その男、全裸につき
かつて、魔族との争いの時代があった。
争いは熾烈を極め、人も魔族も互いに滅びるかに思われた。しかし、ある時世界の秩序と調和を司る神が現世に降臨した。秩序と調和の神は、人々に戦うための役割である『職業』を与えた。こうして、戦士、神官、魔術師、武闘家…などといった様々な職業の人間が現れた。そして、次に秩序と調和の神は様々な職業の人達を導き、先頭に立って戦う者として『勇者』という職業を生み出した。勇者と共に人々は果敢に戦い、ついに魔族の軍勢に勝利を収めた。そして、役割を終えたとして勇者は何処かへと姿を消した。
戦いに勝利した後、もっとも活躍した戦士は神の導きに従い『王』へと転職し王国を興した。そして、もっとも信心が深かった神官は法王となり、教会を作った。王国と教会は互いに手を取り合い、秩序と調和の神を信仰し、国を治めてきた。人々は神のお告げに従った職業につき、国を、社会を支えてきた。そして、神から職業を与えられる人々中には、いついかなる時代においても必ず一人『勇者』がいた。勇者達は代々、人々の平和と神々のもたらす秩序と調和を守るために戦い続けた。国王と法王の尽力や勇者の活躍により、王国は数百年間の平和を維持してきた。
そして現在、勇者に選ばれたのは一人の少女だった。
「だっからさあー!もうこんなのやってらんないってわけよ!!わかる!?」
王国の首都、その中心となる大通りには冒険者酒場があった。なんでも店主曰く王国建国時からある由緒正しい店だとのことだが、真偽の程は定かではない。とはいえ、恵まれた立地から非常に多くの冒険者達が出入りをし、飲食の場のみならず、情報交換の場や冒険者同士の交友を深める場として活用していた。現在の時刻は夜間の夕食時、普段であれば店内では飲食をしながら冒険者達が冒険談義に花を咲かせながら飲み食いをするという時間であるが、今日は様子が違っていた。店内にいた冒険者たちは皆一様に黙って静かに席を立ち、そそくさと会計を済ませて店の外へと出ようとしている。そして、その原因は店内で喚いている少女…勇者アニスにあることは明らかだった。アニスは小動物を思わせるような目と、陶器を思わせるような綺麗な白い肌が人目を引く美少女ではあるが、現在はその目は据わり、肌は紅潮している。そして、発せられる声は口の小ささと反比例するかのように大きく、その声色は明らかに怒気を孕んでいる。彼女の様子がおかしい理由は、右手に持っているジョッキの中に入った液体にあることは明らかだった。
「毎回毎回毎回毎回さー!!それもこれもあんたのせいなんだからねー!?わかってんの、ライガン!!」
テーブル席の対面に座っている銀髪ロングヘアーの美形の男、ライガンに向かって吼えると、アニスはジョッキを勢いよくテーブルに叩き下ろす。アニスに怒声を浴びせられたライガンは、アニスとは対象的な落ち着いた態度で謝罪する。
「済まないと思っている」
とは言え、ライガンも勇者ーその上年頃の少女にヒステリックに詰められて、内心困惑していた。
「……」
そこで、すぐ横に座っている褐色の肌と艶やかな黒髪の長髪が特徴的な美女、もう一人のパーティメンバーであるカミラに助けを求めるような視線を送る。しかし『どうやっても彼女の怒りはすぐに収まらないのはわかりきっているし無理だわーゴメンね☆』という意図を込めて、一瞬舌を出し、ウィンクをすると、すぐさまそっぽを向いて我関せずといった態度で静かにテーブルの上の肉をつまみ、酒を飲み始める。神官の衣装を身にまといながらも、目の前の困った仲間を助けることもせず、酒と肉を嗜む彼女は到底神職者には見えないだろう。
(…だめか…)
ライガンは途方に暮れる。それとは対象的にアニスのテンションはどんどんと高まっていく。
「もーう我慢できない!!あんたなんてうちのパーティクビよ!クビ!!」
ついに怒りが振り切れたアニスはライガンにクビ宣告を出す。それを聞き、流石に慌てたライガンは必死にアニスを宥めようと試みる。
「ま、まってくれないかアニス!!確かに俺もパーティメンバーとして至らないところはあるだろう!だが、クビにするほどでは無いではないか!何故だ!?何故私がクビなんだ!?」
「なんで…ですって…?」
ライガンの言葉を聞いたアニスが一瞬動きを止める。しかし、その一瞬の間がタメとなり内圧が加わり、そして反発した怒りの気配が吹き荒れる。年端もいかない少女から発せられたとは思えない気迫にライガンはたじろぐ。
アニスは両手で机を勢いよく叩くと立ち上がる。。
「んなもん…あんたがいつも服を着ないからに決まってるでしょうがああああああ!!!」
そう、ライガンは一糸纏わない全裸であった。
「むう…だがそれは仕方がないではないか」
ライガンが反論する。しかし、それが臨界点に達していたアニスの怒りに火をつけてしまった。彼女無言で背中に担いでいた剣の柄に手をかける。しかも、怒りのあまりその手が震えている。
「仕方ない…ですって…?」
それを見たカミラや、なんとか会計を済ませてこの場から逃げようとしていた他の客達の顔色が変わる。彼らは我先にと店の外へと逃げようと押し合いへし合いし始めた。その背後ではアニスが手にした剣を引き抜く。
「クエストで他所の街へ行けば必ずあんたがしょっ引かれて、その度に事情を説明して頭を下げたり…やっとこさ街に入れたと思ったら今度はすれ違う人たちに変なものを見るような目で見られて恥ずかしい思いをしたり…それが仕方ないって言うわけ…?」
その刀身は神々しい光をまとっていたが、その場に居た者達にはまが禍々しい終末の光に見えた。
「仕方ないわけあるか!!この公序良俗ってものを考えなさい!この変態があああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
そう叫ぶと、勢いよくアニスが剣を振り下ろす。それに伴い光を纏った刀身から、凄まじい衝撃波が発生し、勢いよくライガンを、周囲にいた人間を、店を飲み込んでいった。
店主曰く王国建国時からあったというその店は一度、現代の勇者の手によって終末を迎えた。