気力、そして魔力
「あら、チヒロさん、おはようございます」
と、そんな時に背後から声を掛けられる。
振り返ると酒癖最悪残念美女のシャルマ女史であった。
「う、しゃ、シャルマ……おはよう、今日は飲んでない……よな?」
「ええ、朝ですから」
うふふ、と口に手を当てて笑うシャルマ。こうしていると最上級の美女なのだが……前回のあの酒乱っぷりを思い出すと、うすら寒さすらある。
ちょっとしたトラウマになっているのは秘密だ。
「先日はご迷惑をおかけしてしまったようで、せっかくのチヒロさんの冒険者デビューのお祝いだったはずなのに申し訳ありません。お酒を飲むと最後の方は記憶が無くなってしまうので……ダラスさんからチヒロさんが大変そうだったとお聞きしました」
「ああ、いや、まあ……気にするなよ。こちらこそ奢ってもらって悪かったな」
「いえいえ」
さすがにあれだけ酒が入って大暴れした上、俺の大事なファーストキスを奪ったのだ。記憶をなくしていていなければ逆に俺が困る。本人もシラフならこの物腰の柔らかさであるし、酔った時のことを言及するのはやめておこう。
と、そんな俺とシャルマの会話を見ていたメウが困ったようになっていた。
「チヒロさん、こちらの可愛らしい女の子は?」
「あー……なんといえばいいか、俺の冒険者仲間、かな?」
行き場のない浮浪児を拾って来た、とは言えない。
「初めまして、私はシャルマです。私も一応冒険者なんですよ」
「う、あ……、あたし、メウ」
不自然に目を合わせないメウ。先ほどまでの俺を相手にしていた時とは打って変わった大人しさだ。
借りてきた猫のよう、とはまさにこのことか。
「おいメウ、どうしたんだ。シャルマは挨拶してるだけだぞ」
「あら、嫌われてしまいましたでしょうか……」
残念そうに頬に手を当てるシャルマ。
「そ、そういうわけじゃないけど……」
……ははん、こいつさては人見知りか。
そういえば昨日も去り際には言葉少なに俺についてきたし、安全で心を許せる相手だと判断しないと無意識に警戒してしまうのだろう。まあ育って来た環境を考えるとそれも詮無いことか。
「悪いなシャルマ、こいつちょっと人に慣れてなくて」
「ミャウ族は集落から出てくることは滅多にありませんし、仕方のないことかもしれませんね。でもメウさん、せっかくこうして出会えたのも何かの縁、仲良くして頂けると嬉しいです」
シャルマは慈愛に満ちた素敵な微笑みでメウに語りかけた。何とも邪気のない善人ぶりである。損得勘定と打算で生きている俺に爪の垢を煎じて飲ませたいものだ。
俺が傍にいるとメウの教育にもよくなさそうだし、是非ともメウにはシャルマから善悪を学んでほしい。二人が仲良くなってくれたらいいな、と思った。
ただしシラフの時に限るが。
「う、うん……」
と、俺の知るメウであれば決してしない表情で、おずおずと頷いた。こうしてみると優しい姉と大人しい妹、といった感じで微笑ましい。邪推するようだが、きっとこうしてまっすぐに好意を向けられることに慣れていないのだろう。
それ以降メウは気恥ずかし気に俯きながら黙々とモグモグしていた。
「ところでチヒロさん」
「なんだ?」
と聞き返すと、シャルマはいつになく真剣な顔でこちらをまっすぐ見つめて来た。もしかしてこの短い期間で惚れられてしまったのだろうか。
なんて冗談半分に考えていると、シャルマの鼻がピクピクと動いている。くんくん、と匂いを確かめるような仕草である。
いや待てそういえば、シャルマが匂いを嗅ぐということにはもう一つ意味があったはず。
「すん……どうして気力が変質しているのですか?」
そう、シャルマの気力感知は嗅覚にリンクした特殊な方法だった。
「やっぱり、変わってるか」
「ええ、この前は甘い感じがしたのですが……って、それ自体も随分とおかしなことなんですけれど。今はそれに木々の匂いのようなものが混ざったような気がします」
それは自分でも少し危惧していたことである。先日のあの魔獣との戦いの際に起こった現象。あれはどう考えてもあの青く燃える炎のような魔獣の気力を……俺が吸収したようであった。結果として俺の気力は魔獣の気力と混ざり合い、変質してしまったと。
とはいえ最も重要なのは……。
「気力の質が変わる、っていうのは、その、珍しいことなのか?」
そう、それが誰にでも起きうることなのか、ということだ。
俺があの時行ったこととしては、気力操作を行って魔獣を打ち倒した、ということのみである。別に魔獣の気力を吸い込んでやろう、と思ったわけではない。
