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ゼロへと至る無限演算(プロトコール)  作者: 五五五
第二章「管理=支配という定理」
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第8話

 〈イデア〉が管理する顕現によって、人が命を奪われることはない。もし致命傷になるような状況が生まれた場合、強制的に顕現が失効する。代わりに、対象となった人物は一定の時間、意識を奪われる。

 これは安全装置である。〈イデア〉による顕現は、人の生活を便利に、そして快適にするもの。だが、いつの時代も人類は文明の利器を暴力に変えてきた。それは、どれだけ素晴らしい技術を現れても同じである。だから、『人の死に関わる使用はできない』という制限が〈イデア〉に設けられたのだ。

 などという、基本的な講釈が流れる夢から目覚める。

 目の前には、心配そうに覗き込むフィリアの顔。

「ナギ? ナギ! 起きた?」

「あ、ああ……えーっと、何が……」

 思い出してみる。幼馴染の少女から強烈な一撃を見舞われた映像を思い出し、若干の身震いがする。

意識喪失(ブラックアウト)してたのよ、ウナギは」

「させたの間違いだろ」

 身体を起こすと、部屋の反対側に正座して座っている美樹の姿があった。凪の視線に対し、明らかに警戒するポーズをとっている。

「見ないで」

「いや、ここ俺の部屋だし」

「私を部屋に連れ込んで……あんなハレンチなこと……」

「いや、お前が勝手に入ってきたんだろう?」

「しかも、転校生に……口に出すのも恥ずかしいような格好させて!」

 フィリアのほうを見る。きちんとスカートを履いていて、ブラジャーも身に着けている。どうやら、美樹が世話を焼いたらしい。

「……それについては言い訳が思い浮かびません。ごめんなさい」

 凪はゆっくりと頭を下げる。その姿を見て、美樹は大きくため息を吐く。

「ちゃんと説明してよ。別に……ウナギに彼女がいるっていうなら……それは別に仕方がないし……」

 何をどこまで話すべきか。

 既に全てを誤魔化せる状況ではない。なら、美樹を信頼して真実を話すべき……だが、何もかもを打ち明けるわけにはいかない。

 そうすれば、彼女は凪を非難するだろう。そして、力づくで止めようとする。

 高津美樹はそういう『正しい人間』だ。

「フィリアは……迷子だったんだよ」

「迷子? 迷子ってどういうこと?」

 凪は美樹に語る。

 フィリアには住所が存在していないこと。本人も記憶を失っていること。わかっているのは、学園の生徒として転校してきたという事実のみだ、と。

「そんな……警察に連絡したほうが」

「ダメだ。住所がない人間っていうのが、どういう存在だか……お前だってわかるだろう?」

不認知籍(アンノウン)……」

 社会の全てが量子コンピュータで管理されている。だが、全ての人間が社会に適合できるわけではない。デバイスを通じた管理を望まない人々は、〈イデア〉から逃げるように生きている。

 監視の目を逃れるために、〈イデア〉からの恩恵を受けることもない。住所がないということは、そういう法外の存在ということだ。

「でも……ならどうして、転校なんて」

「だから、おかしいんだって。きっと何か理由がある。きちんとフィリアの住所を見つけて、帰るべき場所に連れていかないと」

 凪はフィリアへと目を向けた。二人の話についていけず、戸惑うような表情を浮かべていた彼女は、凪と目が合うと安心したようにニコリと笑った。

「お話おわった? ねぇ、ナギ。『たまてばこ』ってすごいんだよ! あけると、おじいさんになっちゃうんだって。顔が真っ白になっちゃうんだって!」

 童話本を持ちながら、キラキラした目で凪を見つめるフィリア。美樹は二人の姿を見て、ホッとする。

「凪が他人に関心を持つなんて……何年ぶりかしらね」

「ん? なんか言ったか?」

「ううん、何でもないよ。はぁ、仕方がないな。フィリアさんのことは、学校にも内緒……私とウナギの秘密ってことにしてあげる。感謝するように!」

「ああ、助かるよ。ありがとう」

 素直に礼を告げる凪を、美樹はまっすぐ見つめることができず視線を外らした。

「か、勘違いしないでよね。あくまでその子……フィリアさんのためだから。別に凪のために黙っているわけじゃないわ」

「わかってるよ、それでもありがとう」

 美樹は何とか視線を戻そうとする。すると、目の前にフィリアの顔が近付いてきた。

「ありがとう? ありがとう!」

「どういたしまして……」

 美樹は改めてフィリアの顔を見て、思う。なんて可愛いんだろうか、と。


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