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6・お弁当パニック─3

 強制的に連行されたのは、やはり千寿ヶ峰女学園だった。

 体育館ホールに集合した女子生徒の前にはまだ放り出されていないが、未だに両腕はガッチリと固められている。

 両腕をホールドする二人の女子生徒達は何とも思っていないのかも知れないけど、柔らかいものが包む様に押し付けられていて気恥ずかしい。

 ごめん、こんな男で。


「ド変態。今から貴方を放り出すわ。何か弁解することがあるのなら、そこで話しなさい」


「くっ、分かったよ」


 黒髪の麗人、生徒会長の女子が嘲笑している。

 人を追い詰めるのがそんなにも楽しいのだろうか。そもそも君は俺が説明したから知ってるよな?

 説明したくてした訳ではないんだけども。


 幕越しにでも生徒の騒めきや怒りのオーラが感じ取れる。これは一筋縄ではいかないだろうな。

 チカと、市伽ちゃんが弁解してくれるのを信用するしかないな。


 でも、もし信じてくれなかったら? もし裏切られてしまったら俺はどうなるんだろうか。

 首を絞める様な恐怖に飲まれそうになるが、ギリギリのラインで脚に力を込め踏ん張った。

 「もし」なんて分からない。俺の誠意を見せ、真実を披露すれば理解してくれる筈だ。


「行きなさい。全ての生徒が着席出来たようだから」


 勝利を確信している様に仁王立ちを決める生徒会長の女子に、適当に頷いて幕の外に歩いた。

 現れた変質者相手に、会場となった体育館全体がどよめく。


「わ、本当に居たんだ」

「見るからにエロそー」

「こっち見た? いやぁ」

「意外と若いし」


 様々な声が入り混じる中、輝きを放つ救いの声が上がった。


「お兄ちゃん!? 変質者って、お兄ちゃんだったの!?」


「チカ!」


 まだ信用出来ていないのが手に取る様に窺える。本当に変質者だと思い込んでいるみたいだ。

 いち早くチカの誤解を解きたいが為、早足でマイクが取り付けられた台の前に向かう。

 辿り着き、女子生徒全体ではなくチカだけを見つめた。


「チカ、信じてほしい。俺は変質者なんかじゃない。いやでも、端からしたら変質者なのかも知れない。でも、しっかりと理由があるんだ」


「何の理由ですか! 生徒の下着姿の盗撮ですか!? 陵辱の為にですか!? 白濁液をぶち撒ける為にですか!?」


「貴女が教師なら、生徒があんななのも分かるわ!」


 四十代くらいの教師に思わず怒鳴ってしまった。

 誰だってそんな誤解をされたら全力で否定するものだろう。絶対に違うのに。


 無言で頷くチカに微笑みを送り、全体に真剣な眼差しを行き渡らせる。

 教師にも生徒にも、あの生徒会長にもだ。


「俺はそこに座ってるチカの義兄です。今日は、チカが忘れて行った弁当を届けに来ただけなんです。置き忘れたけど」


「そうだよ皆! お兄ちゃんは私の義兄なんだ。だから、信じてお願い! ……て、お弁当忘れてたの気づかなかったな……」


 俺の弁解に続くチカは、立ち上がって全員にアピールをしてくれている。

 真っ先に信じてくれる辺り、本当に優しいな。

 それよりも気がかりなのは市伽ちゃんが微塵も動かないことだ。まるで試してるかの様に笑みを浮かべているだけ。

 地味に恐怖を感じてしまう。


 辺り一帯を見回し、左後方の扉前に立つ警備員に焦点を合わせた。

 彼女なら絶対に否定はしない筈だ。否定して嘘がバレれば学園の名誉に関わるからな。


「貴女にも会った筈です。弁当を届けに来たって、伝えた筈ですよ」


「……そうですね。確かに仰ってました」


「でしょう!? 皆さんこれで分かったで……」


 警備員の女性は、俺が安堵したタイミングで追い打ちをかける様に言葉を続けた。


「ですが、中身は拝見させていただけませんでしたよね。まだまだ不審なのに変わりはございません。その後、裏門前をうろうろしている姿も目撃してますし」


「うっ、それは、誰か気づいてくれないかなって思っただけで……!」


「気付かれる前に不法侵入したではないですか」


 ダメだ。何を言っても誤解が拡大していく一方だ。

 まず、チカと揃って義兄妹だと言ったのに何故信用されないんだ!? チカもオドオドして困ってるだろ。

 少しくらい人を信用してもバチは当たらないだろ。


