にゃん、にゃんにゃん
その後しばらくぶんむくれたメウの機嫌を取るために露店でいくつかの菓子を買ってやって、ようやくアジュールにお引き取り願えた。その代わりに明日は騎士たちの修練上に行くという約束を取り付けられたが……もうさすがに逃れられないと覚悟を決めるべきかな。
赤やオレンジの瓦の屋根の建物が立ち並ぶ下層地区。ちなみに赤い瓦は粘土の素焼きで作られる。赤いのは地中の成分が影響しているのだ。
ヴェルリヤはリル以上に人が多く、また民族も多種多様。リルではあまり見ないタイプのサイのような立派な角と硬そうな皮膚を持つ民族や、両手が鳥の翼のようになっている露出の高い民族……これにはハーピィだ、と大騒ぎしてしまった。
異国情緒あふれる、と一言で言ってしまえば簡単だが、やはり異世界かぶれの俺からすればこっちに来てから目にするもの全てが新鮮で刺激的だった。
「チヒロっ、あれも! あっ、あっちのも!」
と、俺の腕を取ってリルでは見れない食べ物を売る露店を引っ張りまわすメウ。
まるで夏祭りの出店ではしゃぐ子供と大差ないな、などと思った。
女の子と二人で買い食いして街を練り歩く。字面で見ればデートというやつだ。狩谷千尋二十九歳。転移先の異世界にて生れて初めてのデート初体験である。
とはいえ見た目だけなら美少女なのだが、中身の精神年齢が一桁に近いメウではそういった気分になりようもない。
そんなことを思っているとタッタッ、と人の駆ける音が真後ろから聞こえた。こんなに近くまで急接近する存在を感知できないなんて……。
あ、そういえば気力感知が使えなくなったんだった、と思う間もなくトスンと背中に衝撃を受けた。
「きゃう!」
背中にぶつかったであろう人の声が聞こえた。それは声の感じからして子供のようだった。
はて、似たようなことが何度かあったような。しかし思い当たる当人であるメウは近くの露店の商品に目移りしている。ということは誰だろう。
「んん……?」
振り返ると、そこにいたのはメウによく似た、更に一回りも二回りも小さい正真正銘の子供だった。
原色の強い赤色の服を身にまとった小さな女の子。その頭部からはメウと同じ猫の耳が生えている。
「ミャウ族?」
「あわ、ごめんなさい!」
と、子供特有の全力な動作でペコリと腰を折って頭を下げられる。
「大丈夫だよ。頭ぶつけてないか?」
「はいっ、痛くないです! つよい子なので!」
少女の目線に合わせて屈んでやると、元気いっぱいの返事が返って来た。どこかのミャウ族と違って素直でいい子だ。
両手には数種類のパンが詰まった紙袋を持っている。お使いか何かの帰りだったのだろうか。
「おにいさん冒険者さんですか?」
「うん? まあ、そうだな」
「わあ、かっこいいです! あこがれちゃいます!」
きらきらとした眩い笑顔を振りまいてくれる。
この素直さの一割程度でも学んで欲しいなと思ってメウと見ると、俺と少女のやり取りにはまるで気付いた風もなく露店の果物を使った菓子を大口に頬張って上機嫌だった。
こいつのせいでミャウ族への先入観があったが、どうやら小生意気な態度は民族特有ではなさそうだ。
「わたしミアって言います。おにいさんのお名前はなんですか?」
「俺はチヒロだ。よろしくな。ミアちゃんはお使いか、偉いな」
「はいっ、おかあさんに頼まれたのです! えへへ」
ほっぺたを赤くさせたミアちゃんははにかんだように口元をくしゃっとさせた。あーなんだこの可愛い生き物。
「ミアちゃんはここに住んでるのか。ミャウ族なのに珍しい……んだよな?」
ミャウ族は集落からなかなか人里に出て来ないとは何度か聞いた話である。
「いいえ、ミアとおかあさんは旅の途中なのです。おかあさんはすごいんですよっ! 昔はすごうでのちょーつよい冒険者だったのです!」
さぞや自分の母が誇らしいのか、エヘンと胸を張った。
そういえばメウも天性の気力操作の才能があるわけだし、ミャウ族がそっち方面の能力の高い民族である可能性は高いな。
