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ゼロへと至る無限演算(プロトコール)  作者: 五五五
第三章「相似=異なるという公式」
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第6話

 廊下を走り抜けていく。

 談笑する女子生徒も、並んで歩いている男子生徒も躱しながら、彼女のいる教室へと一心不乱に駆けていく。

「きゃあーーーーー!!」

 もうすぐたどり着くという時、凪の耳に響いてきたのはフィリアの悲鳴だった。

「フィリアっ!! 大丈夫かっっ!?」

 教室に飛び込む。彼の目に映るのは、これまでにないほどの大声を出した自分に驚くクラスメイト達。そして、万丈のデバイス画面を見てながら、はしゃいでいるフィリアである。

「あ、やっと戻ってきたな! 一条、お前どこ行ってたんだよ?」

「え、どこって……生徒会室に呼び出されてたんだけど、何してるの?」

 確かに悲鳴が聞こえた。あの声は間違いなくフィリアのものだった。だが彼女は今、目の前の画面に夢中であり、特段変わった様子はない。少し鼻息が荒いくらいで。

「いや、どうもこの子に警戒されててな……いつの間にかお前らいなくなってるし。あんまり気まずいから、何か話をしないといけねえって思ってよ。んで、思い出したんだ。あの時、この子が持ってた本。『にほんのどうわ』って。だから、そういう話が好きなのかと思ったからさ。そこから話を広げようとしたわけで」

「ああ……なるほど。でも、それでどうして、フィリアは悲鳴を上げてたんですか?」

 凪の質問に対して、万丈はちょいちょいと手招きをする。呼ばれるまま、万丈と背後に回る。すると今度は、デバイスから投影される画面を指さしてきた。

 映っていたのはネコのイラスト。木の上に座り、人間のようにニタリと笑った奇妙なネコである。

「……なんですか、この気色の悪いのは」

「俺もそう思うんだけどな……どうも、この子は気に入っちまったらしいんだよ」

 凪が気色悪いと言ったネコのイラストに、目を輝かせているフィリア。どうやら、彼女はこのネコを見て、感嘆の声を上げたというだけらしい。

「ていうか、これ……ホント、何です? あんまり変なもの見せないでください」

「変なモンじゃねぇよ。いいか、コイツは『チェシャ猫』っていうんだよ」

「チェシャ猫?」

 凪は首を傾げる。そんな名前のネコは聞いたがなかったからだ。

「そうっ! こいつはな、『不思議の国のアリス』って童話のキャラクターなのさ!」

「童話……? そんなのよく知ってますね、そんな顔をして」

「顔は関係ないだろっ!」

 厳つい顔面を近付けながら、否定しようとする万丈。だが、凪はお構いなしにフィリアのほうへ視線を向ける。

「気に入ったのか?」

「うん!! フィリア、このネコ、好き!」

 満面の笑みを浮かべて頷くフィリア。うかつにも、凪の心臓は一度だけ大きく鼓動を鳴らす。

 ――落ち着け、クールになるんだ。平常心、へいじょうしん……。

「童話、か。今度、凛子さんに聞いてみようかな」

「ホント?」

 努めて静かに言うと、フィリアは嬉しそうに尋ねてくる。そして、二度目の「ドキッ」が訪れる。

「あら? チェシャ猫じゃないっ! 懐かしいなぁ」

 背後から聞こえた声に、凪は三度目の鼓動を感じる。ただし、今度のは心臓が口から飛び出しそうになった。

「おまっ……急に後ろから声をかけるなよ!」

「はぁ!? 私のことを置いていった人に言われたくないんですけど?」

「……別についてきてほしいとは、一言も言ってないけどな」

 すると、美樹は視線で訴える。「バラしてもいんだぞ?」と。彼女と秘密を共有しているという事実を思い出し、辟易とした表情を浮かべる凪。

 そこで、話題を変えようと考えた。

「美樹、お前こいつを知ってるのか?」

「チェシャ猫でしょ? 不思議の国のアリス! いっつも笑ってて、アリスにアドバイスをしたり、逆に意地悪したりする猫よ。いつの間にか姿を消したり、どこともなく現れたり……『猫のない笑い』なんて言い回しがあったんじゃないかしら?」

 凪は、ふーんと感心してしまう。知らなかったことを美樹に教わるというのは、めずらしい体験だったため、どこかしっくり来ない感じがした。

「でも、これってどちらかというと女の子向けのお話でしょ? どうしてこんなの知ってるんですか?」

 美樹の質問を聞き、凪も訝しげに視線を送る。先にいるのはもちろん、万丈である。

「まさか、先輩ってそんなビジュアルして少女趣味……?」

 時代錯誤の不良少年然とした格好をした先輩に対し、美樹は怪しげな雰囲気を感じ取って、身を引いてしまう。

 その様子に、万丈は抗議の声を上げた。

「ふざっけんな! こ、これはアレだよ……俺の姉貴が好きだったんだよ。小さい頃、読み聞かせってヤツ? あれで聞かされて、ちょっと覚えてただけで……」

「え? シスコンなんですか? それも結構ヤバいんじゃ……」

「だ、誰がシスコンだっ! 姉貴はそんなんじゃねぇ! おい、そんな目で見るな! 一条……お前までっ!!」

 必死に否定しようと大声を張り上げてしまう。当然、声は教室の中に響き渡る。ただでさえ下級生のクラスにいるというだけで目立っていたのが、自ら「シスコン」という単語を口にして、さらに怪しむ視線を集めてしまう。

「ちがう……俺は違うぞ! シスコンなんかじゃねぇぇぇぇっ!」

 周囲からの無言の圧力に負けたのか、万丈は叫びながら教室を去っていった。眺めていたネコの姿がなくなり、フィリアはしょんぼりとした表情を浮かべる。

 時を同じくして、昼休みが終了するチャイムが響き渡った。凪と美樹は、急いで昼食の片付けをして、自分達の席に戻る。


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