兄妹
「これで、良かったよな。」
夕日の差し込む教室。
背後からかけられた声に、エリックは振り返った。
「テオかい?」
「ああ。」
いつもの気怠げな親友の顔にそっと微笑みかける。
「ああ。大成功だ。」
「そうか。」
「あんな彼女の笑顔、ひさしぶりに見たよ。」
そっと指をさした先、
窓の外、中庭ではソフィアン、マリアナを始めとする女子生徒達が楽しそうに笑っていた。
アエラの、定期開催人形劇だ。
「お前なら、いつでも笑顔にしてやれただろ?」
「ふっ、なに言ってるのさ?あまり揶揄わないでくれ。」
「本当のことを言ったまでだ。」
振り返って、窓のサッシに手をつくと、もう一度微笑んだ。
楽しげな声に目を細めた。
「僕じゃ何も出来なかった。彼女が困っていることは分かってたんだが、冷たく当たってしまった自覚はある。」
そう、自覚はあるのだ。彼にも。
手を差し伸べるのに、高圧的に上から差し出してしまい、結果として怯えさせてしまったと。
本当は、下からそっと差し伸べてあげるべきだったのに。
僕が取るべきだったその手を取ったのは彼女の親友で、エリックの親友の妹であった。
それが自分の未熟さを実感した瞬間だった。
奇人と言われた彼女の凄さをまじまじと感じたところだった。
「悔しかった……のかな……。どうしたの、テオドール、なにか…」
何も言わなくなった友達の方をチラと見る。
テオドールの心底驚いた顔が目に入った。
「なに、そんなに驚くことあった?」
「いや……自覚あったんだと。」
「あったさ。そんなに自分勝手な人間に見えてたのかい?」
「見えてた。」
「酷い!僕たちもう五年間も友達でしょ。」
そんな友達の冗談(半分は真面目)を笑いながら窓から離れ、近くのイスに座る。
「で?なにか用でここに来たのでしょ?」
「ああ、お前に言っておくべき事があってな。」
「それは君の考え?其れとも……」
「俺の考えだ、アエラは、お前に秘密にしたいらしい。」
「なぜ?」
「さあな。」
「ま、良いか。聞くよ。」
テオドールも向かいの席に座る。
「さて、マリアナのことなんだろ。」
「話が早くて助かる。お前は理解力があるから、簡潔に。はっきり言おう、マリアナは虐められてるぞ。」
驚いたように目を見開いたのは一瞬ですぐにいつもの柔らかな微笑みに戻る。
その様子にテオドールは眉をしかめる。
「もっと反応すると思ってた?」
「ああ。」
「激昂したり、驚いたりして、それでやったやつの思い通りだとしたら、其れは、癪だな。」
「そうか。しかし、お前じゃなくて、彼女が標的だぞ。」
肩をすくめるテオドールにエリックは目を細めた。
「ふーん。さて、犯人は分かるのかい。」
「さあな。俺は聞いてない。アエラは知ってるかも知れないな。」
「聞き出すことは。」
「無理だろうな。」
やっぱり、とエリックは困ったように微笑んだ。
彼女はよく分からないがただ一つこの四年間の付き合いで分かったことが一つ。
彼女は言わないと決めたことは全てが終わるまで言わない。
それは彼女が楽しむためであり、一番良い方法で終わらせるためである。
それに比べ、兄のテオドールは問題を早々に収束させるのが上手い。
彼の解決力は、彼女にも差異無いほどの頭の回転の速さと、道筋を作り出す能力の高さによるものだ。
この者ほど、内政に向きそうな奴はいない。
普段の性格がああでなければ。
「調べれば分かるでしょ。で、手口は。」
「それにかんしては、少し難しいからな、特別なゲストを呼んでいる。どうぞ!」
「どうも。こんにちは。」
やってきたのはロエルだった。
「話したんだテオ兄。知らないよ、アエラ姉さんから怒られても。」
「……知らん。」
「で、君はなにを教えてくれるんだい?」
「ちょっと先の未来の知識。難しいけど、大丈夫?」
「ああ。」
「めでたしめでたし……はい、おっしまーい!!」
右手に持った紐を引くと、小さな舞台の幕が下りる。
人形達が小さな手を振りながら見てくれた子達を見送る。
外からは割れんばかりの拍手。喝采。
ふぅ~。
と息を吐いたアエラは、耳元を飛ぶ小さなクマのぬいぐるみから聞こえる音に耳をそばだて、中庭に面した三階の教室の窓を見上げた。
「馬鹿兄。全部聞こえてるっての。」
ぽつりと呟いたアエラの声は、元気の良い別の声に掻き消された。
「アエラさん。今日も面白かったです。」
「あっ、シャルロッテ!見に来てくれてたの!きゃー!嬉しぃ!」
『クマも嬉しいにのだぁ!!』
「はい。もうすっかりファンです。クマちゃんもネコちゃんも可愛いし。」
分かるぅ~、と賛同の声が聞こえる。
「えへへ。やったぁ!」
嬉しそうに微笑むアエラの周りに、彼女の人形達がふわふわと浮かんだ。
***
腰の痛み、狙い撃ち!してくれるクスリってないんですか?
どうも……腰が痛くて若干ブルーなまりりあでぇーす。いえーい……。
きっと、腰が痛いのって、頭が痛いの次にきついはず。
まあ、いいんですけどね。
我慢できますしね。
腰という機関が存在している限り、永遠に付き合っていくものですもんね。
はいはい。
皆さん。体はお大事に!
では、次の機会に。