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19・日々を大切に

 船の音が鳴り響く──ことは無い。俺達はこれから、海に出る訳ではないからだ。


 荷物を詰め込んでお腹いっぱいなリュックやバッグなどを大量にさげ、俺とチカは沢山の人間に囲まれていた。林を突き進んで、丹谷さんの住む家も過ぎたとこにある、国境目前の道で。

 三日間、町民達とも打ち解けて散々馬鹿騒ぎはしたけど、俺達はもうここを出る。次の目的地、フランスに向かうんだ。

 ……この国からどう行けばフランスに辿り着くんだろう。


「お主達がここを去るとなると、寂しくなるのぉ。たった三日ではあったが、楽しめたぞ。礼を言おう」


 俺達の見送りをする町民達を代表して、老婆が頭を下げる。

 チカは照れ臭そうに頬に手を当てると、小さく首を振る。老婆の肩をとんとんと叩いて、顔を上げさせた。


「文代さん、私達こそお世話になりました。頑張って、皆で協力し合ってこの町を発展させていこうね」


 チカが笑顔で言ったそんな言葉に、町民達が次々と頷く。彼らは人体実験で滅びかけのこの町を復興させると宣言していたんだ。

 勿論俺達は応援することにした。貧困な町が、後々どう発展して行くのかは想像もつかないんだが、それでも無理だなんて思わない。彼らは今回こそ諦めない意思を生むことに成功したんだからな。

 きっといつか、ここにも観光客が訪れるくらい賑やかになっている筈だ。そう信じよう。


 町民達がチカを囲んで最後の交流を楽しむ中、俺は一人荷物をカートに乗せる。車とか無いから、暫くはカートと自転車の旅なのだ。絶対心折れるって。町民達なんかよりよっぽど辛いって。

 全て積んでスタミナ切れの俺は、その場に座り込む。座り込みながら、町民を一人一人確認していた。

 ──やっぱり、丹谷さんは来てない。

 自分の娘が旅に出るって言ってんだから、見送りに来てくれたっていいじゃないか。……あ、明心さんだ。おーい。


「お兄ちゃんは、町の人達に挨拶していかない? このまま行こうか?」


 町民達との交流を終えたチカが早足で向かって来る。そうだな、俺は別にいいや。チカが挨拶したんだし。


「このまま行こう。俺は早めに帰還して『妹ブログ』を更新しなくてはならないからな」


 立ち上がってそう呟く。そのブログの新たなページには、『義妹最高』という見出しをつける予定だ。チカをモデルとして妹愛をネット上に広めてやる。

 この世に義妹とのラブが最高だという事実を認めさせてやるんだ。勿論、普通に血の繋がった妹との禁断ラブも最高なんだが、チカの影響か、今は義妹との関係の方が好きになっていた。


 チカは不思議そうに首を曲げると、あまり気にしていない様子で自転車の方へ向かう。その光景を、町民達が別れを惜しむ様に見つめる。

 あばよ、このよく分からない国の住民達よ。

 俺も自転車にカートを連結させて、それに跨る。……重過ぎて進めなかったからチカと交換した。

 自転車乗りながらカート引くって、絶対危険だよな。チカだから大丈夫だとは思う……けど。


「チカ、本当にこれで行くのか? 凄い不安定だし、重量あるし、下り坂が物凄い不安なんだが?」


「大丈夫だよ。何か有ったら私が何とかするから。お兄ちゃんは普通に自転車漕いでていいよ。……それじゃ、行こっか」


「……まぁ風に任せるか。何かあったら、運任せってことで。風と運の二つに任せよう」


「私には?」


「……任せます」


 俺達は同時に漕ぎ出した。背後から歓声なのか見送りの言葉なんだかよく分からない声が上がる。

 カート付き自転車には早くも難関が立ちはだかった。

 一本道の狭い路地を抜けて広い道路なんだけど、横に曲がらなければならないからカートが突っかかる。町民達はもう見えないけど、情けない光景だな。

 一度自転車から降りたチカは道の幅と出なければならない道路の角度などを細かく測っていく。でもやっぱり難しいみたいで、黙り込んでしまった。


「チカ、どうする? これは風にも運にも任せることが出来ないんだけど。真っ直ぐ突っ切ったら反対車線でしかもガードレール過ぎたら崖だからなぁ」


 道路の中心には車線を区切る為のブロックが置かれていて躓いたら大変危険だ。だから突っ切るのは何重にも危険が待ち受けているからアウト。更に俺まで絶句した。

 沈黙に任せる羽目となった俺達は、十分程その場に待機。この国はどれだけ不便なら気が済むんだろう。


 ──お手上げ状態の俺達は前方から、針の様にツンツンした調子の声を聞いた。


「まだここも抜けられていなかったんですか、情けない。そもそも、自転車にカートとは……頭大丈夫なんですか?」


「丹谷さん……って、それ何ですか?」


 前方の道路に現れたのは丹谷さんだった。手に握られたロープらしき物は、その背後に圧倒的な存在感を放つそれに繋げられていた。

 ──馬? 丹谷さん、それ馬ですよね?


