5.ディススペル
俺は買ったばかりの少女、リリィを引き連れて建物を出る。
リリィの動きは緩慢だったので、それに合わせるようにゆっくりめに歩いていく。
リリィは俺が買った奴隷だが、魔法で「契約」をして縛っている訳ではないので、逃げ出そうと思えばいつでもそうできる。
だが、彼女はひとまず黙って俺に付いてきた。
斜め後ろに視線をやって様子を伺う。リリィの歩き方はどこかおぼつかない。長く閉じ込められていたからか、あるいは片腕が動かないからか。
いずれにせよ、このままではダンジョンに出ることなどできない。
まずは彼女を回復させる必要がある。
俺は家がわりに使っている宿に戻ってくる。
外見は普通の古い宿だが、中身はそこそこ綺麗で、なかなかいい宿だ。
俺は、自分の部屋に向かう前に、受付に行って宿のばあさんに聞く。
「この子に一部屋用意してくれますか?」
俺が言うと、後ろで「え?」とリリィが声を漏らした。
「もちろんだが、何泊だい?」
ばあさんが尋ねてくる。
「しばらく。そうだな。とりあえず一ヶ月分」
「あいよ。じゃぁ先に家賃をもらえるかい?」
「ああ」
俺はポケットから金貨をだす。
「毎度」
「……あ、あの、ご主人様」
と、そこでようやくリリィが口を開いた。
「ん、どうした?」
「私に、ここの部屋を……?」
そう言う彼女の顔には、困惑の表情が浮かんでいた。
「他に誰のために?」
「……でも……ここは、相当良い宿ですよね……?」
「いや、ばあさんの前で言うのはなんだが、別に普通の宿だと思うぞ」
俺が言うと、宿のばあさんは「はは、間違いない」と笑う。
「でも、奴隷は……普通“ドヤ”か倉庫で寝るものです」
確かに、一般的に奴隷が寝泊まりするところいえばそんなところだろう。
「これからちゃんと説明しようと思っていたが、君はもう奴隷じゃない。自由の身だ」
俺が言うと、リリィはさらに驚いて、口をあんぐり開ける。
「自由……ですか?」
「ああ、そうだ。だから奴隷契約もしなかった。魔法で無理やり君を縛り付けるつもりはない。ただ……」
リリィは少し不安げな表情で、俺の言葉の続きを待つ。
「もし、君がよければだが衣食住は提供する。だからまずは俺のギルドで働いてみてほしい」
「ご主人様のギルドで……?」
「そうだ。立ち上げたばかりでまだメンバーはいないし、実績もないが、すぐにそれなりのギルドになると思う」
俺が言うとリリィは恐る恐ると言う感じで聞いて来る。
「でも……私、手が動かないんです。きっとダンジョンに潜っても戦えません……」
なるほど、それはもっともな心配だ。
だが、実はそれは何の問題もない。
「リリィのその腕、呪いがかかっているだけだろ。すぐに治る」
「え? 私の呪いが解ける……?」
「ああ。まずは、その腕を治そう」
「でも……私の呪いは、高ランクの魔法使いでも解けなかったんです……」
「そうか。でも、俺は治せるぞ」
俺はリリィを自分の部屋へと案内する。
そして自分の部屋に招き入れると、バッグを床に降ろして、リリィに向き直る。
幼い少女と目線を合わせるために、膝をついてその動かないという右手を取る。
「ご、ご主人様……」
リリィは動揺した様子だったが、気にせず俺はスキルを発動した。
「――“ディスペル”」
俺がそう唱えた瞬間、リリィの腕が光を帯びて、そして次の瞬間には、
「――あ、動く!!」
リリィが右手の指を握りしめて、そして開く。
先ほどまでかかっていた呪いが、解除されたのだ。
「私の呪いはSランクの魔法使いでも解けなかったのに……!!」
リリィは心底驚いているようだった。
「ご主人様、本当にありがとうございます!!」
それで、ようやくリリィは笑みを浮かべた。
今まで動かなかった腕が動くようになったのだから当然といえば当然か。
「さて、これでちゃんと戦えると思うが、どうだろう。まずは俺のギルドで働いてみる気になったか?」
俺が尋ねると、リリィは尻尾をブンブン振り回して、耳をピンと立てて俺を見上げた。
「もちろんです! どこまでもご主人様についていきます!!」
「そうか、ならよかった」