にもかかわらずあの現象が起きたということはまた何か別の、俺の認識外の事象が起こっていたということなのではないか。
「……私の知る限りでは、そういった方はチヒロさん以外に見たことがありません。ただ……」
「ただ?」
「以前、モディアンドの王立図書館の文献を読んだ際に知ったのですが、過去にはそういった極めて珍しい特殊な例もあったとか」
ふうむ。と腕を組んで思案する。モディアンドとかいうよく知らない国の名前を出されたが、今はよく知らないのでここはスルーしよう。
気力が変質すること自体は、珍しいが無くはない。
とはいえ俺が本当に知りたいのは気力の変質の方ではなく、魔獣の気力を吸い込んでしまったという現象についてなのである。
「シャルマは随分とそういうのに詳しいように見えるが」
というよりは俺が無知なだけか。しかし王立図書館などといういかにも物々しいような場所で調べ物をしているのだ。そこらの人より専門的な知識を持っていそうだ。
「実は、私は冒険者の資格も持っていると言いましたが、本業はまた別で……魔術研究をしているのです」
まじゅつ。魔術か。ヒイロによって存在は仄めかされていたし、いずれきちんと知ることになるかな、とは思っていたがこうしてきちんとその言葉を聞くと沸き立つものがある。
「以前は王立の研究所で研究員をしていたこともありますし、それなりに知識はあるつもりです。ですが……それでもチヒロさんの気力は異様なのです」
専門の知識人に太鼓判を押されてしまった。お前は変な奴だと。
それから俺もイ族のシェフの用意してくれた朝食をつまみながら、シャルマの話を聞いた。俺がそういった類の知識がまるでないというとシャルマは丁寧に教えてくれたのだ。
曰く、民族などの違いで気力の質は異なるということ。それはそれぞれの身体的な特徴や、独特な能力に起因するものであるらしい。気力というのは肉体に流れる生命エネルギーであるため、気力がその肉体を形成しているという見方もできるらしい。例えばあのシェフのイ族。イ族の体には全身を覆うような分厚い体毛が生え揃っている。しかしヒト族にはそんなものは生えない。それはヒト族とイ族の気力が異なるかららしい。
その話を聞くと、気力というのは遺伝子情報のようなものの役割も兼ねているのかと考えた。
民族別での気力の差こそあれ、同じ民族内で決定的に気力の質に違いがあるはずがない。もし仮に俺がヒト族と異なる気力を持っているとするなら、俺の体にもその変化が表れていないとおかしいのだと。遺伝子と捉えるなら、俺は人の遺伝子とまた全く別の生物の遺伝子を同時に持っているということ。
……つまり、あの狼の魔獣の気力を吸い込んで変質してしまった以上、俺の肉体にもあの狼のような体毛が生えるとか、帯電したたてがみが生えるとか、アホみたいに長くて鋭い牙が生えるとか。そうなるということか。
「ちなみに、他の生き物から気力を吸収する……っていう話は聞いたことあるか?」
「気力の吸収、ですか……? い、いえ、そのような事例は聞いたこともありません。そもそも気力を用いた治療術……つまりは自身の気力を分け与える行為ですが……それすらも、気力の質が異なる相手には却って有害になります。比較的気力の質が似ているヒト族とミャウ族などの間でも、全くの副作用なしに気力を与えることはできません。下手をすれば治療をするつもりで気力を分け与えた結果トドメを刺してしまう、なんてことも……」
なるほど、要するに自分と異なる血液型の人間に輸血してはいけないということか。
どう考えてもあの魔獣の気力と、ヒトである俺との気力に親和性があったとは思えない。結果的に魔獣の気力が混じったせいで、より異様な気力になってしまったのだから……。この状態で無事にヒトの姿をとどめていられること自体が理論上考えられないことらしい。
「えっと、つまりチヒロさんはその魔獣の気力を吸い込んだせいで、自身の気力が変質した、ということですか……?」
「……まあ、多分そうだな」
「そんな……あり得ません」
そう言われても、あり得てしまったのだから困る。
ふと気づく。そもそも俺はこの世界に転移した別世界の住人である。この肉体すら、自然に生まれたものではなく人工的? に作られた仮初の肉体なのである。
俺が気力を吸収できる特異体質であることと、変質した気力を持っていてもこの肉体を変化させずに留めておけるのは、もしかするとその辺の事情と関係があるのかもしれない。
つまり……これこそが異世界転移者である俺だけに許された、チート能力ということなのか……!?