「何って、貴方は馬も知らないんですか? 正確に言うと、これは馬車ですが」


「馬車……何で馬車。何で馬車!?」


「こんなことになっている頃だろうと、何となく想像出来たので手助けに来たんですよ」


「いや何で馬車!?」


 丹谷さんはじっとチカを見つめる。温かい目を向けてそれから、ゆっくり自転車とカートを道路に引いて行く。……あ、自分が先に行くって方法があったのか。

 で、何で馬車?


「瀬賀さん、多分貴方は馬を乗りこなすなんて無理ですよね? 跨ったことすら無さそうですし」


 丹谷さんは半ば馬鹿にした様に口元を隠す。結構ムカついたが、間違ってはいないから頷いておく。すると丹谷さんは再度、チカに眼を向けた。


「チカなら、この二頭の馬を一人で操縦することなど容易いんじゃないかな……?」


 ……つまり、丹谷さんはこの馬車を使えと言っている訳だ。馬車なら基本座っていられるし、荷物も置いておける。……でも何か馬重くないのかなって可哀想にもなる。

 俺が馬を見つめて唾を飛ばされていたら、チカは足早に路地を抜けてロープに触れた。

 助けてくれた丹谷さんに何故か敵意丸出しの眼を向けて、馬車に乗り込む。珍しいな、馬に跨らないで馬を動かす人。


「勿論だよ。私ならこんなの朝飯前だもん。ほら、丹谷さんとお兄ちゃん荷物積んでおいて。その間に馬達に言うこと聞かせるから」


『聞かせる』ってさ。怖いな。あれだ、命令に背いたら皮剥ぐぞみたいな脅しに聞こえる。馬達が不憫だ。

 てか、この馬丹谷さんのなの? 丹谷さんのじゃないんだとしたら誰の? 何処から連れて来たの?

 ていうか何で馬車? もっと他に何か無かったのかな。


「あると思いますか? チカはまだ免許を取っていないので車はダメです。勿論貴方も。ラクダは乗るべきじゃないですし、まだ自転車使いたいのなら、フランスまでの距離をよく考えた方が身の為かと思いますよ」


「そうですね、俺が間違ってました。馬車ありがとうございます。馬車万歳。いえーい」


 全く心の篭っていない棒読みで感謝する。今チラッと出て来たラクダって、もしかして飼ってたりします? ここタクシーとか無いのかなぁ。

 タクシーは無いけど、隣の国に入れれば電車で一気に近づけるらしい。……ここどんな国なんだろう。本当に。


「お兄ちゃん荷物積んだらこっち乗りなー。そろそろ行かなきゃ、日が暮れちゃうからさ」


「まぁ一日だけで辿り着くのは無理だろ。丹谷さん、ありがとうございます。では、失礼します」


「……また何処かでお会いしましょう。チカ、瀬賀さんに迷惑をかけるんじゃないよ」


「分かってるしー」


 どっちかと言えば迷惑かけるの俺の方だしー。

 丹谷さんが見送りをしてくれて、俺達は道路を馬車で突き進む。どっちにしろ危険だとは思うな。馬しか疲れないだろうけど。

 ……チカ、本当に馬使いこなしてる。どうなってんだよ、お前は。


 道路を越えて、砂利道を行く。

 砂利道を越えて野山を横切る。

 車が眼の前を通過したことによって俺達は漸く、国を越えたことを悟った。

 駅まで向かったら、馬車は電車に乗れないことを思い出す。結局乗り物なんて何だってよかったみたいだ。

 馬の鼻頭を撫でて、別れを告げた。また重い荷物に両手肩が塞がることにはなったけど、電車乗る為には仕方のないことだ。……因みに、馬はダッシュで来た道を駆け抜けて行った。