ミアちゃんが冒険者の俺に興味を持ったのも、自分の母が元冒険者だったからだろうか。
「ミアちゃんみたいに小さい子が旅をしてるなんて大変じゃないか? お母さんが守ってくれるとはいえ辛いこともあるだろ?」
例えば馬車が揺れてケツの肉がえぐれそうになるとかさ。
「うーん、たいへんな時もありますけど、たいせつなひとを見つけるためなのです!」
「大切な人?」
「はいっ、わたしとおかあさんは……」
と、気になる話をし始めたタイミングで、背後から声がかかった。
「ミア、こんなところで油を売ってどうしたのです? 帰りが遅いから心配しましたよ」
声のした方に振り返ると、ミアちゃんそっくりにそのまま大人に成長したようなミャウ族の女性が立っていた。
「あっ、おかあさん! ごめんなさい、冒険者のおにいさんがいたのでお話していたのです!」
「あらあら、ごめんなさいね、ウチの子が迷惑かけませんでしたか?」
おっとりとした態度の長身の美女だ。ミアの母というからにはそれなりの年齢なのだろうが、俺よりも年上だとはとても見えない。
さてさて、一人でお使いをしていた小さなミアちゃんに下心で話しかける怪しい男だと思われてはかなわない。精一杯の誠実そうな顔つきにモードチェンジだ。
「いえ、お子さんを引き留めてしまってすいません。ミアちゃん、旅には気を付けてね」
「はいっ、またどこかで会えるといいですねっ!」
「それでは失礼します。ほらミア、ちゃんとさようならするんですよ」
「さようならっ!」
よく似た若い姉妹のような二人はそう言って去って行った。なんとも常識のある母君と、素直で元気いっぱいの良いお子さんだった。
ミャウ族と言ってもこうして外に出て旅をする者もいるわけか。それにしても二人とも礼節のしっかりとした親子だったな。
「メウにもあれくらい素直になってもらいたいものだが……って、あれ?」
先ほどまでほど近くの露店前にいたメウがその姿を消している。おや、と思って周囲をぐるりと見まわしてみると、数軒先の店先の角に身を隠すメウの姿。
何かに怯えるようにキョロキョロと周囲を警戒している。……って、その手に握られているのは抜身のククリ。先ほどもらったばかりの一級品。こんな街中で刃物を抜くとは何を考えているんだあいつは。
「おいメウ!」
と、声をかけるとビクッと全身を震わせて、勢いよくしっぽが膨らんだ。
あからさまに挙動不審になってビクビクしながら俺の元へと帰って来る。
「何してんだお前」
「え、えっと、なんかあたしの防衛本能が……」
「はあ?」
見るとメウは額からだらだらと脂汗を流し、その顔も青ざめている。怪しい襲撃者相手にあれだけの立ち回りを演じたくせに、そんな彼女をいったい何がここまで脅かすというのか。
その後しばらくメウらしくもなく静かになってしまったので、なんとなく街の探索もお開きという感じになった。
◇
日も暮れかけて迎賓館に戻ると、庭先で何やらシャルマが大掛かりな装置をいじくっていた。
その装置は一見して何なのか全くわからなかった。
子供ほどの大きさのある大きな透明なガラス製の筒を囲むように、上部には円形の枠が取り付けられていて、枠の中を銀色の手のひらサイズの球体が何個もぐるぐると回転している。それが三段ほど縦に重なっていた。中央のガラス自体には青色の塗料でところどころ文字が描かれている。土台部分は星形に尖っていて、それぞれの先端から縦に伸びるレバーのような金属の棒の先に宝石のような水晶のような光を反射する球体が取り付けられている。
機械のようではあるが、電力が通じている様子もない。
……ううん、マジで一見して何かわからない。
「……なにこれ?」
「あ、チヒロさん、お帰りなさい。街はどうでした?」
「まあ、目新しいものもたくさんあってそれなりに楽しかったよ。……って、そうじゃなくてこれは何なんだ?」
「これはエンチャント装置ですよ」
と言いながら、回転する球体の一つを掴んでその動きを止めた。
