全壊した店舗と全裸
先程まで冒険者酒場だった瓦礫の山の周囲には人集りが出来ていた。その集団を構成するのは店の中から慌てて逃げてきた者たちと、突然聞こえた爆音に驚き集まってきた野次馬達である。逃げてきた者達は「ひでえ目にあった」「他の奴らは無事か」など、ぼやきや仲間の安否の確認などと言ったことを話している。また、集まってきた野次馬達は「何の騒ぎだ?」「一体何があったんだ」などと疑問を口にする。
「店が…俺の店が…」
そんな野次馬と脱出した冒険者達を余所に、冒険者酒場の店主は先程までは自身の城であった瓦礫の山を見ながら呆然としている。
すると、突如けたたましい物音を立てながら瓦礫の山の一角が崩れ落ちる。そこからクリスタル結晶のようなものが姿を表した。
「ありゃ魔導障壁か?」
結晶のようなものの正体を野次馬達が予想する。直後、結晶のようなものは霧散し、中からカミラが現れる。
「ふう…危なかった…。アニス、随分派手にやっちゃったわね…」
そう言ってため息をもらしたカミラは、視線を動かす。その先にいたのは剣を握ったまま突っ立っているアニスと腕を組んで立つライガンだった。彼女の周囲は、さながら台風の目のように瓦礫などが無い。彼女が放った技により周辺の建材が全て吹き飛飛ばしてしまったからだ。しかし、怒りと興奮に身を任せたままに技を放ったためか、凄まじい勢いで酔がまわったようだ。アニスはもはや立っていることすらままならない。
「くぉらー、ライガン、どこだー」
そう言いながら必死で開けようとしている瞼は今にも閉じそうで、目の前のライガンをまともに見ることも出来ていないようだ。また、脚も力が入っていないのか身体が波に煽られる海藻のように揺れている。そして限界が来たのか、そのまま地面に倒れ込みそうになる。
「おっと」
カミラはアニスに近寄り、小さな身体を抱きとめる。アニスはカミラの豊満な胸の中にすっぽりと顔面を埋めるや否や、すやすやと寝息を立て始めた。
「うらやましい…」
周辺の野次馬達の正直な感想が聞こえてきたが、カミラはそれを無視する。
「まったく…」
カミラはアニスの頭を軽く撫でた後、そう言って再びため息を漏らした。そして、腕を組み仁王立ちしているライガンを見る。一つの大きな店舗を軽く吹き飛ばすほどの威力を持った技を至近距離で受けたにも関わらず、そして防具の類を一切つけていないライガンには怪我らしい怪我は見当たらない。
(…まったく…どうなってんのよ、こいつは…)
わかっていはいたのだが、ライガンの尋常ではない防御力を目の当たりにして、カミラは改めて感心する。
その時、ライガン達の事情を知らない野次馬の一人が疑問を口にした。
「しかしあの兄ちゃん、なんだって全裸なんだ?防具が全部吹っ飛んじまったのかい?」
それを聞いた近くの冒険者達が呆れ顔をする。
「なんだあんた。『すっぽんぽんのライガン』を知らないのかい?」
「すっぽんぽん…?見たまんまじゃないか」
野次馬は怪訝そうな顔をすると、冒険者は首を左右に振る。
「違う違う。すっぽんぽんはすっぽんぽんでもアイツはただのすっぽんぽんじゃないんだ。アイツは職業が『すっぽんぽん』なんだよ」
冒険者の言葉を聞いて野次馬が素っ頓狂な声をあげる。
「職業『すっぽんぽん』だぁ!?なんだそりゃあ!?」
「俺たちだって詳細は知らねえよ。ただ、職業すっぽんぽんになった奴は、一切の装備品を装備することが出来なくなるんだそうだ」
野次馬はその説明を聞いて首をかしげる。
「…それじゃあそんな職業になっても良いこと無いじゃないか」
「これがそうでもないんだ。普通の人間は生まれついてからなれる職業、そして転職可能な職業に制限がある。だけどすっぽんぽんは一度だけその制約を無視した転職が可能なんだそうだ。それに、すっぽんぽんは他の職業に比べてレベル上昇が圧倒的に早い。しかも、各職業にはレベル上限があるが、どうもすっぽんぽんはその限界がとても高いらしいんだ。あいつはすっぽんぽんになってから、あの魔術師カミラと一緒に様々なダンジョンに挑んで、凄まじい速度で成長してきた。そして、その力を使って様々な前人未到の高難易度ダンジョンに挑んでは踏破してきたのさ。そしてその功績を認められたあいつらは、冒険者ギルドや国から、勇者のお供に推挙された。おかげで奴は今、この辺りじゃ知らない人間の方が珍しい有名人なのさ」
「はー、世の中にはとんでもない奴もいるもんだなあ」
冒険者の説明を聞いた野次馬は感嘆のため息を漏らす。
「まあな。だが、レベルがとんでもなく上がっててステータスが高いとはいえ、勇者の一撃ですら大したダメージを受けないんだからなあ…どんな防御力だよ、まったく」
冒険者は呆れ顔で後頭部をぽりぽりとかいた掻いた。
しかし、そんな鉄壁の防御を誇るライガンにもアニスの言葉は心に刺さったらしい。
「むう…」
ライガンは、何やら真剣に考え込んでいる。
(アニスが倒れそうになってもまったく動かないで考え込んでるなんて…そんなにショックだったのかしら?)
普段のライガンであれば、目の前で倒れそうになった人間がいれば、若男女問わずすかさず助けに入っていた。そして、全裸の美形に助けられた者はリアクションに困るというのが常だった。だが、そんな男が目の前で倒れそうになっている人物に気づかないほどに何を考え込んでいるのだろうか?気になったカミラはライガンの肩を軽く叩いて呼びかける。
「どうしたの、ライガン?」
「…おお?」
カミラに呼びかけられて、ライガンは我に返る。
「随分と考え込んでたみたいだけど?」
「いや、俺は自覚の無いままに随分とアニスに迷惑をかけていたのだなと思ってな…」
「…自覚なかったの?」
ライガンの言葉にカミラは呆れ返る。
「いや、もちろん迷惑をかけていたことは分かっていたのだ。教会や国からの司令で地方に遠征をすれば、私はいつも不審者扱いで逮捕されていた。その度に事情を説明してくれて釈放までの手続きをしてくれたのは彼女だ。だがな…彼女がここまで我を忘れて怒り狂うほどだとは…私は何も分かっていなかったのだ」
「あー…うん…多分、今日のは原因それだけじゃないと思う」
「…どういうことだ?」
奥歯に物が詰まったような物言いをするカミラにライガンは首を傾げる。そんなライガンのリアクションを見てカミラは額に手を当ててため息を漏らす。
「…あんた本当に分かってないの?」
「何がだ?」
全く心当たりが無いライガンは首を傾げる。
「あーもう!あんた今日何があったかを思い出してみなさいよ!!」
察しの悪いライガンにカミラがブチギレた。
「…今日?」
カミラに言われたライガンは、顎に手を当てて今日あった出来事を振り返り始める。
そう、事の始まりは半日ほど前に遡る。