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5・お弁当パニック─2

前回の続きです!

 チカに弁当を届ける為だけに千寿ヶ峰女学園にやって来た俺だが、彼女のフルネームを知らなかった為、警備員に変質者だと疑われてしまった。

 そして裏門からゆるふわレモンウェーブのお嬢様らしき美少女に敷地内へ引きずり込まれた。


 校内で他の生徒や教師と遭遇しそうになったら気を引いておいてもらおう、と同行を承諾したのだが、天然な発言が不安を煽る。


「そうだ、君の名前は? なるべく呼びやすい方がいいなぁと思うんだけど」


「名前を聞く時は、まず自分から名乗るものですよ? 変態さん」


 複数箇所で耳にしたことのある台詞を左眼を閉じてぶつけられた。まあ、正論っちゃ正論なんだろうね。

 そうだとしても、人を変態扱いする理由には一糸も繋がらないけどね。やめろって、言ったんだけどな。


 何か納得は出来ないけど、俺は踵を返して少女に視線をやった。


「俺は、瀬賀 京。ここだけの話だが、俺とチカは義兄妹だ。つまり俺は変質者などでは断じてない」


「そうなのでしたか。女子高生の生着替えを堪能して、奮い立った生殖器を右手で慰め、性欲を欲望のままに発散するド変態さんかと。勘違いですね」


「酷過ぎる勘違い。俺を何だと思ってるんだ君は」


「私の秘部に鼻を擦り付けて厭らしい香りにおっきくなっちゃうド変態さんです」


「君の方が変態だと思うね俺は。うん絶対」


 異常な程生々しいと思うんだよ、その表現方法は。女の子が発するべき台詞では到底無いですよね。

 別に擦り付けたくて擦り付けた訳じゃないし、そもそも太腿の最奥まで顔を埋めたのはそっちだろう。後半は、あまり否定出来る内容ではなかったが。


 自己紹介を終えると、今度は少女が一歩下がりスカートの端を申し訳程度に摘んだ。礼儀正しくでもしているつもりなのだろうか。とっくに無礼働いてるから。


「私、旭野本(ひのもと)市伽(いちか)と申します。この学園の二年生です。よろしく申し上げます」


「ん、ああ、よろしく旭野本さん」


「市伽ちゃん、で」


「……よろしく市伽ちゃん」


「はい!」


 まあ、名前で呼んだ方が嬉しいならそれで構わないんだけどさ。しっかりしてくれよ?