「ふ、ふふ……なんだ、そういうことか」
「チヒロさん……?」
「心配する必要なんてなかったわけだ。だってこれは異常なことでもなんでもなくて、俺の能力なんだから!!」
フハハハ、と高笑い。シャルマはもちろん黙って朝食を食べていたメウも頭がおかしくなった人を心配するように見つめて来た。
俺の異世界チート物語、ここに始まった!
って、なんかいろいろ始まってばっかりだな。
「チヒロさん、一つ提案があるのですが」
「うん?」
そんな俺の有頂天ぶりに水を差すシャルマ。
立ち上がって両手を上げていた自分に気が付いてちょっと恥ずかしくなった。
「しばらくの間、私にチヒロさんの特異体質の研究をさせてもらえませんか? 研究員としては休職中ですが、チヒロさんを見ていると、こう、研究員として疼くものがあると言いますか……」
「研究? え、俺をどうするつもり……?」
脳内に広がるのは怪しい地下の研究施設で手足を拘束されて脳の摘出手術を受けるイメージ。
「ああいえ、そんなに構えないでください。単にチヒロさんの傍で気力の観測をしたり、色んな状況下での気力の変質具合を調べたりと、その程度のことです」
危険はありません、と断る。
とはいえ傍で観察とか言われると、色々と不便なものも感じざるを得ない。いかにこのシャルマ女史が……まあホントに女史だったわけだが、彼女がド美人だとは言え、四六時中付きまとわれるのは困る。それこそ俺にも冒険家業で一旗揚げたいという夢もあるし、可愛い女の子だらけのハーレムを作る目標もあるわけだ。ああ、あとすっかり忘れていたが魔王誕生の阻止もついでにやっておかないといけないらしいし。
ぶっちゃけそこまで暇ではないのである。
とはいえ俺も自分のこの体質をきちんと理解しておきたいところであるし……。
「あっ、良いことを思いつきました!」
と、シャルマ女史。
「私も冒険者資格がありますし、魔術に関してならそれなりに自信はあります。冒険者としてチームを組むというのはいかがですか? メウさんもチームの一員ということは、まだ結成したばかりですよね?」
急に話を振られてビクッとするメウ。困惑したように俺の方を見てくる。どうにかしてくれ、ということだろうか。ぐいぐい攻めてくるコミュ力モンスターのシャルマに余程苦手意識を持っていると見た。
しかしチームか。つまりはパーティを組もうというお誘いなわけだ。
前世ではネガティヴな性格のせいでなかなか気の許せる友人はできなかったが、せっかく夢の異世界に転移したのだから生まれ変わったつもりで交友の輪を広げてみてもいいかもしれない。いわゆる異世界デビューというやつだ。
それに冒険者としてこれからも活動を続けるのであればあの魔獣のような危険な存在と今後もまた戦うこともあるだろう。その時に魔術の使える後衛がいればパーティバランス的にも安定するのではなかろうか。
しかも魔術師であるシャルマにチームに入ってもらえるのならば……俺としてもまた別のメリットがあるのではないか。
「俺が研究に協力する見返りに、シャルマが俺に魔術を教えてくれるっていうのはどうだ?」
「魔術、ですか。確かにチヒロさんの気力量はとても多いですし、魔術が使えれば有利だとは思いますけれど……」
「何か問題でもあるのか?」
もしかして、魔術を使うには先天的な才能とかが必要だったりするのだろうか。
だとしたら俺の思い描く理想の勇者像から遠のいてしまう訳だが……。
「いえ、その、魔術を行使するには、当然ですがその元になる魔力を消費します。魔力というのは、気力のように最初から誰もが持っているもの、という訳ではなくてですね」
ふむ、それは尤もである。魔力というのがどういうものかはこの世界では聞いたことがないが、魔法の元になるというのはありとあらゆる異世界モノでも揺るぎようのない共通認識のようなものだ。異世界モノどころか、あらゆる魔法を題材とした作品共通とも言える。
その魔力を持っているかいないか。やはり魔術を使うためには才能がいるということか。うーん、このチート能力で何とかならないものか。
「俺には魔力がないってことか?」
「あっ、いえ、そうではなくてですね。そもそも魔力というのは自身の気力から精製される力なのです」
うんん? どういうことだ?
