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ゼロへと至る無限演算(プロトコール)  作者: 五五五
第四章「敗北=喪失という原則」
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第9話

 どれだけ時間が経っただろうか。

 締め切ったカーテンの隙間から入り込んでいた明かりはすっかり消えてなくなり、電灯が点いていない部屋の中は真っ暗になっていた。ラップトップ画面の光を除いては。

 何時間もコンピュータと睨めっこをしていたせいで、さすがに凪も疲れてしまう。

 そろそろ寝ようと、ラップトップの電源はそのままに、自分の布団に倒れ込むように寝転がった。

 ごちんっ!

 勢いよく横になると、その衝撃で本棚まで揺れたらしい。上から一冊の本が落ちてきて、凪の頭に直撃した。

「いってー……いったい何だってんだよ」

 まるで天罰みたいなタイミングで、頭に落ちてきた「ソレ」をゆっくりと手に取る。

「これは……『不思議の国のアリス』? そうか、借りたままになって……一緒に読んでやるって言ったのにな、結局ほとんど……」

 そう思いながら、何気なく本を開いてみる。

 それは一人の少女が、不思議な国を旅するお話。狭すぎて通れないドアを、小さくなる魔法の薬で通り抜けたり、巨大化するケーキを食べて泣いてしまったり……。

 不可思議で理不尽な出来事が続いていくけれど、目覚めれば大好きな姉の膝枕の上だった。

 どんなに嫌なことだって、どんなにヒドいことだって、全てが夢ならきっと忘れてしまえるのに。

『ナギ? どうしたの?』

 驚いて振り返る。でも、そこには誰もいない。

『ナギ、大丈夫?』

 もう一度振り返る。けれど、やはり誰もいない。

 声だけが聞こえてくる。姿はないのに。

「猫のない笑いだって? そんなのはおとぎ話だけに……してくれ、よ」

 ポタリ。

 本に小さなシミがつく。

 一つ、二つ、三つ……。

 どんどん増える不思議なシミに、凪は何が起きているのか分からなかった。

「これ、借り物の本なのに。なんで、シミなんか……」

 それは止めようとして止められるものではなく。

 拭うことしかできないから、凪はすぐに本を閉じて、腕で必死に頬をこすった。

「なんで、どうして……どうしろってんだ! どうしたって戻ってこないだろ……クールになれ! 現実を見ろ! 俺は……オレはっ!」

 寂しい。

 それが現実である。

 独りになることが、こんなにも寂しいなんて……知らなかった。

 いや、知っていながら知らないフリをしてきた。

 大丈夫、問題はない。何もなくても、全部失っても、きちんとやっていけるはず。

 そう思い込んで、「苦しい」って叫ぶ声から目を背けた。

「けど、ダメだろ……これだけは。俺の名前を、『ナギ』って読んでくれるアイツを……諦めて、いいはず……」

 助けたい?

 違う。

 助けてほしい。

 ずっと独りだった自分のそばに、突如として現れた少女。彼女がくれた『救い』を手放したくない。

「でも、どうすればいい? フィリアを取り戻す方法なんてあるのか?」

 白野姫子は言っていた。「不正はなかったと証明できればいい」と。だが、彼女に過去の経歴がないにも関わらず、転入ができたという事実から、おそらく不正は存在している。

 どうやって〈イデア〉を騙したのかは分からない。だが、事実として彼女は学園の生徒になった。なら、ハッキングか、それに近いことが行われたはず。正式な手段を用いて、フィリアを取り戻すのは不可能だろう。

「なら、力づく……? それこそ無理だろ。アイツに、俺が敵うはずがない」

 これまでの経験として。そして、実際に戦ってみた記憶として、力の差は明らかだった。

「そもそも、ランの前だと顕現が使えなくなっていた。あれは一体何だった?」

 確かに発動言語を入力したにも関わらず、顕現は行われなかった。

「頭痛があった。演算は行われていたんだ。なら、どうして顕現が起こらなかった? あらゆる要素を計算し、奇跡のような超低確率の事象を引き起こすのが顕現だ。処理能力が足りず、演算が行われないことはある……だが、演算が行われたにも関わらず、何も起きないなんてこと……」

 凪は布団にごろりと寝転んだ。一度考え事を始めると、他のことが頭から追い出されてしまう特性は、今の彼にとって安らぎだったのだろう。

 自らの経験した不可思議な現象について思案しているうちに、いつの間にか微睡みへと誘われてしまった。



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