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電脳獣被害者が透明人間になる世界で俺と彼女は引き裂かれ続ける(XXC  作者: 京夜騎士団長
第一章 始まりは2年前から
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アイリスとクレア、そして隊長グレン

一人がこちらに気付くと水色の短めな髪がさらりと揺れ、空色の瞳が俺の目を覗く。

「やぁやぁ新人君。私はアイリスってんだ。よろしくな」

人懐っこさげな挨拶になんとなく安心感を覚える。どうやら話しやすそうな人のようだ。

「ああどうも、セツナです・・・じゃなくて、なんで人の部屋にいるんですか!?」

荷解き、というか物資の調達すら行っていない部屋だが、いきなり異性に部屋を見られるのは健全なる思春期の高校生としてはかなり恥ずかしい。

「ん?ああー、ここは元々あたし達の部屋でさぁ、君が来るって聞いてからバタバタ片してたからまだ少し荷物が残っててねぇ。ホレ」

昨日は疲れていて特に気にすることも無く寝付いてしまったが、辺りを見回すと確かに割とごちゃごちゃとしていた。

いや少しと表していいものか・・・あ、あの白い布は・・・見なかったことにしよう。

「こほん。遅くなったのはアイリスがなかなか片付けないからですよ」

もう一人の銀髪で銀色の髪の少女が気まずそうに俺から目を逸らしながら言う。

「ちげーって!クレアが伝達ミスしたせいだろ!」

「何を言っているのですか。私はきちんとインスタントメールをあなたに送ってあります」

「あたしがそんなもん見ねえの知ってるくせに!」

「そんなものは知りません」

「知ってる!」

「知りません」

んぎぎぎぎぎぎぎぎ。とバチバチと火花を飛ばして唸りながら睨み合う二人。

一人置いていかれているようで、もうやめてくれという思いが先走って喉から声が出る。

「あのー・・・」

「なに!」「なんですか!」

と女性二人から強く言われてしまえばコミュ障気味な俺が抗えるはずもない。

「いえ、なんでもございません」

と縮こまるしかなかった。ここ、俺の部屋だよな?

「おい、二人ともいい加減にしたらどうだ?」

「「ぐ、グレン隊長!!」」

いつのまにか部屋の入り口に背を預けてまた知らない人間が立っていた。人の部屋にぞろぞろと。まったくここの人間にプライバシーというものは存在しないのか?

隊長・・・とか言ってたな。そういえばユーリがグレン隊所属とか言ってたような。

「悪いな新人・・・じゃなくてセツナだったか?この二人がウザくて」

「いえ。俺は気にしてませんので」

という常套句を述べるが、実はかなり迷惑に思っている。まぁ俺に本心が出せるほどの度胸は無いが。

「ウザいってなんだー!」

盛ったサルのように隊長に掴みかからんとするアイリス。

「ウザいのはアイリスだけです」

そしてそれを呆れた目でため息をつくクレア。

「ぬぁんだとー!」

「コラ、やめろって言ってるだろ」

しばらくグレンの説教を受けてようやく二人が落ち着いたところで彼は俺を見た。ほんと何やってんだこの人達。

「ほんとすまないな。この二人いつもこうなんだよ。ったく仲がいいったらありゃしない」

「別に良くないし」

とアイリスがボソッと言ったのをガンスルーして続ける。

「まぁ、こんなやつらだがこれからよろしくしてやってくれ」

「は、はぁ。どうもこちらこそよろしくお願いします」

何をよろしくなのかいまいちピンとこなかったが、これから同じ釜の飯を食う仲間としてのことだと思い、あまり関わることのないよう無難な返事をしておいた、そんなつもりだった。

「もう聞いてるかもしれないがこっちがアイリス」

「ういーす」

「そしてこっちがクレアだ」

「どうも」

「それで俺が隊長のグレン。それにお前を連れてきたあのユーリを合わせて俺たちはグレン隊としてやってるわけだが、さっきそこにお前の加入が決まった」

「はい。って・・・え、もう入隊ですか?」

勢いで返事をしてしまったが、あまりに唐突な内容に硬直してしまう。

「驚いたか?まぁ、こっちもかなり人手不足だからなぁ。猫の手も借りたいくらいわけだから新人の教育も早めにってな」

「いや、俺はまだこの軍に入るなんて一言も・・・」

俯いてボソボソ言っていると首を傾げたグレンが言う。

「入らないのか?もうユーリからある程度聞いているかもしれないが、俺たちはこの仮想世界でも腹が減るし、眠っても自動ログアウトなんてされない。でもここにいれば飯は出るし寝床もある。それでもここを出て行くというのなら止めはしないが」

