何故強制ログアウトに気付かないのか
思えば色々あって聞きそびれていることをようやく聞くことにした。
「あのユニコーンが襲って来た時俺の隣にいた女の子は強制ログアウトされたって言ってたけど、学校全体でそれは可能なのか?」
現在ユーリのいうアジトに移動しているところなのだが、登校という物を現実世界と同じように重んじているらしく、こ仮想世界御用達の移動ポータルまで徒歩で十分もかかるという謎がある。
そしてここは朝、歩くのもままならない程生徒で溢れかえっているが、その道も今は誰一人としていない。そしてもちろん学校からここまでずっと誰にも会っていない。下校コースに設置されてある多種多用な売店もガランとしていて、ここまで来るとかなり不気味だ。
「この世界にGM、ゲームマスターみたいなものが存在しないのは知ってるよね」
「もちろんだ。ここは人が管理できるような場所ではないからな。この世界にリンクするためのヘッドギアはあくまでこの世界に入るための道具に過ぎない。だからこそ、その強制ログアウトというものが何なのか、どういうロジックで引き起こるのか全く理解出来ないんだ。過去にこんなことが起こったという記録はもちろん体験談すら存在しない」
「そう。そういった類のものは存在しない。でも一斉強制ログアウトは過去に何度も起きていると言ったらあなたは信じる?」
少し考えてはみるが否定する言葉しか浮かばない。だが、この静まりかえった通りで俺たち二人の靴が擦れる音が聞こえるだけなのもまた事実だ。
「証拠や俺が頷けるほどの確かな根拠が無ければ信じることは出来ないだろうな」
数秒置いてようやく出たのがそんな当たり障りない答えだった。
「だよねぇ。何故セツナ達が強制ログアウトを感知出来ないのかについて私達VWDF(仮想世界防衛軍)側の考え方について教えてあげるね」
やはりその【VWDF】という場所にその記録のようなものがあるのかもしれない。俺が頷くと彼女も一度頷いだ。
「私達の理論は大きく分けて二つ。一つは第六サーバー論。私達の住んでいるこの世界は第一から第五まで全部で五つ存在する。それはかそー・・・学校の君ならもちろん知ってるね。それらは各サーバーごとに建物や街並みが変わってくるよね。でも強制ログアウト時に仮設サーバーが作られたとしたらどうだろう?ログアウト前と全く同じ見慣れた街並みがそっくりそのまま再現され、仮想のアバターも元いた場所と同じ場所に転移されたとしたら?」
彼女の語る一つ一つを咀嚼して取り入れていく。
サーバー、つまりオンラインゲームでいうならオンラインプレイする際に接続する運営元のパソコンを指すわけだが、オンラインゲームはこのパソコンを複数台用意して回線が遮断されないよう強化してある。これがサーバーを分ける理由だ。
だが現実的仮想世界(RVワールド)はこれとは異なり、人知が及ぶような物ではないため接続先はパソコンではない。
未だにその接続先は解明されていないのだが、地球の中心やら宇宙だとか言われている。
そのサーバーが五つあり、彼女が言う通り街並みや風景はサーバーごとに異なっていて、サーバーを移動すると違う国に来たような気分になる。
そして強制ログアウトがもし俺が今いる第一サーバーで起きた場合、その第一サーバーが複製され、俺やユーリ以外の全員が何の時間遅延もなく複製された第一サーバーに瞬間移動させられていたら、こうやって既存の第一サーバーに残っている俺たちのような人間以外は・・・。
「変わったことに気付くことが出来ない・・・ということか。ただそれには一つ綻びがある。第六サーバーを一瞬で組み上げるなんてことは不可能だ。人間がこの世界を管理出来ないように、サーバーも約20年ごとに勝手に増えていく。それは世界の脈の流れが莫大なエネルギーを溜め込むのに必要な時間だと過去に科学者によって立証されている。そして第五サーバーが立ち上がってからまだたったの二年だ。仮設サーバーを立ち上げるほどのエネルギーは今の世界の脈の流れには無いはずだろうし、ましてやそれを何度も人間にバレずに行うなんてこと出来るはずがない」
俺が反論を終えるとユーリは溜め息をついてやれやれと首をふった。何か間違えていただろうか。
「たしかにそうかもね。もう一方の理論側の人間もいつもそう言うわ。耳にタコが出来そうな程よ」
