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鉄打屋、ヴェルリヤ本店

 ヴェルリヤという街は大まかに分けると三つの区画から構成されている巨大都市だ。

 街の外から入ってくる際、唯一開かれた門を抜けると下層地区と呼ばれる平民街が広がっている。ここはヴェルリヤでも一番広い区画で、住んでいる人数も多い。多種多様な民族が雑多に生活し、農民や商人や工業人、いわゆる鍛冶屋とかもここに房を構えて居住している。

 そこから僅かに勾配を上がると街を中心から半分に分断する長い川が見えてくる。街の中に湖とは正直驚いた。その川はぐるりと街の中を囲む水路のようになっていて、それが最終的に流れ着く先はラピス湖なのだという。山に囲まれた都市だからこそ山から流れてくる自然の川が街を横断する形なのだ。

 水が豊富な土地選びは街作りにおいて重要なポイントだが、さすがに川を囲んで作られた街は豊かに発展したようだ。

 その川を橋を渡って進むとそこは上層地区。身分の高い者が住み、中心部には巨大な教会のようなものが建てられている。この世界にも当然宗教はあるのか、と思った。上層地区は下層ほど賑わってはおらず、静かな高級住宅地という印象だった。商人たちが商売したり、職人たちが物作りの作業をしたりするのも主に下層なので、上層には店らしい店も無いのだ。なかなか入りづらそうな高級感あふれるレストランが数店舗あるだけだった。

 そしてそこから更に進むためには、厳重に出入りが管理される王城への門を通る必要がある。ラズリス城は高さのある崖の上に建設されており、そこに到達するには上層地区を通り抜けて長い石階段を登らなければならないのだ。

 ヴェルリヤは、平民の住む下層、貴族の住む上層、王族の住むヴェルリヤ城、といった形で三段構えの設計になっている。


「わかってもらえただろうか?」


「……ああ、十分に」


 俺の隣を歩くアジュールが得意げに言った。

 今俺が話したことは全てアジュールが街を案内しながら語ってくれた内容である。


「それでチヒロ殿、次はどこを案内しようか!」


 暑苦しい笑顔をやたらめったら過剰に振り撒きながらアジュールが訊ねてくる。


「いや、だからさ、俺たち勝手に見て回るから……」


「おお、そうだ! せっかく剣術の稽古を受けるのなら新たな剣を見てみるのはどうだ! 私が気に入っている鍛冶屋がこの近くにあってだなあ!」


 聞いちゃいない。いやそもそも稽古を受けると返事をした覚えもない。

 迎賓館からメウと二人して出てくると、アジュールが待ち構えていた。俺は気楽にぶらぶら散策したかったのだが、アジュールの圧に押し切られる形で街の案内をされたのだ。確かに右も左もわからない街を案内してもらえること自体は迷惑な話ではない。問題なのはそれがこの暑苦しさの権化兄さんが案内人だということだ。

 というかこの男、騎士団の中でも結構上の方の奴じゃなかったか。暇なのか、ラズリス王国騎士団。


「チヒロ、あたしあそこの露店に行きたいんだけど……」


 メウが右の袖を引っ張って何やらカラフルな飴細工を売っている露店を指さした。小さな子供たちが集まっていてきゃいきゃいと賑やかだ。

 が、その一方で俺の左腕はガッシリとアジュールに捕まれてどこぞへと引っ張ろうとしている。というか現在進行形で引っ張られている。


「すまんなメウ、次の場所を見たら買ってやるから」


「うう……さっきからそればっかり」


「はっはっは、チヒロ殿、急ごうではないか!」


 結局俺とメウは二人してアジュールに引きずられていった。

 そうして辿り着いたのは下層地帯でも特に暗い裏路地を抜けた先。立ち並ぶ建物の間にひっそりと看板が立てられていた。入り口は狭く、錆びた鉄の門を抜けるとその先には地下に降りる階段があった。