「これは高等技術なのですが、自身の気力を操作して体外に放出し、それを操作の応用で霧散しないように留めるのです。そうして精製されたものが魔力なのです」
「……つまり、その魔力っていうのは元は気力ってことか?」
「その通りです」
なるほど……体内に流れているうちは気力、それを外に放出したのが魔力。気力≒魔力、ということだ。
うーんこれは異世界モノでもあんまり見ないタイプの設定だ。いや、設定とか言うとよくない。この世界ではそれが物理法則なのだ。
「気力を練り上げたものとはまた異なる、大気中の魔素を利用した魔術の行使方法もあります。もちろんそのためにはまた違う技術が必要になるのですが」
出た。魔素だ。異世界にはつきものの存在だ。魔力自体が俺の思っていたものとちょっと違った分、聞き慣れた単語を聞くとなんだか安心するな。
「それで話を戻しますと、確かにチヒロさんは膨大な量の気力を持っています。それを魔力に転用できれば様々な魔術の行使が可能となるのは間違いないのですが……そもそも、気力を魔力に精製するための技術、これは気力操作というのですが、その技術の体得がとてもとても難しいのです。チヒロさんは前段階である気力感知はどうやら修得されているようですが……」
「ふむ……気力操作か。確かにただ単に気力がたくさんあるだけじゃ宝の持ち腐れだな」
「気力操作さえ自由にできるようになれば、あとは放出した魔力をイメージに沿って変化させるだけでいいんですけれど……」
なるほど。この世界の魔術はいわゆるスキルとか体系化されたものというよりも、イメージ頼りの超能力に近いものということなのか。
しかし気力操作か、シャルマがそれだけ言うのだから相当難しい技術なのだろう。
なにせこうやって自身の気力を操作することすら死線の中でたまたま獲得しただけに過ぎないのだから。
うん? 気力操作? それって……俺、できるよな?
体の中の気力の流れを掴むようにして、それを右手の指先に集中させる。指先から水滴が漏れ出すようなイメージで気力を外に放出してみた。
……出た。
「……おやおや?」
純度の高い蒸留酒のような気力の塊は、放出されて霧散することもなくその場に固着された。
当然視覚的に見えているわけではない。あくまで俺の感知上のエネルギーの塊である。
うーん。想像よりも簡単にできちゃったな。
「そもそも気力操作どころか、他者の気力を認識する気力感知ですら満足に使いこなすためには二、三年はかかります。その先の気力操作ともなると熟練の冒険者の中でも一握りほどの精鋭しか……」
シャルマは俺の中で起きている異変に気付くこともない。どころかいつの間にか研究者のサガでも出たのか、俺の反応を気にすることなく一人で得意げに喋り出しているようだ。
さて、この出してしまった気力の塊……ではなく、魔力をどうすればいいのか。
ふと丸パンをかじっているメウと目が合う。
というか、メウは俺の指先を不思議そうにじっと見ているようだった。
「見えるのか?」
「ふぇ? うん、なんか、きらきら光ってる」
驚きである。どうやらメウにはこの魔力が見えているらしい。
気力感知が難しいとはいえその技術は未知のものではない。俺でもたまたま容易く修得できたように、この世界の住人であるメウが気力感知を使えたとしても何ら不思議はない。
だが問題なのは、メウにはそれが"視えて"いるということだ。つまりシャルマが嗅覚で気力を感知するのと同じように、メウは視覚で気力を感知しているのだ。俺の色覚で感知するのと似ている気もするが、メウの猫目の瞳はくっきりしっかりと気力と魔力を視覚映像として認識しているようである。
きらきら光ってると来た。俺には気力の色と同様に紫色のもやっとしたものの塊にしか見えないのに。
「ですから気力の量がそのまま魔力の量とはならず、魔術の才能というのはむしろいかにロスなく気力を転用させるというところにあると……」
「シャルマ」
「魔術の研究というのは……えっ?」
「魔力はどうすれば魔術になるって?」
お試しに精製してみた指先の魔力をどうすればいいのか困っていた。
「えっと、ですから発現させたい事象を強くイメージして、そのイメージ通りに変化するように気力操作を……」
「こうか?」
魔法、と聞いて最もイメージしやすいのは火である。どんなゲームでも漫画でも異世界ファンタジーでも、基礎の魔法といえば発火の魔法だ。
俺は頭の中に小さく真っ赤な火を思い描き、その通りになるように魔力を操作した。
「あら? くんくん……この匂い……」
と、シャルマが鼻を鳴らして気力感知を行ったのとほぼ同時。
