表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/29

10・初上陸

 上陸してから早五分が経過したが、俺もチカも船の周囲を探索するだけで砂浜からは動いていない。ビーチがあったんだな。

 船は錨を沈め、更にロープを杭で浜辺に打ち付けておいた。ちょっとやそっとじゃ動かないだろう。

 だがここからどうするべきなのか……。


「お兄ちゃん、監視カメラなんてセットする場所無さそうだし、軍人とかも居なそう。ひとまず安心だよ」


「まあ、そうなるかな。でもここからどうしたい?」


「私は町に向かってみるよ。来る?」


「勿論ついて行くよ」


 チカの後を続いて行き、ビーチから路上に出た。

 因みに岩陰の方に船を置いて来たので、見つかることも邪魔になることも無いだろう。壊されやしないか不安だけど。


 町が栄えていそうな奥へ進んで行くと、道中チカが足を留めた。右側にある電柱を見ている様だ。

 倣って覗くと、母国同様番地の様なものが数字で記されている。


「シマラヤ三・一・五。よく分からないとこだな」


 あまり有力な情報を得られなかった為、溜め息を零した。

 だけどチカは未だにその文字をガン見している。どこか知ってる場所だったのだろうか?

 立ち止まり続けてしまうと色々大変になるだろう。何もしない俺と違ってチカは疲れているだろうけど、先を急がなきゃ。

 手を引き、進む様促した。


「行こうチカ」


「う、うん」


 何処かよそよそしく感じたが、今はここが何処なのか見極めなければならない。何か宛てになりそうな場所ないかな。

 別段目立つ大きな建物も、山とかも視界に入らない程度だからか見覚えが全く感じられないし。

 こういうのもアレだけど、貧困そうな国だなぁ。ビーチにも人が居なかったし。


 路地を進んでいても一向に人と出逢わないし、この町本当に生きてるのだろうか。もう人住んでない辺境の地だったりしてな。

 流石に無いだろうと苦笑していると、後方から袖を掴まれた。振り向くと、チカが左方向に視線を向けていた。

 町役所の様だけど小さな建物がある。


「なるほど、あそこに行けば何か分かるかも、と」


「……うん」


「どうした? 急に元気失くなってるみたいだが、疲れた? 船に戻っててもいいぞ。俺が一人で色々見てみるからな」


「ううん、大丈夫だよ行ってみよ?」


「ああ」


 本当に具合が悪そうで心配なんだが、大丈夫なのか? 兄としてかなり不安なんだが。

 先に言っておくと、急に倒れられても俺は看病出来ないんだ。今は家じゃなくて物も大して無いし、風邪くらいしか分からないからな。

 流石に知らな過ぎだが、正確な処置法を知る一般人はかなり少ない方だと思うし。


 ドアを軋ませて中に入ってみると、役所にしてはかなり狭い印象を受けた。

 大きなテーブルが一つ中心に設置され、椅子が四つ。大きな棚が有るが引き出しが所々開いてたり無かったりする。本当に使われていない様だな。

 結構衝撃的な光景を前に呆気に取られていると、チカは遠慮なく踏み入って棚を荒らす。荒らすと言っても、真っ先に中心の引き出しを覗き込んだだけだ。


「これ、お兄ちゃん。多分この町の地図なんだけど、多分もう何年も前の物だと思うよ」


 チカが取り出したのは地図だった。虫食いだらけの凄く清潔感が無い大きな地図。

 地図を受け取ってテーブルに広げて見てみると、ここがとても狭い町なのが分かった。大まかに、縦横六キロメートル程しかない。


「シマラヤって場所なのは分かったが、これじゃよく見えないな。泊まれる場所を確認したかったんだけど、住人すら見当たらないし……」


 頭を掻いて溜め息を零すと、地図を覗き込んだチカがゆっくりと一部を指差した。

 気になったので、俺も見てみることにした。


「ここなら、泊まれると思う。一泊四百円くらいだから、安い方だし」


 小さく記された建物だった。それをチカはまるで知っているかの様に説明してくれた。

 普段俺と会話する時は明るいチカだが、この町にやって来てからというもの、声に張りが無い。その上目が死んでる。

 どうしたというのか。


 チカが言うことなら間違いは無いのだろうと椅子から立ち上がり、地図をじっくり見てからチカに手を差し出した。

 手、繋ごうというサインだったのだが、気づかれずスルーされてしまった。何か悲しい。


「じゃあこの場所に行ってみようか。道は大体覚えたから、多分迷わないだろ」


「うん、そうだね。行ってみよ。もしかしたら住民とかも会うかもだし」


「おう」


 まるで会いたくないと言わんばかりの苦笑でチカは外に出た。着て来たパーカーのフードを被り、顔を隠してまでいる。

