8・船上での一日
私、予定の月曜日に更新出来てなさ過ぎ……。
チカと旅を開始して早一日が経とうとしていた。
現時刻はPM六時。空は月が昇り、周囲は殆ど闇の中だ。
正直なところ凄い怖い。
だって、波が揺れていたり月光に照らされたりしている部分以外、見栄やしないんだぞ。ここが海の何処かも分からないのに……。
船は意外と縦に大きく、甲板よりもしたに続く階段を発見した。つまり、水面下に位置する。
チカが床にあった四角形の線を発見して気がついたのがこの床下の部屋だ。万全とは言えない程散らかっていて臭いもあれだが寝ることは可能だ。
俺は船が何かに衝突しないか、転覆しないかなどの恐怖によって無理だがチカは平然と熟睡している。
恐ろしきサバイバル力。
てか何で漁船に部屋あんだよ。
「ダメだ、不安過ぎる。甲板に出よう」
部屋から上がり、操縦席を確認。周囲に警戒すべき岩などは存在しないようだ。
ひとまず安心、といったところか。碇も下げていて船も簡単には動かないだろう。
上がって来たばかりで直ぐ戻るのも面倒なので、足元に警戒しながら甲板に出た。冷んやりと冷たい空気に身震いした。
闇に染まる大海原。果てしなく感じる為か、ゾッと寒気が走る。やっぱ怖い。
チカは何故こんな旅なんか始めたかったんだ。確かに行く宛ても無いが、わざわざ海を渡らなくても……。
海素人の二人きりで、しかも漁船。死にに行く様なものだろうな。
その片方は、最強だがもう片方は塵も同然なんだから。
風に吹かれて飛んじまうよ。何てな。あはは。
夜の甲板で一人、真顔で笑った。
「春終盤だといっても、やっぱり夜の外は寒いな。しかもここ海だし。海の何処かだし」
何処か。その単語を口に出す度血の気が引いていくのが感じれる。
俺達二人はコンパスを持って来ている訳じゃない。しかも地図すら無い。手ぶらの如し丸腰よ。
だから一度遭難すれば絶体絶命。
それをチカが理解していない訳もなく、逆にそれが一番恐怖だった。何故分かってて旅を始めたのか。
春風だとしても流石に冷えるので、俺は部屋に戻ることにした。
そもそも、この下の部屋に入るのすら気が引けるんだよなぁ。何せこの漁船いつ頃のものか不明だからな。いつ欠壊するか分かったもんじゃない。
そんな小さな船で水面下に閉じ込められたいだろうか。
最早俺達は、海を舐めているとしか言いようのない状況だった。
これで無事だとしたら、本当ごめんなさい。
恐怖を押し殺し、明日に備えて就寝した。
その日は大ダコに巻きつかれる悪夢を見る羽目となってしまった。勿論眠りは浅かった。
一方で、起床時には既に隣で熟睡していた少女は姿を消し、料理の片手間に釣りをしていた。あら凄い。
しかもバケツの中には五、六匹の魚が積んである。
いつからやってた?
「チカ、料理の方、大丈夫なのか?」
操縦席後部のキッチンには、魚二匹フライパンの上で哀れにも焼かれている。しっかりと捌かれてはいるぞ。
船体はそこそこ揺れるので、小さなものだと注意して歩かなければならない。
それ故、バランスを整えながら慎重に釣り人に近寄った。
若女の釣り人は全く疲れてもいない様で、あくび一つ見せない。
バイタリティまで最強なのか……。
何か、虎などの猛獣と殴り合っても勝てるんじゃないか? などと冗談を脳内で力無く笑っていると、チカが竿を置いて立ち上がった。
「そろそろかな。アレから二分くらいは経ってる筈。お兄ちゃん、ご飯食べよっ」
そう言ってチカは後方の操縦席に向かって駆けて行った。
ただ、駆けているといっても振動は殆ど無い。
ドタバタと走るのではなく、俊敏な上軸ブレの無い忍者を思わせる走法だった。どうなってんの。
釣り人から忍者にチェンジしたチカは組み立て式のテーブルを甲板にセットし、錨を左右から下ろした。
因みに、組み立て式のテーブルは公式の物ではない。恐らくチカ作だ。漁港で何やら作っていたし……。
出された四匹の魚は、刺身と焼かれたものに分けられている。味が別なのは有り難いが、流石に何日も魚だと飽きるな絶対。
チカは好き嫌いが殆ど関係無い為、何を食べても毎日同じものでも平気なのだろう。俺は無理。
「この旅、いつまで続くんだ?」
「うん? 分からないと思うよ。最終的には一周して元の町に戻るつもりだから」
チカは魚をつつきながら純粋に答えた。
この娘は本気なんだろうけど、今更あの町に戻っても意味は無いと思うぞ。まさか退学だけでなく追放までするとは想定外だった。
そんな権限があるとか無いとか以前に、変な眼で見られて生きるのは俺も遠慮したい。
あ、でも町には戻りたい。家には入りたい。
荷物回収したいからな。
それと、流石に世界何周も出来るわけがない。住む場所は決めないとならないぞ。
何も目標も無しに、この旅は無事に終えられるのだろうか。他国で排除されたりしないだろうか。
とても不安だ。脚が大きく震える程に。
もしかしたら寒いだけかも知れないが。
春なのに? と混乱していると、チカは食事を終えて甲板に向かった。勿論皿は洗ってある。
ずっと疑問だったんだが、この皿何処から持ってきた?
