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ありがちなテンプレ異世界ライフだけど思ってたのとなんか違う  作者: 阿坂玲
第一部 理想の冒険者生活は思ってたのとなんか違う
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内なる声、内なる世界

 まどろみの中にいるような、そんな心地だった。

 意識が段々とはっきりしてくる。

 俺は横に倒れており、地肌に触れる床の冷たさを感じていた。


『起きてください。もう動けるはずですよ』


 その声は暖かく、慈愛に満ちた声色だった。朦朧とした意識の中でなんとなく豊満な肉体を持つ母性のカタマリのような女神の姿がイメージされた。


 俺はいったい、何をしてたんだったか。ここはどこなんだろう。目を開けると、自身のすぐ近くに何者かの気配を感じた。

 ハッ、と急激に覚醒する。


「……っは、はっ、はあっ」


 まるで今まで呼吸を忘れていたかのように、大きく口を開けて空気を取り込む。いや、実際に呼吸を忘れていたのだ。なぜなら今この瞬間まで俺の身体は死んでいたのだから。

 足の指の先まで全身に痺れがあった。だが取り込んだ酸素のおかげか血液が巡りだし、段々とその痺れもなくなっていく。呼吸が落ち着くまでしばらくして、脳にまで血液が行き渡ったのだろう、思考がクリアになって来る。

 俺はいったい、どうなったんだ……?

 記憶を探ってみる。確か俺は、不思議現象のさなか、トラックの前に……。


『あなたは、死んでしまったのです』


「っ!?」


 その声に、慌てたように飛び起きる。そして自分がいる場所をようやく認識した。

 そこは暗闇。自分が立っている場所すら危うくなるほどの暗闇。周囲を見渡しても、明かりひとつない真っ暗闇だった。しかし不思議なことに、とても近くから、誰かがいるような気配を感じるのだ。


「だ、誰……だ?」


『私に姿はありません。私はあなたです。あなたの中にいるのです』


「なに、言ってんだ……」


 目を凝らして暗闇の中を探ってみる。


『私の姿を見つけることはできません』


 声の主は優しくそう言った。

 俺は現状把握のために必死で考えていた。この暗闇、そして死んだはずの自分。声の主。ここはどこか? 現実なのか、それとも何か別の……。


「お、俺は死んだ、って、言ったか……?」


『はい。あなたは死にました』


 声の主は変わらぬ態度でそう告げる。姿の見えない不気味な存在であったが、どうやらコミュニケーションは可能なようだ。


「あんたは、……あ、いや、あなたは女神的な、何か、なのか……?」


『いいえ、私はあなた。あなたの内なる声です』


「俺の、内なる声……? 悪い、ちょっと、何を言ってるのか……」


『そのままの意味です。私はあなたの中にいるあなた。それ以外の何者でもありません』


 母性を含んだ声。何を言っているのか、いまいち理解できない。まさか、俺が生み出したイマジナリーフレンド的な何かだとでもいうのか?


「ここは、どこなんだ……? 天国か、地獄か……俺は死んだんだろう?」


『ここは特定の場所ではありません。あなたの心の内なる世界です』


 ……よく、わからない。

 さっきからこの調子だ。なんだ、俺は、何と会話しているんだ? スマホのアプリか、翻訳ソフトか何かと会話している気分になってくる。

 こちらの言葉が通じていないわけではない。ただ、向こうが何を言っているのかまるで理解できない。


『……』


 しかも、こちらが何かを問いかけなければ、向こうから何かを話しかけてくる気はないようだ。

 しばしの間、無言が続く。

 その間に俺は現状を段々と受け入れ始めていた。

 まず、俺が死んだというのは、前提として受け入れよう。あの不思議な時間の止まった空間で俺はトラックの前に飛び出した。そして轢かれた。その記憶は確かにある。幸いにも即死だったのか、痛みを感じる前に意識が途絶えたのだと理解できる。

 ではここはなんなのか。俺は死んだにもかかわらず、こうして思考してる。意識がある。自我がある。……幽霊というものは信じていないが、今こうして死んだはずの俺が意識を保っているということは、俺は霊にでもなったのだろうか。しかしここは天国でも地獄でもない、らしい。この声の主が言うには、だが。