「アジュール、鍛冶屋に連れて行ってくれるはずだが?」


「鍛冶屋だとも! 騎士団には王室御用達の正式な鍛冶屋があるのだがね、ここは私の個人的な行きつけだ」


「チヒロ……なんか暗くて怖い」


「足元気を付けろよ」


 明かりが灯らぬ階段はひたすらに暗い。入って来た鉄門がズウンと重く響く音を立てて閉まると、唯一の光源さえも消えて一段降りるのも苦労するようになった。

 鍛冶屋を紹介してくれるとのことだが、果たしてどんなアングラな場所に連れて行かれることやら。文字通りアンダーグラウンドではあるのだが。

 どこからかゴオ、と何か巨大なものが唸るような低い音が聞こえて来る。まるで巨大な蛇の口の中に飲み込まれていくような錯覚を覚えた。


「よし、ここだ。二人ともついてきているな?」


 そしてついにその終着点に到着する。

 オレンジ色の光が縦の長方形の枠組みを形作っていた。向こう側からの明かりが扉を通して漏れ出ているのだ。

 そして無遠慮にアジュールはその扉を開け放った。


「っ……あっつ……う、ぉぉ」


 その扉をくぐって、一番最初に口から出たのはそんな言葉だった。

 とにかく暑い。空調の利いた部屋から真夏の熱波にさらされる屋外に出た時のような感覚だ。

 そして次いで目に飛び込んでくる風景。それはまさに俺が期待していた通りの光景だった。


「これは……すごいな」


 扉の奥は一面のオレンジ色だった。

 それは吊られたオイルランプに照らされているのもあるのだろうが、それよりも何台も置かれた炉から吹き出す炎が光源となっているからだ。

 カンカン、カンカン、と、ひっきりなしに鉄同士がぶつかり合う音が鳴り響いている。

 工房はそれほど広くはない。無駄な装飾のない武骨な室内で、壁は石のブロックを積み重ねただけ。壁には鍛冶道具なのだろう、ハンマーや平たい鋏などが掛けられている。均等に火を噴く炉が並べられ、それぞれに頑強な男たちが炉の傍の金床で鉄を打っている。そばには高く積み上げられた薪と石炭。火力を調整するのに使うのだろう。

 工房の奥には巨大な換気口があり、そこから煙が逃げていくようだ。


「こりゃあアジュール騎士団長、工房に顔出すたあ珍しいな。どうしたよ」


 俺がその光景に口をぽかんと開けて見ていると、近くで柄のない剣を持って両面の仕上がりを確認しているやけに背の小さなガタイのいいオヤジが声をかけて来た。

 ……ドワーフだ! と俺は口にはせずときめいた。リルの武器屋のオヤジもドワーフだったが、やはりこう普通のムキムキマッチョをズンっと下に圧縮して更にムキムキマッチョになりましたよ、というようなのがドワーフであるべきだろう。イメージ通りだ。


「やあガガ殿。今日は客人を連れて来ていてな。ヴェルリヤが初めてだというので一押しの鍛冶屋を是非見せてやりたいと思ったのだよ!」


「ほうほう、そりゃいい。見るだけならタダだ、好きに見て行くといい。だが火には近づくな? 焦げても責任は取れねぇからよ。ガッハッハ!」


 ドワーフのオヤジ、ガガと呼ばれた男は豪快に笑って俺の腰を叩いた。


「ここはヴェルリヤで一番上等な武器を作る工房だ。如何せん上等過ぎて量産のできぬ一品物しか降ろしてくれぬのが傷だがな。それさえなければ文句なしで騎士団の正式な装備にさせてもらう所なのだが」


「ガッハッハ、ウチはゼロから全部手作業でやっとるからなあ」


 言われてみてみると、確かにかなり原始的な鍛冶作業のようだ。この世界に来てまだ浅いが、あらゆる場所で生活の便利さのためにマジックアイテムを用いているのは理解していた。それは機械化産業という次の革命を迎える前のこの世界において、その代わりを果たすものだったのだ。そしてこの工房ではそういった類のものが見当たらない。やはり地球と同じで利便性と効率の良さを求めると品質の劣化は免れないものなのだろうか。


「おっと、紹介が遅れたな! こちらはこの鍛冶場の親方でガガ殿だ。ここにいる鍛冶職人は全員ガガ殿の弟子なのだ。それからガガ殿、こちらはチヒロ殿とメウ殿。事情があって国賓として城に迎えている冒険者たちだ!」


「どうも」


 右手を差し出すと、予想通りにガシッと掴んで力強く握られた。


「おう! ……って、なんでい、全然筋肉がねえじゃねえか! 冒険者ならもっと肉食って鍛えろ!」


 そしてブンブンと上下に腕を振り回される。ああ、これ昨日も見た奴だ。アジュールと馬が合いそうなオヤジだと思ったが、どうやら同類らしい。

 先ほどから黙っているメウにも挨拶させるかと背後を振り返ると、迫力のあるガガが怖いのか俺の背中に隠れていた。


「ガガ殿、私もそう思ったので明日からチヒロ殿の稽古を始める予定なのだ!」


 そしてどうやら俺の稽古は明日から始まるらしい。知らなかったなあ。


「それでガガ殿、せっかくなので稽古前に武器の新調などしてはどうかと提案してな! どうだろうガガ殿、何かいい剣はないだろうか?」


「ふうむ、まあ、あるにはあるが……おう坊主、ちょっと今使ってる剣を見せてみろい」


 言われるがまま腰に帯刀していた長剣を差し出す。正直これだって見惚れたほどの業物なので特に新調するつもりは無かったりするのだが。身の丈に合わない上等品を安くしてもらった恩もあるわけで


