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13・チカと俺は

 連れ戻すって、言ったよな間違いなく。

 それってつまり、俺とチカの同居をやめさせるってことなんだよな? そういうことだよな?


 丹谷さんは家だけの写真を自分に向け、ふわりとした微笑みを零した。

 その写真に映るのはもしかしてチカと住んでいた家だろうか。または、これから住む予定の家なのだろうか。

 だとしても、生活が苦しい俺だってチカにはいなくなってほしくない。まぁ喧嘩したけど。


「あの、丹谷さん。チカを連れ戻すのは、絶対に……なんですか?」


「えぇ、決定事項です」


 丹谷さんが見せた心の篭っていない笑顔だけで、俺に拒否権が無いということを知らせた。威圧感が強過ぎる。

 流石に仮親に抵抗するつもりはないけど、それってチカに伝えてあるのか? 本人の意思も尊重するべきだと思うんだけど。


「チカには、言ってあるんですか?」


 ゆっくりと首を振った丹谷さんは、再度笑顔を作る。ただ作られた虚無の笑顔だ。

 まさかとは思ったけど、強制的ってことだろうか。


 何も言葉が出ず俯いていると、丹谷さんは手元のバッグから何やら巾着の様な物を取り出した。

 角張っているのが見えるから、中身は四角形とかそんな感じの物だろうか。何が入ってるんだろう。


「貴方は生活に困ってるから、チカと共にいたいんですよね?」


「えっ」


「でしたらこれをお使い下さい。百万程入っているので、暫くは然程苦労することはないでしょう。その代わりチカはこちらに」


「いや、そんな金貰えないし、急でチカも何て言うか……」


「ですが貴方とチカは別に本当の兄妹ではないですよね? 保護者は私です。彼女はこちらに戻っていただきます。いいですね?」


「でも……」


「貴方はチカの為に何か出来るのでしょうか。無理ですよね、落ちぶれた貴方では。貴方とチカの義兄妹関係は、これにて終わりにしましょう」


 ……言い返せない。誰か、言い返していいなら言葉をくれ。何も思いつかないよ。

 チカも、俺の顔はもう見たくないだろうし、丹谷さんの元に行けば幸せになれるかもな。

 だとしたら、大人しく引くべきか。


 チカと過ごした時間はとっても、とっても楽しかった。これからも一緒にいられたらって願ってたけど、自分が離しちゃったんだもんな。自業自得だ。

 チカと俺はこの町でお別れだ。それから俺が一人で旅を続けられるとは到底思えないが、何とかしよう。


 覚悟は出来た。別れの挨拶もちゃんとするつもりだ。

 だけど、丹谷さんには二つだけ言いたいことがある。


「すみません、有り難いけどこの金は貰わない」


 差し出された巾着を丹谷さんへ押し戻す。当然のことだと思うけど、驚愕の表情を浮かべている。

 そりゃそうだよな。仕事もしてない癖に一人暮らししてる男が、大金を見逃そうとしてるんだから。


 それでも、んな金要らねーよ。

 少しだけ、格好つけでも構わない。欲しくなかったんだ。


「いいですか? これから、元の町に戻るまでのお金の分くらいでも構わないんですよ?」


「それは自力で何とかしますよ。俺は、チカに色々教えられたんですから。一人で生きて行く強さを身につけなきゃって」


 チカは、船を使ったのかも知らないけど、海を一人で横断して俺の住んでいた町に辿り着いたんだ。

 それで偶然俺の母親と出逢い、俺のことを知り、好きになってくれた。出会ってもない時からな。

 何か凄い奇跡だけど。


 とにかく、一体どれだけ凄いことだと思う? 産まれて間もなく改造されて、親の顔さえも知らず、子供なのに海を越えたんだ。

 普通の人間なら絶対に不可能だ。

 改造人間だからって意味じゃない。そこまでする決心と、心の強さが並じゃない。きっと辛かった筈だ。


