クリアがもたらすもの
それから数日して期末テストがあるとのことで、俺は学校に向かうために現実的仮想世界に居た。登校中、相変わらず周りからヒソヒソ話が聞こえてくるが気にしてはいけない。彼らの反応はアレで間違ってはいないのだから。
マフラーに顔を埋めて深く白い息を漏らした時だった。
「おい……なんだあれ?」
近くを歩いていた男子生徒が空を指差した。飛行機や鳥の類はこの世界では飛んでいないはずのその空に何があるのかと、半ばけだるげに曇天を見上げた。
現実世界で見たことのある鳥のような翼を持った影がちょうど学校の上空を旋回していた。
「なんか怖くない?」「怖い」「ヤバい」「えーキモっ」
などと女子生徒が不安がっているが、多分この場で俺だけは違った。
「やった!やったぜ……来やがった!」
二年も待った……その永さと憂鬱さに涙が滲みそうになった。
その何かをギュッと目を凝らして見つめると、ぼやけていたそのシルエットがクリアになる。
ドラゴン……のように見える。
その瞬間、俺の脳に耳障りなノイズが響いた。そしてこれは……
「やっぱりな」
ポケットから取り出したケースに入った銀色のDIEは、俺の目にしっかりと見えるようになっていた。
「DIE……起動!」
『DIE起動しました』
電子音の混ざる声を二年ぶりに聞いた感動がじわじわとこみ上げる。
「サモン、ジャヴァウォックウイング!レックスデストラクション!」
光る魔法陣から召喚された刀と高速飛翔が可能な翼を広げ、周りの生徒達が目を丸くしているのを無視して、その影に向かって一気に天へと駆けた。
ユーリ達に会いたい……だが校舎の上の奴を片付けないとな。
影にだんだんと近付いてきて、その姿がはっきりしてくる。もうすぐその全貌が明らかになるというその瞬間だった。
ソイツは急にこちらに振り返り、俺目掛けてジェット機もビックリな勢いで突っ込んで来やがった。
「まっ……マジかよ!」
この二年間サボっていたのもあるが、元々空中戦闘はあまり得意ではない。しかしジャヴァウォックウイングに付与されたスキル【高速ホバリング】のおかげで空中横移動が高速で行えたため、辛くもそれの突撃を免れることに成功した。
だがその影もそれだけで終わるはずもなく、俺の体の位置を過ぎた直後に二度だけ羽ばたいてホバリングし向き直る。
だが再び突っ込んでくることはなくその場で翼でホバリング状態を保っていた。
その時ようやくその姿をしっかりと確認した
その出で立ちはまさしくドラゴン。黒い表皮が魚の鱗のようにギラギラと光沢を放っている。
旋回の時にバランスを取るようにして長い尻尾を振り、頭部には二本の禍々しい角があり、見え隠れする牙は片側だけで数百本はあるだろう。
そんな恐ろしいドラゴンさえ霞むような案件が目の前にあった。それは、そのドラゴンには人が乗っていたということ。そしてそれはどこかで見たことがあるフード付きのケープを羽織っていた。
「見つけたぞ……セツナ!」
そう言ってフードを半ば強引に剥いだその姿は見紛いようがない。三ヶ月程前に対戦したばかりのクリアという少女だった。
「い、いきなり突っ込んで来やがって危ねぇだろうが!」
ややキレ気味に彼女の顔を見やるとその蒼玉の眼と目が合った。
それはあの時と同じで怒りに、悲しみに満ちていた。三ヶ月の間……いいやそれ以上長く彼女はずっとあんな目をしてきたのか?何があんな顔をさせているんだ。彼女に一体何があった!?
目が触れ合ったその一瞬に思考は巡り、それを今現実として受け止めて戻ってきた。
「お前にそんなことを言われる筋合いはない……今ここで死ね」
言い終わらない内にレイピアを構えてドラゴンと共に突っ込んできた。
「くそっ……そう簡単にやられるかよ!」
再びジャヴァウォックウイングの付与スキルでなんとかかわすも、レイピアの剣撃により発生した凄まじい衝撃波により、頰に切り傷が刻まれた。
俺はモンスターを視認した。つまりはもうユーリ達が見えるようになっているはずだ。すぐにでも皆のところに戻りたいのに。
己の出せる最高速度でドラゴンを振り切ろうと必死で逃げるが、流石はドラゴンという種族だ。ゲームの世界に存在する翼の中で最も速い翼を持つこのジャヴァウォックウイングのスピードにも難なくついてくる。
クリアという少女のドラゴンの扱いにも舌を巻くほどだ。どうやってテイム(飼いなら)したんだ!
