鑑定士の男
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俺とクリアは仮アバターを作成してゲーム中立フィールドに潜り込んだ。一応この世界では顔が売れているということもあるにはあるが、なにせ俺たちはこれから他人と会話する必要がある。
なので、能力自体をそのまま引き継ぎ出来て、かつまたすぐ元のアバターに戻れるという仮アバターの作成を行ったのである。
今更だがアバター付与能力とは、本来能力を持たないアバターに高級なヘッドギア初期設定時に与えられる能力のことである。
ヘッドギアを何台も所有していれば自分の好みの能力を勝ち取ることも可能なのだが、昔の登場時に比べてかなり安くなったもののいまだにヘッドギア自体が三十万円もするのでそんなガチャ要素に莫大な金をつぎ込める奴はかなり限られている。
しかもこれは(俺はプログレスとの契約金が八千万円あったので試しに十台くらい買ってみようかと考えたが辞めておいた)実際に使ってみないと何の能力があるのか分からない上に、その能力の発動条件も分からず無我夢中で戦闘している時にたまたま発動するといったケースが多く、誰彼構わず自分の能力を把握しているわけではない。
というわけでそもそもアバターに能力が付いているのかも分からないのだが、どうやら今は違うらしい。
それを確かめるべく、俺はクリアとゲーム中立場の一角にある、とあるブースに来ていた。
現時刻十七時ぴったりなのだが……
「うえ……前来た時もそうだったけど既にかなり並んでるな」
苦々しい表情であからさまに嫌がるクリアの背中を押して最後尾に並ぶ。どうやら最前列の奴らは一時間前から並んでいるそうで、しかも話によると彼らは常連なのだそうだ。
ということはアバターを複数所持できる金持ちか、それを売って生計を立てる転売ヤーというやつだろう。
転売の場合一度目にレアなアバターが出てたまたま儲けた奴がその儲けで次のヘッドギアを購入という場合が多い。
普通はそんなに儲けられる訳ではない。俺はクリアにこのアバター付与能力が分かる奴がいると聞いてから一通り調べてみたが、コイツのおかげで能力が判明したヘッドギアの取引価格は十万から十五万円と半額以下に下がることもザラにあるらしい。
どうやら現在ヘッドギアの新品未開封の価値は能力が分からないということにあり、先述した通りダメな能力ならマイナス、しかし超が付くほど秀逸な能力を持つアバターであれば最高で億の額が付いたこともあるらしい。もちろんゲーム内の配布金銭ではなくリアルマネーで。
「前に来たことあるってことは自分の能力を調べて貰ったのか?」
「そうよ。私の能力は【二刀流】どんなゲームのどんな装備でも同じカテゴリーの武器なら二刀流に出来る能力よ。あなたもそうなんでしょ?」
「あ、ああ」
待て……今何か大切なことに気付きそうなんだが、この違和感はなんだ。
アバター付与能力が分かるようになってからまだ二ヶ月、それまでは殆どの奴がユニークスキルであるのは間違いない。それに分かるようになった今でさえなかなか被ることもないらしい。
じゃあ俺とクリアの間、今なら知り合いと言ってもいいだろう。その中で同じスキルが発現する確率は恐ろしく低いものに違いない。
「次の方、どうぞ」
というAIの女性の声で我に返る。時刻は十八時を回っていた。どうやらクリアと会話している間に一時間経ったらしい。
受付のお姉さんに案内されて俺達はその占い屋敷のようなテントに入っていく。中は主人の両サイドに立つロウソクが灯るのみで薄暗い。
その闇の中心にほんのりと映る聡明そうなアバターを持つ男が座っていた。
「さぁ、どうぞお掛けください」
「ありがとうございます。それで能力鑑定をお願いしたいんですが、その前に一つ聞いてもいいですか?」
ゲーム中立場に来た際に作成した仮アバターのおかげで顔と声は違えど、透明人間のような存在でいる俺たちでも会話が成り立つ。
「はい、勿論ですよ。ただし私も暇では無いですから情報提供料金の前金がリアルマネーで五万円、それがあなたの意に沿うものでしたらお気持ちで構わないので追加で報酬を頂きたい。構いませんか?」
「分かりました。それでお願いします」
相手から契約内容が記載されたホログラムメニューを受け取り、それに自分のアカウントからパスワードを入力して鑑定料金である十万円を含めた十五万円ちょうど振り込んだ。
クリアを見やると、怪訝な顔をしていた。鑑定の前に何か話すとは伝えてなかったからだろう。
「ご利用頂き誠にありがとうございます。それではあなたの聞きたいことはなんでしょうか?」
男は机に両ひじをつけて身を乗り出した。
「これまであなたが鑑定してきた能力を纏めてあるリストなどはありますか?」
「勿論あるにはありますが、お見せすることは出来ません。この世界にもプライバシーというものがありますから」
「勿論把握しているつもりです。ですが教えられる範囲で構わないので調べて欲しいことがあります」
「ほぅ、それは一体なんでしょうか?」
男は更に半身乗り出した。
「記憶操作系の能力者はこれまで現れてますか?」
「珍しいスキルですね。んー……それはリストを見るまでもないですね。一人だけいましたよ」
「本当か!?」
思わず身を乗り出してしまったがクリアが制してくれたおかげで再び腰を据えた。
「冷静だなお前」
「あんたよりはね」
そんなやり取りを見て彼は微笑んだ。恥ずかしい限りだ。
「本当ですよ。名前は公開出来ませんが彼女の能力名は【マインドチェンジ】ですね。おっと性別を言ってしまいましたね、私としたことがウッカリ」
あからさまな演技で片手で顔を覆うが、これは彼なりのご厚意という奴だろう。
ソイツが今回の主犯、そしてユーリを殺害、あるいは拐かした奴なのだろうか。
「それでその能力は?」
「これを教えるのは特別ですよ?僅か十秒だけ半径十メートル以内の人間二人の記憶を入れ替えることが出来ます。使えるのは一日に一回ですけどね」
「そう……ですか」
そこまで聞いて力が抜けた俺とクリアは、背もたれに深く体重を預けるのだった。
「その様子からすると、どうやら求めていたものとは違ったようですね。私も報酬が頂けずに残念です」
「あ、いえ。収穫はありました。良ければ受け取ってください」
そう言って相手にリアルマネーを突っ込んだトレード画面を提示した。
「「ご、ごごご五百万円!?」」
男とクリアが驚愕して同時に声を上げた。男は座っていた高そうな椅子から転げ落ち、クリアは仰け反って変な目で俺を見ている。
「あ、あんた一体何者なのよ!?」
「鑑定五十人分の報酬とはさすがの私も驚きましたよ」
「プログレスと契約して一億貰ったけど使い道無かったもので」
「ぷ、プログレスってこの中立場運営の最出資会社じゃない!なんでもっと早く言いなさいよ」
「いや、聞かれなかったし」
「あんたねぇ……」
クリアの表情は驚きから呆れたものに変わっていた。
「ちなみに私の二刀流は他に誰かいますか?」
「ちょっとだけ待ってくださいね」
男はゲームスクロール画面を見ながら検索窓で二刀流と打ち込んだ。
「いえ、二刀流はいませんね」
「そうですか。ありがとうございます」
「どうかしたのか?」
「んーん、なんでもない」
「そうか」
なるほど、そういうことか。クリアの奴抜け目ないな。ユーリも双剣を使っていたが、あれは二刀流なのか?まぁ、ここに来ていないのならどっちでもいいか。