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「ディストラクション 壊滅」 スピンオフストーリー 『こんにちは、古木恵美子です・・・』 NO 5

恵美子が、文学部より理学部に編入しましてほぼ1年たった頃より、忙しい毎日の中、叔父の古木一鬼科学警察研究所主査から事あるごとに、ちょっと手伝ってほしいと、科警研に呼ばれるようになりました、そのたびに恵美子に科警研の内容や必要性などを説明して、ゆくゆくは科警研を手伝ってほしいと誘うのですが、恵美子にはその気はなくはぐらかしていました。

けれど人の人生は分からないものです、小さなことから始まり、どのように変わってしまうのか。

恵美子の人生もあるブローチを拾うことから、殺人者に狙われるはめになるとはこの先どのように変わっていってしまうのでしょうね?


 第二章 不気味な暗殺組織





 1 こんにちは!恵美子です。




 『こんにちは、古木恵美子です。お元気ですか、今は何をされているのですか、もう就活は決まりましたでしょうか、直に卒業ですね、涼子達と過ごしました楽しい思いでが懐かしく思い出されます。

 皆で行きました沖縄の旅行は忘れる事の出来ない大切な思い出です。

 私が大学の文学部から、理学部に編入いたしまして、早いものです、すでに一年近くになろうとしています。一般教科は単位がありますから、いきなり専門教科でしたのでもう大変でした、分らないことだらけで、基礎学問ばかりを学んでいる毎日です。

 でも自分で決めたことですのでとにかく頑張るしかありません、私の近況はそんなかんじです、ただ、人見知りをしてしまう性格はなかなか直っていないようです、友達もなかなか作れなくて、一人の方が安心してしまいます。

 だめですね、この性格を早く直さなければいけないと思っています。

 所で今は校舎も分れてしまいまして、なかなか皆と合う機会もままなりませんね、

 できましたら皆が卒業をしていく前に、もう一度、君江やたか子、加奈子、安子達の皆にも会いたいです。』

 恵美子は久しぶりに大学の文学部の時の同級生に手紙を書いていました。

 ピピピピ「あ、スマホが、誰かしら?」

 ディスプレーを見ると、叔父からでした。「もしもし、叔父様どういたしました。」

 恵美子の叔父は古木一鬼(ふるきかずき)、四六歳、警察庁 科学警察研究所で主査(しゅさ)の役職についております、そして、法科学第二部の部長も兼務しているのでした。

「恵美子、悪いが、またちょっと手伝ってほしいことがあるんだが、どうだろう」

「はい、いいですわよ、いつですか」

「急で申し訳ないが、今度の日曜日だ、朝からこれないか」

「はい、分りました。」と言うことで、恵美子は三日後の日曜日は朝早くから叔父の待ちます、科学警察研究所に向うことになりました。

 科学警察研究所は警察庁直轄の付属機関で犯罪に対して科学的解明のため総合的な研究機関として、生物学、医学、科学、薬学、物理学、農学、工学、社会学、教育学、心理学の専門部署に分かれていました。

 その部署は、法科学第一部から第四部にそれぞれ付属されていて、他に犯罪行動科学部、交通科学部、そして、付属機関に附属鑑定所、研修所などから組織されていました。

 それぞれの専門部には、三つから五つの専門研究室をもっていました。

 施設には本館棟、特殊実験棟、大会議棟、食堂棟、研修寮、図書室、体育館等からなっておりました。

 古木一鬼の率います法科学第二部は物理研究室、火災研究室、爆発研究室、機械研究室の四つの研究室を担当していました。

 私が文学部から理学部に編入しましたのは私のお友達の影響からなのですが、とにかく私が物理学科に移籍をしましてから、叔父の古木一鬼主査は、時折私に手伝ってほしいと言っては、自分の部所に招いて物理学を応用しました鑑識技術の現状や鑑定の仕組みなどを説明したりしていました。

 そのつど、科警研はまだまだ人材を必要としている機関だと、大学を卒業したら、てつだってほしいと、いつも誘われていました。

 その(たび)に、恵美子はそんな人材だなんて、私には不向(ふむ)きだと思います、専門知識も中途半端だし、勤まらないと思います、きっと足手まといになるだけです、と自分を認識していました。

 だから「叔父様、考えておきます。」といつもはぐらかしていました。

 けれども、恵美子も自分の性格を考えますと、人と接する接客や応対の仕事は、私には向いていないし、それなら研究室に閉じこもって、分析や解析を行っているほうが自分に向いているのかも知れないと思ったりもしていました。

