開けゴマ!?
13
「あのアホみたいにでかい要塞みたいなのがユーリたちのアジトなんだな」
開いた口が塞がらず、やや霞んで見えるその巨大要塞を目を細めて見やった。
「うん。でもそのほとんどが訓練施設だったり実験施設だったりするから日常で使う場所は限定されてるの」
「なるほど・・・・ね」
その他下らない話をしながら崖上から下り、要塞の入り口まで来ていた。
「改めて下から見上げると凄いな」
「行くよー」
「お、おう」
入り口の扉の前に立っている彼女に追いつくと、何やら難しい顔でドアと睨めっこしているようだった。
「開けぇ・・・ゴマ!」
「えぇぇぇぇぇえええ!?」
重要基地の合言葉が最もメジャーなそれってことは流石に・・・
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
重厚な音を響かせて扉がその口を大きく開いていく。
「おおおおおおおおお!?おいおいマジかよ!?」
「どうかしたの?」
「いや、だって開けゴマって・・・ん?」
彼女の右手を見ると何かしらのカードが握られており、眼球に向かってレーザー光線が放たれている。
ということは・・・
「そんなボイスキーなんて今時存在するわけないじゃん」
「図ったな・・・」
完全にハメられたことにげんなりと肩を落とす俺をよそに、扉が完全に開く。先に見える薄暗い通路の電灯は、人が入ってくることにより熱感覚センサーに反応して、奥まで光り出した。
「さ、行くよ」
「はーい」
やれやれとため息をつきながら、慣れた足取りで歩く彼女のあとに付き従う。
「さっきはびっくりしたけど、やっぱ基地ってだけあるなぁ。いかにもって感じだ」
「デザインがシンプルかつ効率的なだけにそれがメジャーだからね」
アイボリー色の壁、天井隅に通る使用目的不明な配管。ほんといかにもって感じだ。
それからエレベーターに乗り、地下三十階のボタンを彼女は押した。
「地上であんだけでかいのに更に地下もあるんだな」
「地上の高さを支えるには地下の深さも必要なの。それがVRだとしてもね」
「なるほど」
「着いたよ」
エレベーターの扉が開き、その先が露わになっていく。
そこにあったのは・・・
「工場・・・か。何を生産しているんだ?」
規模は大きくはないがレーンが敷かれ、流れ作業場となっていて、そこでロボットが忙しく動き回っている。
「これよ」
彼女は自分の目に装着した機械を指先でコツコツとつついた。何となく予想は出来ていた。
「これってそんな量産できるもんなのか?」
自分が知らない知識を持つVR機器(?)が工場制で量産されるほど進歩しているのかと思うと次第にワクワクしてきて声が弾む。
「ううん。機械で量産出来るのはハードだけなの。中身の部分は精密だから作れる人は限られてるの」
「あ、そうなんだ」
期待は外れたが、強制ログアウトされた我が仮想科学研究科の生徒を含む研究者達が、こちらのログアウトできない人間側に遅れを取りすぎていない。という不思議な安堵感に包まれて本日何度目かわからないため息をつく。
「ガッカリしたかな?」
彼女に向き合う俺の背後から男の声がした。先のユニコーンのこともあり緊張がほぐれきっていなかったのか、自分も驚くほどの反応速度で振り返りバックステップしていた。
「おや、驚かせてしまったようだね」
その人物は俺と目が合うや否や会釈して頭を下げた。
「あ、あなたは・・・」
腰にあてた右手の先には剣は無い。だが、雰囲気から察するに敵では無いのだろう。
「やっほー、ギル。久しぶり」
「おや、ユーリじゃないか。一ヶ月ぶりくらいか?相変わらず上司に敬語使わないな、お前は」
「まぁね!」
謎にふんぞり返るユーリ。
「褒めてないぞ。ったく」
くっくっくっ、と笑う見た目年齢三十歳前後の男は俺に向き直る。
「おっとすまない。君は・・・ここに来たってことはモンスターを視たんだね」
「はい。これからお世話になる・・・かもしれません。セツナです」
「セツナか。VR上の名前でもこれからはそちらの名前が君の識別記号になる。いいネーミングセンスだ」
「どうも」
ずっとこの名前を使ってきたから今も使い続けているだけだが、こう言われるとどこか気恥ずかしい。
「俺はギル・パプテマス・アルドレア。まぁ、ルックスから想像出来ているとは思うが日本人ではないよ。こうして君と会話が成り立っているのもVRの言語変換機能によるものだしね」
