基地が・・・・
「デリカシーのない話かもしれないが聞いてもいいか?」
「内容によるかも」
素っ気なく答える彼女の瞳は掠れて、目を開けているのもダルそうだ。
「まぁ、そうだろうな。えっと、この二十年間ログアウト出来ていないんだろ?家族は会いに来てくれなかったのか?」
「会えないよ」
「どうして?」
理由は分からないがやはり彼女にとってはデリケートな問題だったのだろう。ただし、今後はそれも含めて俺も同じ状況に置かれる訳で、ここで引くわけにはいかなかった。握った両手の拳が震えていた。
「会いたくても・・・会えないんだよ」
「何か事情があるのか?」
「私たちは・・・私たちはこの世界の中でしか生きることが出来ないの。なのに・・・この世界の人達と話すことも、触れることも出来ないの。相手に存在を気付いてもらうことさえも」
「そうか・・・やっぱりそうなのか」
予想は出来ていた。それなのにあまりの衝撃にベンチから転げ落ちそうになる。なんとかすんでのところで踏みとどまった。
「この世界にログインしている人達に私たちの姿は見えない、私たちからの声も聞こえない、触れてもすり抜けてしまう。そんな状態で家族にコンタクトなんて取りようが無いよ」
たしかにそうだ。たとえ連絡手段が何かしら使えたとして、姿形が見えず声も聞こえず触れられない。そんな状態で会ったとして一体何の意味がある。
お互いに虚しいだけじゃないか。
そもそもそこに自分がいると信じてくれるかさえ分からない。なんて非情なんだ。
えもいわれない感情、悲しみなのか苦しみなのかもわからないものが胸を強く締め付け、ドロドロしたものが渦巻いている雰囲気を彼女の中に感じた。
そしてそれはこれまでの彼女だけでなく、これからの俺もそうなのだろう。
今の俺は誰にも見えない。誰かに声を届けることは出来ない。誰かに触れることも出来ない。
そう考えると両掌が透けて見えてきた。その手がだんだんと感覚を失い、仮想の空気に溶けていく。もう拳を握ることさえままならない。
俺はこのまま消えるのだろうか。
「・・・ナ!・・ツナ!」
俺は・・・。
「セツナ!!」
「はっ・・・。はぁ・・・はぁ・・・・」
「だ、大丈夫・・・?」
「あ、ああ。平気だ・・・」
少し息が上がっている程度だが、今のが長く続いていれば本当に危なかったと俺のシックスセンスが告げている。なんだったんだ今のは。何か黒い物に支配されて感覚を奪われていく。あのあとを想像するだけでも恐ろしい。
「助かったよ」
「うん・・・でも無理はしないでね」
「ああ。そっちこそ大丈夫か?」
誤魔化すためでもあったが、先程からの彼女の様子も気になる。
「うん、大丈夫。それよりこれでどうして私たちの存在が世に広まることが無かったのか分かって貰えたと思う」
「ああ、こんな状態じゃ誰かと繋がることなんて出来やしない。だから都市伝説止まりで物事が片付いちまう・・・か。ユーリが消えた事件はどういう扱いになってるんだ?」
変な汗が滲む中、チラリと隣を見やった。彼女は寂しげに、物憂げにどこか遠くを見ている。・・・またこの目だ。
「私達が外に出られないのと同じで、外の情報もあまり入って来ないの。当時この世界に流れたニュースによると家出扱いになったあと行方不明として捜査が入ったけど、証拠が何も出てこなかったって」
「そうか」
想像通りこの世界に現実側の情報は入りにくくなっている。当然だ。こちらから聞きたいことを他人に聞くことが出来ないのだから。
「話してくれてありがとう。おかげで大体把握出来たと思う。そういえば相手からは見えなくてもこっちから相手を見ることは出来るんだよな?強制ログアウトされたことを感知できるってことは」
