全裸対魔族
「でやあーー!」
薄暗い地下牢のような迷宮の一角で、アニスは裂帛の気合と共に上段に構えた剣を目の前にいる骨の魔物・スケルトンへと向かって振り下ろす。鋭い剣撃を受けたスケルトンは構えていた盾ごとぱっくりと両断され、そしてその後、煙のように霧散した。それを確認したアニスは剣を背負っている鞘に収める。
「ふう…」
そして安堵の息を吐いた。
「どうやら、あらかた片付いたようだな」
彼女の背後でライガンが周囲を見回しながら言う。
「ええ、そうね。それにここがダンジョンの最奥部なようだけど、他のフロアも含めて魔物は殆ど私達が倒してきたみたいよ」
カミラがそう言いながらダンジョンのマッピング魔術と魔物の探知魔術を発動させる。カミラが発動させた魔術により、ダンジョンのマップが、そして魔物の位置を表す点、そしてライガン達の現在地を表す点が空中に描かれる。
マップ上には魔物の位置を表す点は殆ど残っていない。少なくともダンジョン内を徘徊している集団の魔物は全て倒してきたようだ。アニスはそれを凝視しながら話始める。
「今回の国からの司令は『王都付近のダンジョンから突如大量に出現するようになった魔物の駆除と、その原因の究明』だよね。んじゃあ、魔物はあらかた片付けたし、後は残りは原因の究明なんだけども…」
「そりゃまあ、これなんじゃない?」
そう言ってカミラがマップの一角を指差す。そこは、ライガン達がいるフロアのすぐ隣にあるフロアだった。そして、そこにあるのは直径の大きな点…というかもはやただの円だった。
「カミラのこの魔術って、魔物の強さは点の大きさで表しているんだよね?…ってことはこの大きさのやつは…」
「うん、まあそういうことね」
要するに残った魔物が他の奴らとは強さの桁が違うこのダンジョンの主ともいうべき存在だということだ。
そのことを察したアニスの言葉にカミラがうなずいた直後、隣のフロアから足音が響いてきた。それを聞いた三人は音の発生源へと向かって視線を向ける。薄暗いダンジョンの中でよく響くその音が、徐々に三人に近づいてくる。
「ほう、ここまで来る奴らが人間にもいたか…」
そう言って姿を表した足音の主は人…いや、よく見ると違う。その者の髪は白く、肌の色は青く、そして頭部に角が生えている…人型の魔族だ。
(…人型の魔族…しかもかなり高位の…!!)
体内で荒れ狂う魔力、そして全身から放たれる圧…魔族の凄まじい力量を感じ取り、アニスの顔に緊張が走る。だが、アニスとは対象的にライガンとカミラの二人の態度にはどこか余裕がある。
魔族はアニスの方をじっと見つめた後、笑みを零す。
「ほう…この力…貴様ら『勇者』とその仲間か…。どうやら力自体は未熟なようだが、私の力量を感じ取って即座に臨戦態勢に入ったか…。封印から解き放たれてそうそう、貴様らのような奴らが現れるとは面白い」
そう言って魔族が次に見た相手はライガンだ。そして、魔族はライガンの股間を凝視する。そこには、股間の一物を隠すかのように白い光が浮かんでいた。。
「……ところでお前は一体何なんだ?なんで全裸なんだ?」
魔族の言葉にライガンは首を傾げる。
「何故って…仕事だからだが」
事も無げに言うライガンに魔族は呆れる。
「いや仕事で脱ぐって……そんな奴がどうしてこんなところまでわざわざ来るわけないだろう」
(ああ、こいつライガンのことをストリッパーかなにかと勘違いしてるわ…)
魔族の言葉を聞き、カミラは内心で一人納得する。
「…何を言っているのかわからんが、俺は職業がすっぽんぽんの冒険者だ。そして、この職業では一切の装備品を身につけることが出来なくなるのだ」
ライガンの説明を聞いた魔族は目を丸くする。
「…いや、職業ってあれだよな…人間達が神から与えられたやつだよな…?それで全裸にならないといけないって…お前達の神、頭大丈夫?俺が封印された人間との戦争の時も、そんなイカれた職業なんて見たこと無いぞ…」
魔族はそう言って神官の服を来ているカミラの方を見る。
(ちょっと否定できないわ…)
そう思いはしたが、カミラは口に出さずに魔族から目線を逸した。
(こいつ、人間との戦争とか言っているし、封印されてたって言ってたわよね…。実力も高そうだし…こいつもしかして、古代の戦争を戦った高位魔族ってこと?)
