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天界の主  作者: 月花
第2章天魔戦争編
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記憶

$10年前、ヘブン・エンター(まい)方面イリオス区担当総合部隊第9部隊(まい)中隊駐在基地一班業務室$


 そこに一人、堕落している天使が居た。その天使は昼間っから大酒を飲み、業務室のソファで寝ころんでいた。

 業務室の扉がコンコンとノックされ、その天使は「お~! 入っていいぞ」という。すると、扉が開き、バインダーを持った若い天使が業務室に入った。その若い天使は入るや否や直ぐに寝ころんでいる天使を叱った。


「大将! また昼からお酒を飲んで……。奥さんに叱られますよ?」

「いいんだよ。こんなにうめえ酒が飲めるっつうことは平和って意味だ。それにうちらみてぇな辺境の部隊が出撃することはあんまねえし。おまえもどうだ? うまいぞ。ここイリオスの地酒だ。もしかしたらもうはいらんかもしれねえし――あっ、そっかおまえまだ飲める年齢じゃなかったか。すまんすまん」


 寝ころんでいる天使は吃逆を交え、笑いながら言った。そんな上司を持ち、不安に思ったのか先ほど入ってきた若い天使は呆れ、ため息をつき、「そのお酒が美味しいのは分かりました。それより中隊長から定時報告を承りました。明日捌時零零分(まるはちまるまる)より、ヘブン・エンター中央区担当総合部隊第9部隊本中隊(ほんちゅうたい)との合同演習に伴う最終メンバーリストを提出しろとのご命令が」と言った。


「あ~分かったよ。ありがとさん。お礼におまえを出しとくから」


 若い天使は寝ころんでいる天使の話を聞かずに「分かりました」と返事だけし、業務室を後にした。――これが悪夢の始まりだとも知らずに。


$翌日、ヘブン・エンター(まい)方面イリオス区担当総合部隊第9部隊(まい)中隊駐在基地総業務室$


 朝っぱらから総業務室に呼び出され、何か怒られるのではないかという不安がある若い天使はもぞもぞしながら待っていた。周りを見渡したら、次期中隊長候補と名高い、イチハ・ロク少将や100戦無敗のノル・エバナチカ大佐等。(まい)中隊の猛者たちが居る。その中に何故何もない無力な自分が混じっているのか場違いにも程がある。そう若い天使は思った。

 暫くすると、業務室に黒色の羽織を纏った天使が中に入ってきた。ここに居る天使より遥かに魔力も高く、凛々しい。神々しさまで兼ね備えている。自分みたいな、何も出来ないただの無能とは違う。(いくさ)や演習できちんと結果を残した天使だ。若い天使は自分と比較しながら思った。第9部隊(まい)中隊中隊長リサ・フィオルンド大天使だ。フィオルンドは隊長椅子に座ると、今回の件を話し始めた。


「それでは、本日開催される本隊との合同演習についての概要を話す。本演習は本中隊と(まい)中隊、両隊の技術向上の為に行われる。形式は5対5の実戦形式で、場所はヘブン・エンター中央区担当総合部隊第9部隊本中隊隷下基地附属ニシル演習場。今回集まった5名は(まい)中隊の精鋭中の精鋭だ。(まい)中隊に恥をかかせないよう精一杯頑張ってくれ。今回の演習で大きな成果を残したら、昇任もありえる。私からの話は以上だ。では、全員軍営使民転移魔法陣ぐんえいしめんてんいまほうじんにて本部へ向かえ。交通費は全て経費で落とす。――多分落とせる筈だ。落とせなかった時は自腹で頼む。私はリハビリを兼ねて飛んでいく。それではまた現地で会おう」


 と、猛者達と若い天使に言い残し、フィオルンド大天使は羽を広げ、窓から羽をバタバタとさせながら、飛んでいった。

 さて、どうしよう? 猛者達と一緒に軍営使民転移魔法陣ぐんえいしめんてんいまほうじんを使うとか……怒られる気がするし、いっそのこと走っていくか? しかし、ニシルまではここから凡そ100km。そして開始時刻まで後2時間もない。そこから導き出せる答えは一つ。――歩きは不可能ということ。若い天使は怒られることを覚悟しながら、軍営使民転移魔法陣ぐんえいしめんてんいまほうじんがある軍営使民転移魔法陣ぐんえいしめんてんいまほうじんヘブン・エンター(まい)方面イリオス区担当総合部隊第9部隊(まい)中隊隷下基地前に猛者達と向かった。

 道中、ある一人の猛者が隊長に対して文句を垂れた。


「にしてもよぉ、ケチだよな隊長って。経費で落とすとか言っておきながら、ぜってぇ落とせねえのによ。今回の演習じゃあ中央区担当とかいうお偉いさんと殺り合うんだろ。なんでうちらみたいな辺境の田舎もんと? まっ、十中八九、ご機嫌取りだろうな。お偉いさんを勝たせて機嫌を取る。そしてゴマを擦りながら昇進させてもらうよう強請る。隊長の常套手段さ。ぜってぇ後で金は返して貰う」

