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18・普通の人間です。

 慎重に部屋を出て、クソ迷惑な町民達をホテルから追い出す。世話になったフロントの女性に頭を下げたら、無言で頷きながら手を握られた。頑張って、ということか?

 先に出ていたチカはまるで鬼の様な鋭い眼光を町民達に向け、空気をピリつかせていた。町民も睨んで来てるし……面倒なのは嫌なんだけどなぁ。


「何ですか? 俺達なんか呼んで。また何かチカを悪く言おうものなら、容赦しないですからね」


 見栄を張って睨みつけるけど、正直容赦しないったっねそんな力は無いです。はい。

 それと、この人達チカを悪い様に言ってたっけ?

 町民を代表して一歩前に出ているのはやはりあの老婆だった。まるでチカを無機物だとでも言う様に冷ややかな視線を浴びせている。この人はやっぱり大嫌いだ。


「結局、お主はここに残らない様だのぉ。千七百五号」


「……知ってたんですか」


「無論だ。ここの人間は情報を共有する」


「集団の嫌がらせみたいだね……!」


 老婆相手に、チカは敵対心剥き出しにする。今にでも飛びかかりそうなくらい機嫌が悪そうだ。

 それより俺も何か、変な気分だ。何かを否定したいんだけど、何をかが自分自身で分からない。何だろう、もう少しこの人達と話していれば分かるかも知れない。


「お主は完成型だ。故にこの国を飛び出して生きて行けたのだろうが、正直国の為に役立って欲しくもあった」


 あ、まただ。老婆がチカに話しかける旅に、苛立ちの感情が込み上げて来る。


「私はお兄ちゃんの家族以外の役に立つつもりなんて無いよ。あなた達とは違うんだから」


 チカの言う「あなた達」というのは恐らく、この国のルールに縛られ続けている者のことを示すのだろう。逆に、自分は縛られないというのを主張したいんだと思う。

 チカがここに残ることでだって、メリットはある。チカが働こうと思えば何だって可能だ。だからここに置いて行ってほしい。

 ──そんな心の声が痛い程体当たりして来る。


 だけど勿論俺だってそこは譲れない。チカはあんたらの所有物じゃないからな。


「チカに金を稼いで欲しいって魂胆だろうが、そうまでして栄えたきゃもっと考えろ。せめて動ける奴等が別の国にでも行って働いて、この小さく貧しい国を発展させろよ。そうすりゃここの暮らしだってんな苦労しない」


 そこまでは苦労するけど、ってのは言わない様にしておく。そしてこの演説には、待ってましたと言わんばかりに反論が返ってくる。


「んなこと出来てりゃ苦労しねぇんだよ! ここで暮らしてみれば分からぁ!」


「別の国まで行く金なんてねぇんだよ!」


 当然の反論だ。今までの俺なら、ここでの反論に「はい、すみません」と頭下げるだけだった。

 だけど俺には今、チカがついている。それと、反論に反論するだけの道は辿って来たつもりだ。

 ブーイングを容赦なく浴びせてくる町民達に、俺とチカは声を揃えて答えた。


「「努力もしないで何言ってんだ」」


 俺達の圧に町民達は黙る。それが清々しい気分だったけど、ここで途切れさせてはいけない。波に乗らなければここを突破することは不可能だ。

 反論したがって口を開こうとする町民は、まず続けたチカの声を聞く為か押し黙った。


「私はお金なんてなくても、泳いで異国に行ったよ。この国には船だってある。なのに行けない訳がないよね? 小さな子供より出来ない訳、ないよね?」


 町民達は更に黙る。今のチカには、「超人」を核にした反論は通用しない。

 幾ら超人と呼ばれるチカでも、ここまで来るには数々の努力があったに違いないからだ。地図を記憶して迷わない様に海を泳いで横断なんて、幾ら改造された超人でも根気が無ければ成し遂げられない。

 チカはこの国の、他の誰よりも何倍も自分の力を信じて努力して来たんだ。コイツらに反論なんて選択肢は浮かばない。


 どよめいて未だ少し納得がいかなそうな町民と眼を合わせ、俺が追い打ちをかける。


「俺達は今日ここまで、金なんて殆ど使わずに辿り着いた。一日なんて軽い時間じゃない、何日もかかった。船一つで、知恵を絞ってここまで来たんだ」


 隣でうんうんと頷いてくれるチカだけど、ここでツッコミを入れられても別によかった。いや町民が反論して来そうだからツッコミ無くて助かるけど。

 だって、知恵を絞ったのは九割九分チカだもん。俺何もしてない。


「あなた達は何もしないだけ! 自分は凡人だからとか、下らないこと考えて行動に移さないだけだよ! 何もしない人間が努力した人間を疎むな! 羨むな! 努力してそれでもダメだった時だけ、その権利は与えられるんだよ!」