 俺はこの学園の構造を大雑把にしか把握していないんだからな。


 張り切って先を行き、スパイを真似ているかの様に壁に隠れ、角の先を覗く市伽ちゃん。怪しさが妖怪並みだぞ。

 脳の端の方で下らないことを考えた。『チカ』と『イチカ』、名前似てるなぁと。親近感が湧くぞ。何故か俺が。



 ノリノリで掌を自分の方へ向けて大きく振る『来い』のジェスチャーを俺に向ける市伽ちゃんに、最早懸念しかない。

 可能な限り足音を立てず俊敏に移動すると、市伽ちゃんは隣接する左腕を前方から俺の首元に絡ませてきた。


 彼女は俺の首を引き寄せると、甘い声を囁いた。


「興奮、しますね」


「緊張、しますね」


「初体験はまだですか?」


「あの、何の話を始めたいんでしょうか。早く届けて早く帰りたいんだけど」


「あ、そうですね。急ぎましょう」


 愉しんでる事間違いなしな市伽ちゃんは、清楚な笑顔を浮かべて俺を校舎へ誘導した。授業中なのだろうか? 廊下を通過する生徒は今のところ一人も見当たらない。


 ただ、市伽ちゃんが清楚なのは容姿だけな様で──


「あ、身体がゾクゾクッて感じました。見られてしまうのでは、というスリルからでしょうか。もっと大胆にしてしまえば……」


 などと言った少し危険な発言をしたり、


「あら? 京さん、今私の掌で触っちゃいました? 凄くおっきいのですね」


 最早ただの痴女な発言をしてみせたり、


「見てくださいこの通路。普段誰も使用しないからか、女の子のトクベツな姿を覗けたりするんですよ? 写真見ます? もっとおっきくならないかなぁ」


 ……てな調子が五分に一度は発動。そろそろ疲れてきた俺。

 わざわざチカに出逢わなくても、教室に向かって机にでも置いておけばミッションコンプリートなんだけど、このコそこまで案内する気あんのかな。


 あとさ、市伽ちゃんに文句を一つ。これ一応十八禁ではないからさ、限度を考えてくれ。

 発言がアレで削除されたら元も子もないんだからな。


「あ、そう言えば私チカって女の子知らないんですけど、一年生なんですよね?」


「恐らく、そうだと思う。教室に誰も居ないなら探せるんだけどなぁ」


「多分今は皆性実習なのでチャンスですね。教室に向かいましょう」


「……実習って言った? 何やんの!?」


「まあ、アレをアレに装着させる練習とか、アレをぺろぺろする練習だとか、アレするイメトレとか……」


「そんなもん授業でやんじゃねぇ」


 この学園、表向きは鉄壁の男子禁制女子校で崇高なイメージを持ってたんだけど、この瞬間無様に崩れ去ったわ。

 市伽ちゃんが性に関してこんな饒舌なのは学園の教育の賜物か? 男の教師が働いてたら迷わず訴えるぞこのヤロー。


「大丈夫ですよ、男性教員は一人ですし、奥さんがいるそうなので」


「んん、確実な安全とは言い切れないなぁ」


「私はおっきいのが好きなので、あの人は眼中にもありませんよ。襲われて無抵抗な程大人しい生徒は一人も在籍していませんし」


「どんな生徒!?」


 学園の方針が更に気になるところだな。生徒は凶暴なのか? チカが心配になった。


 不安しか無い学園に乗り込んで、最初の難関は二階の廊下ど真ん中に堂々とある職員室だった。

 曇りガラスが幾つも張られ、俺みたいな長身でガタイのいい女子高生が殆ど存在しない事くらい、誰だって瞬時に理解出来る。


 窓から目撃するのが不可な窓より下から屈んで歩こうにも、少しでもよろければ音を立てて命取りだ。それに歩行スピードは通常の何倍も遅い。

 だとしたら、音を立ててしまったとしてもすり抜けられる()()が最適だろう。


「とうっ!」


 叫んだつもりだが、声は出さなかった。出したらただの大馬鹿野郎のレッテルを貼られてしまうからな。

 俺は腹部だけを床に密着させ、両手で床を押し流し職員室の真横を滑って通過した。


 何とかクリアした俺に音の無い拍手を寄越した市伽ちゃんは勿論隠れる必要性も無い為、普通に横断。

 でも君さ、授業サボってるんだよね? よく臆さないよね。


「さあ、一年生の教室はもう後少しです。この階段を上ればそこがそうです」


「よし、もう一踏ん張り×ニ」


 弁当を届けても、帰路で確保されれば絶命したも同然だからな。まあもう警備員には知られているから無意味なんだろうが。

 執拗に密着して来る市伽ちゃんを何度も離し、俺は念願の一年生の教室前に辿り着いた。


 三十分もかからなかったが、何だろうこの何時間も走り回ったかの様な息切れと動悸は。


「さてと、ここからが本題ですね」


「うん、そうだね。チカの机を探さなきゃ」


 真剣に呟いた市伽ちゃんに相槌を打ち、俺は一つ一つ椅子に貼り付けられたネームシールを確認していく。これも違う。これも違う。


 一組は違うっぽいな。さてと別のクラスも──ん? とても歩き難いな。

 恐らく、市伽ちゃんが腰に抱きついているが、その手つきは艶かしいもので、段々と下腹部に向かって行き。


「むぎゅっ」


「!? ちょ、『むぎゅっ』じゃないから! マジでこの作品でやっちゃいけないことだから! 放して市伽ちゃん!」


「しーっ、バレちゃいますよ? 誰も居ない教室で侵入禁止の男性と二人きり……興奮しますよね。もう、おっきいですよ、期待してたんですか?」


「違うわ! ずっと擦られてるから……っ!」


「ふふふ、楽しいことしましょう? きっと気持ちいいですから……」


「目が怖い!」


 怪しげに瞳を輝かせる市伽ちゃんから離れ、距離を取りながら扉へ後退して行く。そして風の様に走る。


 超危険な女の子だったな。色々な意味で。これは本当にマズイぞ。俺がゲームの妹以外に元気になってしまうとは。

 一生の不覚を胸に仕舞い込み、俺は誰も居ないことを確認して学園から飛び出した。そして失態に漸く気がついた。


「弁当……置いてきてねぇし」


 右手には、弁当が包まれた風呂敷が握り締められている。幸い警備員が居なくなっているので、もう一度入ってみるか。

 だが、俺が覗くと教師が沢山彷徨いて居るのが見えた。何かを、探す様に周辺を見渡しながら。


 思わず跳び退き、路地裏まで駆け抜けて行く。

 もしかして、バレたか? さっき、帰り道ダッシュしてたもんな。やっちまったぞ。


「皆さーん! 落ち着いて下さい! 今警察を呼んだので、きっと犯人が見つかることでしょう! そしたら一人一つずつ罰を与えてやりましょう!」


 年配の女性が大声を上げて不安がる生徒でも宥めているのだろうか。生徒の『はい』という返事が一斉に響き渡った。

 これ、バレたら一巻の終わりだよな? 刑務所ライフが目前だよな? しかも絶体絶命だよな? もう、正直詰んでるよな。


 市伽ちゃんは俺が逃げたのが気に喰わず、暴露してしまうかも知れない。俺に関わった事を隠して。

 そしてチカも、俺が侵入したと知れば味方はしてくれないだろう。軽蔑するのが優しいくらいだ。


 まずい、まずいなんてものじゃない。校内に居る市伽ちゃんと警備員には顔が知られている。

 逃げても捕まるのは時間の問題だ。どうしたらいい!?