 そして日曜日の朝早くに、恵美子は肩よりも長い髪をいつものようにシャンプーをすると、鏡台の前で身支度(みじたく)をしていました。ちゃんと目が覚めているかしら、鏡に顔を映して見てみました、顔は細面で眉毛は横にスーっと伸びていまして、目は二重ながら大きく、でもものを考えているときは切れ長で涙袋がぷっくらしていて鼻筋の通った整った顔立ちをしていました。背丈は一七〇センチほどでした、今日の服装は、今の季節は初夏なので寒くもありませんでしたので、白のブラウスに紺のプリーツ(ひだのことだそうです)の入ったロングスカートとそして、淡いピンクのカーディガーを選びました。

 いつもの癖で鏡に向かって微笑むしぐさをします、笑顔を忘れないように鏡の自分に向かって今日も笑顔を忘れずにと言い聞かせます。「行って来ます。」と言って、出かけて行きました。

 恵美子はつくばエクスプレスに乗っていました。

 (かしわ)()キャンパス駅につくと、科警研までは徒歩でも直ぐでした。

 地下一階、地上七階の本館棟に入っていきました。

 受付でサインをしてビジター用のパスカードを受け取ると首から下げて、恵美子はエレベーターで四階の叔父の古木主査の部屋に向かいました。

 コンコン「恵美子です。」

「どうぞ」直ぐに返事が戻ってきました。

「失礼します。」

 中に入ると古木一鬼は笑顔で迎えてくれました。

 恵美子も微笑むと「今日は何を私にさせるつもりですか、叔父様」

「いやいや、とにかくよく来てくれてありがとう、今日は、ちょっと私と出かけたいところがあるんだが」

「分りました。」

 恵美子と古木一鬼を乗せた車は東京の世田谷にあります、大きな野外広場に向っていきました。

「何処に向っているのですか」

「うん、今日は東京消防庁と警視庁が共賛でね、家庭において火災の原因となる都市ガスやプロパンガス、電気、たばこ、そして放火、自然発火、その他の実験、講演と、そして体験コーナーなどが(もよう)される、このうち科警研の受け持ちは爆発事故を想定した実験と講演を行う予定だよ、消防機材も年代順に展示されたり、最新鋭の物なども持ってきたと言っていたが、屋台や色々な模擬店なども出ているそうだ、テレビのヒーローも来ているらしいな、意外と大掛かりに(かざ)り付けたようだ、地域の学校や、団体も参加しているらしい。

 爆発実験ともなると、警視庁の科捜研よりもうちのほうが本業なのでね、事故の予防や事件の抑止になるのであれば、これも重要な事だと思って依頼を受けたのだよ」

 二人は現地に到着しました。

 入り口に大きな看板が立っていました。そして色々な飾り立てがしてありました。

 恵美子は微笑んだ。「まー、頑張ったのですね、お役所の人達にしてはずいぶん飾り立てましたはね、やっぱりそこで私に何かをさせるつもりなのでしょう?」

「まあまあ、直ぐそこだから、行けばわかるから、じゃー、行こうか」

 すると、確かに、会場に入りますと、すぐのところに受付がありました。

 次々に会場を訪れてくる人の流れが絶えないほどでした。

 受付の責任者らしい女性がそのテントから出てきて「古木主査、こちらが応援の方ですか」と笑顔で話しかけて来ました。

「あー、うん、」中途半端な返事をすると、古木一鬼は恵美子を見て「あのー、つまりだ、出来たら、そのー」

 恵美子は首を(かし)げて(こま)った表情をしましたが、すぐに笑顔になり、叔父の古木一鬼を見るなり「叔父様、私、お手伝いさせていただきます。」と仕方なく納得しました。

「いいのか、先に話したら断られると思ったから、うちも受付を一人出さなければならなくて、何せうちの連中ときたら可愛げは無いし、センスもなくてな、苦虫をかみ()めた顔じゃあ、人も逃げちゃうからな、ハハハ、困っていたんだよ、恵美子が引き受けてくれると助かるよ、じゃー後でまた来るから、頼んだよ」

 確かに、前もって言われていたら、断っていたでしょうね、でも、ここでだだをこねるほうが私にとっては勇気が要りました。どうせ仕方なく引き受けていたでしょうから、選択肢は無かったと言うことかしら。

 でも、本当に科警研に引き受ける人がいなかったのかしら、叔父のことですし、別に理由があるのかも知れないはと、恵美子も察していました。

「じゃあ、恵美子さんこのハッピを着ていただけますか」と責任者の女性からハッピを渡されました。

 まあ、面白い、それは変わったハッピで和風ではなく、黄色地に赤い線の入った洋風のポケットまで付いていました。きっと、ペンを差したりメモを入れたり実用的にできていると思いました。