「なんで俺をそんなにしつこく狙うんだ!」
「二年前のことを忘れたとは言わせないぞ!」
「はぁ?二年前にお前になんか会ってねぇよ!」
「お前のせいでお姉ちゃんは……」
彼女が一瞬俯いた。その隙を狙ってジャヴァウォックウイングと既に召喚してあったロケットブースターを使って間をとろうと試みる。それでも彼女のドラゴンがまだやや速いらしく先回りされてしまう。
「人の話を聞かないとは万死に値するぞ!」
「うるせぇ……俺は急いでるんだよ!」
「お前のせいでお姉ちゃん……ユーリが死んだとしても同じことが言えるのか?」
「え……?」
時間と空間が凍結したようだった。俺の魂は鼓動を止めたかのように固まり、それでいて心臓は飛び出るかと思うほど激しく、強く波打っていた。
「ユーリが……死んだ……?」
「そう。あなたがお姉ちゃんを殺したって……皆から聞いたの」
又聞きかよ!……どんだけ純粋なお姫様でもそんなの信じるか普通。
「皆って誰だよ」
「グレン隊のみんなとアレクよ」
アイツら……示し合わせて面白がってるんじゃないか?
「う…嘘だ。そんなはずねぇ」
アイツらがそんな大ボラを吹き込んだなんて信じられない。彼女は睨みながら淡々と答えるのだった。
「証拠がある」
彼女はDIEを起動して通信システムを呼び出した。一体誰に連絡するつもりだ?
「クリアよ」
『ああ、どうした?』
二年ぶりだ……通信の相手はアレクだった。
「確認取りたいことがあるから質問に答えて」
『なんだなんだぁ?俺は知らねぇ間になんか疑われてんのか?』
「あんたのことじゃないから詮索しないで答えて」
『ったく……しょうがねぇな』
何も承諾を取らずに連絡すべき相手を間違えたな。アレクとはまた面倒な奴を選びやがって。
「お姉ちゃん……ユーリはセツナによって殺された。そうよね?」
『………………』
なんだこの間は?
『誰だ、その二人?俺は知らねぇな』
「「!?」」
俺はもちろん、クリアの表情が激しく一変した。自分は今何を聞いた?何が起こっている?という理解が追いついていかない。そんな顔だった。
「おい……冗談……だよな?」
『見ず知らずの相手に冗談を言うほど俺ァ暇じゃないんでな』
「からかうのもいい加減にしてくれよ……流石にこれは無ぇんじゃねえか?」
ややキレ気味にそう答えると通話の向こうからドスの効いた声が響いた。
『もしそのユーリって奴が仲間で、俺の仲間に手ぇ出したっつうんなら、そのセツナって奴は俺がブッ殺す』
それだけ言ってブチッという通信切断された音がこちらにまで聞こえた。
冗談だ……ははは。そう終わることを少しでも期待していなかったかといえば嘘になる。そんな淡い期待を持っていた俺はなんて愚かだったんだろう。
「セツナ……」
クリアが目の下をパンパンに膨らませ、先程までの怒りの表情とは異なり、絶望、悲嘆、虚無……そんな苦しそうなものに変わっていた。
そんな彼女に俺は何と声をかければいいのだろうか。そもそもそんな筋合いがあるのか?俺はユーリのことをほとんど知らない。そしてその妹である彼女のことも。
「アレクは俺たちのことを忘れるようかアホなのか?」
そんな冗談しか出てこない自分の口下手さに苦笑いするしかなかった。
「違う……そんなワケない。たまにお姉ちゃんと私達とご飯だって食べてた。そんな友人を忘れるわけない!」
冗談も通じない程彼女は追い詰められている。恐らくアレクの反応から俺がユーリを殺したと断定する要素を見失ったのだろう。そして俺を殺すという目的そのものさえも……
「だよな……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……私……」
「いいんだ……俺の疑いは晴れたんだろ?それに収穫はあった。誰かに記憶操作された。その結果アレク達は記憶障害を起こしてる可能性がある、そう見て間違いないだろう」
「それでも私……あなたを……お姉ちゃんが守ったあなたを殺そうとした……そんな自分が許せない……」
どうやら俺がユーリに助けられたことは知っていたらしい。一日目に彼女から聞いたのだろうか。
そんなことより、こんな小さな女の子を泣かせた奴は誰だ。絶対見つけてぶん殴ってやる。拳を強く握り、咽び泣く彼女を抱く……ことは俺には出来ないので、頭に手を置いた。
「お前のせいじゃない。仕組んだ奴がいる……泣いてる暇なんてあったら、ソイツを探してぶっ飛ばそうぜ?」
