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用法、用量

「それにしても、ハジャの森に一人で入って行って魔獣に襲われたっていうのに……運が良かったねえ、ああいや、ケガをしたこと自体は不運だったとは思うがね」


 頭頂部がわずかに禿げ上がった老医師……ロルドはそういって、すぐそばにあった木製のかごの中から薄手の上着を手渡してくれた。


「その血だらけで穴の開いた服じゃあ都合が悪いだろう。これを着るといい」


「いいのか?」


 素直にそれを受け取りー見慣れない形の服だったのでどうしていいのか僅かに戸惑ったが、上から羽織る形のものだと気づいてーありがたく着替えさせてもらった。


「連れの彼から費用は大目にもらってるからね、おまけだ」


 ……リルの町に着き、ヒイロは約束通り診療所に連れて行ってくれた。リルは町並みのほとんどがレンガ造りで、画一的な造りの建物ばかりだった日本出身の身としてはその異国情緒あふれる町並みに心躍るようだった。

 リル、という町は小さいながらも二つの国の境にあるだけあって、人が多いと聞いていた通りに町を行き交う人々の数は多かった。そしてそれに合わせるように道幅は広く作られていたために馬車のまま町の中を通ることができたのだ。

 馬車に揺られながら行き交う人々を見ていると、それこそヒト族、つまりは人間のみならず、どこか獣のような特徴を持った種族の人たちがそこに溶け込むように生活しているのがわかった。ク族のエノのように、一見して人間と同じかと見まがうような人たちから、明らかにフィクションの中でしか見たことのないような異様な姿を持つ者……トカゲのような頭部と鱗の皮膚を持ち、二足歩行で歩く生き物を目にすることがあり……俺の異世界辞典を検索するとそれはきっとリザードマンに違いないと思った。


『リザードマンだ! すげえっ!! やっぱり火を吐いたりすんのかな!?』


 と、叫んで思わず馬車から飛び出してはしゃぎ回りたい気持ちに駆られたが、そうしようとしたところで傷痕の痛みに気づき、諦める、といったことを三度ほど繰り返した。

 そうしてヒイロは町の中心部まで馬車を引き、俺を診療所まで届けてくれた。命を救われただけでなくその後のアフターケアまでしっかりとしてくれるとは、頭の上がらない思いであった。

 ヒイロは無理はしないでしばらくゆっくり休むように言い残し、そのまま馬を連れていずこかへと行ってしまった。変な奴だとは思っていたが、一人にされることで急に不安な思いが沸き上がって来るので自分が恥ずかしい。いい年した男が独りぼっちにされることで心細さを覚えてしまうのだから笑える。

 とはいえそれも仕方のないことだと思うのだ。何せここは異世界。これまでの俺の常識は通じない。着の身着のまま放り出されて、死ぬほどのケガを負わされて……確かにここは心の底から望んだ異世界。とはいえ頼れるつてが全く存在しないのだ。ヒイロは頼りになる男だが、いつまでも甘えて頼るのは良くない。年上の男としてのプライドもあるのだ。


「じゃ、傷口が開くといけないからじっとしてるんだよ」


 そういってロルドは診療室から出て行った。小さな部屋だ。小さなベッドと小さな木製の机、そして壁に置かれた本棚にはよくわからない難しそうな書籍がぎっしりと詰まっている。診療室というよりは病室なのだろうと思った。


「……はあ」


 窓から指す光はいつの間にかオレンジ色を通り越し、暗闇を運んでくるところだった。

 ようやく落ち着いた。そういえば、ヒイロは俺が丸二日も眠っていたと言っていた。体感的にはわずか半日の間の出来事のように感じられたが、実際にはもうこの世界に来て三日目ということか。