 あんまり疎むのはやめようね。って補足加えといてもいいかな、チカさん。

 でもまぁ基本的に、当然のことを言ったまでだ。『働かざる者食うべからず』と昔から言うだろう。俺働かないで飯貰ってるニートだから説得力無いだろうけど。

 それでも、一時期は努力した日々が有ったんだよ。そのお陰で、トロフィーとかだって手に入れられたんだ。


 百パーセントとはいかないけど、努力した者はその分報われる。やり様によっちゃあ、それ以上に。

 反対に言うと努力しない人間は報われる訳がない。それまでいい思いをして生きていたとしても、いつか手痛いしっぺ返しに遭う。それが人間ってもんだ。


 反論する気力も無くなったのか、町民達は互いをチラチラと見合い、騒めくだけ。俺もチカも満足した様に微笑み合った。

 ──そんな時、若い女性がぶつりと呟く。


「超人に私達の気持ちなんて分かるかよ……」


 耳に入った瞬間だった。俺が反論したかったのはこの事だったんだって、知恵の輪が解けた気分だった。

 簡単なことだった。俺だって今思い返すと自分に嫌気が差す。こんなことを言われ続けたチカはどんな気持ちだったんだろうって──想像つく筈も無い。


 チカは改造人間だけど、俺なんかよりよっぽど色々熟るけど……


「チカは普通の人間だ!」


 魂から叫んだつもりだった。異論なんて認めない気迫で叫んでいた。

 老婆まで全員眼を大きく開いて俺を見つめる。何か表彰された時みたいな気恥ずかしさが有るんだけど、何とか我慢しよう。

 とにかく、俺にとってチカは普通の人間だ。当然だ。なりたくて改造人間になったんじゃないんだから。それは改造された全員が思ってる筈だろ。


「ふむ……そうだの」


 一人、老婆はゆっくりゆったり拍手を始めた。馬鹿にしている訳ではなく、本当に心から祝う様な微笑みを浮かべている。

 いつの間にか、大嫌いな老婆の存在は無くなっていた。


「『チカ』はちゃんと、普通の人間だよ。それ以外何でもない。すまんの、意地悪をしてしまった様だ」


 老婆が頭を下げたことでその考えが伝染して行ったのか、町民達が次々に頭を下げる。謝罪の言葉を揃える。

 こんな光景、少し前まで有り得なかった。だからか俺達は困惑して顔を見合わせる。

 そこでふと、チカが笑みを零した。


「頭、上げて皆。謝ってくれたから、私は皆を許します。今までのこと全部全部、水に流そうと思います」


 チカは力強く頷いた。

 多分、『全部全部』ってのは、改造手術のことなどをだ。自分が国を出るきっかけとなった筈のふざけたことさえ、無かったことにしてやると言う訳だ。

 寛大な心というか……俺は見習える自信が無い。絶対無理。


「だからさ、私達のことを応援してくれるかな?」


「応援とな?」


「うん、そう。私はこれからお兄ちゃんと一緒に西洋に行きます。フランスに行くんだ、まだちょっとだけ先なんだけど。そこまで今みたいに気丈で居られるか、分からないでしょ?」


「確かにそうだなぁ。ふらんすには行ったことないんだろう?」


「無いね! 毛程も無い!」


 チカは元気よく笑う。何だ、ただで許す訳ではなかったみたいだ。まぁ本心を出したチカが何事もなく水に流すなんてないだらうけど。

 チカは多分、ちょっとだけサディストだから。


「……という訳で皆に頼み事なんだけどさ、最後まで、私達が離れることの無い様に……願ってて欲しいんだ。お願いね」


「……承知した。毎朝、祈ることにしよう」


 毎朝かよ。逆にその願い重てーよ。──なんてのはこの場を乗り切りたいから声に出さない。何で選りに選ってそのお願いにしたんだいチカ。


 老婆に賛成した町民達は、祈る場所を作るんだと躍起になる。……あんたらまず頑張って働けよ。

 チカもそうだけど、この国に生まれた人間は考えるより動けって思想を掲げるのかも知れないな。

 ──やっぱりチカは何となく、心の何処かで特別な存在の様に思えてしまう。他人の心を簡単に変えてしまえたり、いがみ合っていた様なものなのに全てを味方につけてしまう。俺はそれが羨ましい。


