貴女の居ない
「はぁ………」
重苦しいため息を吐いた。
目の前の鏡がほんの少し曇って、すぐに元に戻る。
一人部屋の寂しさを痛感していた。
昨晩、ロエルが目の前から消えたことを知っているのは私と兄様だけだった。その場にいたソルテルに聞いても、困ったように首を傾げる。
他の友達に聞いても同様だった。
誰もがみな、ロエルなんて最初からいないような反応を示す。
姉や兄であるテオドールとアエラには今日は会えず、結局悶々としたまま一日を終えていた。
「本当に、何処に行ってしまったのかしら。」
そう溢したとき、お手伝いに来ていた王宮付きのメイド達もみな一様に首をかしげ、一番仲の良い赤毛のミゲルが聞いてきた。
「あの、お姫様、どなたかお待ちなのですか?」
「ん?」
しまった口に出ていたか、と思いながら、一縷の望みをかけて正直に答えてみる。
「ロエルをね、待ってるの。どこかに行ってしまったから。」
「ロエル様……ですか?」
「ミゲル、ロエルが何処に行ったか知らない?」
「申し訳ありませんが、存じ上げません。」
「だよね。」
髪をとかしたり、衣類の用意をしてくれていたメイド達が、顔を見合わせたのが鏡越しに分かった。
どう見ても、ロエルのことを知らないふうだ。
そんな彼女らにミゲルは怒ったような視線を向けると、此方に笑いかけてきた。
「お友達ですか?」
「友達……うん。そうだよ。でも兄様は嫌いみたい。」
「王子様がですか?」
珍しいですね、と。
たしかに珍しい。
物腰の柔らかい兄様は、人と対立することがあまりなく、何があってもうっすら微笑んでいるような御方だ。
そんな兄様が嫌っているし、捉えようとしていたのだから、何かしたのに間違いは無いのだが、
兄様は何も教えてはくれなかった。
「ねえ、ミゲル。私はお兄様から幼く見られすぎでは無いですか?」
「おそらく、王子様からいたしましたらお姫様は何時までも可愛らしい御妹様なのですよ。」
「私だって、もう学生です。」
「それでもですよ。」
可愛がって貰えるのは、ありがたいし嬉しいが何時までも子供扱いは姫としての矜持に関わることだ。
私は、もう子供ではないと自負している。
まあ、大人かと言えば、そうではないだろうが。
兎に角、
何時まで経っても子供扱いは、いくら兄でも頭にくる。
否、兄様だからこそ。
「もう!兄様なんか嫌い。」
「滅多なことを。王子様は貴女様のことをそれは大切に愛おしく思っておいでなのですよ。」
「それでもよ。」
何時まで経っても子供扱い。
そりゃあ、私は兄様からしてみれば、魔法の力も頭の良さも、体の大きさだって勝てはしない、けど。
数年の歳しか変わらぬ兄に、見下されているようで嫌だった。
私だって、問題の一つや二つくらい簡単に解決して、兄様と一緒に国の未来について具体的に話し合えるくらい勉強したもの。
友達のために、頭を働かせてどういうことか聞き出したり。
何処に行ったのか、如何しているのかを調べたり;助けに行ったり。
出来ることは沢山あるのに。
あるのに。
「兄様も皆も、私に色々かくしごとして………私だけ、私だけ……」
頬を生暖かい液体が流れ落ちた。
急に泣き出した私をミゲルは一瞬驚いたように見たが、しゃくり上げだしたら優しく背中を撫でてくれた。
「大丈夫です。姫様は大人です。」
「そうだとしても、みんながそう思ってくれないなら意味が無いわ。」
「皆様は、貴女様を苦しめたり、悲しませないためにそうなさっているのです。」
「でも、今こうして泣いていては……」
「ええ、元も子もありませんね。」
ふふっ、とミゲルは小さく笑った。
「大切な貴女様を思い、逆に傷付けてしまう。貴女様の周りの王子様やお友達の皆様も、まだまだ子供なのかも知れません。」
「兄様が?」
「はい。大人でも、よくあることです。大切な人を思うあまり、傷付けてしまう。子供みたいな失敗を、大人もするものでございます。」
お恥ずかしながら、と、
いつの間にかメイド達は出て行っていて、部屋にはミゲルとナレッジドだけ。
静かな夜だった。
「ちなみに、ミゲルが傷付けられたことは?」
「…………聞きますねえ。私の旦那は、君も仕事が忙しいから家に仕事を持ち込まないように、とかいって、もう一月も帰ってきていません。良いですか、姫様。これは優しさではなく不倫です。相手の女は隣国との境にある小さな町の宿屋の次女ですよ。」
「……ごめんなさいね。」
「いいえ。」
あの男のことはもう諦めていますと、美しい顔に青筋を立てて静かに怒る。
「と言うか、そこまで分かっているのなら、離婚したらいいじゃ無い。」
「嫌です。たとえ妾が何人何十人居ようと、彼奴のことは放してやりません。たとえ妾に子供が出来ようと。」
「わ、わあ。」
「一生嫌いな女と居なければいけない……いい気味ですわ。」
「貴女……意外と。」
「はい。私は決していい女ではありません。来る者は拒みませんが、一度手中に収めたら、絶対に放しません。」
細い指をぐっと握りしめてみせる。
うわぁ……としか言いようがない。
それに、とミゲルは言い籠もると、
頬を赤らめて呟いた。
「まだ私は旦那のことを愛していますから。」
「!?そうなの?」
「ええ、未練たらたらです。」
「どこが好きだったの?」
「……、って、姫様聞き出そうとしないでください!」
「え~、面白いから~」
「寝ましょう。ほら、もう夜です。」
「明日の朝また聞くからね~。一晩整理すると良いよ。」
「ご無体な!」
あははと、ナレッジドは笑った。
これが、この敏腕メイドの作り会えた作戦だったとしたら、大成功なわけだ。
たまには、誰かの罠にずっぽり嵌まるのも悪くない。