今のうんざりした顔はそういうことか。
「でもね、セツナはこの世界が既に仕上がった、人類が完璧に把握出来ているような世界だと思う?」
「全く思わないな。むしろ発展途上のその序盤にいるだろうし、その全てを人類が把握する時は永劫に来ないだろうな。まぁ、俺は必ず遂げてみせるが」
これには即答した。俺はその自信もあったし、その可能性を秘めた人間だという自負もあった。
「大した自信だなぁ。まぁ、それは置いといて私も同じ意見。だから何が起こってもおかしくないと思うんだ」
「なるほど。たしかにそう言われてみればそうだな。理論や根拠ばかりで脳が硬くなっていたみたいだ」
まだ色んな事が起きて間もないからか、かなり動揺しているらしい。まったく俺もやはり人の子か。はははは。
「それで、もう一つの理論は?」
「記憶抹消論」
「それはないな」
「即答!?」
あまりの返答の早さにユーリが驚いてコケそうになる。
「いくらこの世界で何が起こるか分からないといっても全ユーザーの記憶を消すのは流石に無理だと思うが」
「私とダイブアパラタス、世界の脈の流れ、DIE。これだけで仮想なんちゃら学校の君ならもう分かるんじゃないかな?」
チッチッチーと言いながら人差し指を顔の前でゆるく振っている。
「ああ・・・そうか。なるほど、ヘッドギアに組み込まれた記憶データ事態に世界の脈の流れによるイメージの書き換えが行われ、それがユーリとアパラタスのように一時的だが統合された脳として干渉を受ける。そしてその統合が解ける時には記憶の改竄が終了している」
「その通り。流石ね」
一応説明しておくと、ヘッドギアにはアバターに情報を記憶させておくためのメモリーカードが備え付けられている。しかもそれはRVワールドで自分が記憶したもの、そして現実側から持ち込んだ記憶の全てが読み取られて記録され、そのメモリーカードに保存される仕組みになっている。
逆に現実側で何か記憶したことを忘れた際、その内容が前回RVワールドにログインした時に覚えていたことならば、今一度ログインすることによって全てを思い出すことができる。
昔はこんなことは非科学的だと言われていたが現在ではそれは常識となっており、記憶の定着にかかる時間に無駄がかなり少なくなったと言っていいだろう。
そのせいか、百年前まで存在していた社会科という暗記科目は消え、教科書データがヘッドギアにインストールされ、それをメモリーカードから記憶に呼び出すことができるようになった。
この時間短縮、そして様々な分野の知識の定着により人類はその生活を豊かにし、鉄道の登場から僅か二百年で飛行機が出来たその技術の発達に更に拍車をかけた。
だが、暗記系の全てをヘッドギアに頼っているため、一部の人間以外の考える能力というものは低下しているのかもしれない。とはいえ、こういう技術発達の躍進を担う人物は大抵知識欲が凄まじいので、この層に対するメリットはかなり大きいはずだし、事実俺はとても助かっている。
話はそれかけたが、現実の脳に干渉するそのメモリーカード。モンスターを視認することによって脳と結合してしまったのがユーリや俺の今の状態である。それが一時的にこのサーバーの全員に起こったということだ。
そしてモンスターが消滅した頃には全員の記憶はモンスターが現れる前の状態に戻されている、といったもののようだ。
しかしこれにも矛盾がある。
「現在仮想世界にダイブしている人間には、まぁ・・・可能かもしれない。だが、それは現実側にいる人間には当てはまらない。たとえば子供が仮想世界の学校に行っているはずなのに仮想世界からいきなり戻ってきて、しかも再ログイン出来ないと知った親は不審に思うはずだ。そしてそんな例が多発すれば記事にならないわけがない。そしてそんな記事をこの俺が見逃すはずがない」
ユーリは歩きながら腕を組んでうんうんと頷いている。
「さっきからこの世界に関する物への自信はどこから湧いてくるのかは分からないけど、それも第六サーバー論の人たちがいつも言ってるよ。私もそう思う。これに関していえば君の知っている通りまだ記事になったことがない。つまり立証する根拠や証拠もないわけだね。だから第六サーバー論の方が今のところ多数派なんだよね」