「ほう……んん? こりゃあ……」


 と、親方は舐めるようにぐるぐると長剣を調べている。


「坊主、どこでこれを?」


「リルの町の武器屋だけど……」


「ほう! やはりそうか!」


 ピン、と指先で刀身を弾く親方。鋭い金属音が鳴った。


「こいつぁジジ師匠の打った剣だな。リルで小さな武器屋をやってると聞いたが、相変わらず素晴らしい出来だ」


「……ジジ師匠?」


「こいつを売ったのは小さなドワーフじゃなかったか?」


 ドワーフはすべからく小さいのだが。とは思ったが口にしない。あの武器屋の店主のことを言っているのだとしたら、確かに背も小さければガタイも小さかった。小さいドワーフ、という形容はまさしくその通りだと思う。

 頷くと、得心がいったようだった。


「ジジ師匠は昔この工房の親方だった男だ。俺の師匠で、俺にこの工房を任せてリルで武器屋を開くと言って急に出て行ったんだ。それ以来しばらく会ってなかったが、さすがは師匠だ。工房を離れても腕はちっとも落ちちゃいねえ」


 そう言ってガガは懐かしむように長剣を眺めた。あの爺さん、ただものじゃない雰囲気があるなとは思っていたが、王都でも指折りの鍛冶屋の元親方だったとは。たまたまふらっと入った店だったが、どうやら大当たりの武器屋に巡り合っていたらしい。


「……ということは、チヒロ殿が持っている剣は新調する必要もないほど上等なものということか」


「おうとも、上等も上等。今ウチにある剣でこれ以上の品物は一本もありゃしねぇよ」


「いやー……随分といい品を譲ってもらってたんだな、俺は」


 改めてあの爺さんに感謝の念を送る。こんないい剣をたった100ジェムで売ってくれたのは偏にあの爺さんの好意からだ。


「せっかく来てくれたのに悪ぃな。なんならこの短剣でも持っていくか? 弟子に作らせた習作だが、そこらの武器屋に並んでる品と比べても上等なもんだぜ」


 そう言って手渡してくれたのは、特殊な形の短剣だった。持ち手は渦を巻くように握りをよくする加工がされており、刃の部分は不自然に内側にカーブしている。ナイフというよりも鉈やククリのような形状だ。


「いいのか?」


「気にするな! 久しぶりに師匠の売った剣を見せてもらった礼だ。とっとけ!」


「……じゃあ、お言葉に甘えて、いただくよ。ありがとう」


 受け取ったナイフを抜いて見てみる。やはり形状としてはククリだ。くの字型にカーブした内側に刃が付いている。戦闘用というよりはサバイバル用という方がしっくりくる。とはいえ俺にはやはり上等な長剣があるわけで……。

 と、そこで思い当たった。そういえばメウには弓は買ってやったが近接用の武器は持たせてないはず。重量もそこまで重いわけではないし、もしもの時のためにナイフの一本くらい持たせておいてもいいかもしれない。


「子供の護身用に持たせても大丈夫なものかな」


「うん? まあ、それなりに斬れるからな。自分の手を切っちまうようなガキじゃなけりゃ大丈夫じゃねえか?」


「そうか、さすがにそこまでアホじゃないだろ……」


 といって背中に隠れていたメウにククリを渡してやる。


「というわけでお前が持っておけ。言うまでもないが、これを持ってるからって積極的に前に出て戦うんじゃないぞ」


 メウは手にしたククリをじっと見つめて、それから俺を見て顔をしかめた。


「……子どもの護身用って、あたしのこと?」


「気にすんなよ言葉の綾だって」


 イラっとした感情を隠すこともなく睨み付けてくるので、まぁまぁと肩を叩いて宥めた。

 そしてガガの親方に礼を言って鍛冶場を後にした。そろそろ鍛冶場の熱で汗をかきすぎて気分が悪くなりつつあったのだ。


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