「あの……」


『なんでしょう』


「あなたは、俺の、内なる声、と言ってました……言ってたけど」


『その通りです』


「どうして俺は自分の内なる声と会話できてるんだ……?」


 恐る恐る、尋ねてみた。


『私は、あなたの内なる声であると同時に、あなたの世界の声なのです。あなたがあなたの世界で迷わぬように、導く者なのです』


 ……あぁぁ、もう、会話すればするほど混乱する。

 なじみのない言語を無理やり性能の悪い翻訳ソフトで直訳したかのような言葉に、俺の思考はかき乱されるばかりである。


「……わかった。もう、理解できないことは全部無視する」


 内なる声とやらが言う言葉を理解しようとするのは、諦めた。理解できない言葉を無理やり理解しようとしても無駄だ。

 どちらにせよこの声の主は俺が知らないことを知っている。内なる声とか抜かす割には矛盾しているようにも感じられるが、これはもう無視しよう。


「俺は死んだはずだが、現にこうして意識がある。俺は幽霊になったのか?」


『いいえ、あなたは確かに死にましたが、幽霊になってはいません。あなたの魂は未練によって保存されたのです』


 お、初めて有用なヒントが聞けたような気がする。


「保存? 魂の保存とはなんだ? それをされるとどうなるんだ?」


『魂の保存とは、霧散して消滅するはずだった心や記憶を回収して、形成して留めることです。そうすることであなたは消滅から免れるのです。まさしく今の状態のように』


 だんだんと、この声との付き合い方がわかってきたような気がする。こいつはつまり、AIみたいなものだ。的確な質問をしなければきちんとした返答が返ってこない。そうだと分かればお手の物だ。俺は暇つぶしによくスマホのAIアプリと永遠に会話し続けていたのだから。


「それは……えっと、魂の保存をした理由はなんだ?」


『それはあなたが特別な魂の持ち主だからです』


「……えー、俺のどの辺りが特別なんだ?」


『あなたが世界に絶望し、異なる世界に渡りたいと心の奥底から強く望むという点に特異性があります。そしてその願いはすなわち未練なのです。未練に縛られているのです』


 つまり?

 ええと、あんまりにも異世界行きたい、って思い過ぎてたせいで、それが未練になって成仏も許されなかったってことなのか。

 なんだそれ。いや、むしろ俺の異世界への愛が本物だと証明されたようで嬉しかったりもするが。


「じゃあその、異世界に行きたいって未練が無かったら、俺はとっくに成仏してるってことか」


『その通りです。未練とは願い、願いとは未練。特にあなたの魂はその度合いが高すぎたため、魂が保存されました』


 なんということだ。この時点で俺はほんの少し心が沸き上がり始めていた。なんとなく予感を感じていたのだ。

 だって未練なんて言われると、成仏するためにはそれを果たさなくちゃいけない。異世界に行きたいという未練を果たすためには……。

 なんとなくこれは、見たことがあるパターンだと。

 深夜アニメで見たことある奴だこれ。


「え、えっと……念のために確認するが、俺は……異世界に行きたいと強く願っていたから、死んだのにも関わらずこうして自我を持ってここにいるって……認識でいいか?」


『その通りです』


「……拡大解釈するようだが、も、もしかして、異世界に行けるとか、そんなだったりする……?」


『……』


 おい、どうしてそこで止まる!


「違うのか……? 俺は異世界に行けるんじゃないのか!?」


『……たの……存…………世界……罪……』


「おいおい急にバグってんじゃねえよ……」


 しばらく、内なる声さんの返事を待ってみる。数秒か、数十秒か経って、ようやく返答がもらえた。


『えー、お待たせしました。あなたが望むのであればそれも可能ですね。世界は無数に存在しますので、一概に『異世界』と言っても、それは無数に存在する世界の内の一つです。その中でもあなたのお好みに合わせてイメージに一番近い世界を検索することが出来ます』


 ……え、なんだか急に流暢になったな。

 まるでサポートセンターに問い合わせたら電話口で『担当の者に代わります』と言われてコミュ力高い人が出て来た感じだ。


「つまり、俺のイメージする、理想の剣と魔法のファンタジー世界に行くことができるって思っていいんだな?」


『その通りです。それがお好みなのであれば』


 ……マジか。


「あ、あぁぁ……俺、今まで生きてきてよかった……いや違う、死んでよかった! やっと、やっとだよ……一体どれだけこの日を待ち望んだことか!」


 異世界。夢にまで見た、異世界が……ついに。

 いったいどれほどの時間を異世界への妄想に費やしてきたことか。

 いったいどれほどの異世界転生モノの作品を読み漁ってきたことか。

 正直色々と考えなければいけないこととか、理解できないような現象とかが眼前に山積みになっているような気がしないでもないのだが、いやいやそんなこと、いざ異世界に行けますよと言われてしまうと些末な問題だ。


