全裸はさておき勇者の旅立ち
「むっ?」
なんとも言えない苛立ちを感じ、アニスは一人唸る。
「どしたの?」
そんなアニスの様子を訝しんだカミラは声をかける。
「ん~?なんかどっか遠くでイラっとするようなことが起きたような…」
要領を得ない返答にカミラは首を傾げる。
「なにそれ?まあいいけど、これから王様に会うんだからしっかりしてよ?」
そう、彼女たちが今歩いているのは、王城の中の謁見の間へと続く廊下だった。
「わかった」
アニスは首を左右に数回振ると、両手でぴしゃりと顔をたたく。
「よし!」
気を取り直したアニスは、謁見の間の扉へと手をかけた。
中に入ると、すでに玉座に座った王が待ち構えていた。アニスとカミラは、王の眼前まで進むと片膝をつき、首を垂れる。
「国王陛下。勇者アニス一行、御命令に従い参上しました」
王はアニスの言葉に頷く。
「昨日の今日でよく来てくれた。ところで…ライガンはいないようだが?」
王の言葉にアニスはギクりとし、身を強張らせる。
「あー、あれです。ちょっと昨日の件とかで己の力不足などを感じたようで、しばらく修行の旅に出るって言いだしまして」
カミラは横目でフリーズしたアニスを眺めてため息を漏らしつつ、あらかじめライガンと打ち合わせていた通りの言い訳口上を述べた。
「…そうか。しかし困ったことになったな…」
カミラの言葉を聞いた王の表情が曇る。
「あの…ライガンが何か?」
ライガンがパーティから離脱させてしまったことは相当なやらかしなのだろうかと思ったアニスが恐る恐る王に尋ねる。
「いや、ライガンが…というより、これから頼みたいことがあったのにそなたたちのパーティの戦力が落ちているということが心配なのだ」
王の言葉を聞き、アニスとカミラは顔を見合わせる。
「あの…なにかあったのでしょうか?」
アニスが尋ねると、王はため息をもらす。
「まあ、仕方あるまい。兎にも角にも事情を説明せねばな。そのためにはまず、そなたたちには会ってもらいたい人物がいる」
「会ってもらいたい人?」
アニスが再び首を傾げるのを他所に、王は謁見の間の扉のすぐ傍で待機している近衛兵に目配せをする。近衛兵は頭を下げると、謁見の間の扉に手をかけ、そして開く。
「あ、あなたは…!?」
「およ?」
開かれた扉から現れた人物を見てアニスとカミラは驚きの声を上げた。
扉から現れたのは、昨日戦った魔族だった。
「え…どうしてこいつがこんなところに!?」
動揺していたアニスは、背負っている剣の柄に手をかけ、立ち上がる。
「まったく血の気のおおいお嬢さんだ」
魔族はそういって両手を広げる。戦う意思はないというジェスチャーだろうか。
「なにを…!」
「待てっ!!」
魔族の言葉にいきり立ちかけるアニスを王は一喝する。驚いたアニスは思わず剣から手を放した。
「陛下…!?」
「安心しろ。彼には戦うつもりなどない」
「…はい…」
釈然としない様子ではあるが、アニスは再度膝をつく。直後、カミラが疑問の声を上げる。
「しかし陛下。彼がいたダンジョンには大量に魔物が出現し、周辺地域を脅かしていました。それなのに彼には我々に対し害意がないと何故ご信用を?」
カミラの言葉に魔族はきまりが悪そうに答える。
「あー、あれね…。あれ、俺が作ったり呼び出したりしたんじゃなくてさ…ずっとダンジョン内部が誰にも手入れされず魔力が澱んじゃってたんだよね。しかもそこで俺の封印が緩んじゃったもんだからさ…。漏れ出た俺の魔力が吹き込んで一気に暴走しちゃってさ…大量にアンデット系の魔物とかが湧いちゃったみたいで」
魔族の返答に思わず二人は唖然とする。
「そんな汚部屋で生ごみ袋空けたら虫が湧いちゃったみたいな!?」
アニスが思わずツッコむ。
「だって実際そうなんだもん…」
「ちゃんと掃除くらいしときなさいよ。私たちは別にハウスクリーニング業者じゃないのよ?」
カミラも呆れ顔で追撃する。
「お前ら掃除どころか人の家丸ごと吹っ飛ばしてるんだが…」
「掃除の意味が違ったやつかしらねー。しかしあんたの封印…なんで解けたの?」
魔族のツッコミにカミラはすっとぼけつつも疑問を口にする。
「それだよ、カミラ」
漫才じみたやり取りで話から取り残されていた国王が再び話に参加する。
「彼、ヴォーゲルはかつての神話大戦の記録に名前が残っているほどの猛者だ」
「え、あなたそんな名前だったの?」
アニスはそういってまじまじとヴォーゲルを見る。
「ここまで名前いう機会がなかったっていうのもなんだかなあ…」
ヴォーゲルがため息をもらす横で、国王がわざとらしく咳ばらいをする。これ以上の脱線は困る…ということなのだろう。