 そして色々と学び、俺の元へやって来た。俺を守る為に来てくれた。

 歳下の女の子に守られるのがどれだけ情けないことか分かってるけど、有り難かった。

 自分を「好き」と言ってくれた女の子に、恋をした。


 チョロいけどさ。本当の本当に、ハエトリ草にかかる虫程度にチョロいけどさ。

 だからこそかな、チカには絶対に幸せになってほしいんだよ。


「俺から一つ、条件があります。まず、前提としてチカと別れることにします」


 怪訝そうな顔をした丹谷さんは、顎の下で手を組んだ。何かを警戒してるみたいだな。

 安心しろ、俺が出す条件はそんな軽いもんじゃないから。


「チカの意見も絶対に聞いてあげてください。彼女はあんたの玩具じゃない、人形でもないんだから。チカの意思を尊重して、幸せにしてあげてください」


 ──それが条件です。そう言うと、丹谷さんは瞳を閉じて頷いた。

 無言で頷かれると不安が残るけど、もし条件を破ったのなら俺は許さない。

 俺の大切な義妹を、不幸にしたら絶対に許さない。


 一応、この町で暫く暮らせる程度の金は頂いたけど、あの百万はそれ以降見もしなかった。

 これまでなら我慢しないで貰ってただろうけど、チカと金を同じ扱いにされてる気がして嫌だった。

 だから拒否したんだ。


 丹谷さんの家を出て、元のホテルに戻ったらフロントの女性に物凄い心配された。

 申し訳なかったね。ごめんね急に消えて。

 それより疲れたからもう直ぐにでも寝たい。


 ベッドに倒れ、天井を見つめた。特に何もないんだけど。


「もう俺とチカは兄妹じゃないんだな……」


 三日だ。三日経ったらこの町を出よう。

 それまでにチカに会えなかったら、フロントの女性に置き手紙でも渡しておいてもらおう。

 最後の、お別れの言葉は自分の口で伝えたいけど。


 精神的に疲れたのも大きいけど、それ以上に肉体的に疲れたらしい。吸い込まれる様に眠りに就いた。



 ──ん? あれ? ここは家か? いつの間に帰って来たんだろう。

 まぁ細かいことはいいか、帰って来れたんだし。


『お兄ちゃん、お兄ちゃん朝だよ起きて! 朝ご飯出来てるよ!』


 お、チカか。OKOKちょっと待ってな。パジャマ着替えて向かうから。

 今日の朝飯何だろうなぁ。あ、目玉焼きか。魚もあるしワカメの味噌汁もか。家庭的だな。

 これ全部食えば健康にいいよな? 普段運動しないからこういうとこで栄養蓄えなきゃな。


 てか、それよりチカ何でいんだ? 丹谷さんとこでお別れした筈じゃ……?


『うんそうだよ、お別れしたの。お兄ちゃん、何で止めてくれなかったの? 私がお兄ちゃんのこと大好きなの知ってるでしょ?』


 え、あ……だって俺には丹谷さんの考えを否定する権利はないからな。

 それにチカは彼と暮らした方が色々出来るぞ? わざわざ俺なんかの為に時間使わないで、自分がやりたいことをしたらいい。


『私は、お兄ちゃんと結ばれることが夢なんだよ? 忘れたの? 結婚しようって、言ったじゃん!』


 言ってた、な確かに。でもそれはさ、都合とかによって変わって行くものだからさ。

 俺だって大歓迎だったよ。チカのこと好きだし、一緒にいて楽しいし──でも、謝りそびれたなぁ。


『お兄ちゃん、バカだよね』


 何てこと言うんだ。知ってるよ、バカなのくらい自覚してるから。


『違うよ、何が私の気持ちを尊重してあげて、だよ! お兄ちゃんだって私の気持ち考えてくれてないじゃん! 流されて、威圧に負けて、私の幸せに奪ってるのお兄ちゃんじゃん!』


 ……あ、マジか。そっか、チカにとっての幸せが俺といることなら、俺は間違った選択をしちゃったんだ。

 どうしよう、どうしたらいい? どうしたら俺はチカの幸せを守れる?


