最終話・退屈しない人生
池の前で泣いていた新沢さんは泣き止むと、普段のクールな表情に戻っていた。チカも新沢さんも切り替えがお早いこと。
ようやく呼ばれた本題に移るのかと思いきや、新沢さんはUターンして、
「いやいやいや、用事は⁉︎ 本題は⁉︎ まさか忘れた訳じゃないよな⁉︎」
「は? 何言ってるんですか瀬賀さん」
心底呆れた顔をされた。凄い納得がいかない。
「既に話は終わったでしょう、これ以上話すことはないので。さっさとチカさんの元にでも戻ったらどうですか」
「話って……さっきのアレだけかよ⁉︎ 泣いて祝ってくれただけ⁉︎ 泣くためだけにここまで連れて来たのか⁉︎ タキシード汚れたらどうすんの⁉︎」
「……次、泣いたことに関して大声で説明するのなら、今ここで貴方を亡き者にします」
「結婚式当日に殺害されるのはごめんだ!」
新沢さんは完全に嫌悪感丸出しでさっさと戻って行った。納得がいかない。いかな過ぎてどうしたものか。どうもしない。
もしかしたら、泣くのを誰かに見られたくないとかだったのかも知れない。でも祝うならチカも居た方がよくないか?
「あ、京お帰り! 新沢さん怒ってたみたいだけど何かしたの?」
テラスに戻ったら、席に座ってたのはチカだけだった。丹谷さんは帰ったんだろうか。
「寧ろ俺が聞きたいね。あの人、やっぱよく分からないな」
「ふーん? 何かしなきゃ怒る筈ないと思うんだけど……あ、京がいい例か」
「うるさいな、あの時は悪かったよ。チカの気持ちも考えないで勝手にキレて」
「まぁ、もう気にしてないけどね。私が改造されてたってこと、言わなかったのも悪いと思うし」
「いやいや、流石に言いたくないことだってあるだろ」
チカの故郷で一度喧嘩別れでもしていなければ、ここまで努力することなんて出来ていなかったかも知れないし。俺って、歳下のチカより断然子供だよな。
ふと名前を呼ぶ声が場内から聞こえて来て、俺とチカが同時に注目する。母さんが手招きしてるな。
「行くか、チカ。そういや丹谷さんは?」
「帰ったよ、お仕事あるからって」
「そっか。色々話せたか?」
「うん、まぁ色々と。一応改めて感謝の言葉伝えておいたよ。あれでも、あんなでも、心の底から認めてる父親だからね。本当のお父さんなんかよりよっぽど好きだよ」
「ま、俺もそう思うよ。病んで子供見捨てるってのはなぁ」
「早くせんかいバカ息子! ほら、これ!」
母さんが痺れを切らして駆けて来た。両手に持っていた物を、超無理やり俺に押し付ける。せっかちだな待てよ。
──俺は押し付けられた物に眼を向けて、一瞬放心状態になった。
「トラン……ペット? 母さんこれ何処から持って来たんだよ。で、こんなん押し付けてどうすりゃいいってんだ」
「そりゃ勿論、皆の前で演奏するしかないでしょ。ねぇ、ロッキー」
「そうだね。かなり久し振りだから、僕も楽しみだよ」
「バカ言うな! 何年振りだと思ってんだよ、もう吹けるかこんなもん!」
何を演奏すればいいのかも分からないし、どう吹くのかすら記憶から抜けてしまっている。こんな状態で演奏しても恥をかくだけだ。
だけど皆注目してる。チカも母さんも父さんもビリーも神父も社長も元社員仲間も皆が期待している。こんなとこで、投げ出す訳にはいかない。
「つったって、全く覚えていないんだよ。どうすりゃいいんだ、本当に勝手な親だな……」
完全に追い込まれた状態で何となく眼を向けた先で、新沢さんが腕を組んで壁に寄りかかってた。新沢さんは口パクで、恐らく『逃げないで何事も挑戦』とゆっくり言った。
多分チカならこんなことでも臆せずにやってのける。俺がチカと対等になりたいと言うならば、これすら乗り越えなきゃならないことだという訳だ。
