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冒険者、冒険者ギルド

「おお、立派な建物じゃないか……」


「そうだろう? この辺りじゃ珍しい石造りだよ」


 ヒイロに連れてこられたのは、町の端にある巨大な建物だった。

 のどかな町には不釣り合いな荘厳な建物である。昔、教科書か何かで見たようなヨーロッパの聖堂を思わせるその建物は、他のレンガ造りの家とは異なり、石材をメインに用いた頑強な正方形の建物であった。

 華美でもなく、かといって質素でもない。壁面にはところどころに細工が施され、他の建物とは一線を画している。

 扉もなく大きく開かれ解放された入り口。外からそっと中を覗くと、多くの人でごった返している。どうやら入り口近くは広間のように解放されているらしい。


「ここは? そろそろネタバラシしてくれよ」


「ふふふ、そうだね、ここは……」


 無邪気に笑いながら両手を広げる。


「己の腕前ひとつで成り上がる冒険者の拠り所、冒険者ギルドさ!」


 なん、だと。

 俺は一瞬言葉を失った。ヒイロの言葉に驚きながら再び建物に目を移す。

 他とは違う異質な建物。中にいる人たちは言われると確かに、普通の町人とは異なって屈強で頼もしそうな男たちが多いようだ。


「ここが……ギルドか……!」


 冒険者ギルド。普通に生きていれば目にかかることはないもの。だってそもそも存在しなかったのだから。そう、地球には。

 しかしここにはある。このリタルスという異世界には。

 しかし考えてみればそれもそうだ。冒険者がいるとは聞いていた。ならば冒険者ギルドがあってしかるべきだろう。冒険者とギルドは切っても切れない関係なのだ。少なくともそう、異世界では。


「い、いこう! ヒイロ! 早く!」


「はいはい、そのために来たんだってば」


 ヒイロの手を引きながら中に入る。

 この世界に来て数日。キツいこともあった。けれどやはり異世界だという実感を得るたびに来てよかったと心底思うのだ。

 異世界バンザイ。


「おおお……なんか、想像通りというかなんというか……めちゃくちゃ混んでるな」


 中に入ると思っていたよりも多くの人で賑わっていた。

 外から見た通り、入り口付近は広間になっていた。建物が巨大なら解放された広間も文字通り拾い。それほど狭苦しくもなく百人ほどの冒険者と思わしき人たちが雑談に花を咲かせている。

 入って右手には壁面三面に渡り大きな掲示板。無造作にチラシやら絵や手紙やらのぺら紙がぺたぺたと張り付けられている。そういえばこの世界の製紙技術はどうなっているのだろう。さすがに地球のコピー用紙までの品質はとても期待できないが、それでも想像していたファンタジー世界の毛羽立ちだらけのモゾモゾした低品質の紙よりはよさそうに思える。

 さて話が逸れた。左手奥にはバーカウンターらしきものと椅子が並ぶ。酒場という訳ではなさそうだが軽食は取れるようだ。ちょっとした休憩所としての役割でも担っているのだろうか。はたまたもしかすると仲間を探している冒険者に望みの冒険者を紹介してくれるサービスでもしてくれるのだろうか……。

 それから入って真正面。一番広く場所を取るのは木造の受付カウンター。雰囲気は完全にファンタジー世界のそれではあるが、いくつかに区切られたセクションごとに人が並び、そこに愛想のいいお姉さんが座る。さながら役所か銀行のようだなと変に冷静に思ったりもした。

 ギルド、といえばつまりは組合である。俺の思っている通りの冒険者ギルドであるならば、その実態は斡旋業務である。スムーズに業務を行うためには多少はお役所仕事のようにするのが効率がいいのかもしれないと思った。


「ここにいる人たちはみんな冒険者だよ。こうして交流の場を設けることで仲間を集めているのさ。冒険者は命を懸けることも多いからね、こうして実際に顔を合わせて相手の中身を見ないと安心して組めないって思う人も多いみたいだね」


「なるほどな……一見すると冒険者に見えないような奴らもいるようだが……」


 筋肉祭りの男たちはわかる。それぞれ愛用の武器をぶら下げたり、革や鉄などの防具に身を包んだりしている。いかにも戦士、という感じ。当然ここもヒトのみならず、獣的な身体的特徴を持つ亜人も混じっている。

 ……あ、やはりリザードマンは目立つな。何よりその肌、てかてかと水気を帯びて光る鱗が赤かったり緑だったりするので非常によく見つけやすい。そういえばヒイロに聞いたらリザードマンとは呼ばずにゲッコ族と呼ぶらしい。俺の頭の中では異世界色の強いリザードマンと呼ぶことに決めたが。