「とりあえず異世界召喚されたら、まずは冒険者としてイチから鍛えないといけないよな。これは基本だろ。そのあとはきっと内なる秘めた力が覚醒して、無敵の勇者になるか、はたまた魔王として君臨するべきか……。どちらにせよご都合主義パワーと主人公補正で亜人やモンスター娘から愛されまくって人外ハーレムを作るのは必須だな。地球の知識を活用して一財産築いて大富豪として豪遊するのもマスト! いやいや、そもそも召喚じゃなくて転生する場合はやっぱり王道としては赤ん坊からスーパーエリートとしてゼロから始めるっていうのもアリか……? 十歳にしてギルドマスターぶっ倒したりしてな。う~~ん、いや、第二の人生を真っ当にやり直すならそれはそれで素晴らしい気もするが、せっかくの異世界生活を赤ん坊からやたら不自由なまま何年間も過ごすのはちょっともったいないような気もするな……」


 はっ、いや、待て待て、ちょっと待て。


「そういえば俺は、元の世界ではトラックに轢かれて死んで……今の俺は魂とやらをかき集めてここにこうしてるって言ってたよな? ということはつまり、俺の肉体はもう失われてるってことなんじゃないのか?」


『その通りです。肉体は既に失われ、今のあなたはあなたの記憶と心を形にしただけの存在にすぎませんからね』


「だったら……俺が異世界に行ったらどうなるんだ? やっぱり、この記憶と心を持ったまま別の肉体に転生して……つまり、赤ん坊として産まれ直すってことになるのか?」


『いいえ、一つの肉体が持てる魂は一つきりです。生き物は誕生した瞬間に肉体と魂を持つので、そのような芸当はできません』


 赤ん坊転生説は否定されたか……、ならばどうなるのか?


『そんなあなたには……なんと仮初の肉体が与えられます』


「仮初の肉体……? その、なんだ、ホムンクルス的な、いや……どっちかというとゴーレム的なものか」


『……あなたに伝わるように表現する言葉が見つかりませんが、仮初とはいえ、実質あなたがこれまで保ち続けてきた肉体と何ら大差ありません。元々のあなたの肉体の情報を基に、新しい世界に存在する有機物で構成され、形成された新たな肉体です。これまでの世界、ええと、地球……とは世界の法則が異なりますので、それ用にチューニングする必要もありますから』


 有機物で形成される肉体……。それってやっぱりホムンクルスか、むしろどっちかというと人工的に造られた義体みたいな感じか。


「……じゃあつまり、俺はこの俺のまま異世界に転移するってことなんだな?」


『その通りです。とはいえ肉体はこれから生成されるので、魂が宿る前であれば多少の変更を加えることはできますが』


「変更、って言われてもな……」


『何か希望はありますか? 何も問題がなければこれより肉体の生成を行います』


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 肉体の変更……つまりは、キャラメイク……みたいなもんだよな。これから生成するとか言ってたし。

 俺の情報を基に生成するって言ってたし、多少ってことはさすがに性別を変えたり、エルフにしてくれ、みたいなものは無理なんだろう。

 だったら例えば頭身を変えたりとか、もう少し顔面をマシにするとか色々したいところだが……。せっかくハーレムを作る予定なのだから美青年であるに越したことはないだろうし。


「とりあえず……肉体年齢は若くしておいて欲しいな。さすがにずっと引きこもりっぱなしの三十手前の不健康な肉体のままっていうのは厳しいしな、せめて十年くらい前の状態で……。あとは少し筋肉質に。スポーツなんかはやってこなかったし、運動神経とか反射神経なんかも改善されると嬉しいんだが……あ、そういえば視力がガタ落ちしてるから目を良くしてほしい!」


『承りました。その程度であれば変更可能な範疇です。……肉体の生成が完了しました』


「えっ、もう終わったのか!? できればイケメンにして欲しかったんだけど……っていうか結局、内なる声とやらの正体はわからんままなんだが……俺の内なる声のくせに、俺の肉体まで作れるとか一体何なんだ?」