 丹谷さんの元へ帰ったのだろうか。


「お兄ちゃん、電車そろそろ来るよ。人多いかも知れないから気をつけて乗ろうね」


 チカに先導されてホームに向かう。ちょっと遠目に、電車の姿を確認した。


「ここってまだアジア圏内なのか? ヨーロッパって感じはしないんだけど」


「まだまだあるよ。アジア以外はこんなに電車混まないんじゃないかな。荷物多いのにこれはキツいよね」


「電車じゃなくて馬最後まで使いたかったくらいだよ。凄い苦しい」


 電車の中は満員だ。外に半分出てる人だって居る。屋根の上とかにも数名。

 アジアの電車って基本満員だよな。そんなに電車じゃないと移動出来ないのか? 駅一つくらいなら我慢したらいいのに。

 四つくらい駅を通過して、別の国で降りる。着くの早いな。


「うん、ここからはアレに乗せてもらおうよ。一応、タクシーみたいなものらしいし」


「ああ馬か……また馬!? てか馬車じゃん! どんだけ馬車あるんだよ! ……まぁ、楽出来るから乗るけど」


 ──五時間くらい経って、まだまだ先だということを道中伝えられた。もう諦めたくなったくらいだけど、チカは楽しそうに笑ってたから我慢する。

 暑いからアイスを食べたり、水分補給に飲んだことの無いドリンクを買ってみたり、野生動物とチカが戦ったりと様々な体験をしつつまだ見ぬヨーロッパへと進んで行く。

 今何処? と、空を見上げてたらいつの間にか夜だった。馬車ももう降りたし、ここから先に進めそうには無い。


「……チカ、何してんだ?」


 何処かで泊まるか? 何て町ですらない道の上でチカに問いかけようとしたら、思わずその気は失せた。チカが落ちた太い枝を砕いたり折り曲げたりしているのだ。

 俺の質問に気づいたらしいチカは、額の汗を腕で拭って手招きをする。正直林の中には入りたくなかったけど、一応進んで行く。


「テント張って、ここで寝ちゃおうか。丁度あの町で買っておいたし、二人なら寝れるくらいの広さに改造しておいたから」


「改造かよ。てかやけにデカい荷物があるなとか思ってたけど、それかよ。テントかよ。改造受けてより巨大になったテントだったのかよ」


「因みに、防虫剤も殺虫剤もあるので虫のことはあまり気にしなくていいよ」


「気にしないことは無いけど、まぁいっか。それよりご飯食べないか? ついさっき町で買った、弁当でもさ」


「あ、そだね。ついでにお風呂にも入りたかったけど、どうせ林で寝るんだし明日でいいかぁ」


「そう、だな。んじゃはやく食べよう」


 夜飯を食べる間、俺はずっとチカを見つめてた筈だ。

 普通なら、日本からフランスに飛行機無しで行こうなんて無茶だと思う。だけどそんな無茶も、チカが傍に居るだけで全然余裕に感じて来る。

 だからチカは俺にとって、本当に一番の女の子って事なんだろう。そう考えて、自然と頬が緩んだ。



 チカの故郷であるあの町。あの町民達の様に複雑な事情を抱えた人にこれからも出会うことがあるかも知れない。

 俺とチカの人生を否定する人間だって、いつか現れるかも知れない。千寿ヶ峰に帰ったら、非難を受けるかも知れない。

 俺とチカの関係を気に入らない人間だってきっといる。

 だけど、どんなことがあろうと俺はチカと離れるつもりは無い。俺が選んだ幸せは、チカと共に感じていきたいんだ。


 これからの日々を大切に過ごし、何処にも悔いを残す事無いよう全力で生きていこう。ニート生活は終わりだ。

 チカにふさわしい男になりたいって、決めたんだから。



 ──テントで先に就寝したチカは多分、日頃の疲れが出たんだろう。俺は全身筋肉痛の割にはスタミナが余っていて、どれだけ自分が何もしていないんだって自分を責めていた。

 でも結局は多少疲労感はあり、直ぐに寝れそうだからチカの隣に寝転がる。テントの下はただの土だから寝心地の悪さは一級品──なんて予想してたけど、チカがテントの中に毛布を敷いたので痛くはない。寝辛さは充分だが。


 寝返りをうったチカの顔はこっちに向いている。何も邪念の無いような、幼い子供の様にも見えてくる。

 そんなチカの髪をそっと撫で、以前同じことをして『髪の毛触られたらビックリするじゃん?』と言われたのを思い出す。それでも触り続けて、耳元に顔を近づけた。


「チカ、好きだよ」


 ピクリと跳ねたチカの身体。見る見る紅潮していくのが見て分かる。やはり起きたみたいだ。

 まるで起きてるのを気づかない素振りをわざとらしくしてみせ、俺は深い眠りに就いた──。

あとはエピローグで終わりです!

エピローグアホみたいに短いです!

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