カミラが更にそんなことを考えている一方で、ライガンは魔族を嗜める。
「なに、神は私のようなもののためにちゃんと配慮をしてくれている。装備を一切身につけることが出来なくなる代わりに、神から職業限定スキルが付与される。それがこの局部を隠すための『秩序の光』だ」
そしてライガンは股間を胸のように張る。
「…なにそれ…」
男に自慢気に股間を見せつけられた魔族は、思わずゲンナリとした表情をする。
しかし、そんな二人の会話を聞いていたアニスが首を傾げて無邪気な疑問という新たな爆弾を投下する。
「え?男の人ってライガンみたいに股間にみんな光がついているわけじゃないの?」
(何を言い出すのこの娘は…)
カミラはため息を漏らし、ライガンと魔族は真顔になった。
母親の腹の中にいるときから勇者としての天啓が与えられたアニスは、幼少期から教会の庇護のもと厳格に育てられたため、性教育の類を受けたことが無かった。また、王国の騎士だった父は生前に死別しており、さらに教会や国の教育係は、教会や国もアニスに配慮したからなのか学問・武道・生活全て女性が担当をしたため、男性との接点を殆ど持たないまま一七歳になってしまっていた。そんな彼女が人生で初めて行動を共にするようになった男性がライガンだったのは不幸だったとしか言いようがない。彼女の中には間違った男性像が順調に構築されていたのであった。
そういったアニスの言動を聞いたら勘違いを正してやらねばなるまいと考え、真正面から突撃してしまうのがライガンという男であった。
「いいか、アニス、よく聞いてくれ。私も含めて世の中の男というものは股間には女性とは異なるちんち…ぶばっ!?」
そこまで言いかけた時点でカミラがライガンの顔面に爆炎魔法をぶっかける。
「何をするんだ、カミラ」
髪がアフロになり、煤けたもののほとんどダメージを受けていないライガンが抗議の目線をカミラに送る。そんなライガンに近づき、カミラは耳打ちする。
「いや、あんたが何しようとしてんのよ。こんなところでアンタ、あんな純粋天然美少女にちんちんの説明する気?説明の仕方間違ったらあの子、どういう暴走するか分かったもんじゃないわよ!?」
カミラに言われてライガンは腕を組み、首を傾げる。
「むう…そうなのか?」
「そうなの!!」
「むう…」
カミラの凄まじい圧力にライガンが押される。
「分かったらあんたはこのやばい空気有耶無耶にするために、あの魔族とバトったりでもしなさい」
「なんか強引だな…」
ライガンは釈然としないまま魔族の方を見る。
すると、
「ふふふー茶番は済んだか、人間よー。勇者の小娘の実力の程はしれているから興味は無いがー全裸で私がいる階層まで戦い抜いた人間の実力、興味が湧いたー。相手をしてもらおうかー嫌とは言わさんぞー?」
棒読み感丸出しな声色でそんなことを言いつつ、魔族はどこからともなく巨大な鎌を呼び出し、その手に掴み、構える。
(空気読んでくれる魔族ねえ…)
カミラは口に出さずに感心する。
「私も、かつての大戦を戦った魔族の実力…興味がある。己の腕…試させてもらおう!!」
魔族側のそんな配慮の言葉を額面通りにそう言ってライガンも構えを取る。
構えを取り、対峙をする二人の間で緊張が高まる。それを感じ取ったアニスは、先程までの自分の疑問も忘れて思わず唾を飲み込んだ。
「対峙しただけでわかる。…あんた、かなり出来るようだな。これは久しぶりに…滾って来た」
久しぶりの強敵にライガンは獰猛な笑みを浮かべる。これから始まる戦いに興奮がお抑えきれず、血液が沸騰し、全身を駆け巡る。手、脚、腕、頭、上半身、下半身…そして下半身にある大事な部分。血液が巡れば、当然ナニはウェイクアップザ・ヒーローするわけで愛に勇気を与えるどころではない大変なことになる。
そして、その異変に一番はじめに気づいてしまったのはアニスだった。王都でも比類なき実力を持つ冒険者であるライガン、そして神話の時代の戦いを生き延びた魔族、この凄まじい実力をもった二人の戦いをアニスは戦いに身を置くものとして、一瞬たりとも見逃してはならないと感じていた。アニスは全神経を集中し、二人を凝視する。しかし、それが不幸だった。集中をして二人の一挙一投足を見ようとしてたが故に、アニスはその変化に気づいてしまったのだ。気づいてしまった、アニスは視線はそのままに、横にいるカミラ質問をする。
「ねえ、カミラ…ライガンの股間の光…ちょっとずつ大きくなっていってるんだけどどうして?」
(ナニをおっ勃ててんのよあのアホは…!!)
