知者の証拠
エリックはイライラしているのことが分かりやすい。
癖があるからだ。
知ってる人は知っている癖、
如何しても怒りが治まらないときや、思い通りに物事が進まず困っているとき、彼は右手の人差し指で机を叩く。一定のテンポで繰り返されるそれの立てる小さな音に、人々は肩をふるわせる。
「で?」
「はい。昨晩忍び込みましたところ、アエラ嬢とそのルームメイトであるシャルロッテ嬢の姿はなく、部屋は無人でした。」
「ロエルも、いなかったわけだ。」
「はい。」
青い花のバレッタを茶色の髪に付けた少女が顔を俯けながら言う。
幼い顔に似合わぬ真面目な光の籠もった目は、それを隠す長い睫毛で隠されている。
彼女とて、学生の一人としてこの学園に所属するものの一人で、
王子が入るときに連れてこられた間諜であった。
幼い頃から仕えてきたわけだが、これを話すと長くなるので、また別の機会にしよう。
「……………。で、何か変なところは?」
「特に。」
「アエラの言う妹の正体は分かったのかい?」
それは……と、少女。
じろりと其方を見上げると、王子は眉根をしかめた。
うっ……と苦しそうに喉をならす少女。
いつもの温和な目が冷たく光る様子は、神仏や魍魎すら彷彿とさせ、おおよそ通常のようには対応できない。
「分からなかったのかい?」
「……憶測の域を出ませんが……」
「それでいい。なんだったんだ。」
「黒い髪の……人形が一体置いてありました。」
「黒髪の人形。アエラならあり得るか。」
果たして人形が妹になり得るかとも思うが、
クマやネコ、ウサギの人形を家族同然に扱うアエラだからこそ、あり得るのかも知れない。
まあ、そんなものかと思っていたエリックだったわけだが。
「どんなのだった?」
「どんなの………アエラ嬢の常に侍らせているものとは毛色の違う。どこか儚げでどこまでもリアルな球体関節人形でした。」
「魔道具か何かかな?」
「魔力は感じませんでしたが。精巧な作りでしたので恐らく。」
「やっぱり。」
はぁ、と呆れたようにエリックは息をつく。
アエラが人体を模した人形を作ることは意外ではあったが、何らかの理由があってのことだろう。
姿形が人に似ていればいるほど扱いやすいのはそうだ。
東洋には人型の紙や草を使った術もあるらしい。
流し込む術者も、自分の体を動かすのと感覚的に変わらぬ方が良いのだろう。
アエラのように人形を操るものは時々いるが、人型のものを使うのが主流である。
彼女は、異例というわけだ。
ファンシーなものを使ってみたり、
感覚的にかけ離れた鳥の形を好んで使ったり。
そう。鳥の形を使ったり。
「分かった。もう良い。」
「はい。失礼いたします。」
少女をさっさと部屋から出すと、顎の下で手を組んだ。
考え事をする時に良くする行動だ。
こうすると、頭が働くような気がする。
夜中のアエラの消失と、昨晩届いたアエラからと思われる鳥の知らせ。
『____あんまり余所見をしていると、大事なことを見落とすよ。見て、貴方の近くを、疑って___』
夜中にコンコンと突かれた窓の音で目が覚めた。
エリックの少しの物音でも起きてしまう神経質なところを知ってのことか。
兎に角、夜中に起こされたエリックは殆呆れて、窓を開けたのである。
開けられた窓から滑り込んできた紫の鳥の、
意味も分からぬ一言。
結局その後一睡もせず、煙となって消えた鳥の一言に頭を抱えたまま今朝を迎えた。
気分は今も最悪だった。
体調が優れないからと、学校は休ませてもらったが、眠ることもせず、こうして考え続けている。
そろそろ頭がおかしくなりそうだ。
だから、
テオドールが駆け込んできたとき、エリックはくらりと視界が揺れたような気がした。
安心したからではない。
彼がどうも焦ったふうに駆け込んできたため、
何かあったのだと、直感的に感じたからだ。
「エリック!」
「ちょっと待って………もう……」
「待てるか!お前、今すぐ城に帰れ。」
「ごめん。ほんとに分からない。何があったの。」
「おつちけ……おつちて………」
「君が落ち着いて。」
テオドールは、口を閉じて、大きく鼻から息を吸う。
深呼吸をしたようだ。
流石に焦りすぎたと気付いたようだ。
賢明な判断だ。
「あのな。……」
その口から語られた言葉に、王子は倒れるかと思った。
もうこれ以上、一ミリたりとも頭を回したくなかった。
それと同時に、アエラの意味の分からないことば書ききっとどこか役に立つのだと直感した。
「…………殺しだ。昨晩遅く。高等部の西男子寮の一室で女生徒が殺される事件が起きた。」