そういって片眼鏡をかけた耳元から灰色の長い髪をかきあげる。
俺はこの男を知っている。
「あなたのことは他の人よりもよく知っている方だと思います。仮想世界実在論という論文とその記事に写っていた写真を拝見したことがあります」
「おお、そうか。あれは百二十年程昔の物だがどうだった?」
やはりユーリと同じく肉体年齢は凍結されているらしい。百二十年ということはひょっとすると見た目が変わらないどころか、俺たちは不老不死なのだろうか。
「当時はどうか分かりかねますが、今となってはあなたの論文が無ければこの世界は無かったと言われています。それくらいすごい論文でした」
「ほう・・・そうか。それは良かった」
一瞬間があったが、何かしらの想いがあったのだろう。濁りを見せた表情もすぐに薄い笑顔に変わった。
「あれ・・・でも、一つ矛盾がありますよね」
「ああ、それについては皆にも言ってあるから後でユーリにでも聞くといい」
何について触れるかはすぐに予想出来たのだろう。言う前に言い伏せられてしまった。
「は、はぁ」
「君は恐らくさっき警告のあったモンスターと遭遇したのだろう?だったら今日は無理をせず、食事と入浴を済ませたら早めに寝るべきだ。その上で私と話したいことがあればいつでもここで待っているよ」
「そう・・・ですね。分かりました。お気遣いありがとうございます」
なんだかはぐらかされた気がしなくもないが、確かに精神的なダメージはピークに達していたのですぐにでも寝たい。
「これからよろしくな、セツナ」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
彼は着けていた手袋を外して握手を求めてきたのでそれに応じた。それだけのはずだったのに、それは起きた。
バチチチチチチチチチチチチ
雷のように激しい静電気でも起きたかのような衝撃に打たれた。
「ぐ、ぐああああああ!」
「痛っ・・・」
「セツナ!?」
「これは一体・・・・」
ユーリだけでなくギル本人も驚いているようだった。つまり現実側でよくあるイジメやイジりではないらしい。
妙な吐き気に襲われて中腰で立っているのが精一杯だった。
「大丈夫か?」
「は、はい。おさまってきました」
「そうか。俺にも今のが何なのか分からないが、体調管理には気を付けてな」
「はい」
「悪いがまだ作業の途中でな、俺はこれで失礼するよ」
「あ、ありがとね。ギル!」
「さん、を忘れずになユーリ」
そう言って彼は振り返らずに手を振り、隣の部屋に入っていった。その部屋の扉がゆっくりと閉まるその最後まで、俺はその部屋の中の闇をずっと見つめていた。
何だったんだ・・・今のは。
「本当に大丈夫?」
「なんとか・・・な」
「ちょっと休む?」
「大丈夫。それよりここを案内してよ」
「うん!わかった!じゃあまず食堂に行こっか!」
彼女はとびきりの笑顔を浮かべて言うのだった。この笑顔をずっと守っていきたい、家族と会えないから俺が家族になろう。と思ったのだが・・・
家族・・・?それは俺も同じだ。俺は彼女に依存して家族と会えないという現実から目を背けようとしているだけなのだろうか。・・・わからない。だから今はそれが分かるまではここで生きる術を身に付けよう。という考えに至ることとなったのは仕方ないのだろう。
食堂に着くと誰も座っていない席がおおよそ百ほどある。
ガランとした殺風景なその隅に券売機と書かれた、俺の身長程のでかい箱があった。
「なんだこれ?」
「券売機だよ!」
「それは見れば分かる。じゃなくて券売機って何なんだよ」
「ん?」
首を傾げる彼女。何?これは俺が悪いのか?現実世界ですらクロスデバイスでノーコストで飯が食えるこの時代だ。仮想世界なんて何も使わずにメニューボタンからワンタップで飯が生成できるんだぞ。なのにこの券売機って何十年前に廃れたものだと思ってるんだ。
俺の個人的思考は置いておいて、とりあえず「オムライス」と書かれたボタンを押して見るが何かが起こることも無かった。
「ぷっ・・・ぷふふふ・・・」
彼女が何かに耐えられなくなったか、口を抑えて今にも吹き出しそうなのを堪えている。
「め、飯はどうやって食うんだ?」
「さ、さぁ。私にも分かんない」
あからさまに面白がってしらばっくれる彼女。
くそ、見てろよ!