 それで、その屈強な筋肉たちの中には、可憐な女性たちがちらほらと見かけられるのだ。他にも細身のいかにも頭脳職のような男や、下手をすると本当に子供かと思うような小柄な者までいる。


「何も剣と盾で戦うだけが冒険者じゃないからね。遺跡の調査や未知のマテリアルの採集なんかを得意としてる人たちもいるし……そもそも剣を持たなくても魔法で戦う人もいるだろうし」


「……魔法? やっぱり魔法もあるのか!」


「う、うん、ちょっと今更な感じもするけど……知らなかったかい?」


「知らないとも!」


 魔法があるということはこれ以上ない朗報であった。とはいえこの世界に来る前に剣と魔法のファンタジー世界に行かせてくれるという約束だったので、明言されずともきっとあるんだろうな、とは思っていた。

 だがしかしこの世界の住人の口から実際にありますよ、と聞けたのは自分の仮説を裏付けるもので非常に喜ばしかったのだ。


「チヒロが覚えた気力感知も、広義で言えば魔法と言えるんだけどね。まあ一口に魔法といっても色々と分類されるんだけど……まあ、この話は長くなるからまた今度にしよう」


 そう言いながらたむろする冒険者たちをかいくぐって奥の方のカウンターへと俺を導く。慣れない雰囲気に狼狽えながら俺もヒイロに倣って奥の方へと向かった。

 多少筋肉質になった俺程度の肉体では、鍛えに鍛えぬいた筋肉男たちの中を進んでいくのは正直おっかなかった。自身のことをインテリと言うつもりはないが、長年のインドア生活のせいで、いわゆるいかにもな荒くれはちょっと苦手なのである。

 おっかなびっくり歩きながら、そうこうしているうちにどうやら目的のカウンターに辿り着いたようである。


「さあチヒロ、今日が記念すべき君の冒険者デビューの日だ!」


 受付のカウンターに促される。

 ここまでヒイロに連れて来られる途中でうすうす感づいてはいた。きっとヒイロは俺が冒険者に興味津々だったことに気づいてくれていたのだろう。

 そしてまた金に困ってて、何とか金を稼ぐ方法を見つけなければならないということも。

 きっとヒイロにサプライズで連れて来られなくとも、近々自分からヒイロに冒険者になるにはどうすればいいのか聞いていただろう。


「こんにちは。冒険者登録でよろしいですか?」


 愛想のいいお姉さんは俺に向かってにっこりとほほ笑みかける。どうやら彼女はヒトのようだ。年のころは俺より僅かに下だろう。

 細身でありながら程よく肉付きは良い。腰まで伸びた黒髪は健康そうでつやつやだ。……っと、いかんいかん。そんな目で誰かれ構わず見るのは下品である。


「あ、は、はい、初めてなんですけど……」


「あはは、チヒロ、ここに登録に来る人はみんな初めてだよ」


「そ、それもそうだな」


 うふふ、とお姉さんに笑われる。ちょっと恥ずかしい。

 いい年して緊張していると思われると僅かしかないプライドが傷つく。


「それではまず、お名前をお願いします」


「あ、名前はチヒロです」


「チヒロさんですね。それではこちらの台座にどちらかの手を置いてください」


 お姉さんはそういって脇にある青色で半透明の石版らしきものを指し示す。一見するとド田舎にある木造のお役所なのだが、これはいかにも、な品だった。

 その半透明の石版は薄っすらと発光しており、その表面にはこの世界の言葉なのか、読めない文字でびっしりと何かが彫られていた。時折石版の発光とは別にその文字自体が強く発色する。

 疑うべくもなくマジックアイテムである。


「こうかな……」


 言われた通り右手をその石版の上に置いた。

 すると石版の発光が強くなり、ほのかな暖かさを感じた。そしてつい先ほど会得した能力でわかるようになった気力の流れが自身からこの石版へと流れ込んでいるのが感じ取れた。

 俺は一人でなるほどと思った。恐らくこの石版は個々人の気力を識別する機能を持っているのだろう。この世界における指紋認証のようなものなのだろうか。マジックアイテムに頼っているとはいえ、このような高度な装置があるとするならば思っていたよりもこの世界の文明レベルは高いのかもしれない。


「はい、もう大丈夫ですよ」


 お姉さんに言われて手を放す。

 待っているとお姉さんは一枚のカードのようなものを取り出して、そこに何かを書き込んだ。


「どのようなお仕事をするのかは決まっていますか?」


「え、仕事?」


「ああ、チヒロ、さっきちょっと言った話だよ。魔獣やマ族の討伐をするのか、未踏破領域の調査をするのか、未知のマテリアルの採集をするのか。はたまた何でも屋みたいにちょっとしたお使いを請け負ってお小遣い稼ぎをするのか。まあここで決めるのは入って来る依頼を斡旋しやすくするためのもので、どれかを選んだから別の仕事ができないという訳じゃないよ」


