全裸と寒さと超振動
一方その頃、ライガンはスヴェンにパーティ離脱の顛末を話していた。
「……と、いうことがあったわけなのだが……」
説明をし終わったライガンがスヴェンの顔を見ると、スヴェンは奥歯に物が挟まって、その上喉に魚の小骨が刺さったようななんとも言えない表情をしていた。
「……?どうした、スヴェン」
スヴェンの感情が読めないライガンが問を投げかける。
「いや、なんていうか……パーティに常に全裸の人間がいる苦悩の想像がつかない…」
「だろうな」
「いや、冷静にいってるけどお前のせいだからな?」
「申し訳ないとは思っている」
スヴェンは深い溜め息を漏らす。
「あー、まあいいや、事情は分かった。つまりお前は勇者の嬢ちゃんと距離を取るために移動したかった、そしたら早朝に遠出する隊商の護衛の依頼に俺がいることを発見したから、これ幸いと相乗りをし、馬車に乗ったまま楽に移動をしようとした…ということか」
「そういうことだ」
ライガンが腕を組みうんうんと頷く。
「はぁー、しかしいくら腕利きの冒険者とはいえ、お前さんみたいなのを年頃の娘と一緒に冒険させようとしたらそりゃ問題も起きるわなあ。冒険者ギルドも教会も国も何を考えてたんだろうな」
「……それについては後で聞いたんだが、やはり各組織でも相当揉めたらしい」
「そうなのか?」
驚いたスヴェンがライガンの顔を見る。
「ああ。『常時全裸など誤差だ』とか『いくらなんでも年頃の娘のパーティメンバーに加えるのはやはりまずいのではないか』とか、さんざん議論になったらしい」
「…俺、すっかりお前が常時全裸でいることになれてて違和感を感じなくなってたけど、やっぱり部外者から見たらおかしかったんだな……」
「ああ。やはり慣れとは恐ろしいものだな…。俺は知らず知らずのうちに皆の厚意に甘えていたのだな…」
本人は深刻に悩んでいるが、ことが全裸なだけにどうにもしまらない…と一瞬思ったスヴェンだったが面倒くさくなり余計な言葉は心の内に留めることにした。
「しかしお前、これからどうするんだ?この隊商は王国西方へと向かってるけど、そこで適当な拠点を見つけてそこで活動していくつもりか?王都と違ってお前の事情知らない人が大半だから、下手な活動してるとすぐに逮捕されるんじゃないか?そしたら噂になって勇者の子達もすぐにお前の居場所把握されそうだが…」
「いや、この依頼が完了したらそこから北へ向かおうと思っている」
「北?」
「ああ」
ライガンは頷く。王国の北西にあるのは山岳地帯だ。標高が高く、冬には雪に閉ざされる過酷な地域である。
「あんなところへいってどうするんだ?」
スヴェンは首を傾げる。
「北西は人間以外にも獣人族が住んでいるが、彼らは全裸に対する羞恥心が薄いんだそうだ。そこならば、私のようなものが活動していても違和感がないのではないかと思ってな」
「なるほど……?」
ライガンなりに考えがあることを理解しつつも、それで良いのだろうかと疑問が消えないスヴェンは腕を組む。さらにその時、スヴェンの脳裏に疑問がよぎった。
「というかさ、北方って寒いよな。今の時期はたしか雪が降ってたはずだけど…お前大丈夫なのか?」
スヴェンの問いかけにライガンは静かに、ゆっくりと首を縦に振る。その振る舞いにはうちに秘めた静かな自信が溢れ出している。
「ああ…今までの依頼や探索で氷結魔法を使う相手とも何度も相対してるからな。寒さを克服する方法も編み出している」
「え、何だその自信…。どうやるんだ、それ…?」
ライガンから放たれる圧に、スヴェンは一瞬たじろぐ。と、同時にライガンの言う寒さを克服する方法というものに興味が沸き起こる。好奇心に負けたスヴェンは疑問を口にする。
「人間、寒いときに体を震わせるだろう?ある時、あれをやることで体温が上がるということに気が付いてな。だから氷結系の攻撃を使われたり、寒さが厳しい時などは高速で全身を震わせるようにしているんだ、このようにな」
得意げにそういいながら、ライガンはさながら電動マッサージ機のように高速に振動をし始める。それを見たスヴェンは目を見開き絶句する。
(な、なんだこれ…?)