これから行く場所で大小なりとも派閥争いがあるのかと思うとげんなりしてくる。
「まぁ、どちらの論にせよ世界の脈の流れはそれに必要な莫大なエネルギーをどこから調達しているのか、というところに終着するな」
「うん。ずっとみんなで調べてるんだけど、まだその答えにたどり着けないんだよねぇ」
「そもそも答えがあるのかも分からないけどな」
「それはどういうこと?」
俺の呟いた独り言に興味を示すユーリ。
「どちらも当てはまっているのかもしれないし、どちらも違って第三の理論なのかもしれない。たとえそうだとしてもそこまで辿り着くことが俺たちに出来るのかも分からないってことさ」
「へぇ、よく分かんない」
「だろうな」
首を傾げるユーリはニコリとはにかんだ。
「そういえばその二つの理論だと強制ログアウトされたってことをユーリたちが把握しているのって、毎回それが起きるたびにこうしてログアウトされずに残ってるってことだよな」
「うん。これも話さないといけないね。私達VWDFの人間は全員モンスターを視認して生き残ることができた人達のみで構成されているの」
それは意外だった。軍というくらいだから巨大な権力を持つ組織かと思ったが、案外VWDFという組織は小規模なのかもしれない。
「そしてあなたの考えている通り私達だけは強制ログアウトされない。どちらの理論だとしても私達だけは周りの人間がいなくなれば強制ログアウトが起こったことを感知できる。そしてそれはもう・・・」
ユーリは再び覚悟を決めて一つ息を吸った。何を言うのかさすがに俺もこの時は想像出来た。
「あなたもよ」
自分の生唾を飲む音がやたらと大きく聞こえる。いざこうして言われて実感すると冷や汗が玉となって滴っていく。手汗が滲む掌を開き、その中心を覗く。
急に乾いた喉からしゃがれた声が響いた。
「そうか。俺もモンスターを見てしまった。だから強制ログアウトに引っかからなかったのか」
ぐっと握る掌が燃えるように痛い。この世界では本来痛覚は無いはずであるからこそ、自分はこの世界で生きているのだということを感じさせる。
「うん。そしてセツナももう・・・」
彼女は目を伏せて今にも泣きじゃくりそうな顔をしている。俺ももう・・・そうだ。何を言われるのか、その予想もついていた。ユーリが示した内容とその切ない表情から滲み出る現実。
そうだ。俺はもう・・・
「あなたはもう・・・現実世界に戻ることは出来ない・・・」
二十年前の自分と重ねたのだろうか。これまでの二十年間妹以外の家族に会っていないと言っていた。ここは仮想世界といえども誰でもログイン出来るのだから、存在表明さえすれば家族の方から会いに来てくれるのでは無いのか?
彼女の顔はくしゃくしゃになっていた。
ポロポロと溢れる涙を血だらけのフーデッドケープの裾でゴシゴシと拭く。乾いていない血が、彼女の涙と混じり合ってその幼い顔を汚した。
彼女のその様を見て思考停止していた俺もようやく悟った。
「戻れないだけじゃないんだな」
「ごめんなさい」
「なんでユーリが謝るんだよ」
「私がもっと・・・もっとはや・・・早く来てれ・・・ば、セツナを巻き込まずに・・・す・・・・すんだのに」
嗚咽を漏らし、つっかかりながらも言葉を紡ぐ彼女に、仮想のハンカチをショートカットメニューから作成して手渡す。思えばこうしてハンカチを手渡すのは今日だけで二度目だ。
女の子が泣く姿は見たくないってのに。
「別にユーリのせいじゃないだろ?俺が自分で首を突っ込んだんだ。むしろ京・・・さっき近くにいた奴な。アイツだけでもログアウトできて良かったよ」
「あ・・りが・・とう・・・」
ハンカチで腫らした目を拭って鼻水を噛み、自らのメニューウインドウに突っ込んでから無理な笑顔を作って言う。
「洗って返すね」
「当然だろ」
仮想世界じゃ洗濯なんてボタン一つだから半分冗談だけどな。
それから近くにあった公園のベンチで少し休憩した。仮想世界では肉体が疲労することは無いが、精神的なのものは違う。
しばらくして彼女が落ち着いたのを確認してから、随分と重たくなってしまった口を開いた。
「どうだ、落ち着いたか?」
「うん。ありがとう」
「なんでお礼言われてるんだ俺は。」
「あはははは・・・」
その笑顔に元気が無いのは明白だった。人の表情を読み取ることに自信がない俺でもわかるほどに。