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ゼロへと至る無限演算(プロトコール)  作者: 五五五
第三章「相似=異なるという公式」
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第1話

 凪は電車に乗り込んだ。席はガラガラで、人影はほとんど見えない。

〈イデア〉による通信革命は、数多のものを自動化、遠隔化させた。仕事のためにオフィスへと通う必要は激減し、交通機関は最低限度の利用となる。

 だが、凪が乗っている車両が空いている理由はまったく別のところにあった。この電車の行き先が、一般人が決して近付こうしない場所だからだ。

 そこは『見えざる街』と呼ばれていた。街の名前ではない。そういうふうに呼ばれる場所が、全国に点々と存在しているのだ。

 凪は駅のホームに降り立つと、酷い悪臭に顔をしかめる。

「いつ来ても……こればっかは慣れないな」

 愚痴ってみても始まらない。

 駅から足を踏み出すと、薄汚れた建物ばかりが目に入る。雑然としたビルが立ち並び、かつて色鮮やかに塗られていた看板類は塗装が剥げて錆びついている。あちらこちらにゴミが散乱しているのは、清掃用のロボットが入ってこない証だろう。

 本来なら、凪のような学生には円遠い場所。社会から弾かれた者、あるいは自ら踏み外した者達のたまり場。

 だが、そんな色の失われた街を、凪は確かな足取りで歩いていく。目的地は決まっているからだ。大通りを歩いていくと、とある看板の前で止まる。

『パソコンのことなら何でもご相談を!』

 剥げかけた真っ赤なペンキで書かれた文字は、まるで推理ドラマに出てくるダイイングメッセージのようである。

 不吉な雰囲気を覚えるが、凪にとってはお馴染み。気にせず店の扉を開き、中に入っていく。

「ふああぁぁ……いらっしゃい……お、なんだ坊主じゃねぇか」

 カウンターの中から顔を見せたのは、見るからに不健康な顔をした老人。だが、頬だけは赤らんでいる。

「また昼間から呑んでるのか? 酒くせぇなぁ」

「あ? コイツは大人の嗜みだっつーの。ガキにはわからん、ガキにはな!」

 老人は片手に持ったグラスにウィスキーを注ぎ込むと、そのまま一気に飲み干した。

「ぷはぁぁー!! コイツのために生きてるんだよ、こっちは!」

「どっち向いて喋ってんだ?」

 カウンターの奥にあるポスターに悪態をつく老人を尻目に、凪は店の中を物色し始めた。

 黄色いかごの中にどっさりと積み上げられたガラクタ――もとい商品。凪は、何か面白いもの、役に立ちそうなものはないかと探していく。

「うーんと、これは……CPUかな? ずいぶん古いけど……ちゃんと動けば儲け物か。えーっと、こっちはモニターだけど……完全にヒビが入ってる。やっぱ、ガラクタばっかりだな」

「ガラクタとはなんじゃっ! いいか、そこにあるもんは、きちんと役割を果たしたモノ達だぞ! 最近の若い連中と来たら、昔の物に敬意も払わず、すぐに新しいモンに飛びつきよる……いいか、日本には質素……」

「質素倹約って言葉がある。リサイクル大国なんて言われてた時代もあるんだ、だろ? もう何百回聞かされたと思ってるんだよ……酔っぱらい相手に愚痴ってもしょうがないけど……お? なんだ、これ? キーボードか? いや、でもキーが少ないような……」

 ジャンク品の山からつまみ出したのは、見たことのない機器だった。およそ両手に収まる程度の大きさで、独特な形をしたボタンが取り付けられている。

「こりゃめずらしい。そいつはゲームのコントローラじゃな」

 酔いどれていた店主が、少しだけ目を覚ましたように言う。

「コントローラ? なんだそれ、キーボードとは違うのか?」

「ふむ。昔はゲームを遊ぶためだけの専用機械があったんじゃ。その機械を操作するための専用のインターフェースなんじゃよ。じゃが、これは非正規品じゃのう。ほれ、ここにスイッチがあるじゃろ?」

 カウンターから出てきた店主が指を指したのは、コントローラの中央部。そこには、左右にオンオフが欠かれたスイッチが数個配置されていた。

「コイツはいわゆる連射機ってやつだな。一度入力すると、同じボタンをものすごい勢いで連続入力するようにできとる」

「同じボタンを連続で? それ、何の意味があるんだ?」

「そりゃ、大いに意味があったんじゃよ。攻撃ボタンを連射して、敵をボコボコにやっつけたり、弾丸が途切れずに飛んでいったり! まあ、使ってるヤツは『ズルしてる』なんて言われたりもしたがのう」

「ふーん。で、本体はあんの?」

「ない。そんなもん、マニアの間でトンデモない値がついとるからな。持ってても、ガキに買えるシロモノじゃないわい」

「あっそ。んじゃ使えないな」

 凪はポイッと投げる。

「ああっ!? バカもんが! これだって、立派な商品じゃっつーの!」

 店主は大慌てで受け止める。ギュッと抱きしめるようにコントローラを胸に寄せる。まるで、ぬいぐるみを抱きしめる少女のような仕草で、おじいさんが座り込む姿は何とも寒気がする。

 ので、凪は視線をジャンクのほうに戻す。

 そして、めぼしいものを拾い上げると、それをカウンターまで持っていった。

「いつまで座ってんだよ。勘定してくれって」

「まったく……いつもながらに図々しい小僧じゃのう」

「商売だろ? 少しは客を大切にすれば?」

「客じゃなくて従業員じゃろが。これはあくまで報酬……給料じゃからな」

 店主はカウンター前のイスに座ると、凪が置いた商品を見ていく。

「ま、さした値打ちもんはなさそうじゃな。なら、いつも通り、二時間働いてけ」

 店主は親指で、店の奥を指した。だが、凪は少し困った顔をする。

「なあ、悪いんだけどさ。今日は一時間で切り上げていいか?」

「なんじゃ? 悪いが値引きなんぞせんぞ?」

「いや、ちゃんと借りは返すから……今日はさ、ウチに客が来てて……」

 凪の一言に店主はキョトンとした顔を見せる。

「坊主、友達おったのか?」

 凪はじろりと店主のほうに目を向ける。

「こほんっ! まあ、そういうことなら融通効かせてやってもいいぞ。ただし、来週は三○分増しにするぞ?」

「ああ、それで頼むちよ」

 凪は軽く返事をすると、店の奥へと入っていく。

 廊下の脇に小さな部屋があった。小さなデスクと、ラップトップが一台だけ置いてある。凪の家に置いてあるものよりも、新しいコンピュータではモニターは一つだけ。電源を入れると、〇と一で覆い尽くされた画面が表示される。

 量子コンピュータが生まれる以前、世界は〇と一だけで表されるものだった。「デジタル」な世界は、あると〇(ない)の膨大な量の組み合わせで表現――解析されていた。だが、演算が複雑になるに従い、扱う〇と一の総量はいつしか限界を迎える。

 だから、量子コンピュータの登場は必然だった。〇と一――存在と非存在の狭間を捉えるシステムの誕生で、コンピュータの持つ演算能力を飛躍的に向上。もはや旧世代のマシンは玩具にさえならない世界が訪れる。

 だが、文明がどれだけ大きき進展を迎えようとも、全ての人が追いつけるわけではない。ここは――『見えざる街』は、そんな落ちこぼれ達の掃き溜めだった。

「さて、作業を始めますか」

 ラップトップのモニターが切り替わり、OSの起動を確認すると、凪は仕事に手を付け始めた。


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