―予兆― 森 焦がす 炎
暗い暗い、闇の中。
騒乱。
ぼう、と火が灯る。
照らされたのは二つの影。片方は追われ、片方は追う。
追う側が振り上げた剣は、易々と目の前の人物を切り裂いた。
ぱしゃ。
と、血飛沫が飛んだ。
またどこかで炎が燃え上がる。
それは生きたままの彼を、彼女を焼き焦がした。
絶叫。悲鳴。懇願。
そして、また息絶える。
それは殺戮だった。
あまりにも多くの血が流れていた。
倒れた亡骸に泣きすがる子供。
一瞬の後に、その子供の首が切断されて転がった。
その背後に立つのは、揃いの甲冑に身を包んだ男たち。
青みを帯びた甲冑と、その頭上には鮮血を思わせる紅い羽根の飾り。
斬られたのは、焼かれたのは、命を奪われたのは、ただの人間ではない。
その頭の頂点には二つの獣の耳を付けていた。
その腰の下部からは獣の尾が生えていた。
騒乱。狂乱。
どこからか燃え広がった炎はいつの間にか辺りを煌々と照らした。
森の中だった。
いくつもの影がその中を逃げ惑った。
そしてそれをいくつもの影が追いかけた。
ある者は武器を手に取り立ち向かった。
そして無残にも殺された。
ある者は我が子を抱えて許しを請うた。
そして無残にも殺された。
ある者はなぜこんなことをするのかと激高した。
そして無残にも殺された。
そして。
そして無残にも殺された。
一人の、小さな女の子が、声もなく泣いた。
助けて、と。
誰か、助けて、と。
それに気づいた者がいた。
そして泣き叫ぶ少女の下に駆け寄った。
ヒーローが現れたのか。
否。
それは殺戮者の内の一人だった。
その姿に少女は、自身の運命を呪った。
目の前の殺戮者のことは呪わなかった。
ただただ、自身の運命を呪った。
こんな場所に、都合よく救いが現れることはない。
こんな、深い深い、暗い暗い森の奥地に。
ここは森林。
人の立ち入らぬ天然の迷宮のまたその奥地。
殺戮者の持つ剣が、振り上げられた。
助けて。
少女はその命の尽きる瞬間までそう願っていた。