 そして、恵美子はそのハッピを見て、これを着ることで何かが変わるのかも知れないと、ふとそんな気がしました。

 確かに、そのハッピを着ることが恵美子の人生を大きく変えてしまうことを、今はまだ恵美子も知る(よし)もありませんでした。

 恵美子はそのハッピを受け取ると「はい」と返事をしました。

 長い髪を後ろで束ね、カーディガーを取り、頂いたハッピを羽織(はお)ってみました、それだけでもなんだかイベントに参加している気分になって来ました、初めての経験でした。

 恵美子はスタッフの皆に紹介をされました。「皆さん、今日一日一緒に受付を行っていただきます、古木恵美子さんです。よろしくお願いいたします。」

 恵美子は頭を下げました。「よろしくお願いいたします。」

 すると、周りからも「よろしくお願いいたします。」と声が戻ってきた。

「そうしましたら、恵美子さんはこちらにちょっと立っていただけますか」責任者の女性は恵美子の立ち位置を決めてくれました。

「ここでいいのですか」恵美子もこんな感じでいいのかしらと思った。

 責任者の女性は恵美子の立ち位置を確認をすると「そうね、微笑(ほほえ)んでみて」と恵美子の顔を見ました。

 恵美子は不自然に微笑んで見せました。

「うーん、ちょっと表情硬いかしら、まあいいわ、恵美子さんその調子、頼みました」責任者の女性は頷くと微笑みました。

 恵美子はやっぱりと思いました、表情が硬いと言われることは今までにもよくありましたし、それも内気な性格からくる落ち着かない思いがそうさせているのだと思っていました、そのためにいつも鏡を見ては微笑むしぐさをして自分の表情を変えようと勤めていました。そんな思いを打ち消すように、既に、次々とイベントに訪れてきた人達が受付に来ては色々と聞いていました。

 そして、恵美子もただ、笑顔をふりまいているだけではすまなくなっていきました。

「おねえさん、パンフレットもらえますか」

「は、はい、どうぞ」

「ありがとう」

「ちょっと、教えてください」次々に尋ねて来ました。

「はい、なんでしょう」恵美子も目をパチクリさせて応対はこんなでいいのかしらと思いながら勤めて明るく振舞っていました。

「この催しはどこの会場に行けばいいのですか?」

「はい」恵美子は案内図を出しましたが、よく分らなくて、責任者を呼びました。

 責任者の説明を見ていて、なるほどと恵美子は思いました。

 その後も次々に訪れて来る人達に色々と尋ねられていました。

 はじめはぎこちない感じがしていましたが、しだいに恵美子もなれていきますと、あれほど人と接する事が苦手に感じていたことが、一生懸命に応対をしているうちに相手の人の感謝の気持ちが伝わってくる事が、とても心に心地よく感じられることが嬉しく思いました。

 会場のイベントガールが迷子の子を連れてきました。

 受付の責任者の女性は手際よく書類に記入していきました。

「この子は何処で迷子になったのですか、何時頃ですか、名前を聞いてもらえますか、恵美子さん」

「はい」

 しゃがみこむと恵美子は微笑んでその子の顔を見ました。

「ぼく、名前教えてくれるかな、大丈夫だからね、お母さんすぐ来てくれるよ」

 その言葉に安心したのか、その子が話しだしました。

 その様子を見て責任者の女性は頷いて、笑みを浮かべていました。

 一通り確認をすると責任者はアンプのスイッチを入れて、マイクを握り締めると、アナウンスを始めました。

「迷子のお知らせをいたします。お名前は・・・・・・」

 恵美子はその手際の良さを見ていまして、頷きながら感心をしていました。

 (しばら)くすると、その子の両親が心配そうな表情で迎えに来ました。

 その後も、多くのお客様たちが色々なことを聞きにやって来ました。

「恵美子さん、こちらの方をお願いします。」

「はい」

 だいぶ恵美子もコツを覚えてきました。「それでしたら、この案内図のここでございます。大丈夫でしょうか」

「はい、ありがとうございます。」

「恵美子さん、こちらの方をお願いします。」

「はい」

 午後になると、より以上に尋ねてくる人が増えていきました。

「恵美子さん、この女の子、今放送しましたから、直にご両親が迎えに来ると思います、 頼みます。」

「はい」

 赤い服を着た、六歳の女の子でした。

「おじょうちゃん、大丈夫だからね、今お父さん、お母さんが迎えに来てくれるよ」

 恵美子は微笑みかけました。

 女の子は無言で頷きました。

 直ぐに両親が駆けつけてきました。「だめでしょう、お父さんから離れちゃあ」母親は安心した表情でした。

 そして、恵美子の方を見ると「ありがとうございます。」と頭を下げて、会場の方に戻っていきました。

 女の子が振り向いて、手を振っていました。

 恵美子も笑顔で手を振りました。

 すると、その方角に一人の男性が立っていた。

 その男性がこちらに向って近づいてきました。

 黒い背広を着た、180センチ以上はありそうな大柄な背丈(せたけ)で、髪はきれいに七三に分けて、一見、清潔そうに見えたのですが、胸に何かの金バッチを付けていまして、その表情は眉間(みけん)にしわが寄り、怖い面持(おもも)ちで恵美子を一瞬にらめつけた。