「うーん、今日は暫く釣れなそうだね。お兄ちゃん、何して時間潰そっか」
「何も考えてなかったんだな。一日で何処かしら辿り着くとでも思ってたのか?」
「ううん。今日この時間は目一杯釣りを楽しもうと予定してたんだけど、暑さでかお魚があんまりいないみたいで……」
「お前何でそんなことわかるの?」
「勘だよ勘〜」
チカは微笑むと、俺の皿も洗浄。その時に使用する水は、チカが海から掬い、ろ過したものだ。
信じ難いことだが、それを可能とする物まで漁港に落ちていたガラクタで作ってみせたチカ。これが真の天才か。
そして、塩だけを取り除くという技まで披露。
俺とは天と地以上の差があるな。悲しいが。
因みに、汚れた水は更にろ過し、再利用。それを計六リットル分程チカは作った。
時間はかかるものの、清潔な水なので安心だ。
飲み物は前日に買い貯めていたものを主に、海水をろ過して飲んだりもするらしい。今はまだ他のがあるが。
チカは暫くすると甲板に座り込み、暇潰しの遊びを思案し始めた。
まあ、こんな海の中心で出来ることなんて限られるが。
海上に位置するここだと、スマホなどの機器は使用不可能だ。ゲーム機なんて持って来てないし、あったとしても直ぐに充電切れになる。
ダメになることを覚悟でトレーディングカードゲームでも持ち込んでおけば良かったか。
チカは分からないかな? カードゲームとかは。
チカが悪戦苦闘する中、俺も頭を悩ませる。異常な程退屈なこの時間を切り抜ける方法が思い浮かばない。
今更だけど、洗濯ってどうするんだろう。まさか更に水を増やすのか!? 流石に疲れるぞ。
「そうだ! これなら楽しめるかも知れない! 自信は無いけど!」
突如、チカが元気よく声を上げた。
腹から出された声は海に広がり、静かに木霊する。まだまだ元気で何よりだ。
お兄ちゃんは船酔いが不安です。
「何を思いついたんだ──って、何脱いでんの!?」
チカのアイデアを知る為そちらに眼を向けたが、チカは急に衣服を放り出した。思わず眼を逸らす。
見てはいけないものが、たった今俺の背後に存在しているのだ。兄として見てはいけない!
邪念を追い払いながらチカの真逆、操縦席を覗いていると、ツンツンと腰辺りを突かれた。
「お兄ちゃん、こっち向いていいよ。今、下着姿だから大丈夫!」
「大丈夫な理由を簡潔に教えていただきたい」
「水着忘れたからその代わり。似たようなものでしょ?」
「女がそれを言うか……」
「いいからっ!」
気圧されてチカの方へ視線を向けると、本当に紛うことなき下着姿だった。薄ピンク色のフリル付きブラジャー。結構ピッチリしてる同色のパンツ。
まずい、直視出来ない。胸とかもその、見えちゃうし。
……だがそもそも、何故脱いだ?
「泳ごうかなって」
「お前マジで言ってんの?」
果ての見えない海で泳ごうとしていますこの娘。海岸すら視界に無いぞ。
危ない魚とか棲んでたらどうするんだよ。俺助けに行けないよ? 泳ぎ下手だし。
まあ、その場合自分でどうにかするんだろうけど。
なるべく危険なことはしないで欲しい。
俺が気乗りしないでいると、普段は言うことを聞いてくれるチカはそれをスルーし海へ飛び降りた。
本当に泳ぐの? 着替えはあるけど、タオルは無いぞ?
チカはバシャバシャと楽しそうに水面を叩き、突如鋭い目付きで潜った。超ビビったぞ。
そんなことよりさチカさん。大海原に下着姿の状態でダイビングする命知らず、貴女くらいですよ。
マジ尊敬出来ないです。恐いです。
チカ自体に血の気が引いて惚けていると、彼女はイルカの如く水面から飛び出して船に乗った。凄いの見たぞ今。
「ゲット!」
「は?」
勝ち誇った様にキメ顔をするチカの右手には、決して小さくない魚が一匹握られていた。
何をされたのか、微動だにしない魚。恐ろしい。
因みにこの魚、一応食べられるそうだ。どこで得た知識なのだろうか。
ダイビングして水面上から中を見下ろし、一瞬で獲物を判別し即キャッチ。何のプロだよ。
水中で魚に素手で勝てる女の子って、そう簡単にはいないと思う。
ダイビングしてからキャッチするまでに十秒かからなかったぞ。
そんなことよりまさか、このダイビングキャッチで時間を潰すつもりか? 直ぐ疲れてしまうぞ。
「うーん、楽しいけどこれじゃ時間潰せないね。何より、お兄ちゃんが退屈だろうし」
チカは腕を組んで悩む。
彼女は気づいていない様子だが、濡れた下着は肌に張り付いて透けている。そこから先は、説明の必要は無いだろう。
「まあ、そうだな……」
会話よりもその張り付いて透けてしまっている下着に目が行ってしまう。
正直に言うと、その布の向こうにある山頂にだが。
このまま、いっそこの景色を堪能していられれば良いんだが、バレる前にやめておこう。
チラ見を控え、自分に溜め息を吐くとあることに気がついた。
我が息子が、起床している。さっきまでお休みタイムだった息子が元気よく起立してしまっている。
まずいぞ。見慣れないモノなんて見るべきじゃなかった! バレたら嫌われる!