 警備員がダメなら、こっちに賭けるしかない。

 俺はもう一人の可能性を持つ女子生徒に視線を変更した。勿論、市伽ちゃんのことだ。


「なぁ、市伽ちゃん。あの時俺を校内に引きずり込んだよな!? 俺は不法侵入なんてするつもりなかったのに、君が無理矢理引き込んだんだよな!?」


 生徒に同意を求めることに対し、またあの女性の教師が反論して来るが、聞く耳は持たない。

 これまで無言のままでいた市伽ちゃんにのみ、意識を集中させる。

 そして彼女は、俺の予想を遥か彼方まで吹き飛ばし、全く想定していなかった台詞を吐いた。


「私、貴方のことなんて知りませんでした。なのに急に抱きついてきて、大っきくなったモノを触らせてきて……本当、怖かったんですから!」


「……は? ちょ、ちょっと待て。俺がいつ抱きついた!? 触ったの自分からだろ!」


「触ったのは事実なんだ!?」


「ふええ怖いですぅ。先生〜」


 何だよ、あのこ。やっぱり信用なんてするべきじゃなかったんだ! 全部この為だったんだ! 俺を陥れる為の演技だったんだ……。

 希望を粉々に砕かれた様に口を閉じた俺は、諦めて警備員へ向き直った。


「もう、いいです。俺を捕まえたきゃ捕まえてください。本当疲れただけですから」


 何でこんなことになってんだよ本当に。弁当なんて届けに来なければよかった。

 チカの俺に対する評価は下がっただろうが、その程度の方がよかったんだ。ニートが出しゃ張るべきじゃなかったんだよな。

 もういい。二度と俺は誰かの為になんて動いてやらねぇ。チカに嫌われたって、別にいい。


 自分が苦労するだけなんて、選びたかった道じゃないからな。


「では、逮捕ということで。お認めになるんですよね?」


「そんなつもりは一ミリも無い。ただこの場から早く消えたいだけだ」


「そうですか。ではこちらへ」


「ああ」


「お兄ちゃんっ!」


 壇上から降りる俺を遮る様にチカが立つ。

 怒った様な表情で、初めて見せたチカ自身の感情だと思われる。本心出してくれて嬉しいぞ。

 本当は、俺のこと信用してくれてないんだろ。どうせな。


 チカは警備員の元へズカズカと歩み寄って行く。その光景を誰もが息を殺して見届けた。

 警備員の手前で立ち止まったチカは、一礼を向けると警備員を──殴り飛ばした。


「……え」


「「「……え?」」」


「……え? え!?」


 俺を始め、全校生徒教師に殴り飛ばされた警備員までもが全く同じ反応をしてみせた。

 普通なら絶対に思いつかないであろう、警備員への暴力。それをチカは平然とやってのけたのだ。

 怒りの矛先は俺でなく、俺を捕らえようと有る事無い事言い放った警備員に向いた様だ。

 それは、何故?


 いや、俺が殴られるとしたらもっと意味は分からないが、まず何故?

 警備員なんて殴ったら……つか、暴力なんて犯したら退学させられてしまうんじゃ!?


「お兄ちゃん」


 はっきりとしたチカの呼びかけに、声が出ず肩だけで反応した。

 少し、本当に少しだけだけど、機嫌が悪そうだ。


「な、何だ?」


「これで私も悪いことしたよ。お兄ちゃんはしてないけど」


「ま、まあな? それより何故殴った? 退学になってしまうぞ?」


「いいの、それ目的だし。ねぇ先生、私はもう退学でいいから、その代わりお兄ちゃんも見逃してよ。狙われたのは私なんだから」


「え?」


 不機嫌なチカに教師達も戸惑った模様だ。

 恐らく、普段からしっかりしていたのであろうチカが暴力を振るったことに脳が追いついていないものだと思われる。

 正直、チカの腕力で殴られたとなると、ただごとではないだろうし。


 教師達が小さく頷くと、チカは花の咲く笑顔を俺に向けて来た。

 人を殴り、退学にさせられるというのに、かなり清々しい笑顔だった。


「お兄ちゃん、今度は二人だね。私が味方だよ。さ、帰ろ?」


「あ、ああ。でもチカ、お前吹奏楽の夢……」


「もういいよ。お兄ちゃんのこと信じてくれないこんな学校、居ても居心地悪いだけだし」


「何気に酷いな」


 俺は小さな手に右手を引かれ、体育館を後にした。

 どうしても最後まで突っかかっていた市伽ちゃんの顔を凝視しながら。


 何故彼女はあんな嘘を吐いたんだ? 俺が何かしたのか記憶に無いが、俺を陥れる為だったのか?