「記録によると彼は神魔大戦の末期に封印され、安易にそこに人が踏み入らぬようにダンジョンが作られたのだが…彼の封印には”神器”が用いられている」
神器という言葉にアニスとカミラの顔色が変わる。
「神器って…!秩序と調和の神が創り、人間に授けた武具…ですよね?」
アニスの問にヴォーゲルが頷く。
「ああ、ありゃとんでもない代物だったよ。しかもそれを4本も使ってたんだぞ!?おかげで封印が強固すぎて全然破れる気がしなかったわ」
「4本!?」
ヴォーゲルが事も無げに話した内容に、アニスが思わず素っ頓狂な声を上げる。過去にアニスが学んだ限りでは、神器は、秩序と調和の神の神気を纏っており、一本でも一度振るえば山が吹き飛び、海が割れるような代物だったという。それを4本も使って封印しようと判断されるとは、一体どれほどの実力なのだろうか。アニスは目の前の魔族を改めてまじまじと見つめてしまった。
「しかしだ、それだけ強固だった封印がなんの前触れもなく唐突に緩んだ…」
「なるほど。そこには何かしらの異変が起きているのかもしれない、それを調べてきてほしい…と思っていたわけですね?」
カミラが王の意図を察する。
「その通りだ。しかし、神器が絡んでいるとすると生半可な実力の者を調査に送り出すのは危険だと判断してな…。そこでそなた達に頼もうかと思ったのだが…」
国王もライガンが全裸なのには最初の頃は面食らっていたが、今ではそれにも慣れ、実力も良く知っている。このような事態では彼が居てくれた方が心強いのだが…。
(まさか彼が離脱していたとは…)
王は軽くため息をもらす。そんな王の内面を察したアニスは立ち上がる。そして意を決した表情で王に啖呵を切る。
「行きます。ライガンが離脱して、パーティの戦力は低下しているのま間違いありませんが、有事の可能性があるならば見過ごすことは出来ません」
「………」
王はアニスの言葉にしばらく考え込む。しかし、
「分かった。そなた達に任せよう」
「…ありがとうございます」
アニスは意を決した表情で礼をする。
「では、至急準備に取り掛かりたいと思います」
そういって立ち上がったアニスにヴォーゲルが声をかける。
「それだったら、俺もご一緒させてもらおうかな」
「え…?」
ヴォーゲルからの思わぬ提案にアニスは目を丸くする。
「どういうつもり?」
ヴォーゲルの意図を図りかねるカミラが質問を投げかける。
「いやー、ぶっちゃけた話、することなくてな」
「そんないい加減な理由?」
カミラが呆れた顔をする。
「っていうか、それ陛下が許すの!?あなた仮にも神話に乗るレベルの魔族なのよね!?」
アニスはヴォーゲルに食って掛かる。
「え、いいけど」
しかし、アニスの言い分に対する王の返答は実にあっさりしたものだった。
「ええええええ!?」
そんな淡白な了承にアニスは絶叫する。
「だってまあ、昨日だってその気になったらこっちの拘束から抜け出して、逃げるなり暴れるなりもできたのに全然しないし。何もないなら魔族領の適当な国まで送り届けようって話してたくらいだし」
王の話を聞いたアニスはまじまじとヴォーゲルの顔を見る。その目線には明らかに『なんで?』という質問の意図が込められている。それを受けてヴォーゲルはため息を漏らした。
「まあ、大戦も終わったんだ。別に俺は自分達の種族やその誇りのために戦ったんであって人間に恨みがあったわけじゃない。だったら人間と戦う理由なんてないわけよ。それに忠義立てする国もとっくの昔に滅んだっていうんじゃないか」
「ふーん…」
ヴォーゲルの感情を理解しきれないアニスは釈然としないものを感じる。しかし、国王からも許可が出た上に、本人がその気になっているというのなら断りづらい。
「それにほら、俺は自分を封印してたものだけあって神器の気配は良く知っている。様子を見に行くにもどういった代物なのかお前らも知らないだろうから、役に立つぜ?」
はるか昔の神魔大戦については、伝承などはいくつか残っているが、資料の劣化や災害等による書庫の破損に伴う資料の損失などにより、重要な伝承のいくつかは失われてしまっている。そのため、ヴォーゲルを封印していた神器がどのようなものか、見た目すらも把握していない現状がある。それを踏まえると、確かにヴォーゲルに同行してもらえるということはメリットが大きいだろう。
「…まあ、そういうことならお願いするよ。よろしくね」
腹を括ったアニスはヴォーゲルに会釈する。
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
ヴォーゲルも会釈で応じた。