偶然じゃないわね。レイはシャザードの侵入に気がついていた。だから魔力の痕跡を追っていたのよ」


 軍師シャザードは北方のブレインで、その狡猾さと残忍さは広く知られていた。


「でも、なぜクララのことを知っていたのかしら。内通者にしては、情報が早すぎる」

「王宮の結界に綻びがあるのかもしれない。セシル、至急、魔術師たちを集めて、検分してもらえないか」


 セシルが部屋を出ていった後、私とローランドはクララを見舞うことにした。


 すでにクララは王室専属医師が診察し、聖女によって怪我の手当がされていた。

 白い部屋着に着替えさせられて、眠っているクララの顔色は悪く、白い服よりも更に白かった。


 典医の診断書には、首元の痣は怪我ではないことが、大聖女の報告書には、彼女に敵が触れた痕跡がないことが記してあった。

 だが、着衣には胸元に乱れがあり、靴を履いていなかったことが追記してあった。


 私はそれをローランドに手渡して、ベッドのそばの椅子に腰掛けた。

 クララに付き添っていた看護師と侍女長はお辞儀をして退出していった。


「ローランド、この痣は、お前がつけたものか」

「はい」

「服を引きちぎったのもか」

「はい」


 私はなんとか平静を保つように努力した。だが、一昨日の夜の記憶がフラッシュバックして、決定的な事実を問う声が震えた。


「同意のもとでの行動か」


 そうだとしたら、クララはローランドを選んだということだ。それを責めたり悔やんだりする資格は、私にはない。私が望んだ結末なのだから。


 しかし、ローランドの答えは、予想を反するものだった。


「違います」


 この男が憎いと、殺してやりたいと思った。よくもクララにこんなことを。


 気がつくと、私はローランドの襟首を掴んでいた。


「無理強いしたのか!」


 怒りに我を忘れて、私はローランドを床へ突き倒した。そのまま剣を抜こうとしたが、すんでのところで理性がそれを止めた。


 とにかく落ち着こうと、私はローランドに背を向けた。


「申し訳ありません。ですが、誓ってそれ以上のことはしておりません。クララ様は潔白です。殿下のご側室として、なんの恥じるところもございません」


 何を言っている?クララは私のものではない。


 そうだ、私にローランドを責める権利はない。クララを捨てたのは私だ。

 こんなことになったのも、すべては私が彼女を愛してしまったせいだ。


 私はローランドのほうを向いた。ローランドの目には、熱い恋の炎のようなものが滾っていた。

 この男は、クララのためになら、なんでもするつもりだろう。命さえも投げ出して。


「クララがそう言ったのか?私の側室だと」

「いえ」

「なのに、そう信じたのか」


 ローランドは答えなかった。


 おそらく信じてはいないだろう。だが、それを受け入れることでクララを守れるという信念が、ローランドを突き動かしているようだった。


「お咎めは私一人に。クララ様はどうかそのままに。お願いいたします」


 ローランドは、クララをかばっている。


 彼女が愛妾でも側室でもないことは、彼女自身が、そして、誰よりも私が知っている。ローランドが咎められる言われはない。


 それでも、女性を力でねじ伏せるような真似は、見過ごすことはできない。それを愛とは言わせない。それは男の醜いエゴだ。


「学園のパーティーの晩、お前はクララを守ると宣言したな。これがお前の愛なのか?」

「どうか、私に罰を」


 ローランドは、ただクララのためにだけに、処罰を求めている。


 私は、この男にはどうしたって敵わない。私には、好きな女のために、命を賭ける自由すらない。どんなにクララを愛していても。


 せめて、潔く負けを認めることが、私の誇りとなる。私はそう決めた。


「この件については、北方が片付いてからにしよう。今は、お前の手腕が必要だ。着替えたら執務室に戻ってくれ」


 ローランドは一瞬、目を見張ったが、私が差し出した手を取り、立ち上がった。


「承知いたしました。寛大な措置に感謝いたします」


 私はローランドの手をグッと握った。そうだ、私には、クララには、この手が必要だ。


「レイの加勢があったとはいえ、シャザードに対峙して無傷とはたいしたものだ。クララをよく守ってくれた」

「恐れ入ります」


 それでも、せめて私が正式に婚約するまでは、クララに誰のものにもなってほしくない。もう少しだけ待ってほしい。


 愚かな独占欲だが、それぐらいは許されるだろう。ローランドはいずれ彼女を手に入れる。数日くらい待てるはずだ。


「だが、クララには近づかないでくれ。しばらくこちらで預かる」

「心得ております」


 いつから、セシルがいたか分からない。だが、ローランドが部屋を出ていくとき、彼女はこう言った。


「ごめんなさい。私のせいなの。誰も責めないでやって」


 あれは、ローランドを不当に責めた、私への戒めの言葉だったのかもしれない。


 とにかく、クララのことはセシルに一任することになった。

 セシルの書簡が出ている以上、クララが王宮に戻ったことが知れれば、自ずと側室としての扱いを受けることになってしまう。

 セシルはそれを危惧していて、その事態だけは回避するよう動くと言った。それでいい。


 執務室に戻るとき、カイルとすれ違った。私は目で「頼む」と合図をし、カイルはそれに黙礼で答えた。


 もし生まれ変われるのなら、今度は王族ではなく騎士になりたいと思った。愛する女を守るために。


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