「クロスデバイス、起動!」
しーーーーーーん・・・
「あれ?」
「ぶふーーーーーーっ!も、もうダメ!ふひひひひひひひひひっ」
「な、なんで笑うんだよ!」
「き、来たばかりの君は知らないと思うけど、ひっひっひ、ご飯を食べるにはお金が必要なんだよ。マネー?マニー?分かる?ひひひひ」
「ご飯を食べるのに金が必要なのか!?」
俺達の時代からすると驚愕の情報だぞそれは。
「だって私達の声、クロスデバイスに届かないんだもん」
「あ・・・」
自分達の存在が半ば幽霊的なものにあたるということをすっかり忘れていた。
「ごめんごめん。お詫びに今日は私がおごってあげるから好きなもの食べなよ」
まだお腹を抱えているユーリから教えて貰った通りお金の代わりとなる軍用の硬貨を入れ、ボタンを押す。券売機から出て来た券を提供場所に持って行き、食べ物を受け取り、テキトーな席に腰掛ける。
すぐにユーリも対面に座ってお箸を持って目を瞑った。
「いただきます」
「なんだそれ?」
「え?」
「いや、そのいただきますっていうやつ」
「あー・・・これはもう廃れた昔の文化なんだけど、今と違って魚や肉なんかも生き物を殺して食べてたってことは知ってるよね?」
「まぁ、それくらいなら」
「その生き物たちに感謝して、命をいただきますってことかな」
「なるほどなぁ。でもここは仮想空間だろ?魚や家畜が存在するのか?」
「DIEを利用してゲームデータを通して生成されるんだけど、私達の記憶から味覚を適正値に調整して、調理された物として提供されるの」
「なるほど・・・な」
自分には慣れない環境だからか苦笑いしか出てこない。だが、【いただきます】はいい言葉だ。
「いただきます」
オムライスを一口分スプーンにすくい、口に放って咀嚼する。甘いケチャップの香りが口いっぱいに広がり、卵のコクに舌がとろけそうになった。ゲームは勿論、現実世界でもここまでの味覚表現は現代ではもう出来ないだろう。
「美味い」
「なら良かった」
俺の顔を見たユーリは満足そうに自分の注文したサバ定食をつつき始めた。食べ進めながらユーリは話を切り出した。
「もう分かってると思うけど、さっきの人がこのDIEの発明者、ギルよ」
チキンライスの中に混ざるグリンピースを咀嚼している時だった。
「さっき<さん>をつけろと言われたばかりだろ。それにしても驚いたな。論文と写真を見たことがあるだけなんだけど、あれは確かにギル・パプテマス・アルドレア本人だったぞ。本名そのまま使ってることにも驚きだが」
既に時がしばらく経ってはいるが、意外な人物の登場に驚くと共に興奮しているのか気付かない内に顎をさすっていた。
「ギルは天才なんだよ!それにこのアジトを立ち上げたリーダー格の一人だしね」
このアジトは一体何年前に出来たのか・・・という質問を飲みくだし、先程から気になっている重大な疑問がある。
「そういえばあの人が言ってた百二十年もこの世界にいるってのはどういうことなんだ?この世界が出来たのは五十年前、理論が構築されてからでさえまだ百年だぞ。そんなことって・・・」
そう。二十年、いや本来なら七十年分その矛盾があるのだ。
「あり得るよ」
断言しやがった。
「その心は?」
「人間原理って知ってる?」
「そこまで詳しくはないけど、人間が宇宙を観測したからこそ宇宙は存在するってやつか?それが今何か関係あるの?」
「うん。世界の脈の流れは発見されたのが約百年前。その時発見されたサーバーを当時の発見者はサーバー'1'と名付けた。でもそのサーバーより前に人間が観測し得ない不可逆的な過去のみに存在するサーバー、仮にサーバー'0'が存在していたとしたら?」
あまり頭のあまり回らなさそうな見た目と性格の彼女だが、難しい言葉をぽんぽんと正確に出してくるところから、どうやら俺の印象は間違っていたらしい。