 確かに見知らぬ国に入るのは少し怖いが、顔を隠す程のことだろうか? 別に俺達は犯罪者じゃないんだぞ。


 この時、まさかここに来たことが有るんじゃ? なんて考えたけど、直ぐにやめた。来たことあるなら隠す必要は無いだろうし、役所に地図を探しに行くこともないだろう。

 考え過ぎだよな。チカは俺が好きだと言うんだから、そんな隠し事をする筈がない。



 地図を見て記憶した道を辿って行くと、コンクリートが比較的新しいものに変わってることに気がついた。

 そして、この町が生きていることも漸く確認出来た。


 商店街みたいな場所に出たんだ。人も、結構大人数歩いていて幅が殆ど見当たらない程に。

 顔や肌色を見た感じ、日本人と言われても信じるくらいの容姿をしている。というか日本人そのものにしか見えない。

 試しに、正面の店で会計町の男性に話しかけてみることにした。


「あの、日本人ですか?」


「日本には住んでねぇけど、まあそうだと思うぜ? あんた誰だ? 見ない顔だなぁ」


「あ、ちょっと義妹と旅に出てまして」


「義妹?」


 男性は疑問符を浮かべながら背後に隠れる様な低い体勢で立つチカに視線を変えた。

 じっくり、じーっくりとチカを眺めて、顎を引いた。何なんだよ。


「そりゃご苦労さんだな。てことはアレか、宿探してるってとこだな?」


 人差し指を立ててウインクする男性に何度も頷く。もしかしたら早めに宿が見つかるかも知れない。

 やったぞチカ。超ラッキーだ。

 ……でも何で日本じゃないのに日本人がいるんだろうか。耳を澄ませば全員が日本語で会話しているし。


 そういえばチカってこんな人見知りだったか? むしろ自分からグイグイ行くタイプな筈だが。別の国に行きたいって、旅したいって言ったのはチカだろう?

 俺は「大丈夫」って言ったお前を信じてここに来たんだからな?


「ここから数十メートル先にホテルがある。そこなら、一泊四百円だぜ。ただ、ずっと泊まんのは厳しいだろうから、仕事でも探してみるといい」


「日本円でいいんですか?」


「ああ。ここの金貨は日本の物だからな」


「へぇ……」


 この国本当に何なんだ? 外国人という外国人は見当たらないし、殆ど全てが日本語表記だし。日本と何が違うんだ?

 それと今更だが何日間ここに留まるんだ? 場合によっては仕事なんて探さずに出て行くことになると思うんだが。


 俺は男性にひとまず礼を言い、チカの手を引いてホテルがあると示された方向に歩いて行く。

 道中、殆ど全ての大人達にガン見され続けたけど、別に構わないだろう。漸くちゃんとした休憩がとれる。

 商店街を抜けてまた静かになってきた路地で、チカに振り向いた。


「ホテルがもう直ぐっぽいから、確認したら荷物取りに行こうな。……って、チカどうした?」


 小さな肩を少し震わせているチカに、問いかける。反応はあったものの笑って誤魔化された。

 これ以上尋問したりしても無駄な気がしたから、再び歩き始めてホテルの前までやって来た。その間チカの掌が汗で湿っていたことは、俺でも気付いてる。


 明らかに何でもない訳ないよな。何か変な病気にかかってしまったとかなら心配だ。直ぐに病院へ向かわなければ。


「大丈夫だよお兄ちゃん、船で疲れただけ。それより早く入ろう? もうくたくただよ」


「そうだな。だけどここさ……」


 ホテルの看板をジト目で見て立ち竦む。

 その看板をチカも覗き、笑顔になった。今度はしっかりとした笑顔だ。


「うん、ラブホだね!」


「凄い嬉しそうですね」


「お兄ちゃん、眠れない一日になりそうだねっ」


「元気になってくれたのは有り難いっスけど、一日は長過ぎるだろ」


「え? でもOKってこと!?」


「違う違う!」


 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶチカを静止させ、ホテルに入って行った。別に恋人じゃないが、宿に入れるなら別にラブホでもいいか。

 ラブホだと言っても何もしなければ別段ただのホテルと変わりないんだし。変な気起こす気もしないし。


「二名で」


「はい、ではこれどうぞ」


「いや、大丈夫です」


 フロントで渡されたゴムの塊をお返しすると、相手の女性に物凄い般若みたいな形相で睨まれた。


「テメェたまついてんのか? ラブホに女子連れ込んどいて何もしねぇとか頭沸いてんのか?」


 口悪いなこの人。あと連れ込んだつもりは無いです。


「お嬢ちゃんも、目一杯愛して欲しくてここまでついて来たんだろ?」


「はいっ!」


 あり得ない程元気に即答したチカに滑りコケそうになった。俺がついて来た側なんだけど!?