 ……エノは無事に逃げ延びただろうか。俺たちを襲ってきた獣は三体だったが、他にもあの凶暴な獣がいなかったと言い切ることはできない。命を賭して守る、と決意したあの瞬間を後悔するわけではないが、幸運にも命を拾ってしまった今となっては、らしくない行動だったと少し恥ずかしくなったりするのだ。

 あの時のことを思い返すと、背中の傷がズキリと痛み出すような気がした。このことを考えるのはやめておこう……。

 眠気はないが、大けがのせいで体力が落ちているのだろう。まともな思考ができるような状態ではなさそうだ。簡素なベッドに横になりながら、色々なことに思いをはせる。

 そうこうしているうちに日が暮れて窓の外はすっかりと夜といっていい時間だ。横になった状態から微かに見える窓の外からは、ゆらゆらと揺れる明かりがちらほらと見え始めていた。


「……明かりはあるのか」


 どれほどの文明レベルなのだろう。光の様子を見る限り電灯という訳ではなさそうだ。ガスという線もなさそうである。ということはオイルか。確か地球では十九世紀には発電が可能になり、電灯が発明されていたはずだ。ということはこの辺りから推察するにこのリタルスの文明レベルは、地球でいう所の近世未満、と暫定的に考えておこうか……。

 そういえば先ほど馬車の中から見えた光景の中では、いくつかの露店があったように思える。露店があるということは当然通貨がある。……確かロルドがさっき言っていたが、ヒイロから治療費を受け取っていると言っていたか。本当にヒイロには頭が上がらないな。

 とはいえ……そうなるとまた別の問題が浮上する。

 当然今の俺は無一文なのだ。恐らく俺を介抱したヒイロも、俺が金どころか何一つ所持品を持ち合わせていないことに気づいただろう。だから何も言わずに代わりに金を払ってくれたのだ。

 この世界のことを何一つ知らないこの俺が、身一つで金を稼ぐ方法があるだろうか。いや、何とか金を稼がなければまずいのだ。いつまでも治療のためにこの診療所に厄介になるわけにもいかないし、何より今度こそちゃんとこの異世界ライフを満喫するために、まずはこの世界に順応しなければならないのだ。俺は好き好んでこの世界に飛び込んだのだ。心の底から願った末に、一度死んでまでこの世界に辿り着いたのだ。ちょっと噛まれて死にかけた程度でたたらを踏むことはあってはならないのである。

 しかし生まれてこの方三十年近くまともに働いて金を稼ぐことのなかったこの俺が、明日のメシすら危うい状態に陥って金策を考えることになるとは……人生わからないものだ。


「しっかり休んで、ケガ治さなきゃな……」


 とにもかくにも、まずはこの身体を使い物になるまで回復させなければならない。

 眠気はないが、やけに疲れはある。無理やりにでも目を瞑ることに決めた。

 遠くに聞こえる町を行き交う人々の喧騒。陽は落ちても未だリルの町は賑やかなようだった。


中世ヨーロッパ風(笑)の町に着いたぞ!


「いやーなんでこういう異世界って全部そういう感じなんスかね」


おや、小野君じゃないか。俺はまだ君の登場を許してないんだぞ。

この前の不適切な発言を謝罪したまえよ。


「不適切な発言って? ああ、大金で美少女奴隷囲って酒池肉林するって話のことっすか。つってもさあ、狩谷さんだって本音ではそんなこと考えてるっしょ? あの犬っぽい子を助けたのだって下心があったんじゃないんスか?」


ち、ちち、違うし!

ちゃんと見てなかったの!? めちゃくちゃ崇高な自己犠牲だったじゃん!


「俺なら助けてあげたのを恩に着せて、好き放題するんスけどねえ」


ゲ・ス・い! 考え方が全部ゲスい!

少しはヒイロさんのこと見習ってよ! 命を助けてくれた上に治療費まで払ってくれたんだよ!?


「ああ、なんか草食系っぽいあの男っすか。ホモなんじゃないスか?」


やめろ~~!!

反省して出直してきなさい!

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