馬車に揺られて行く全裸
冒険者酒場が破壊された翌日の朝、平原の中に伸びている街道を複数の馬車が緩やかに進んでいた。どの馬車も馬に引かれながら不規則に揺れている。その内のとある一台の中で、一人の青年が座ったまま眠っていた。彼の名はスヴェン、王都を中心に活動している冒険者だった。
「ん…」
馬車の揺れがきっかけとなり、スヴェンの目が覚める。彼はぼやけた意識のまま、ゆっくりと目を開ける。そして、彼の視界に最初に入り込んだのは…全裸の男だった。
「うわあ…」
あまりにもひどい目覚めにスヴェンは思わず嘆息する。しかし、スヴェンのそんなリアクションを意に介さず、全裸の男は声をかけてきた。
「起きたか、スヴェン。気分はどうだ?」
「ライガン…お前のおかげで複雑な目覚めだよ…」
スヴェンはそう言って後頭部をボリボリと掻く。
「すまない」
ライガンはスヴェンに謝罪の意を込めて頭を下げる。そんなライガンを見てスヴェンは苦笑する。
(まったく…ホント真面目なやつだな…)
スヴェンとライガンは王都で活動している頃から互いに面識があった。それどころか、過去にはスヴェンが臨時の助っ人として、ライガンとカミラのパーティに参加してくれたこともある、気心のしれた仲である。先程の発言も、スヴェンからすれば気心がしれた友人に対する軽い冗談のつもりだったのだが、生真面目なライガンはどうにもそうは受け取ってくれなかったらしい。
「まあ、なんだ…困ったときはお互い様さ」
スヴェンは苦笑しつつ、手をひらひらさせる。
「しかしライガン、急に俺の依頼に相乗りさせてくれって何があったんだ?それにカミラや勇者の子もいないみたいだけど…」
スヴェンは改めてライガンをみながら問う。昨夜、突如現れたライガンが、自身が受けた隊商の護衛という依頼に同行させてほしいと言い出したときはスヴェンも流石に驚いた。しかし、出立までの時間も無かったし、個人的にライガンのことは信用していたので、彼は何も言わずに同行を許可したのだった。
「パーティを抜けたからな」
「へー、パーティを抜けたのか」
あまりにも自然かつあっさりとライガンが言ったため、特に気に留めることもなくスヴェンはライガンの言葉を復唱する。
「……」
しかし、そこで自身が口に出してみてことの重大さに気づく。
「パーティを抜けたぁ!?え、お前…勇者のパーティを!?」
「ああ、抜けた」
事も無げに答えるライガンの態度は平常運転だ。
「いや、なんだってそんなまた急に…」
「うむ、実はかくかくしかじか…」
ライガンはスヴェンに事の顛末を説明し始めた。
「ん…」
ライガンがスヴェンに説明を始めたその頃、アニスも目を覚ましていた。
「…………」
ベッドの中から天井を見上げる。それは王都に滞在するときによく利用している冒険者向けの宿の見慣れた天井だった。しかし、見慣れた天井を見上げているのに、違和感を感じる。
(……アレ……?あたし…昨夜はどうやってこの部屋まで戻って来たっけ…?)
昨夜、何かがあった気がする。それを思い出そうとアニスは記憶の糸を必死に手繰り寄せる。
(えーと、昨夜は国からの司令でダンジョンを調査して…壊して…怒られて…それから冒険者酒場に来て…)
アニスは眉間に皺を寄せながら、その後の出来事を必死で思い返す。
『もーう我慢できない!!あんたなんてうちのパーティクビよ!クビ!!』
そして、昨夜自身が衝動に任せて放った一言を鮮明に思い出す。
(私……あんなひどいことを……!)
アニスは布団をはねのけてベッドから飛び出ると、ドアを開けて部屋の外へと駆け出した。
一方その頃、下の階の宿屋の食堂でカミラは朝食を取っていた。
(さて…これからどうしたものかしらね…)
千切ったパンを口に運びながらカミラは思案する。昨夜は安請け合いしてしまったが、ライガンはパーティのメイン攻撃手であり、同時に敵の攻撃を引き受ける壁要員でもあった。そして、そんな彼が抜けてしまうのは死活問題だ。未熟とは言え、アニスは勇者としてそんじょそこらの冒険者とは比較にならない実力を有している。しかし、国や教会から課される司令の難易度を考えると、そこそこ腕の立つ冒険者を一人くらいはパーティに引き入れたいところである。じゃあ、そのあと一人は誰か…どうやってパーティに引き入れたものか…ということを考えはじめたところで、凄まじい物音を立てながらアニスが食堂へと飛び込んできた。
「ちょっとアニス、どうしたのよ?」
髪はボサボサ、服は自分が昨夜着替えさせた寝間着姿のままで食堂に駆け込んできたアニスの姿を見て、カミラは呆れる。しかし、アニスはカミラのそのような態度を気にもとめず、カミラの元へと駆け寄ると凄まじい勢いで質問をする。
「カミラ、ライガンはどこ!?」
「え?」
アニスからの質問に不意をつかれ、カミラは一瞬返答に窮する。それからなんとか気持ちを立て直しなにか言おうとする。しかし、それよりも早くアニスはカミラの一瞬の沈黙から全てを察した。
「やっぱり…いないんだ…。私が昨夜あんなひどいこと言っちゃったせいで…」
それを聞いてカミラは絶句する。
(この娘、昨夜の記憶しっかり残ってる上に、それが原因だと思っちゃってるー!?)
ライガンがパーティから離脱したのはアニスの今後を考えてのことだ。そして、その理由についてもアニスが気に留めないように配慮するつもりであった。しかし、このままではそれがご破産になってしまう。
「教えて、カミラ!ライガンはどこに行ったの!?私…ちゃんと謝ってライガンを連れ戻さないと…!」
アニスは必死にカミラに問う。
(えー…これ、どうしよう…)
カミラはそもそもライガンがどこへ行こうとしているのか聞かないまま別れたので、彼がどこへ行こうとしたかなどはしらない。しかし、この剣幕のアニスにそれを言ったところで、彼女が納得してすぐさま気持ちを切り替えるなどということも考えられない。
(まったく…面倒なことになったわね…)
カミラは内心でライガンを恨む。しかし、どれだけ恨んだところでこの場に居ない人間にこの事態をどうこうすることは出来ない。
直後、食堂近くの出入り口が勢い良く開き、一人の兵士が宿屋に駆け込んできた。彼は、中に入ると宿屋の店主に話しかける。
「すまない、この宿に勇者アニス殿とそのパーティメンバーが滞在していると聞いた!現在、国王陛下からの火急の用件があるのだが、アニス殿に取り次いでもらえるか?」
それを聞いたアニスとカミラは顔を見合わせて、今度は今しがた駆け込んできた兵士の方を見る。そう、事態を動かすのはあくまでその場にいる人間である。