 いやいや違うだろ。羨ましい……じゃなくて、そう思わないで、ちゃんと横並びにならなきゃ。

 誰から見てもお似合いだって言ってもらえるくらいに、チカの横に立ちたい。ダメだアイツは〜なんて馬鹿にされる訳にはいかない。

 俺はチカの、今は兄貴なんだから。


「チカ、まだ少しここに残るからって言ってもたった三日だからな。一応準備は先にしておこう」


 ホテルに戻り、衣服や今日チカが一人で買って来た袋の山を整理する。戻った時、フロントの女性が我が子の旅立ちを見送る様な眼で見て来た。いつの間にやら俺はあの女性の子供ポジションに定着してしまっていた様だ。

 別に歳近そうな女の子供になりたいとは思わんよ。俺の親は二人だけでいい。チカと引き合わせてくれたあの親達だけで。


「お兄ちゃん、ホテルで過ごすのも後少しだね……」


「そうだな。案外快適だったよな、このホテル。本当に滅びかけの町かよ」


 物思いに耽る様に瞳を伏せるチカに倣い、少しの間泊まったホテルを眺める。……あ、ペットボトルのゴミ落ちてる。捨てなきゃ。

 ベッドの横に、多分チカと離れていた少しの間に飲み干していた、あまり記憶に無いペットボトルのゴミをゴミ箱へ投げ入れる。投げて入るとちょっと嬉しい。

 ふと腕を掴まれて振り返ると、チカは頬をリンゴみたいに赤く染め、もじもじと身体を揺らす。


「どうしたチカ? トイレの場所は分かるだろ?」


「違うよ! ……だから、もう直ぐでこのホテルともお別れでしょう?」


「……ん、まぁそうだなって、さっきも同じこと言ってなかった?」


「だ、だからさ!」


 焦った様にあたふたするチカは、勢いのままにベッドを指差した。何かあるのか? なんて覗き込むと、チカは口元を手で覆い、眼を逸らして続けた。


「滅多にラブホなんて入れないからさ、後悔しないうちに済ませちゃい……ませんか?」


 まさかのお誘いだったことに衝撃を受ける。どんだけ色々溜まってるんだこの娘は。

 期待の眼差しを向けて来るチカの肩に手を置き、チカが何やら眼を閉じた瞬間、俺はハッキリと答えた。


「十八禁になるのでダメです」


 石にヒビが入る様な耳障りな音を感じて、直後床に伏せる羽目となった。

 はい、チカにぶん殴られました。また喧嘩した様な雰囲気になってしまいました。

 でも案外チカは気にしていない様で、


「分かってたけどさ。チキンなお兄ちゃんじゃ、年齢制限の壁を越えることさえ出来ないことくらい」


 そう呟く。が、それには俺も反論した。


「いやだって年齢制限無視したら流石に消されるからな? 今までのこと全部無駄になるからな? 何でラブホなんて入っちゃったんだろう」


「そこにラブホがあったからです」


 何処かの登山家みたいなことを言うチカ。その顔は無表情だった。岩の様に硬い無表情。怖い怖い。

 何かの裏話みたいな禁断の会話を続ける俺達に、町民達からの土産が渡される。……が、チカは事前に殆ど手に入れていたらしくて、拒否した。

 無念だな、町の人間達。てか本当に袋に入ってたよ。全部。


 何か興醒めな気もする、町民達の暖か過ぎる態度。俺一人の時みたいに責めて来なくなった。何か凄い屈辱的なんだが。

 残り三日の日々をどれだけここで充実させられるかは分からないけど、きっと元の町に戻るまで濃く刻まれる記憶となるに違いない。どんな事でさえ、この町で起きたことは忘れないと思う。

 そう呟いたら、チカは嬉しそうに笑った。

 その笑みが何を思って溢れたものなのかは想像つかないけど、きっとダメなことではないんだろうな。チカが心から笑うのは、そんなに多くない筈だから。


 町民達に誘われて、バーベキューを夜通し楽しんだ。

 チカが言い出して、皆で海ではしゃいだ。

 俺がトランペットを吹かせてもらったら、有り得ない程下手くそになっていて悲しかった。何年も吹いてないとこうなるのね。


 だけどそんな三日間が、かなり楽しかった。

 この町で思い出を作り、再び旅に出る。そんな日が俺達二人に訪れた。

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