『そんなの、分かってるでしょ? お兄ちゃんは地味に賢いもん! 自分の言葉だって、気持ちだって全部打ち明ければいいんだよ』


 全部打ち明ける……ね。あのバカ親に通用するか不安だけど、やってみる。

 それでチカの幸せを確保出来るなら、俺は丹谷さんに立ち向かってみるよ。


『うん、待ってるよお兄ちゃん』


 ああ、ちょっと待っててな。絶対に謝りにも行くから。見つけ出すから。

 また一緒に暮らそう、チカ──。



 ──何で夢だよ。まさか自分の妄想で色々燃えてくるとは予想外だった。

 たった、数分程度の夢だと思ったけどもう朝か。早いもんだな。全然疲れ取れてない。


 ま、それは普段俺に尽くしてくれてたチカだってそうか。

 ほら、玄関見れば今日もまた弁当が置いてある。俺が金貰ったことも知らないで、本当に優しいコだよ。


「いただきます」


 有り難く弁当を平らげ、ゴミ箱へポイ。相変わらずバランスの取れた内容だった。

 白状します。トマト四つ全部残しましたごめんなさい。


「よし、今日はまずチカ探しだ。今日中に見つけて、謝って、意見を聞く。ここに残りたいって言われたら、諦めて一人旅しよう」


 反対に、また俺と一緒に旅をしたいって言ったら、喜んで歓迎をしよう。

 そもそも謝って許してくれるかすら危ういんだけど、大丈夫だって信じてみるしかないな。頑張ろう。


 さて、普段の運動不足が禍してスタミナがどれだけ早く失われるか心配だが、行くとするか。


 念入りに準備運動しただけで疲れたから、もう本当不味いなって項垂れる。今度から運動する様にしよう。

 チカも言ってたぞ、運動不足は不健康になるから適度にしておけって。忘れてたわすっかり。

 だから泳げもしないんだよ。たく。


 リュックすら重く感じますはい。こんなもん小・中学生ですら余裕で背負うわ。

 俺は本当に十九歳かよ。八十以上なんじゃねぇの? 身体。

 筋肉痛が心配になってきたな……。



 ──ホテルを出てまず最初に向かったのは、チカと一度出会ったホテル付近の林前。ここで弁当を投げつけられた。

 俺がチカに最低な言葉をぶつけた、別れるきっかけを作ってしまった場所だ。


「……そもそも、俺の夢の中のチカが都合のいい様に喋ってただけかも知れないな。俺が離れたくないからって」


 だとして迷惑だったらどうしよう。立ち直れる気がしない。

 本当のチカは俺に会いたくもないとかだったらどうしよう。この行動は正解なのか? 本当に。


「いや違うか、そうじゃないな。俺が離れたくないからチカを捜すんだ。チカがどうとか、じゃなくて……俺がずっと一緒に居たいから」


 早く見つけ出して謝りたい。そして、許してもらえる努力をしてまた一緒に暮らしたい。

 勿論丹谷さんのことだってチカに相談することになるけど、チカの意思で俺と一緒に暮らす方を選んでもらえる様に尽くそう。

 そうして漸く、俺の心は晴れる筈だ。


 こんな曇ったままの霧心なんて嫌だ。

 綺麗な心で、チカに伝えたいから。


「まず、こんな場所に居るわけないか。もっと先、丹谷さんならもう居場所を突き止めていそうだな」


 林の中に好き好んで住むのは野生動物や虫など、後はキノコとかくらいだ。チカは居ないよな。絶対。

 不安だったから船に乗せて置いた虫除けスプレーを使用し、まだ薄暗い林を進んで行く。

 頼むから、虫寄って来ないで。集中出来ないからさ。


 五分ほどで林を抜け、丹谷さんの住んでいた森の奥へは進まなかった。

 あの人と出逢ってしまったら何を言われるか分かったもんじゃない。なるべく遭遇を避けたいな。

 だから、一昨日とは全く別の方角に進んでみた。そしたら山里の様なものが見えて来て──


「何か、ここにチカが居る気がする」


 そう直感した。

 勿論何の核心も無い。ただただ、そんな気がしただけだ。

 何か人は多いし、農家らしき人間が見られる。畑や水田が山の麓に広がっていて、食料には困らなそう。

 ここならチカも選ぶんじゃないかなって。ね。


 デジタルでもアナログでもなく、直径一メートルもある日時計が堂々と道の中心に生きてる。

 時刻もまだまだ朝だし、日が暮れるまでに見つけられるかも知れない。

 ……ここだって核心は、さっきも言ったけど無い。


「懸けてみよう。チカがここに居るんだってことに。まずは適当に探索して、そっからは町の人に聞き込みだ」


 何か時間かかりそうだなぁなんてことは考えない様にしよう。

 携帯電話の充電確認。うん、四十パーセントだ。終わってんなおい。

 そうか……充電なんて出来たもんじゃないんだな。そう言えばさ。


 時間は日時計で確認出来るけど、メールとかは見ることが不可能になる。ゼロパーセントになる前に何とか、宿探そう。

 まさかの緊急事態。チカを捜す事よりも優先順位は下だけど、これがないと色々厳しくなるから。


 悪いチカ、ちょっと遅れます。……それすらも連絡入れられないっていうね。

 先にメール打って、気がついてくれれば楽になるかも知れないけど、見てくれるとも限らない。もしかしたらスルーするかも。

 だけどもし返信して来て、それを俺が見なかったらますます嫌われるだろうよ。それは是非とも避けたい。


 チカ捜索。初っ端から幸先悪い傾向に。

 まず一番最初は充電させてくれる人間を捜すことになった。

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