ボオッ、と勢いよく指先から火炎が噴射された。
「う、うおォッ!?」
「ぴゃあっ!?」
俺の驚きの声。メウの悲惨な鳴き声。
その火炎はある意味では俺のイメージ通りに、そしてある意味ではイメージを裏切った。
頭の中に思い描いたのは燃え盛る炎。俺が初めて精製した魔力はまさしくその通りに変化した。紛れもなく、魔法である。
しかしそれはあまりにも巨大だった。数人が座れる大きめであるはずのテーブルを丸々覆い尽くすほどの規模で、天に向かって燃え上がった炎はそのまま食堂の天井を真っ黒に焦がしたのである。
抽出した分の魔力が切れたのか、ほんの数秒で何の痕跡もなく消失する火炎。しかしその火炎が残した被害は大きなものだった。
「まさか……え、本当に……?」
驚きのあまり目が点になっていたシャルマは、その綺麗な黒髪であるはずの前髪が僅かにチリチリと焦げていた。う、女の命である髪を巻き込んでしまうとは心が痛む。
俺も自分が魔法を行使したという興奮を上回るほどに、その高出力の魔法にビビっていた。ああ、俺はついに前世からは想像もつかない領域に足を踏み入れたのだ、と。これで紛れもなく完全に異世界の住人になったのだと。
周囲でのんびりブランチを取っていた宿泊客たちも突然の事態に驚き戸惑い、人によっては緊急事態かと抜刀している者までいる始末。まずい、大ごとになってしまった……。
「おーいおい! いったい何の騒ぎだ!?」
と、駆け付けてきたのは店主であるダラス。
「チヒロさんよう、宿の中でそんなバカみたいな魔術使って……俺の城が燃えちまったらどうすんだよ!」
「あ、あああ、すみませんすみません、ちょっと調整に失敗して……修理代は支払うから!」
「ったりまえだ!」
ダラスに平謝り。ああ、なんということでしょう。せっかくの魔法初体験が悲惨な結末を招いてしまったのです。
ダラスは天井の焦げ具合や、周辺の燃えカスをざっと一瞥した。
「ケガ人が出なくて幸いだったな……シャルマさんよ、あんたほどの人がいたのになんでこんなことになっちまうんだ?」
「あ、えっと、あの、私にもちょっと何が何だか……」
「ったく……チヒロさん、修繕費はあとで請求するからな」
返す言葉もございません。と頭を下げる。ぶつぶつ言いながらダラスは戻って行った。
その様子を見ていた周囲の他の客たちや、ハラハラしていたシノちゃんなども何ともなかったのだとわかったのか、それぞれ解散となった。
……メウの姿が見えないと思ったら、驚いた拍子に机の下にこもってプルプル震えていた。
「……驚きました、まさか魔力を使いこなせるだなんて」
「いや、驚いてるのは俺の方だよ……。さすがに初めてなのに練習も無しに屋内でいきなりぶっ放すのは考えが甘かった」
「はじめて……?」
「……えっと、シャルマの話を聞いて、なんかできるかも、と思って試してみたら、できた」
シャルマ女史、絶句。なんとなくそうだろうと思っていたが、やはりまたイレギュラーなことをしてしまったようだ。
いつもなら異世界チート始まったな、とばかりに小躍りするところだが、さすがに大人にマジで怒られてちょっと凹んでたので自重した。
「お、おほん。チヒロさん、きちんと説明しなかった私も悪かったとは思いますが、チヒロさんの気力量で気軽に魔術を行使すると想像を超える効果が発現する恐れがあります。……このように」
「面目ない」
「いえ、私もまさか気力操作まで修得されているとは考えてませんでしたので。……とにかく、先ほどのお話ですが、チヒロさんのためにも是非ともチームを組むべきだと思います。私は魔力のコントロールを教えられますし、それに際してチヒロさんの気力を研究することもできますから」
確かに、戦闘のために魔術を使うならどれだけ威力が高かろうが問題はないが、自分で威力を制御できないというのは色々と不都合が付きまとう。
ここは素直にシャルマの好意を受け取っておくべきだろう。互いにメリットがあるとはいえ、シャルマの研究は俺の体に関する問題でもあるので受ける恩恵はきっと大きいのだ。
「わかった。俺にとっても非常にありがたい話だし、一緒にチームを組もう」
「ええ、よろしくお願いします」
さて、一応名目上は俺のチームの残り一名であるツンヘチョ猫娘はどうしたか……と思ったら、未だに机の下で震えていた。
こうして俺の冒険者チームは成り行きのままに二人増え、三人組になったのであった。その内一名はライセンスを持たない翻訳係ではあったが。
ちなみにその後ダラスから請求された金額は600ジェム。総所持金の半分以上の損害に頭痛がしたのは言うまでもない。