『それでは、これより魂の定着のために世界の開通を行います』


「ちょっと、まだ準備が良いなんて言ってないんだけど。ってかなんか急いでない?」


 俺がそう言い終わるよりも前に、これまで真っ暗闇で何も見えなかった世界にだんだんと光が射し込み始めた。

 暗闇に慣れた目が眩しさを感じることもなく、魂だけで肉体なんてないはずの身体に暖かさが伝わってくる。


『……言い忘れていましたが、あなたには新しい世界での使命があります』


「は!? なに、使命?」


『あなたが魂を保存されたのは、使命を果たすことができると判断されたからです』


「……判断? 誰が判断したんだ?」


『あなたが死んでも死にきれないほど強く願い望んだ意志こそがあなたの魂を保存するための核となっています。しかしその核の維持のためには使命を果たすことが不可欠なのです』


「おい、なんか急に俺の話を無視しだしたな?」


 そんな一方通行の会話が繰り広げられる中でも、射し込む光は徐々に強さを増していく。暗闇は今となっては完全に消え去り、辺りには光が満ち始めていた。


『使命を果たさなければあなたの魂は徐々に摩耗し、仮初の肉体に留まり続けることができなくなってしまいます。故にあなたが存在し続けるためには否が応でも使命を果たさなければならないのです』


「そ、そんな脅迫めいたことを言われてもだな……これから夢の異世界に行くってのに……」


『さてその使命の発表です。ジャン! あなたがこれから向かう世界では、近い未来、魔王が誕生しようとしています。あなたが果たすべき使命はその魔王の誕生を阻止することです』


「さらっと重大そうなことを言うね! ジャン、って何。そんなの言うキャラじゃなかったじゃない。……って、魔王……魔王か。やっぱりそういうのが存在する世界なんだな!?」


『まだ存在はしていません。これから生まれようとしているのです。そしてそれをあなたは阻止しなければなりません。……それではあなたの内なる世界と外の世界の開通が完了しました。これより、魂の定着を行います』


「やっぱりなんか急いでるよね? 不都合なことでもあるの? 俺、ちょっと不安になって来たんだけど」


 と、それまでしっかりと地に足がついていた感覚が急激に危うくなり、ふわりと身体が浮遊するような感覚に襲われた。

 そのまま身体が溶け出すような錯覚に陥り……いや、実際に溶け出しているのだ。自身の身体の感覚すら曖昧になっていき、視覚もぼやけてくる。


『魂と肉体の定着が安定域に達しました。どうか決して使命を忘れることなく。……それでは、よい旅を』


「ちょっと、色々まだ聞き足りてないこととかあるんですけど! あ、だめだ……なんか、意識が朦朧と……」


 そうして、俺の意識は途絶える。暖かい光に包まれ、まるで本当に成仏でもするかのように意識が刈り取られた。

 内なる声、内なる世界、全くもって理解できないことばかりであり……不安に駆られるのは仕方がない。だがしかし一方でそう思いながらも、強く強く望み続けてきた……異世界。消え行く意識の中で期待と興奮に胸が高鳴る気持ちの方が強かったのもまた、仕方のないことだった。


そんなこんなで死んだと思ったら異世界に行けることになりました。

マジかよ! それなんてなろう系?


『まさしくなろう系です』


だ、誰だ……! まさかこいつ、俺の脳内に直接……!?


『先ほどからずっと脳内に直接語り掛けています』


この声はもしかして……小野君?


『そのような軽薄な四股男ではありません。私はあなたの内なる声です』


小野君って四股もしてたんだ。そこまで行くと器用過ぎてちょっと尊敬するわ。


『小野が本命と考えているみゆきは、既に小野の浮気には気づいています』


……あーあ、その上みほちゃんにまで手出す気なんだもんな、あいつ。

血を見ても知らんぞ。もう会うことはないと思うけどさ。


『みゆきは小野の浮気を承知の上で付き合い続けています』


なにそれ。意味わかんない。

女心って複雑なのね……。いや、女の子と付き合ったことのない俺には想像すらできないか。

っていうかさ、内なる声さんはなんでそんなことまで知ってるの? 全知全能なの?

やっぱり俺のイマジナリーフレンドなんかじゃなくて、女神的な存在なんじゃないの?


『本編に関するネタバレに抵触する恐れがあるのでお答えできません』


ええ……じゃ、何のために出て来たんだよ。


『これ以降出番がなさそうなので今のうちに顔を売っておこうと判断しました』


それはネタバレじゃないんだ。つか、顔を売るっていうか俺の内なる声なんだから顔なんかないだろ。

あるとしてもさ、それってどうせ俺の顔と同じだろ?


『本編に関するネタバレに抵触する恐れがあるのでお答えできません』


あーもう、じゃ、何なら答えられんだよ!

もういい! 役に立たないんだったら帰れ!

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