「そんなこと言ったって、何も変わらないぞ? 上官の命令は絶対だ。例えばお前が今此処から抜け出すとする。そうすると、お前は命令違反として減給や懲戒免職の処分が下される。上に立ったらうちら部下のことなんざ理解できないさ。なあ、第3小隊の隊長シラ中将。そうだろう?」

「っち、おめぇはいいよな。魔法も剣技も上手くて、更に賢いときた。隊長にゴマを擦りながら着任以来ずーっと隊長のお墨付きだもんな。なあ、リンドルク君? まっ、おめぇは血を流すのに慣れてねえだろうから今日の対戦は(さぞ)、大変だろうな」


 と、シラ中将はリンドロクの事を憎んだ。現在の天界軍では、実力があり試験で受かれば、子供でも将官に成ることができる。しかし、実戦では長年の感。というものが重宝される。試験はマニュアルがあるので、その通りにやったら受かるが、実戦では予想もしなかったアクシデントが起こることもある。そういう時に長年の実戦で培った経験が活きてくる。リンドロクはまだ着任して日が浅い。況してや魔界軍との実戦経験もない。あるのは学生同士で行う演習での指揮経験のみ。しかも、今回は戦闘指揮ではなく実践で戦う。殴り合い、斬り合い、魔法が飛び交う。戦場と何ら変わりない場所だ。


「だから、なんだ? そんなのは関係ない。実力で潰すだけだ。この(まい)中隊が最強だと見せつけてやればいいだけの話だ。急ぐぞ遅れるからな」


 シラ中将の嫌味にイラつき、リンドロクは早歩きでシラ中将の事を置いていった。


「何も知らねぇくせに……あいつらの怖さを」


 シラ中将は小言を呟いた。それを見ていた若い天使は軍の闇を垣間見た。一般使民に公開されている軍の情報はほんの僅か。表の部分だけだ。そんな事も知らずに入隊した若い天使は怖気着いた――。


$本土、天界軍事基地本部附属軍事病院緊急治療室$


『心拍安定。血圧上昇。呼吸異常なし。もうじきかと……』


〈何処からか声が聞こえる……〉


『了解。それじゃあ、最終フェーズに移行して』


〈この声はアナ、なのか? 声が出ない……身動きも取れない〉


『それでは、例の薬を投与します』


〈なんだ? 薬とは――。意識がだ、段々薄れてい、く…………〉


$本土、天界軍事基地本部附属軍事病院緊急患者専用入院室$


 ルドルフは目を覚ました。


〈ここは病院なのか? 眩しい……一先ず状況を確認するか〉


 ルドルフは立ち上がろうとしたが、麻酔による効果で足に力が入らなかった。その為、仕方なく窓を見た。そこにあったのは灼熱の暑さの根源でもある日光と夏緑樹林の綺麗な葉。


〈奴と戦ったのは、春だった筈。俺はどれだけ寝ていたんだ?〉


 ルドルフら大天使長とドウラが戦ったのは5月頃。しかし、今は8月中旬。その間ルドルフは気を失っていたという事になる。


〈まぁ、何もできねぇから寝るか。――ちょっとまて、この部屋暑くないか?〉


 今日の気温は約37度。記録的猛暑である。一応、入院室には魔法で常に室内の気温を冷ましてはいるが、先の戦いで魔力庫の大半を使ってしまった為、冷やせる温度にも限界がある。なので、現在の室温は約30度。目覚めたばかりで体がまだ熱いルドルフにとっては野外相応の暑さだ。


〈寝るのは諦めて、状況を整理しよう。――春に俺は奴、ドウラとの戦いに勝った。勝ったんだよな? 一応、倒した手応えは感じた。だが、何時ものすーっと死体から魂が抜けていく感触はしなかった。そして何より、奴の体は火草(カゲノオタエ)によって再生不可能なレベルまで塵と化した。なのになんで、奴は直に再生すると言ったんだ? 俺は勝ったのちに魔力が尽きて意識を失った。その後、目覚めたらここに居て、夏になっていた……不自然なことが山ほどある。まずはここに居るであろうアナに情報を聞き出さねばならない。ナースコールで呼ぶか〉


 ルドルフはベッドの右後ろの壁に設置されている通信魔法 音知通信(コル・コノフ)を起動した。その瞬間、部屋全体にピーンという低い音が流れた。

 数分すると、血が付着している白衣を纏ったアナが慌てて息を切らしながら、引き戸を思いっきり開け、入院室に入ってきた。


「……る、ルドちゃん!」

この投稿日は、ルビエルの誕生日です。ありがとうございます。

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