「確かにサーバー0は存在する可能性は捨てきれない。だが、ヘッドギアなしではこの世界にダイブすることは出来ないはずだ」
そう。この世界に干渉するには百年前、サーバー1を発見した研究グループの研究成果を元に製作した最初のヘッドギアが当時は必要だったのだ。
「自作PCみたく自分で世界の脈の流れに干渉する装置を組み上げるくらいギルには難しくないと思うよ」
「確かにDIEを作るくらいだから、そうかもしれない。でも発見する前に干渉することなんて出来るのか?」
世界の脈の流れの発見は当時の研究チームの報告からほぼ不可能だとされていたが、研究の成果が偶然を呼び寄せただけに過ぎないとも報告されている。
「うん。ギルはさっきこれを伝えたかったんだけど、彼は本来百二十年前に世界の脈の流れサーバー0を発見しているの」
「なんだって!?それじゃああの人は当時の研究チームよりも二十年も早く答えに辿り着いたことになる」
立ち上がった時に置いたスプーンが勢い余って床に転がり落ちていく。
「ギルは世界の脈の流れを見つけてから公表はしなかった。そしてたった数日でこの世界に干渉するプログラムを組み上げたの。彼は本物の天才よ。自分が何をすべきか、どうすべきかが彼の目には全て見えている。それはある意味特殊能力ね」
サバの骨を器用に箸先で摘んで端に避け、その箸をくるくると回す。
「たった数日で・・・そうか・・・確かに彼は百二十年前に失踪したという記事が残っていた。それはこの百二十年間この世界に囚われていたということか。彼がいれば仮想世界の技術発展は目覚ましいものになっただろうに。こちら側ではどうなんだ?」
「基本的に隠居生活をしているわ。私達がお願いすればDIEの調整と新人用のデバイス製作はしてくれるんだけど、それ以外はまるでダメね」
「そうか。残念だな。彼から色々技術を盗めるかと思ったんだが」
「ただ、ギルは時々どこかへ出掛けることがあって、その時はいつも普段と雰囲気が違ってなんだか怖いんだよね。一体どこに行ってるのか気になってるんだけど、尾行は無意味だった」
「どういうこと?」
「ギルは自身しか持たない空間移動能力があるの。彼が自作したゲームからDIEに引っ張ったそうよ」
「それをユーリ達のDIEに差し替えることは出来ないのか?」
サバ定食を食べ終えたユーリが伸びをしながら欠伸をした。
「無理ね。私達のDIEはこの世界に囚われる前にプレイしたゲーム、もしくは現在オンラインサーバーを用いて配布されているゲームのものにしか干渉出来ないの。それでギルの作ったゲームは現実側に置いてきてて、個人のプログラミングしたソフトだからオンラインに接続出来るはずもない。手詰まりだね」
「へぇ、そうなのか。まぁ、でもモンスターを倒すためにDIEを開発した功労者なんだし、正義の味方みたいなもんだろ?別に疑う理由はないだろ」
「だといいんだけどね」
イマイチ煮え切らない言い方だった。というかそうなるとさっきアルドレア氏の前で見せた彼女の態度は嘘ということになる。そしてそれは今も続いているのかもしれない。頬杖をつくそんな彼女にどこか影を感じた。
「まぁ、でもそうね。あんないい人に裏があるわけない・・・か」
「へぇ、そんなにいい人なんだ?」
「いい人すぎるくらいね」
そんな話の他に他愛ない彼女とのやり取りに心を和ませた食堂で、食事を済ませた後に風呂に案内された。そして風呂から出たところでユーリが待ち構えていたかのように壁に寄りかかって腕を組んでいた。
俺を見つけるなりニヤリと口角を上げるのだった。何か不気味だ。
「さて、明日はこの中を案内しないとね。セツナの部屋へ案内するね」
「それはいいが挨拶とかしなくていいのか?さっき風呂で色んな奴に変な目で見られてたぞ」
「あー、いいのいいの。みんな最初はそんな感じだから。それに明日の一斉朝礼で全員の前で挨拶することになるはずだから」