コミュ障なりの笑顔を作ってみせたが、どうもそれが余程不器用なものだったらしい。彼女はクスリと笑ったかと思うと、腹を抱えて笑い始めた。
「なっ、なんで笑うんだよ!」
「だって無理してるの分かるんだもん。落ち込んでるのがアホらしくなってきちゃったじゃん。この雰囲気どうしてくれんの。責任取ってよね」
「えー……俺が悪いのかよ」
「ウソウソ……ありがとね、セツナ」
「ああ」
彼女の瞳に浮かぶ涙は透き通り、太陽のないこの世界の日差しに照らされ輝いていた。
張り詰めていた表情もどこか穏やかなものに変わっていた。俺を憎み、倒し、そして殺し損ねた彼女には表情豊かであって欲しい。あんな怖い顔は二度とさせたくない。そう心が強く願っていた。
一時休戦しこの時間は人気のない公園に降りた。ドラゴンはDIEによって収納された。
「ありがとうセツナ……そしてごめんなさい」
腰掛けたベンチでクリアが顔を赤らめながら呟いた。
「何のことだ?」
「さっき怒ってたのって私のためなんでしょ」
「さぁな」
とは言ったもののアレク達が記憶を失っているのは、何者かに仕組まれたものなのだと気付いていた。それに俺の腹の虫は煮えたぎっていることにもクリアは気付いていたのだ。
「ふっ……あの日あなたがお姉ちゃんとアジトに来た時、お姉ちゃんは何だかとても嬉しそうだった。それだけはなんとなく覚えてる」
「そうなのか?それは意外だな」
なんだか気恥ずかしくなって頰を掻いた。
「照れてるの?」
「そ、そんなんじゃねぇよ」
「ひひっ……」
身体を丸め、イタズラっ子のような表情であざとくにやける彼女。どうやら確信犯のようだ。
「あの日、お姉ちゃんとあなたは帰って来なかった……傷だらけのグレン達からあなたが裏切ってお姉ちゃんを殺したと聞いたの」
「そうか」
ベンチの上で体操座りしてポツポツと語り出した彼女の言葉を汲み取るように聞き入った。
「めちゃくちゃ強いお姉ちゃんを殺せるくらいのあなたを殺すためには私は最低でもお姉ちゃんより強くならないといけない。そう思って私はギルにお願いしたの」
「ギル……か。何てお願いしたんだ?」
「彼を殺せるなら何でもするから力を貸してって。そしたらギルがこれをくれたの」
彼女の左手から透明な細剣がほんの僅かに色を濁らせて姿を現した。それを見た俺の心臓はほんの一瞬だけ跳ね上がった。
「実際俺はお前に負けた」
「うん。でもこれは使用者の基礎能力を数段上げるスキルも持っていて、会場の審査を通る同じ物と審査後にDIEの書き換えですり替えたの」
「なっ……」
動きに違和感があるとは思ってはいたが、それが単に戦闘スタイルだからというわけではなく、上がりすぎた能力を完全に使いこなせて無かったところからくるものだったらしい。
「そ。だから私の力じゃないの」
「そうだったのか。でも、その力を自分のものにして結果俺を倒した。それはもうお前の力だよ」
「へ……」
今度はクリアの方が顔を真っ赤にする。それを隠すためか顔を埋めてこう一言。
「バカ……」
しばらくの無言……静寂。だけどなんだかコイツとこうしているのも悪くない。まだ会って間もない少女に俺は居心地の良ささえ感じ始めていた。
「そういや一つ聞いていいか?」
その静寂を破ったのは俺の素朴な疑問だった。
「何?」
「この前対戦で会った時、俺のレックスデストラクションの名を聞くまで俺がお前の探しているセツナだってことに気付かなかったのはどうしてだ? 」
「え……それ聞いちゃうの?」
「いや、言いたくなけりゃいいんだが」
「……かったのよ」
「え?なんだって?」
「だから……あんたの顔を知らなかったのよ!レックスデストラクションはお姉ちゃんとグレンから聞いてたから知ってたの!」
呆れて言葉が出なかった。だってそうだろ?殺したいほど憎い相手の顔も姿も分からない。ただ分かるのはレックスデストラクションの存在と俺のアバターネームのみ。
改めて思う。よく巡り会えたものだと。
「も、もう!そんな呆れた目で見ないで!」
「あの時は無口キャラかと思いもしたが……そんな表情も出来るんだな、お前」
「なっ……」
「ははは」
「笑うなー!……っふふ……あははははははは」
「はっはっは」
俺たちはしばらく笑い続けた。ユーリが本当に死んだのかが分からなくて互いに不安はあったはずだが、それでも笑い続けた。
あの激しく燃えるような瞳はもうどこにもなく、今は磨かれたサファイアの宝石のように輝いていて、雨露のように涙が滴り落ちるのだった。