「うん。こっちからは相手の姿は見えてるし、声も聞こえる。触れることは出来ないけどね。透けちゃうから」
消え入りそうなか細い声でポツポツと喋る彼女。先程までとはまるで別人のようだ。
「まぁ、それはそうだな」
「うん」
下を向いた彼女の横顔からは二十年家族に会えないという孤独が、俺には想像もつかないくらい寂しいものなんだろうというのが伝わってくる。
「そろそろ行く?」
苦虫を噛み潰したような俺の顔を自重気味な笑顔で見たユーリ。
「ああ。行こうか」
尻に根っこでも張り巡らせたような重みに倦怠感を抱きながら無理矢理引っぺがした。
それは彼女も同じだったようで、互いに違和感のある立ち上がり方をしているのを見て苦笑いを相手に返すのだった。
「あと二〜三分もすれば移動用のポータルから軍の正門に行けるわ」
「分かった」
歩き始めてしばらくすると移動用ポータルが見えた。黒曜石のように自ら艶を放つ四角錐の柱の上に下は正円、上はドーム型の物体がありコバルトブルーに光っているのでかなり分かりやすい。
目の前に立つと爽快な捜査音を立ててメニューウインドウが開く。
「アクセスコード、VWDF」
「え?」
「ポータルの裏メニューよ。コードを知る者でしか行けないポータルもあるの」
「へ、へぇ。そうなんだ。それは知らなかったな」
「当たり前よ。軍の人間が勝手に作って勝手にアプデしたんだから」
「あらまぁ」
軍から情報を他人に渡せないならば、それが現実世界や現実的仮想世界の普通の人間達に伝わるわけもないのだから当然といえば当然だが、自分達の都合のいいように勝手にやるとはいかがなものか。
おっと。現実的仮想世界に干渉するためにはその権利を政府から得なければならないわけで、それが念頭にある俺の思考力はまだ普段通りとはいかないようだった。
「そういえばポータルには俺たちの声が聞こえてるようだな」
何気ないことだったが気になるとどこまでも止まれないのが科学者の性というものだ。
「ほんとなんでだろうね。私達は仮想世界に【元々存在する物】に干渉出来ても、【人】には干渉出来ないんだよね」
「仮想世界に元々存在する物に干渉出来るなら何かしらコンタクトは取れそうな気がするけどな。たとえばクロスデバイスとか。あれは元々仮想世界に大元があってそれを小型にしたものを今の俺たちは使ってるわけだし」
「だから人には干渉出来ないんだって」
彼女は歯噛みして拳を握る。尻込みしそうになるが俺も色々聞いておかないと後で何かにつまづくという事態は避けたい。
「どうしてだ?クロスデバイスなら通話はダメでもメールなら可能なんじゃないのか?」
「持ち主が私達以外の人にメールを送ると文字化けしちゃうことは既に確認済みよ」
「そうかぁ、やっぱりもう試してたか。悪いな」
「ううん。こっちこそなんかごめん。じゃあ行くよ」
「よろしく」
彼女は振り向いて頷くと、ボイスコードによりメニューマップに現れたポータルのアイコンをタップする。
俺と彼女を囲むように足元に青く光る円が現れた。それが円柱形に天に向かって伸びて俺たちを覆いう。
視界全体がブルーに染まって彼女が見えなくなった後、一瞬で再びユーリが現れた。
そして伸びた円柱が降りてきて足元に戻っていき、その円も消えた。
「着いたわ」
「ああ。って・・・」
先程いた公園や住宅街の外観だった場所から一変して、何もない荒野にポツンと立つ・・・
いや、ドッカーーーーーーンと立つ巨大な要塞が目の前にあった。
「でかぁーーーーーーーー!!」
あああああああああぁぁぁぁぁぁ・・・
何も無い筈の場所で要塞に声が反響したのかやまびこのように何度か自分の声が反芻する。
「耳痛い」
「当たり前よ」