他人に俺たちの姿が見えないので物を盗む前提でなら食べ物には困らないし、寝床だって人の身体をすり抜けるので困りはしないだろうが、それはさすがに色々と良心が痛むので遠慮願いたい。

「そういうのズルくないですか」

「働かざるもの食うべからずとは、昔の人はよくいったものだよな。ニートしたいというのならユーリあたりが養ってくれるんじゃねぇか?」

グレンのその言葉を聞いたアイリスとクレアがジト目で俺を見てくるのはどういうことだろうか。

「くっ・・・仕方ない。入隊しますよ!」

「おう、よろしくな」

なんだか釈然としないが、やはり空腹や安眠には抗えるわけもなく了承せざるを得なかった。そして実にタイミングよく俺の腹の音が訴える。

「腹は正直か。おっと、もうこんな時間か。朝飯にしようぜ」

満面の笑みを浮かべたグレンはそう言って食堂の方へと向かっていった。

「あたしは今日はうなぎかなー」

「朝からそんなものを食べるあなたのお腹はどうなってるのかしらね」

「どういう意味だ!」

「そういう意味よ」

そんなやりとりをかわしながらアイリスとクレアも後についていった。

「仕方ない。俺も行くか。金ないけど」

とうなだれつつ、支給されていた服のポケットに手を突っ込むと、一食分のサービス券が入っていた。

『これで何でも食えるぞー。ps.これは貸しだからな -グレン-』

という付属メモを破り捨てて食堂に向かう。

道なりに歩いていくとなかなか遠い食堂は、昨日の夕飯の時にはないほどの賑わいをみせていた。

「な、なんだこれ」

「驚いたか?」

先に着いていたグレンが待ち伏せていたかのように掌を仰いだ。

「ええ、まぁ」

「お前を含めた総勢七十六人のほぼ全員が今この場に集まってるからな。どうだ、みんな楽しそうだろ」

「ええ、とても」

この人達も俺と同じく現実世界に帰ることが出来なくてここにいる。そのはずなのに、どうしてこうも楽しそうに出来るのか理解出来なかった。

「なんでこんなに明るく過ごせるのか理解出来ない。そんな顔だな」

心を読まれて少しだけ跳ね上がる。

「いえ、決してそんなことは」

実際図星だったが。

「嘘つけ。声が裏返ってるぞ。」

チッ。

「ったく、舌打ちなんてするなよ。一応上司で歳上なんだから多少は敬えよな。まぁいいや。皆家族や友人を現実世界に置いてここにいる。だけど嘆いたからといって家族に会えるわけじゃない。最初は今のお前みたいにお通夜のような表情をしてた奴らも今じゃ見ての通りさ。お前もじきそうなる」

「そう・・・だといいですけどね」

「なるさ」

グレンの落ち着いた表情を見ているとなんだか根拠もなくそんな気がしてくるようだった。

「期待しときますよ」

「おう」


バフっ・・・


「おっはよー!!!」

「おっと」

不意に後ろから何かがぶつかった感触があり振り向くと、そこには見覚えのある女の子がいた。

「おはよ、ユーリ。朝から元気みたいだけどどうしたの?」

「うん!セツナがウチの隊に入るって聞いたから!」

ユーリのぱぁっと明るい表情は嘘偽りなどなく、心から喜んでくれているようだった。そんな彼女を見るとざわついていた心が安寧を取り戻していき、汚い大人に穢された俺の心が浄化していくようだった。

「尊い・・・」

「引くな・・・」

「なんとでも言って下さい」

引きつった顔をしたグレンから向き直ってユーリに向けて敬礼する。

「至らないところは多々ありますが、これからよろしくお願いします。ユーリ上官殿」

「はう!私もついに上官か!」

あわあわと慌てているユーリの頭にグレンが手を置いた。

「大丈夫だって。お前はこれまで沢山実績を積み上げてきただろう?それを自信にして頑張れ」

「は、はい!アリガタキオコトバデス!」

「もっと自然に言えてれば合格だ」

それから飯を食い終わったのが七時三十分。集合時間が八時と割と猶予ないスケジュールとなっていて、着替えの一つも持たない俺は支給されたレザーコート、レザーパンツ、そしてグレーのインナーを内側に羽織り、集合場所へと向かう。