「なるほど……今の所特に決まってるわけじゃないんだけど……」


「でしたら後々ご自分で設定することもできますので、今日は指定なしということにしておきましょうか」


「あ、はい、じゃそれで……」


 言われるがまま、である。仕方がない、俺はギルドどころかこの世界に不慣れなのだから。

 方やお姉さんは慣れた手つきでカードに何やらを書き込んでいる。ふと気付いたのだが、お姉さんの持つペンもちょっとしたマジックアイテムのように見える。

 見た目は映画などで見たことのある羽ペンなのだが、どうにもインクを吸わせる様子がない。にもかかわらずそのペンはすらすらとカードに文字を記しているのだ。その文字をよく見てみると、カードに記された瞬間は薄い赤色をしている。しかしほんの数秒経つとその文字は黒く変色するのだ。

 意識的に気力感知を行うと、お姉さんの持つ気力がペンを通してカードに流れ込んでいた。黒く変色する頃には気力はすっと消えて定着する。今の俺にはちんぷんかんぷんだが何やら魔術的な作用があるらしい。


「それでは正式に登録を行います」


 そういってお姉さんはそのカードを先ほど俺が手を置いたマジカル台座の上に置いた。瞬間的に石版が発光してその光がカードの中に吸い込まれる。

 光が収まると同時に、ポーン、という小さな透き通った音がした。俺はせっかく異世界に来て憧れのファンタジー体験をしているにもかかわらず、その光景を見て駅の改札を通るときのことを思い出したりした。


「お待たせしました。こちらがチヒロさんのライセンスカードです」


 カードを手渡してくれる。表には読めもしない文字で色々と書かれている。恐らくどれかが俺の名前で、どれかが俺の立場を示すものなのだろう。それにしては随分と内容が細かいようにも思えるが、文字が読めない以上その実態は知れない。

 裏側を見てみると赤茶色の背景に重なる二体の竜が描かれている。オシャレだ。

 ……この世界に竜はいるのだろうか。剣と魔法のファンタジー世界である。エルフがいるらしいしきっと竜もいるに違いない。いつか出会ってみたいものである。


「こちらのライセンスカードは各都市のギルドで有効となります。ご自身の功績もすべて保存される仕組みになっていますので、難度の高い依頼は最初の内は受けられないようになっています。また一定のランク、等級になるまでは新人冒険者として扱われます。この間は国家による討伐依頼……つまりコンクエストは受領できません。」


「コンクエスト?」


「ギルドが扱う依頼は国家からの公式な依頼によるものと、民間人や各種組織からの非公式な依頼があります。ギルドは各国家の出資によって成立している団体なので、本来は国家からの依頼が主なものなのです。しかし、冒険者の力を必要とする人々と、報酬を必要とする冒険者の間に需要と供給が成立しているために、国家以外からの非公式な依頼の斡旋も請け負っているのです。国家による公式な依頼をコンクエスト、その他からの非公式な依頼をクエスト、とギルドでは呼称しています」


 なるほど。つまりはギルドというのは国が作った制度で、正式な国軍を動かせない、動かしたくない事態を想定して民間からの義勇兵を募っているのだろう。それを報酬制にすることで体裁も整えているわけだ。夢とロマンに満ち溢れる冒険者ではあるが、その実は派遣社員やパートタイマーみたいなものだ。その仕事の内容がかなり過激であるのに変わりはないが。

 つまりはヒイロの言ったように何でも屋なのだ。免許制にするということも、危険のある依頼が多いために命の保証まではできませんよということを柔らかく言っているのである。

 ……いかん、憧れの異世界生活のはずが自分の過ごしていた世界の尺度で考えてしまいがちである。


「……とはいえ、新人冒険者にはメリットもあります。一人前の冒険者になるために、クエスト達成報酬とは別にギルドから支援金が支払われるのです」


「おお、それは魅力的な話だな……」


「クエストは民間からの依頼なので報酬も僅かなのですが、その報酬の50%分を支援金としてギルドがお支払いいたします。当然これはランクが上がり新人冒険者でなくなると支払われませんのでご了承ください」


「報酬が少ないと言っても、危険を冒さなければいけない依頼には相応の報酬が出るよ。クエストだけをこなしてきちんと生活している冒険者もたくさんいるわけだから、そんなに難しく考える必要もないさ」


「ふむふむ……色々と覚えなきゃいけないことが多くて大変だな」


 しかしこれにて俺はれっきとした冒険者となったのである。まだまだ分からないことも多い。まるで鍛えてもいないこの肉体でどこまで通用するのかもまるで未知だ。とはいえ一応は俺の異世界ライフの第一歩をようやく踏み出したということになるのだろうか。