しかし、スヴェンが我を失っていられたのもほんのつかの間のことであった。ライガンの放つ振動が馬車に伝わってしまい、馬車も高速で振動し始める。そして、その振動の強さと速度に馬車の車体が悲鳴を上げ始めたのだ。
「わーっ!バカバカバカ!ストップストップ!!このままじゃ馬車が壊れる!!」
「む、すまない。振動数をこれからさらに上昇させるつもりだったのだが…」
スヴェンの必死の制止を受け、ライガンは申し訳なさそうに、かつ残念そうに振動をやめる。
「お前…本当に人間か…?」
慌てて大声を張り上げたせいか、スヴェンは肩で息をしながらライガンの方を見る。
「ああ。お前も知っての通りだ」
「いや、今の俺の認識と自信がすごい勢いで揺らいでいるんだが…」
事も無げにいうライガンを、スヴェンは遠くを見るような目で眺めた。
「しかしお前…もしかしてこういう対策を色々と考えて、実践してきたのか…」
「ああ。なんせこの職業は装備可能な装備品も、スキルもないからな。だからこうやって自力でどうにかするしかないのさ」
この世界では、特定の職業に就いた状態で戦闘で経験値を貯め、レベルアップすることによって、戦闘やダンジョンの探索に役立つスキルが習得出来るようになっている。しかし、ライガンが今までレベルを上げた範囲では、すっぽんぽんにはそういったスキル類が今のところ一切存在していない。
「本当に難儀な職業だな…」
スヴェンはため息を漏らす。
「まあな。この職業になりたての頃は、氷結系の属性攻撃を受けるのは特に辛くてな…。なんとか属性耐性を持った装備を身につけることはで出来ないかと必死で挑戦したものだ」
しみじみと本人の口から語られるライガンの過去に、スヴェンは軽く驚く。
「へー、お前さんがそんなことしてたとは意外だな。てっきりそこらへんは割り切ってたのかと思ったぜ」
スヴェンの言葉にライガンは苦笑しながら頷く。
「私だって辛かったら、藁にも縋る思いでそういった行動もとるさ」
「でも装備できなかったと」
「ああ」
スヴェンの言葉にライガンは頷く。
「無理やりにでも装備しようとすると、その装備品が消えてしまってなあ」
「…………」
「え?」
ライガンの回答にスヴェンが再び目を丸くする。
「え、お前…装備品を装備しようとすると…装備品…消えるの…?」
「ああ」
「………」
スヴェンは無言で自身のすぐ横にある道具袋から、木製の盾を取り出す。先日、ダンジョン内で拾ったが使わないので防具やに下取りに出そうとしていたものだ。
「ちょっとこれ、装備してもらっていいか…?」
スヴェンがライガンに、その盾を差し出す。
「?ああ、かまわないが…いいのか?」
ライガンの首を傾げながらの問いかけにスヴェンは無言で頷く。ライガンはそれを確認すると、盾を受け取り手に持った。
「!?」
直後、装備品が光の粒子のようになり、霧散してしまう。それを見たスヴェンは、またも目を見開き、ライガンの顔を凝視する。
「ほら、消えてしまったではないか…」
スヴェンの視線を装備品を消失させてしまって損害を与えたからだと解釈したライガンは、ばつが悪そうにスヴェンを見る。
「いやいやいや、どうなってるんだこれ!?」
「どうなってるも何も見ての通り消えたのだが…いつもこうなのだ」
ライガンは悲しそうな顔をしながら、己の手を見た。
一般的には、職業の制約上装備することが出来ない場合は装備品を身に着けようとすると自身の身体から弾き飛ばされてしまうようになっている。だが、ライガンの職業の装備品を排除する力というのは、それをはるかに上回るということなのだろうか。
「なんつう職業なんだ…。しかしまあ、お前もそんなに大変なのによく転職しないな。なんか今の職業からだとどんな職業にも転職可能なんだろう?」
「そう聞いている…が、転職はまだするわけにはいかないと思っている」
「なんでだ?」
スヴェンの問いに、ライガンは神妙な顔をして答える。
「いつ来るか分からない脅威に備えるためだ」
「どういうことだ?」
ライガンの返答にいまいちピンとこないスヴェンは首を傾げる。
「かつての神魔大戦で出現した魔王以外にも強力な力を持った魔族が現れる可能性がある…と、いう話はお前も聞いたことがあるだろう?」
「ああ」
古代遺跡ダンジョンに残された壁画や魔族の歴史書が示す強大な邪神、また預言者の残した言葉などいつか起きるであろう終末戦争を予見させるものは枚挙に暇がない。
「そういった脅威が現れた時に上級職に転職して立ち向かおうと考えていてな…そのために可能な限り今の職業でレベルを上げておこうと思っていてな」
「なるほど…。たしかに、転職をするとステータスの数値が半分になった上に、レベルが1になっちゃうからな」
もちろん、レベル1になったら、そこからある水準までは高速にレベルを上げること、そしてそれに伴って有益なスキル類を獲得することは可能だ。だが、転職直後にステータスが低ければ、未知の脅威に立ち向かうことすらままならなくなる可能性がある。ライガンはそれを恐れているのだ。
「しかしまあ…そんな来るかどうかも分からない未来の危機に備えて、自分が立ち向かうつもりでよくもまあ頑張るもんだな」
スヴェンは感心半分、呆れ半分といった顔をしてライガンを見る。
「それが俺の務めだと思っているからな」
スヴェンの視線に込められた意図を察することなく、ライガンはうなずく。
「それってお前の実家の…」
「……」
スヴェンが何かを言いかけたその時、ライガンが人差し指を自身の口の前にそっと当てる。スヴェンはすぐさまライガンの意図を察し、剣を手にして立ち上がる。
(賊が狙ってきたか…)
敵の襲撃に備えたスヴェンを見てライガンは頷く。そして、街道の横手にある森のほうを指さした。それを受けたスヴェンはライガンに耳打ちする。
「俺は隊商のリーダーにこのことを伝える。そしたらすぐに出よう」
ライガンは静かに、再度うなずいた。