 何だとしても、絶体絶命の危機から逃れられてよかったよ。ありがとうなチカ。



 ──かくいう俺達義兄妹は、この町から追放される処分となってしまった。

 俺が不法侵入したことに変わりはないことと、チカの暴力が問題となったことで。

 まさか町から追い出されることになるとは思わなかったが、これからどうしたものか。

 路傍で両手にバッグ二つ、リュック一つを背負い空を見上げて考える。まだ暖かい季節で助かった。


 それよりも心配なのは、金銭の問題だ。

 俺は勿論……というのも何だが、無一文だ。チカは多少手持ちがあるらしいが、町から出るならバイトも辞めなくてはならないだろう。

 手のかかる兄と高校生の妹二人で、どこまで生き延びられるものやら。


 悪いな、チカ。俺のせいでこんなことになって。

 市伽ちゃんのことについてはまだ納得いかないが。


「お兄ちゃん遅くなってごめんね。キャリーバッグ凄く運び辛くて」


「ああ気にするなよ。どうせ帰る場所なんて無いんだからな。あ、そうだ。さっき母さんから連絡が来たぞ。隣町の宿を貸してくれる様に頼んでくれたらしい」


「そっか。お母さんに感謝だね」


 少しも焦りの色を見せないのは、俺への配慮なのだろうか。責任をあまり感じないように、と。

 そんなチカの優しさに甘えていく訳にはいかないんだろうな。今後は。

 俺も仕事を探したりでもするか。


「宿に泊まれるのは今日明日の二日間だけだ。そこからは更に問題だらけの旅になる。こんなこと言うのはアレだけど……」


「ん?」


 俺が言葉を濁らせると、チカが接近し覗き込んで来た。あまりにも優し過ぎる瞳をしてる。

 だが、これからはチカにそんな作り笑顔もさせてはいけない。今日ここで誓おう。


「──一緒に頑張ろうな」


 チカに負けない程の精一杯の笑顔を春の陽射しに煌めかせた。我ながら情けないくらい下手な作り笑いだった。

 案の定、チカは目を丸くして固まっている。

 やはり失敗だろうか。


「ふふっ」


 忘れて欲しくて目を逸らすと、小さな微笑みが視界に入った。とても嬉しそうな柔らかな笑顔だ。

 今度は自分が目を丸くしチカを見つめると、彼女は俺の両手を握り締めた。


「うん、頑張ろう。お兄ちゃんとなら、私どこまでだって行けるから」


「チカ……」


「もう行かなきゃ、遅くなっちゃうね。はい、手繋いで行こっ」


「あ、ああ。でも俺両手塞がってるんだけど」


 手を繋いで歩くのは確かに嬉しいが、生憎腕が足りない。三本あっても気持ち悪いだろうしな。

 今はこのバッグが憎たらしい。

 申し訳なくて俯いていると、チカは俺の右手からバッグを一つ取り上げた。

 その動作は軽々としたものだが、中身はそこそこ重たい筈だ。たくさんの書籍などが押し込まれているから。


 ここまで過ごして、チカの腕力は女子高生のそれではないことが判明した。男の俺よりも、下手したらボクサーなどよりも上だ。

 脚力、速度は獣並みに高く、スタミナが尽きることは一度もなかった。おまけに模試の成績もトップクラス。

 詰まる所、最強のステータスを誇る女子高生だったのだ。


 自分の義妹がステータス最強だと実感すると、そこそこ驚愕する。

 こんな普通の女の子っぽいコが、超人だと知らされることになるとはな。何故教えてくれなかった母よ。

 妹なら、せめて力は低めがよかった。


「これで右手空いたでしょ? じゃあ繋ごっ! 私と手!」


 まあ幾ら超人でも、チカは単なる人間。俺の妹なんだ。ダメな点がある訳でもないし。

 これから何年も共に過ごすのだとしたら、いずれ慣れてもくることだろう。

 差し出された左手に視線を向け、俺は自然に口を綻ばせた。


「ああ。手繋いで行こう、チカ。ありがとな」


「えっ? んーと、うん! お兄ちゃんが喜んでくれるなら、私も嬉しいし!」


「それなら、ずっと一緒に居てくれると嬉しいかな」


「えっ」


 何気なく放った一言だった。

 深い意味は微塵も無く、ただチカとなら笑顔になれるんじゃないかと思ったまでだ。

 だから簡単に、大雑把にその台詞を唱えた。


 焦る様に眼を泳がすチカの頬は少しだけ赤くなり、戸惑いから幸福な笑顔に染まっていった。

 その天使の様な微笑みに、胸の内が苦しくなるのを感じた。


「うん、私もずっと一緒に居たいよ。お兄ちゃん。大好き!」


「あ、ありがとうな。俺も好きだぞ、チカ」


「私は『大』好きだもんっ」


「あ、ああ……俺もだ、大好きだぞ。うん」


「ふふふ、嬉しいなぁ」


 凄く鼓動が激しくなっているのを漸く自覚した。妹相手にこれはいかんだろう。本当の妹じゃなくても。

 まぁ、義妹とイチャイチャするゲームも色々攻略しましたけども。


 薄暗く闇に溶けて行く町で、街灯の無い路上を進む俺達の姿は千寿ヶ峰市から存在を消した。

第一章第一部分が完結です。

感想お待ちしてます!(?)

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