その途中、通路の曲がり角ですれ違う小柄なフードを被った女の子に肩がぶつかった。

「おっと、ごめんよ」

「ううん。こっちこそごめん」

中学生くらいか?金色の髪をなびかせて少女は去っていった。

「おっと、さっさといかなきゃ」

その場を後にし、五分だけ早く集合場所に着いたのだった。

「よし、全員揃ったな」

グレンが四人を順に見て、俺の番で目が止まる。

「皆さん準備早いですね。」

「あー、そうか。先に渡しておくべきだったな。ほい」

伸ばされたその手にはDIE、ディバージョンインカーネイトアイが乗っていた。

「DIE・・・」

「そいつの設定メニューで服を登録しておけば一瞬で呼び出せるから使い方は覚えておけよ。それとユーリから報告は受けたが、彼女のDIEを使ったそうだな」

彼の言い方に含みを感じて一瞬たじろいでしまう。

「ええ、まぁ、仕方なく」

「ああ、有事の際だ。仕方なかったかもしれない。だが、今後は二度と自分の物以外を使用しないでくれ。これはまだ未知の道具だ。何が起こるか分からない」


彼のその言葉に兼ねてから疑問に思ったことが引っかかる。

「そのよく分からない物を、よく平気で使えますね」

彼の考えるところに直球で刺さったのだろう。ほんの一瞬だけ目が大きく開き、猫のように瞳孔が鋭くなった。

「そうだな。たしかに不安要素は大きい。だがこれが無いとモンスターとの戦いに勝つことは出来ない」

「そんなわかりきった言葉が聞きたいんじゃありません。何故モンスターを俺たちが倒さなければならないんですか?」

「それこそ分かり切ってるだろ。ログアウトできない俺たちがやらなきゃ、どんどんログアウト出来ない人間が増えていくんだぞ。昨日のお前みたいに!」

そう指差されて一瞬だけ我を忘れて拳が疼いたが、すぐに自分の感情を制した。

「そんなこと分からないじゃないですか!俺の時みたいに誰も襲われることなく全員が強制ログアウトされるかもしれない!俺達はこの世界では実際に現実世界でも死ぬんですよ!それでもですか!」

「落ち着きなさい。セツナ」

今朝のやり取りからは想像出来ないようなクレアの凛とした声が鼓膜を震わす。気持ちが高ぶっていて自分の口調がどんどん強いものになっていることに気が付かなかった。

「すみません」

「いいのよ。あなたの気持ちも分からないではないから。私も昔は同じことを思ったわ」

「でも今はそうやって戦っている」

クレアの腰に添えられた二丁のハンドガンは歴戦の相棒と表せるような鈍い光沢を放っていた。

「そうね。初めはみんな怖いの。でもそこから皆立ち上がってきたのよ。だからあそこにいた皆はいつ死ぬかも分からないこの世界であんな風に笑えるの」

食堂にいた人達の笑顔と笑い声が浮かぶ。誰一人落ち込んだ表情をしている人は俺の記憶に無かった。

「なんで、なんでなんだ。あんなに怖いのに・・・なんで」

自分の情けなさと弱さに涙が滲む。ゲームの中では俺は誰よりも強いと思っていた。それが現実というリセットが効かない物に変わった、ただそれだけなのに、それがとても重く感じる。

その重みからか俺は自分でも気付かない内に地面に座り込んでいた。そしてその重力は根っこでも生えたかのように尻を上げさせてくれなかった。

「人の命は確かに重いわ。あなたがいなければこの子は死んでいたかもしれない」

そう言ってユーリの頭をワシワシと撫でると、彼女は尻尾をふる犬のように喜んでいる。

「だから・・・あなたが勇気のある人で良かったわ。この子を救ってくれて本当にありがとう」

悔し涙が出ていたはずなのに、それに縛られていた心が解れていくのを感じ、鼻の奥がきな臭くなってきた。

「そうだぞ、ウチの中はもうお前の話題でもちきりだったんだぞ。戦闘において軍でトップに入るユーリより強い奴が来た!ってな」

グレンは鼻を掻いて何故だか誇らしげに語る。

「べっつに隊長の手柄じゃあないけどなぁー」

グレンが振り返るとアイリスが口笛を吹いて顔を逸らした。

「俺は強くなんかないですよ。ただ武器が良かっただけなんです」

「知ってる。レックスデストラクション だろ」

「な、なんでそれを・・・」

「三年前くらいだったか?お前がMMOニュースの記事に載っているのを見たことがある。【難攻不落の大規模人数ボス討伐クエストをソロで攻略した天才中学生現る】ってな」

「昔のことですよ」

「そうかもな。たがあの武器の獲得の難易度やその性能の強さも知ってる。だけど扱いの難しさは更にその上を行くんだろ。お前は努力したんだろ?」

「なんでそういうこと言うかなぁ。許しちゃうじゃないですか。あなたたちなら信用できるって」

「ああ、言っとくが冗談でもなんでもなく俺はお前より強い。そういう意味でも信用してくれて構わないぜ?」

グレンがしゃがみこんで右手を差し出す。

「やっぱりあなたはズルいです」

俺はその手を取り、自然と笑顔で立ち上がることができた。不意に彼がリアルに置いてきた兄に重なった。

「ほんとずるいや」

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