「はい、先生! こういうのは虱潰しが有効だと思います! 警備員さんが顔を知っているのなら、一人一人確認してくのも手かと!」


 誰か生徒が率先して手段を提供している。

 ハキハキとした口調に慣れ親しんだこの声、チカだ。何てことだ、一番守って欲しい人が俺を潰そうとしている。


 恐らく警備員に『貴女を捜していた様で』などと吹き込まれたんだろう。最悪だ。

 何でこうなってしまったんだ!? 俺はただ、チカに弁当を届けに来ただけだというのに──て何かこれドラマとかで逮捕される人間が泣きながら呟く台詞みたいだな。


 チカの策戦が了解されたのか、裏門の向こうから歓声が湧き上がる。雄叫びなら、性別が違うだろうしな。


「一組はあちらへ。二組は私と来なさい。三組は中央から──」


 門から続々と女子高生達が放流される。まさか生徒達も捜索に参加するとは驚きだ。


 「あっ!」


 声にならない声で反応した俺が発見したのは、先程まで共に校内で教室を探してくれていた市伽ちゃんだった。

 いずれ確保されるとしたら彼女が最も望ましい。弁解してくれるとは限らないのだが。


 俺は元々侵入するつもりは無かったのだが、引きずり込まれたと訴え、それを市伽ちゃんが認めてくれればいいのだ。

 それを伝える為にも、わざと彼女に発見されなければならないな。



 それより、三組の女子達が俺の隠れる曲がり角へ進行して来ている為ひとまず逃げなければ。

 市伽ちゃんのクラスは進んでいる方向的に二組。選りに選って教師と共同のクラスか。


 一度家に戻ってチカに電話で説明してみるとするか。もし、周囲の人間にまで聞かれてしまったとしたら、致命的なのだがな。

 チカが守ってくれる一か八かに賭け、俺は自宅に飛び込んだ。目撃はされなかった筈だ。


「早く出てくれチカ、お願いだ」


 追われる犯罪者の気分だが、事実上犯罪者みたいなものなのだろう。彼女達にとっては。

 コールが三回鳴ると、応答する音が耳に入った。恐らくチカが気がついてくれたのだろう。


 そうと分かると、俺は迷わず慎重に説明を開始した。


「もしもし、俺だチカ。京だよ。実はこの侵入者騒ぎ、俺が犯人なんだよ。言い方はアレだけど。でな、真実はお前に弁当を届けに行ったってだけなんだよ! それを何とか代弁してくれないか!?」


 周囲には伝わらないよう、声は抑えたがしっかりと発声した。チカなら信じてくれる筈だ。信じているぞ。

 ……ところで、説明しても中々返事が聞こえないのだが。疑ってるとかないよな? チカ。


 沈黙が続くと、ハキハキとした声が冷笑と共に聞こえて来た。

 ──いつもの、明るく高めの声ではなく、蔑む様な中性的な声質だが。


「……京、ね。残念ながら私は『チカ』ではないわ」


「え、だ、誰だ!?」


「そうね、貴方に答える必要は無いわ。チェック、よ。首を洗って待っていなさい! 変質者!」


 何てことだ、何故チカの携帯電話なのに別の人間が出るんだ!? どうなってる!?

 まさか、と自室に入りパソコンの検索機能を利用する。キーワードは『千寿ヶ峰女学園』と、『携帯電話の所持』だ。


「やっぱりか、もっと頭に入れておくべきだったな。焦った結果がこれかよ!」


 玄関の扉が乱暴に叩かれる音がする。近所迷惑な打撃音を響かせ、バキンッと金属を破壊した音が耳を劈く。

 廊下を歩く軋み音が近くのも気にすることなく、俺は検索結果に表示された一点を集中して読んだ。


 ──在校生は皆、生徒会室に通信機器を預けること。


 先程電話に出たのは、管理しているであろう生徒会長だったのかも知れない。

 項垂れると、無理矢理鍵が破壊され扉がゆっくりと開かれた。そこには五、六人の女子高生が鋭い目つきで立っている。


 中心で腕を組む腰までかかる黒髪が美麗な、端正な顔立ちをした女子生徒が赤い携帯電話を見せつけてきた。

 俺の記憶が偽物でなければ、アレは恐らくチカの携帯電話だ。


「ついて来なさい。拒否権は有ると思わないことね? 逃げ出そうとするなら、ただじゃおかないから」


 両腕を折られるのではと恐怖を植え付ける腕力で固められる。

 冷酷な瞳で中心の女子高生に見上げられ、最悪とも呼べる事態が更に悪化して行く。

まだ続きます!

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