今とんでもないことが耳に入ったんだが。
「ぜ、全員の前で!?この俺が!?」
「なんか問題ある?」
「いや・・・だってさ・・・」
俺、コミュ障だし・・・と言いかけてごにょごにょと曖昧になっていく。
「ん?」
「いえ・・・なんでもありません」
「オーケー。そんじゃセツナよ部屋へレッツゴー!」
「はぁ・・・」
彼女は俺の意思なんか汲み取る気はさらさらなく、爆進していく。
「入って入って〜」
部屋に通されて少し説明を受けた。
「それじゃあ今日はこれで解散!」
というユーリの一言のあと俺はもう何もする気は起きずに直接ベッドにダイブした。
今日は疲れたな。一日が物凄く長かったような気がする。それでいてギュッと中身が詰まっている、そんな矛盾するような一日。
自分はもう家族に会うことが出来ない。今後ずっとだ。俺には兄がいて、その兄の笑顔を思い出すと心臓のあたりが疼く。なんなんだこの気持ちは。寂しい・・・のかな。
そう思い至った時、頰に熱いものが流れていくのを感じた。
「う・・・うっ・・・」
外に響かぬよう掛け布団に顔を埋め、それを濡らす。そんな夜だった。
次の日。
「くかぁ・・・」
「おーい、おーきーてっ!」
突然両膝のダイブキックが俺の鳩尾に襲いかかった。何故また鳩尾なのか、という質問はむしろ俺がしたい。
「ぐへぁっ・・・痛っ。何すんだよ・・・こんな朝早くから。あー、でも美少女だからむしろご褒美か」
ボーっとしながらだんだんとボヤける視界がクリアになっていき、目の前に立つミルクティ色の髪の少女を見て前と似たようなことを呟いていた。
「アホ言ってないで早く起きなよ。それに別に早くないよ。もう6時」
俺の体からよいしょよいしょとか言いながら降りた彼女はキッパリと言った。
「いや早いだろ」
寝ぼけ眼で時計と彼女を交互に見るが、やはり俺が普段から起きている時間までまだたっぷり一時間程ある。
「そうかな?ここでは6時起床は義務だから早く慣れなよ」
「はぁ。いつのまにかここに入ることになってるし、なんだかんだ逃げられない状況にさせられてるなぁ」
頭を抱えてため息をつくと、腕に彼女の細くて白い両腕が絡みついてきた。
「しーしーしーしーうるさいなー。ほら早く支度して。六時半には全体朝礼なんだから」
これはなんというシチュエーションだろうかなどと浮かれそうになっていた頭が現実に引き戻される。
「忘れてた。全体挨拶しなきゃなんないんだったな」
頭をガシガシと搔きむしり、必死に思考を回す。
「支度しながらにして!」
「ったく、わーったよ」
ユーリに急かされながらバタバタと支度しつつ、無理矢理頭を回して無難な台詞を考えた。それがこれだ。
「今日の連絡事項は以上だ。最後に今日から新人が入ってくれた。セツナ、前へ」
「はい」
総帥?とか言ってたなこの人。偉そうもいうより怖そうだ。そんな事を考えながら前へ出て行く。
この場にいる全員の目が俺に注がれる。これが嫌なんだよなぁ。
「本日からここでお世話になります。セツナといいます。多々迷惑をおかけするかと思いますが、これからよろしくお願い致します」
「ユーリが連れて来たそうだな」
「ええ。まぁ」
「彼女よりはまともな挨拶が出来るようだな」
「それどういうこと!?」
列の後方から異議を唱える声が飛んできた。周りから笑い声がドッと響くのだった。
「そのままの意味だ。お前はまず敬語を覚えろ」
「ぶぅぅぅぅ」
声から察するに拗ねているらしい。
「ということだ。みんな今日からよろしくしてやってくれ。一応形式上は軍という形になっているが気楽にな」
「ありがとうございます。頑張ります」
いや、何を頑張るのかまだ何も分からんのだがね。
「よし、それでは本日の朝礼は以上だ。解散」
人前に立つことがあまりないため、ぐったりして部屋に戻ると、見知らぬ女が二人俺の部屋にいた。