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番外編・市伽

「お久し振りです、お二人とも。覚えていらっしゃいますか? 私、旭野本 市伽と申します」


 結婚式の宴会中、突然話しかけられて一瞬惚けた。

 柔らかそうな肢体の、レモン色のゆるふわウェーブ少女。眼は名の通りの日本人だとは思えない、淡く綺麗な空色だ。

 顔は童顔なこの美少女に、俺は見覚えがある。


「あーーーー⁉︎ 君、弁当の時の……! 何でこんなとこに⁉︎」


 弁当を届けに行った時、学園内に俺を引き摺り込んだ女の子だ。……この旅を始める、決定的なキッカケを作った少女でもある。

 それ故か、チカは敵意丸出しの眼を向けていた。


「京を侵入者の変態に仕立て上げた張本人がここにいること、納得出来ないんだけど。旭野本先輩」


「あらあら、そんなことしたかしら? 私、記憶に無いわ?」


「白々しい……!」


「チカ、一旦落ち着こうか。キャラがブレてる」


 野獣の様に市伽ちゃんを睨みつけるチカの手を握って落ち着かせ、二人で市伽ちゃんと同じテーブルを囲んだ。

 惚けた顔をしてる市伽ちゃんに今から訊くのは、何故あんなことをしたのかだ。


「俺はあの時、警備員から逃げたかった。下手したら弁当ぐちゃぐちゃにされるから」


「そんなことされそうだったの⁉︎ あの人殴って正解だったのかも」


「正解ではないと思うぞ。それより、君はあの時自ら俺を敷地内に引き摺り込んだよな?」


 まずはここから認めさせる。またあの時の様にしらばっくれるのなら、許すつもりはない。

 市伽ちゃんはレモンスカッシュをちょびっとだけ飲んで、グラスを置いた。ナプキンで慎ましく口を拭う。


「そうですね、アレは私がわざとやったことです」


 開き直った。のか? 市伽ちゃんは悪びれる様子もなく、テーブル上のケーキを口に運ぶ。その光景を目の当たりにしたチカは、聞いたことも無いような低音ボイスを出した。


「一回警備員さんと同じ目に遭う? 先輩」


「やめとけチカ。まずチカの腕力は相当なものだし、このこ腹黒いから何するか分かんないし、結婚式なんだし」


「そうよ、チカさん。そんなことしたら待機してる私の警備隊が突入して来てしまうわ」


「そんなものを人の結婚式に連れてくんじゃねぇ」


「ふふ、冗談です。そんな方達なんて居ませんよ。私は『良家のお嬢様』ではないので」


「先輩、私がキレるのと貴女が謝るのどっちが先になるかな」


「チカ既にキレてるだろ」


「切れてないっすよ」


 長州力の真似をするな。怒られるぞ。

 俺達のやり取りを見て楽しそうに笑う市伽ちゃんの心が読めない。頭の中どうなってんだろう。つーか怒られてるのに笑う度胸が凄ぇ。

 これはもう少しキツめに言わないと反省しなさそうだな。


「市伽ちゃん、一つ聞かせてくれ。どうしてあの時、嘘をついた。何で裏切った? 性格悪過ぎるぞ」


「ふふっ、そうですねぇ」


 市伽ちゃんは考え込む様に眼を閉じて、またクスッと笑う。舐められてる気がしてならない。本当にキレそう。


「楽しそうだったから……かしら」


「お前な……」


 とどめにその答えとか訴えたくなるレベルだ。市伽ちゃんは性格が悪過ぎる。これまであった人間の中でも、トップクラスだ。トップはチカが殴った警備員。

 そんな告白をしてまで平然とレモンスカッシュを飲む市伽ちゃんの襟首を、チカが思い切り持ち上げる。周囲が一斉に注目して来て、物凄い焦ってる。


「チカ何して……」


「貴女の所為で、京の人生はめちゃくちゃになった様なものなんだよ⁉︎ それをまるで悪いなんて思ってない、寧ろ楽しんでるとか神経どうなってんの⁉︎ 引っこ抜いてやろうか⁉︎」


「怖っ!」


 神経引っこ抜くのも怖いけど、今のチカもそれなりに怖い。口調が荒くなってる。

 だけど今のチカは、俺を清々しい気分にさせてくれる。


「人を弄んで楽しい⁉︎ 楽しいんだよね! さっき言ってたもんね! 貴女は人として最低だよ! 貴女みたいな人が居るから私の……っ! ……とにかく、京に謝って。本当は土下座くらいしてほしいとこだけど、それだけで私は許してあげる。京は?」


「ん、ああ俺もちゃんと謝ってくれたら、それでいいけど……」


 チカが途中なんて言おうとしたのかは分かってる。いつか聞かせてもらったんだけど、チカのお母さんは自殺をしていたらしい。──この市伽ちゃんの様に人を弄ぶ奴に耐え兼ねて、それで。

 チカにとっては最も許せない類いの人間。市伽ちゃんは俺の人生を壊しかけたんだし。


「そうね……」


 市伽ちゃんは呟くと、立ち上がってテーブルの横に出た。両手を脇に、深々と頭を下げる。


「私は、下手をしてしまえば取り返しのつかないことをしてしまいました。心から謝罪申し上げます。どうもすみませんでした。ごめんなさい」


 市伽ちゃんの声から伝わるこの謝罪は、嘘じゃない。頭を下げているのも『ごめんなさい』と謝るのも本心なんだって、しっかり伝わった。

 このこはきっと根はいいこだ。だけど、楽しみをダメなことで覚えてしまっている。これから直していければいいけど。


「これからはそういうことすんなよ。本当に取り返しのつかないことにだってなるかも知れないんだから。俺にはチカがいてくれたから平気だけど」


「こんなことでお許しをいただけるなんて思いもしていませんでした。お二方、本当にありがとうございます」


「……まぁ、反省してるんだったら別に。今不自由してる訳じゃないし」


「ありがとう、チカさん」


 市伽ちゃんは再び頭を下げる。場内がシーンとしてしまったが、ビリーが『乾杯!』(日本語翻訳)と叫んだために賑やかさが戻った。ナイス。

 市伽ちゃんはトートバッグを手に取り、一礼して踵を返す。その先には出口しかない。


「帰んのか?」


「えぇ、私がここに居ては、お邪魔でしょうし」


「何のために来たんだよ。もうちょっとゆっくりしていけばいいのに。まだレモンスカッシュ残ってるぞ」


「ご馳走様でした。残りは飲んじゃってください」


「いや飲まんけど」


 市伽ちゃんは微笑んでチカに視線を替えた。チカはというと、金剛力士像の様な眼を向けてる。怖い怖い。


「私も、いつか素敵な旦那様と出逢って幸せになりたいわ」


「……なれるといいな。あんま悪さしなきゃ大丈夫だとおもうけど」


「そしてラブラブっぷりを貴女達に見せつけたい」


「だから性格悪いっての」


「別にいいよ〜。どうせ私達のラブラブっぷりには敵わないし。ね!」


「ね! って言われましても」


「ふふ、楽しみね」


 市伽ちゃんはまた、今度は今までよりも解れた表情で微笑み、出口まで進んで振り返った。


「お二人とも、末長くお幸せに。それでは」


「ああ、またいつか」


「バイバイ、旭野本先輩」


 門のとこでも大きく手を振っていた市伽ちゃんの見送りを終えて、俺達も宴会に戻った。







 《了》

番外編を含めますと完全完結です。読んでくれた方、ブクマしてくれた方々本当にありがとうございました。

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