―幕間― 濃い青と金色の男
混沌の森林と呼ばれる、深い深い森。
その西側、ハジャの森と呼ばれる場所。
近年、魔獣と呼ばれる凶悪な獣が突然変異的に発生し、冒険者や討伐隊が幾度も派遣されている危険な場所。
夜の帳の降りる頃、その奥地にかすかに灯る明かりがあった。
それは火であった。
雷でも落ちなければ自然発生はしない現象。それが暗闇の中でわずかな光を発していた。
たき火……である。それを囲むように立ち並ぶ数名の男たち。
「どうだ?」
周囲を警戒する男たちの中で、たった一人だけ地に座っている男が誰ともなくつぶやいた。
「まだです。今日まででようやく一割程というところでしょうか」
「そうか」
答えた男の言葉には興味も薄い様子だ。
それとはまた別の男がたき火に新たな木をくべた。
通常の獣であれば火を恐れて近付いては来ない。だが知性を持つ魔獣であれば、火の起こる場所に獲物がいることを知っている。
このハジャの森でたき火を行って野営をするのは逆に魔獣を呼び寄せる行為だった。
「予想よりも冒険者の数が多い」
「今日だけでも4チームです」
「……面倒だな」
「申し訳ありません。パージ様にわざわざ出向いていただいているにもかかわらず……」
その会話から察するに集団のリーダー格と思われるのは、中央に座り込んでいる金髪の男、パージであるようだった。
どかっと大股を開いて座っているにもかかわらず、その雰囲気は油断ない。
火を囲んで休息しているはずなのだが、パージの発する空気のために辺りにはピンと張り詰めた緊張感があった。
「やはりクジャの森との境界付近でしょうか」
「……可能性は高いが、確実に潰していきたい。明日以降もこれまで通り探索を続ける」
「ハハッ」
会話をしていた男が敬礼する。
「……カインツはどうした? 森には入っていないのか」
パージが訊ねる。
ほんの少しのざわつきが起こるが、それには誰も答えなかった。
「誰も奴を見ていないのか? ……全く、単独で動いて何をしているのやら」
はあ、とため息をつく。
「……恐らく、ですが」
「ああ」
「例のリルの町の連中の仕事を手伝っていらっしゃるのかと思われます。カインツ様の部下も何名か姿を見ておりません」
「あれは我らの管轄ではなかったように思うが?」
「ですが、カインツ様のことですから……」
パージは思案顔になった。
カインツ、という男は彼にとっては腹心の部下であった。信頼のおける人間ではあったが、独断先行と単独行動の癖があった。
「カインツならば何があろうと問題はないだろうが……」
「……ですがパージ様、"黒剣"の噂もあります」
「フン、そんなものは脅威でも何でもない」
苦々しげに言い捨てる。
「貴様らが軟弱でなければ我がこのような辺境まで出張ることも無かったのだ」
「も、申し訳ありません」
パージの胸中には憎しみがあった。
黒剣、という言葉に並々ならぬ怒りの感情が表出する。
ぞおっ、と周囲の空気が重苦しいものになる。
「ぱ、パージ様……」
「……ああ、わかっている」
風も吹いていないのに、たき火の炎が強く揺らめいた。
その炎の動きに追従するようにパージに当たる影が揺らめいた。
バサバサバサ、と周辺の木々にとまっていた鳥たちが羽ばたいて飛び立った。それに呼応して森の中の暗闇がざわざわと沸き立った。
「刻限は近いのだ」
ふう、と息をつくパージ。
それを合図にしたように炎のゆらめきも収まり、周囲のざわめきも落ち着きを取り戻す。
息を詰まらせていた他の男たちも、いつの間にか額から流れ出ていた汗をぬぐった。
「……我らが神の復活は近い」
その呟きは森に吸い込まれていくのだった。




