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ゼロへと至る無限演算(プロトコール)  作者: 五五五
第一章「美少女=トラブルという真理」
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第8話

「お前……体調が悪いんじゃなかったのかよ!」

 こういうのを最悪のタイミングと呼ぶのだろう。

 凪の前に現れたのは、いつも絡んでくる三人の上級生である。普段は人が歩くことのない道で、この三人と出食わすなど、運が悪いにもほどがある。

「病院の帰りだったんですよ。薬をもらってきたんで、明日には治るかな?」

「バカ抜かせ! ここらに医者なんかいねぇんだよ! ジモティ舐めてんじゃねぇ!」

 地元民、ね。

 凪にとって、ここは地元とは呼べない土地。実家を出るため、二つ隣の町をわざわざ選んだのだ。すでに一年以上暮らしてはいるものの、元々引きこもりっぽいところがある彼は、あまり地理に明るくない。

「そうなんですか? じゃあ、きっとモグリの医者なのかな? 無免許だったりして」

「おちょくってんのか! つーか、俺らからバックレた上に女連れとは……いい身分だな、ああ!?」

 こいつら……「バックレた上に」と言うか、むしろそっちにキレてるんじゃないだろうか。

 彼らはいわゆる落ちこぼれ。三年にもなって、一七位階しか割り当てられないダメ学生である。

 三年の夏というのは、すでにある程度、自分の立場が固まっているものだ。

 そこから競争に勝ち抜き、大逆転というのはあまりにも苦しい。だから、上を目指すことを諦め、こうして下級生をイビることに精を出す連中もいる。卒業後の展望からは目を外らし、学内での白けた視線を紛らわすため、他人に当たり散らすのだ。

 それは今も昔も変わらないのかもしれない。だが、「単なる下級生」をいじめるというのも、現代では非常に難しい。だから、凪がターゲットになる。

「二八位階の落ちこぼれ風情が、いい気になってんじゃねぇぞっ!」

 そう、凪は彼らよりもさらに位階が低い。だから、反撃を恐れることなくイビることができるのだ。

 当然、凪も抵抗が無意味なのは知っている。だから、普段なら何も言わずに好きにさせてきた。だが、今回は少し事情が違う。

「なぁ、ネェちゃん。君ガイジンかな? 超マブいじゃん! こんな冴えないヤツ相手にしてないで、俺達と遊ばない?」

 上級生達のターゲットに、凪だけではなくフィリアも含まれている。

 凪は危機感を覚えるが、フィリアは状況が飲み込めないようだ。

「お? おネェさん、何持ってんだ? ちょっと貸してみ?」

「ダメ! これ、フィリアが読むの!」

「いいから、よこせって言ってんだろうがっ!」

 上級生の一人が、フィリアから力づくで本を取り上げる。

「ヤダ! それはフィリアがッ!」

 本を取り返そうと、相手に飛びかかる勢いのフィリア。凪はすぐさま、止めに入る。

「ダメだって! こら、止まれ!」

 片手をつかんで引き寄せるが、フィリアは本を取り返そうと、必死に振りほどこうとする。それを凪は、後ろから抱きしめることで留めている。

「何だこりゃ。えーっと、『にほんのどうわ』? ぶはっ! こんなもん大事に抱えて、ちょっとヤべぇんじゃねぇか、その女!」

「ホントだ、超ウケる! でも見た目マブいからいいんじゃね?」

「そうそう! 女は外見が良けりゃオッケーっしょ!」

 ポイッ!

 本が投げ捨てられる。

 フィリアは走り出そうとした。だが、先に動き出す人影がある。

 彼は、駆け出すと同時に上体を前に倒し、本が地面に着く直前で抱え込む。ズザザザッっと、生地が擦れるような音が響いた。

「ナギッ!」

 フィリアの声に反応するように、凪はゆっくりと立ち上がる。

 パンパンと服に付いた汚れを叩きながら、しっかりと本は抱えていた。

「なに勝手に動いてんだよ、テメェ」

 明らかに怒りに満ちた視線を向けてくる上級生。激しい怒気を感じつつも、凪はまるで違うことを考えていた。

 大人しくやり過ごせ。面倒事は受け流せ。

 どうせ手に入らないものばかりなら、ないものねだりに意味はない。

 望むな、求めるな、欲しがるな。

 それが、一条凪のモットーである。だが……。

「こんなのは、まったくもって俺らしくないんだけどな。さすがに……これはクールじゃいられないね」

「何をブツブツ言ってがるんだ、ああっ!?」

「アンタらの馬鹿さ加減に呆れてただけだよ。脳みそが空っぽな上級生のお三方。何も入ってないそのオツムと比べりゃ、この本に書かれてる情報は万倍価値があるんだ。大事に扱わなくちゃダメでしょうに」

「テメエ……今、なんつった?」

「だーかーらー、アンタらの頭の中は、日本のむかし話よりも薄っぺらい情報しか入ってないって言ってんだよ。日本語、通じない?」

 上級生三人は、顔を真っ赤に染め上げ、目を釣り上げながら上気している。そして。

「「「デバイス、アクティベートッ!!」」」

 三人揃って、デバイスの全展開を始めた。三人の前には、それぞれ巨大なスクリーンが浮かぶ。幾つもの計算式とプログラムが恐ろしい速度で流れ始めた。

「先輩方、わかってますよね。ここは学校の敷地じゃないんですから、許可なく『顕現マテリアライズ』なんて……停学じゃ済まないかもしれませんよ?」

「う、うるせぇ! テメェは絶対、ただじゃおかねぇ!! 死ねやゴラァ!! 発動言語ランチャー、線上のボルテクス!!」

 男の前から、凪に向かって電流が走る。

 凪はすかさず避け、そのまま駆け出した。三人の脇を通り、向こう側にいたフィリアの手を掴む。

「行くぞッ! 走れッ!」

「う、うん!」

「ああ、まったく。面倒なことになっちまった!!」

 そう言いながら、凪はわずかに楽しげだった。


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