 派遣会社の説明会に参加して登録しただけのように、思えなくも、無いのだが……って、また変な癖が出たな。


「それから、こちらはギルドから新規登録者への準備金になります。冒険者資格が失われた場合には返済して頂くことになりますのでお気を付けください。」


「あ、これはどうも……」


 そういってお姉さんは数枚の紙幣を渡してくれる。見たこともない紙幣である。

 くしゃくしゃの正方形に横長の薄い赤色の紙に見慣れない文字。いくつかの記号。中央にはお城のような建物が描かれている。不思議なもので一見して紙幣だと判別できる。どんな世界においても紙幣というものはこの形に行きつくのだろうなと変に納得した。

 数分のライセンス登録をしただけでお金がもらえるというのは、なんともありがたい話である。まあ、お祝い金だとでも思ってありがたく受け取ることにしよう。

 ……しかしこの世界の文明レベルが非常に気になる。印刷技術もあるとするともしかすると電気も利用されている可能性がある。


「一枚100ジェム。五枚あるから500ジェムだね」


 ヒイロが横からのぞき込んで教えてくれる。

 これが俺がこの世界で初めて手にしたお金なのだ。そう思うと僅かな感動が訪れた。残念ながらそのジェムという単位がどれくらいの価値があるのかわからないのだが。


「それではこれで冒険者登録は終了になります。クエストを受領される際は専用の受付をご利用いただくか、依頼書をお持ちになってお越しください」


 にこやか笑顔のお姉さんにお礼を言って、受付から離れる。

 広間の方まで戻ってくると、先ほどまでごった返していた冒険者たちは程よく解散したか依頼を受けて旅立ったのか、多少は快適になっていた。


「さて、それじゃあまずは何か受けれるクエストがないか探してみるかい?」


「そうだな……あ、そうだ、思ったよりも早く金が手に入ったから、治療費と世話になった礼がしたいんだが……」


 先ほどから握っていた紙幣をひろげてみる。


「気にしなくていいって言ったろう? せっかく仲良くなれたんだ。僕からの気持ちということで取っておいてくれよ」


「いや、ヒイロには助けられてばかりだし、そういう訳にも……」


「うーん……そこまで言うなら、少しお腹も空いたしお昼ご飯をごちそうしてもらおうかな? それでチャラということにしようよ」


 何とも欲のない男だな、と思った。何の見返りもなく人助けをした上に面倒まで見て、礼は受け取らないと来たものだ。よほどのお人好しなのかもしれない。まあ自分のことを正義の味方だと公言するような男である。人の好さに付け込むようで心苦しい部分もあるが本人がそれでいいというものをいつまでも引っ張るのも良くないだろう。


「ああ、じゃあそうさせてもらうか……とはいえここは初めての町だし土地勘もない。いい店があるなら教えてくれるか?」


「それならお気に入りがあるんだ。紹介するよ!」


 いつもの無邪気な笑顔を見せながら外に飛び出していくヒイロ。出会ったばかりなのに気の置けない友人のように接してくるヒイロを決して悪くは思わなかった。


うおお! ついに俺は冒険者になったぞー!!


「おめでとうございます。とはいえこれはまだ一歩目、どしどしクエストを達成して上位ランクを目指してくださいね」


おう、異世界でやることといえばやっぱり冒険生活。魔物をガンガン倒してレベルアップ!

王道ルートを辿って行くぜ!


「応援しています」


……ところで、あなたは?


「冒険者ギルドにて受付嬢を担当しています、梅子です」


ああ、さっきお世話になったお姉さんか。世界観ぶち壊した名前だな。


「父が『画数がいいから』という理由で付けてくれたそうです」


へえ。


「ところで狩谷さん、ここはどこなんでしょうか。お昼休憩の前には業務に戻らないといけないのですが……」


ここは観客席らしいぞ。物語を見るためにどこかの誰かが用意してくれたんだってさ。


「観客席……? ええと、あまり劇は得意でなくて、すいません。せっかくお誘いいただいたのですが出口はどこでしょう?」


いや別に俺が呼んだわけじゃないが……出口なあ。みんないつも俺を怒らせて、俺が出てけ! って言うと帰れるみたいだけど。そんなに急ぐんならなんかちょっと怒らせてみてよ、梅子さん。


「そ、そう言われましても……喧嘩するのは嫌いなんです」


……ち、ちなみに、どぎつい下ネタを言うと帰れることも、まあ、あるよ?


「え、ええっ、下ネタですか……う、うう……恥ずかしいですが、もう仕事に戻らないといけない時間ですし……」


ど、どきどき……。


「……難しい魔術実験は男女の二人組に任せた方がいいらしいです」


どうして?


「きっと成功するから」


…………う~ん。

もう一個。


「も、もう無理です~!」


あ、そっちは出口じゃ……ま、いいか。

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