カミラはため息を漏らした。
「……」
しかし、どう答えたものだろうか。すぐには返答せず、カミラはアニスの方を見る。アニスは真剣な眼差しでライガンと魔族を見つめている。視線に宿る年頃の純粋な子供特有の真っ直ぐさがカミラには眩しかった。しかし、アニスのその純粋さ故に、カミラの中で下卑た欲望がムクムクと鎌首をもたげ始めた。
(事実を言ってみたい…。「キャベツ畑」や「コウノトリ」を信じている可愛い女の子に
無修正のポルノをつきつけるような快感を…味わってみたい…)
カミラはしばらく考え込む。
おそらく、男の生理と、今のライガンに起きていることについて事細かに説明をすればアニスはショックを受けるだろう。ショックを受けたときに、頭がオーバーヒートを興してフリーズしてくれる程度で止まってくれるならばまだいいが、最悪アニスが暴走を起こして地下ダンジョンのど真ん中で勇者の奥義をパなす可能性がある。そうなると、ダンジョンが崩落を起こし、全員が生き埋めになりかねない。
だが、そのリスクを踏まえて尚、享楽的な性格のカミラは事実を言ってみたい欲望が抑えられなかった。そして、カミラはその欲望に忠実に従った。
「いい、アニス、男の人にはね…」
カミラはアニスの耳元に囁き、説明を始めた。
一方、ライガンと魔族は互いに構えたまま攻撃を仕掛けるタイミングを図っていた。お互いに、微動だにせずに、相手が隙を見せるその一瞬を待つ。二人の間の空気は静かに張り詰め、そして緊張感が増していく。そして極限まで高まった緊張感を打ち破ったのは、ライガンでも魔族でも無かった。
「うおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「む!?」
「なんだ!?」
顔を耳まで真っ赤にしたアニスが、絶叫しながら魔族もろともライガンに神聖なる光を纏った伝説の勇者の奥義・ブレイブスマッシュをぶちかましたのだった。そのすさまじい衝撃にダンジョン全体が大きく揺れ動き、煙が舞い上がる。
それからしばらく経ち、徐々に振動と煙が収まってくる。どうやらダンジョンもアニスの一撃を耐えたらしい。アニスは顔を真赤にし、荒く息を吐きながら剣を握って立っている。
そして、そのすぐ近くではブレイブスマッシュを受けた魔族が、全身に傷だらけになり地面に仰向けに倒れていた。一方、ライガンはというと、全身は多少煤けてこそいるものの、ほぼほぼ無傷だ。
「ふふ、あの一瞬で咄嗟に防御体制を取り、勇者の一撃を防いだか…。とんでもない男だな、貴様は…」
そう言って魔族はライガンを見上げて笑う。
「だが、紙一重の差だ。私の反応が一瞬でも遅れていたら、やはりお前のようになっていただろう」
ライガンの返答に魔族は鼻白む。
「何を言っている。俺は装備をこれだけ整えたにも関わらずこのザマだ。だが、お前は何も装備をつけていない。まったく恐れいったよ、全く…チートか、お前は?」
ライガンは腕を組み、胸を張り、目を見開き、鼻から息を吐きながらこう答えた。
「チートではない、ヌードだ」
直後、無言にして二発目のブレイブスマッシュがライガンへと放たれる。ライガンは無傷であったが、ダンジョンは二発目には耐えられなかったらしく崩落を始めた。
「あちゃー…まずいわね」
カミラは咄嗟にアニスの腕を掴むと、脱出魔術を発動させる。二人の姿がダンジョンからこつ然と消えた直後、天井が崩れて瓦礫が落ち始めた。
この日、王国近くにあったダンジョンの一つは勇者の奥義によって王国の地図から姿を消すこととなった。勇者アニスとその仲間、カミラは脱出魔術を用いることで事なきを得た。また、生き埋めになったかと思われたライガンであったが、最奥部で倒れた魔族を背負いながら、素手で降り注ぐ瓦礫を破壊しつつ脱出してきたのだった。
アニス達は今回の異変の原因として魔族を国に引き渡した後、教会と国からキツイお叱りを受けることとなった。それから、疲れ果てた三人は夕飯を摂取しようと冒険者酒場に脚を運んだのだが、そこですっかり疲れ果てていたアニスは、うっかり間違ってカミラが頼んだ酒を口に運んでしまったのだが…それが不幸の始まりだった。未成年な上に初めて酒を口にしたアニスは、またたく間に酔っ払ってしまったのだ。そして理性を失い、抑え込んでいたストレスの全てをぶちまけてしまった…それが冒頭の惨劇である。
新年早々爆発オチ