そう考えたら、自然と手が動いていた。
「何だ、まだ吹けんじゃないの」
「流石の腕前だね」
両親が感慨深そうに眼を瞑った。この曲は何だろう、と周りから聞こえて来るが、俺だって知らない。超テキトーだ。
指が勝手に動く。意図してもないのに曲が成形されていく。──かつて共に演奏した仲間達との記憶を懐かしみながら、俺はトランペットを吹き続けた。
「すっかり、遅くなっちゃったね。もう夜の八時だよ。何処かでご飯食べてく?」
「そうだな、そうしよう。まさか結婚式の後に大勢であちこち回るとは思ってもなかった」
結婚式自体で宴会を楽しんだというのに、俺の周りの人間は皆して更なる宴会を希望した。それを二、三回繰り返して今に至る。バカ過ぎる。
最後の宴会を終えて、他の皆とは別れた。ついさっき後ろの駅で新沢さんとも別れてから、今はチカと二人きりになっている。
「チカ、やっぱり飯要らなくね?」
「だよね、さっき食べてたしそう言えば。……あ」
「ん? どうした? チカ」
チカが不意に立ち止まって、ホテルの並ぶ夜の綺麗な町を見つめてる。よく見ると、一人のフードを被った青年が駆けて行っているのが分かった。
そのフードの青年を、ハイヒールの若い女性が必死に追いかけるも転倒。明らかにおかしいのは、女性は華やかな容姿をしているのに何も持っていないことと、青年は地味な灰色のパーカー姿なのに明らかに高そうなバッグを持っていること。
「なぁチカ、アレってもしかして」
俺が言い終わるより先に、チカはバッグを押し付けて来た。ニコリと笑って、ロケットランチャーの如く走り出した。
「チカ……! やっぱ引っ手繰りか。にしてもあの引っ手繰り、目撃者にチカが居たのが不幸だったな」
人並みをスルリと減速せずに進み、道中にあるボードなんかも飛び越して、数秒後青年は地面に叩きつけられた。相変わらず人間技じゃないよな、本当に。
盗られたバッグは女性の手元に戻り、青年は駆けつけた警察官に保護された。つーか連行された。
お手柄だったチカは手をパンパンと叩いて、俺からバッグを受け取った。
「こんな平和そうな町でも、引っ手繰りってあるんだね。ビックリしちゃったよ」
「ビックリするのは同意だけどあんなチーターみたいなスピードで捕らえに行くとかちょっと怖いぞ」
「酷ーい。私チーターより早いもん」
「マジかよ⁉︎」
「うっそぉ〜」
「はは……でも百メートル近く離れてたのを五秒くらいで捕まえたもんなぁ、怖っ」
「怖いって言わないでよ!」
「あ、悪い。この通り謝るので許して下さい」
俺が深く頭を下げると、ぽんっと後頭部を叩かれた。チカはクスッと笑う。
結婚式当日に色んなこと起き過ぎだろ。こりゃ本当に伝説として語り継ぐしかなさそうだ。そう考えたら、思わず声に出していた。
「本当、チカと一緒に居ると退屈しないで済みそうだな、いい意味でも悪い意味でも。今回みたいなのは、どっちで見ればいいのか分からないけど」
「ふふっ、あったり前でしょ? だって……」
チカは俺の腕に抱きつくと、可愛らしくウィンクして見せた。
「私は、ステータス最強の──妻なんだから」
なんてね、と微笑むチカへの愛しさを胸に込めて、手を握り締めた。
ステータス最強の義妹との旅は、思った通りハッピーエンド迎えることに成功した。
《了》
完結です!まさか短くなってしまうなんて自分でも驚愕ですが、綺麗サッパリ終わらせた──つもりです。
ここまで、本当にありがとうございました!
『ステータス最強の義妹と旅に出ます!』完結です。
番外編一つあるので、よろしくです!
 