「物体に魔力を与えて魔道具にする際、その効率を良くして性能を向上させたり、長持ちさせる効果があるんです。通常の技術ではできない高度な術式を施すこともできるようになるんですよ」
「へええ……! そんなものまであるのか!」
「本来は大規模な研究施設にあるような物なんですけど、お城の方にお話してみたら快くお貸ししてくれまして。とはいえ私の愛用していたのとは型がだいぶ違うんですけど……今軽く実験をしていて、何とか動かせそうなことがわかりました」
そう言って俺にカードくらいの大きさの小さな鉄の板を渡してくれる。
厚さはそれほどでもなく、ちょっとした本の栞程度のものだ。表面には文字が彫られている。
「試しに作ってみましたがそれなりの出来です。常時起動型なので気力を通す必要もなく、持っているだけで効果を発揮しますよ」
「何のマジックアイテムなんだ?」
「"重さ"に働きかける効果です。体が軽くなった感じがしませんか? ついでに疲労軽減の効果もオマケ程度ですが付与されています」
言われてみれば確かに。その場で足を上げ下げしてみると想像以上に動きやすい。まるで体に羽が生えたよう……とまではいかないが、その場で軽く跳んでみると1メートルほど浮かび上がった。
「そ、それあたしも欲しい! シャルマ、あたしにも作って!」
「え、えーと、メウさんは気力操作が使えますから、自力で何とかなると思いますよ。あくまでこれは気力の代用品ですし、今度メウさんにも気力操作の使い方をちゃんと教えますから」
「ええ~……あたし、むずかしいの嫌いなんだけど……」
ぷうっと頬を膨らませる。また指で突っつきたい衝動に駆られたが今回は我慢する。それよりもこのカード型のマジックアイテムについてだ。
「……シャルマ、もしかしてこれ、俺のために?」
「あは、そうですね……本当はもっときちんとした完成品が出来てから渡したかったんですけど。ごめんなさい、今のところはそれで我慢してください」
そう言って少し照れたようにポリポリと頬をかいた。
シャルマが俺のことを気にしてくれていたのはわかっていたが、こんな大掛かりな装置を手配してまでどうにかしてくれようとしているとは。そもそも気力を失ったのは俺自身のせいだというのに……。
「ありがとうシャルマ。その気持ちがすごい嬉しいよ」
「い、いえ、いいんです。これくらいしか私にはできませんし……私たち、チームですからね」
赤らんだ顔で優しく微笑んでくれる。
その言葉に俺は自分の浅はかさを恥じた。気力を失った俺に、もはや研究する価値がなくなったと見切りをつけてここでチームは解散となるのではないか。そんなことを今朝の俺は考えていた。しかしシャルマは気力を失った俺を励ますためにこんなサプライズを用意してくれていたのだ。
そもそも最初から分かっていたことだ。シャルマはそんなことで人の価値を判断するような人間ではないと。それはこの数日の旅の中でも十分に理解していたはずだ。シャルマにとって命を預け合うチームとはそんなに軽い存在ではなかったのだ。そして今では俺もそう考えている。
「……ありがとうシャルマ。本当にありがとう」
……前世の、人を心から信じられず、他人に心を開くことのなかった自分が足を引っ張っている。
裏表のないシャルマのまっすぐな笑顔を見ると、自分の心の奥にある闇が照らされているようで居心地が悪い。
メウやシャルマ、当然シャーロットもだが、心根の優しいみんなの笑顔は強い光だ。光が強ければ強いほど、それを向けられる俺の中の闇の姿が浮かび上がる。
俺の本質は結局のところ、誰にも認められずに諦めて勝手に落ちぶれた卑屈さだ。夢にまで見た異世界に来た今でも……その本質は変わっていないのかもしれない。そうそう簡単にねじ曲がった性格は変わらないのかもしれない。
けれどもせめて……こんな俺に優しく微笑みかけてくれるみんなだけは、何があっても大事にしようと思った。