誤魔化す為にチカに背を向け、位置を整える。しかし分かりやすいカーゴパンツ。くそ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
ツンツンと濡れた指で背中に触れてきたチカに視線だけを向ける。身体は反対向き。
チカは恥じらう様子を見せ、上目遣いで俺の尻辺りを指差した。
「分かってる、から。隠さなくていいよ? 私のコト、見てたの分かってるから」
「あがっ……!」
「だけど、お兄ちゃんにならどれだけ見られても大丈夫だから。ね?」
物凄い顔真っ赤の奴が何言ってんだよ。無理だろ。
つぅかバレてた。ならいつから起きてたんだよ息子。俺が気づくよりずっと前か?
義妹とは言え、妹にこんな状態を目撃されてしまっては兄の威厳が失われてしまう。そもそも無いのだが。
全身が凍りつく感覚に襲われ、同時に絶望と今直ぐ逃げたい衝動に駆られた。
だって、チカの下着が透けてるのは上だけじゃないし。
「お兄ちゃん、流石に恥ずかしいよ。でも、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが見たいなら……!」
「ストーーーーップ!! やめろチカ、早まるな! 自棄になるんじゃない!」
パンツに手をかけるチカを制止させた。脱ぐな、脱いだら作品が違うだろ。
お兄ちゃん的には助かる(何がだま)が、作者にとっては諸刃の剣も同然なんだ。やめてくれ。
二分間の格闘を制したのは俺だった。何とか乗り切れた。
チカは涙目を擦り、部屋で別の服を着て来た。
肩を露出し、下着の黒い紐が見えている何か可愛らしい服だ。超短いボトムスも履いている。
まだ経験の無い上、三次元の人間に耐性が低い俺は、この生脚だけでまたまた元気になってしまう。
何か悲しいぞ。こんなに慕ってくれている女の子とイチャイチャ出来ないなんてな。
頭を抱えながら、何かが溜まっていくのを感じた。
「お兄ちゃんって、エッチなことしたい? 私と……」
チカは突然、紅潮させた顔で問いかけてきた。
あり得ない程興奮してしまった気もするが、俺は下半身を隠すことも忘れていた。うん。
しかし、そんな正直な身体とは裏腹に脳内は兄としての威厳を守ろうとした。つぅか威厳なんて無いけど。
「いや、俺とチカは兄妹だ。だからそんなこと出来ない。マジで、マジでそんなことするつもりないから」
「何か苦しい言い訳に聞こえるよお兄ちゃん」
「そうだよ。苦しい言い訳だよ」
「そっか」
チカは俺の態度が面白かったのか、微笑した。やっぱり可愛い流石美少女。
この幼い顔立ちが艶のある黒髪とマッチしていて、美しいとしか言えないというか。何かね、美少女。
沈黙に包まれた数秒後、チカは操縦席に向かった。途中、碇を引き上げている。
もしや、先に進もうとしているのだろうか。なら有り難い。
チカは俺に手招きをすると、左腕に抱きついて操縦する。
柔らかいもの、柔らか……消えろ煩悩!
「私ね、決めた。早く西洋辺りに行こうって」
突拍子も無いことを喋り出すチカに、疑問符を浮かべた。
何故西洋? 俺が抱いた素朴な疑問は、次の瞬間時空の彼方へ吹き飛ばされた。
「私お兄ちゃんと結婚したい! で、何かお洒落な場所で式を挙げたいなぁなんて」
「結婚!?」
「お兄ちゃん、嫌? 私ならお兄ちゃんの為に何だって出来るよ? お兄ちゃんとなら、幸せだし」
「え、あ、いや……」
嫌ではないんだが、急過ぎて焦った。
確かにチカがいれば色々助かるんだろうけどな。そもそも何で俺にそんなご執心なんだか理解不能なんだよ。
「エッチも出来ます」
「……いや別にそれ目当てじゃないから」
何か、誘惑に完全敗北してしまいそうなんですが。
もうなんか訳分からなくなってきてしまうかも知れない不安が。
まだちょっとチカの正体が明かされるまで時間があるので……