 てか、住人に話しかけられてさっきまでと態度違くない!? どんだけ期待してんのやめて!?


「あれ?」


 女性は突如何かに反応し、チカの顔を凝視する。チカは逆にフードで顔を隠しテンション爆下がり。

 今更隠しても意味ない気がするし、何だろうこの雰囲気。まるで互いを知っているかのような。

 そのままチカに引っ張られて三〇八号室に進入。


 誰にも見られてないことを確認したチカは直ぐに扉を閉め、ソファに腰掛けた。直ぐ様俺はチカの逃げ場を遮る。

 まるで変人だが、チカの真実を知る為ならガニ股で両手を一杯に広げたところで構わない。恥ずかしいけどな。


「チカ、何か隠してないか?」


「何も?」


 チカは悪ぶれもなく即答した。何も無いことは絶対に無い筈だが、チカはキョトンとしているので諦めた。


「そうか」


「うん」


 俺にすら言えないことが有るんだな、チカ。分かったよ。誰にだって言いたくないことがあるからな。

 だけど、あんなに大好きと言ってくれていたのに何も話してくれないなんて、少し悲しいぞ。


「チカは休んでてくれ。俺ちょっと荷物取って来る」


「あ、ううん私も行くよ!」


「いや、ここに居てくれ」


「……うん」


 しゅんとしてしまったチカに目も向けず、ホテルを出た。何やら商店街の方が騒がしいが、俺の知る道はここだけなので真っ直ぐ進むことにした。

 道中、こんな会話が耳に入って立ち止まりそうになった。


「千七百五号が戻って来たってよ。立派に育ってたなぁ」

「男なんて捕まえてラブホに行くとか、淫乱に育ったもんだな。はははっ」

「でもここに戻って来てまでラブホに行くなんて、この町が余程好きなんだろうなぁ」


 何か間違いなくチカのことを言ってるように感じた。俺のことガン見してるっぽいし。

 でも、理解が追いつけない。何だ? どういうことだ? 何の話だ?

 ──『千七百五号』って、何のことだ?


「あれ? さっきの兄ちゃんじゃねぇか。こんなとこで何してんだ? 義妹とはまだなのか? それとももう済ましちったのか?」


 先程ホテルの場所を教えてくれた男性が輪の中から話しかけて来た。気付いたら足を留めて彼らの方を向いていたらしい。

 何か、この先は聞いてはいけない気がしてたんだけど、聞いたら何かが崩れる気がしたんだけど──知りたくて仕方がなかった。


 これが、チカのことを知る近道だと思ったから。チャンスは今しかないのだろうと、本能的に考えてしまったから。

 俺はそっと口を開き、彼らを睨みつける様に凝視した。


「チカって、ここ出身なんですか?」


 輪を作る十数名の大人達は互いに顔を見合わせ素っ頓狂な表情になる。その内年配の女性の一人が「ああ」と声を出した。


「あの娘は今『チカ』という名前なんだね? そうかそうか、いい名前だぁ」


 その女性の言葉に反応したまた別の中年男性が納得した様に掌を叩いた。


「なるほどな! あんたあの娘の正体知らずに一緒に居るって訳だ! 凄い間抜けだな」


「何だと……!?」


 思わず反論したけど、直ぐに口を結んだ。それで他の答えも待ってみる。

 先程同様年配の女性が「見てみな」と口を開き、襟を退かして首を見せて来た。『百五十二』と数字が刻まれている。

 その他の面々も、胸・太腿・手の甲など様々な部位に別々の数字が刻まれているのを見せて来た。


 その内また年配の女性が口を開き、微笑んだ。狂気が感じられる不気味な笑顔……と言ったら失礼だろうか。


「私達は元々ただの人間だが、今はもう違う。私は何十年も昔に、人体実験をやらされたんだよ」


「え……」


 人体実験? って、マジでやんのか。嘘だろ? で、それがどうしたんだ?


「『チカ』だってその一人さ。たった一人の、完成体だけどねぇ……」


「……チカも、人体実験に……!?」


 俺の脳はライフルで撃ち抜かれた様な衝撃を受け、その場に倒れそうにもなってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