 恵美子はぞっとしました、何処かの組織の人かと思いました。

 その人物が恵美子に向かってやって来ました。

 恵美子は(まばた)きをすると、唇をかみ締めてその人物を見ました、どのように取り(つくろ)えばいいのか、分らなくなってしまいました。

 その時でした。その男性が恵美子に声をかけてきたのです。

 恵美子はドキドキしてどうしましょうと、表情にこわばった様子が表れていました。

 すると、その男性は恵美子に低い声で「パンフレットをいただけますか」と言ってきたのでした。

 恵美子はおどおどして「は、は、はい」とテーブルの上のパンフレットを一枚差し出しました。

「ありがとう」受け取るとその男性は不気味な笑みを浮かべて、パンフレットを開き、見始めました。

 恵美子はまるですきの無いその男性の仕草に触れて、殺気のようなものを感じ、ここでこの男性に襲われたら自分は逃げられないという思いから、額から汗がにじみ出ておどおどしていました。

 そして、その男性はパンフレットを開き、何かを確認すると「ありがとう」と言って、パンフレットを恵美子に返してきたのでした。

「よ、よろしいのですか」と恵美子が尋ねると、その男性は「用事はすんだ、捨てるのも無駄になりますから、お返しします。」と言うと、会場の方に姿は消えて行きました。

 恵美子の緊張は解けて身体から力が抜けると、その男性が去っていった方向を見ていました。

 すると、その方向にしゃがみ込んでいるおばあさんを見つけたのでした。

「まあ大変」恵美子は慌てて、走り出し男性から受け取りましたパンフレットをハッピのポケットに押し込んで、おばあさんを抱きかかえました。

「どうしました、大丈夫ですか」とおばあさんの身体を支えて起こしてあげました。

 おばあさんは何度も頭を下げて「大丈夫です。ひざが疲れてしまいました。」

 恵美子はおばあさんを近くのベンチに座らせてあげました。

 そして、受付に戻るときに路上に光る物を見つけたのでした。

「落し物だは」

 けれど、その状況でもイベントについて尋ねてくるお客様が次々にいました。

「すいません模擬店はどこですか」

「それでしたらあちらです。」

「ありがとう」

 後で遺失物係(いしつぶつかかり)に持って行こうと、恵美子はその光る物をハッピのポケットにしまい込むと、また、尋ねてこられたお客様に対応していました。

 イベントも最高潮を過ぎた頃、しだいに訪れる客も落ち着いてきました。

 恵美子達も少しほっとしているときでした。

 講演会場の方から「ドドーン」と爆発音が響いてきた。

 恵美子達は会場で爆発のデモンストレーションかと思ってあまり気にも留めませんでした。

 受付のメンバーも「ずいぶん派手ですね」とその程度でした。

 すると、直ぐに、その会場の方向が慌ただしくなりだしました。

 受付のスタッフ達がどうしたのか話していると、お客様の流れが急に出口に向かい出したのでした。

 そこへ、責任者の元に携帯電話で統括責任者(とうかつせきにんしゃ)から連絡が入りました。「事件が発生した。イベントは突然だが中止となった。」

「は?」責任者は聞き間違いだと思った。

「イベントは中止になった。参加者が出口に殺到するぞ、慎重に対応を頼む」

「はい、分りました。」責任者は眉間にしわを寄せて頷くと、受付のメンバーが集められました。直ぐにその(むね)が伝えられたのです。

 責任者の方から注意事項が伝えられました。

「イベントは中止となりましたが、私達のお仕事はまだ続いています。お客様は一斉に出口に集中します。この時が一番事故が発生します。私達はそのようなことが無いようにしっかりとお客様を誘導してください、頼みました。以上です。」

「分りました。」

「はい」

 メンバーは一斉に散っていきました。

 恵美子は何をどうしたらいいのか分りませんでした。


 すると、責任者は恵美子を見てほほ笑むと「恵美子さん、ご苦労様でした。ここからは私達の仕事ですから、今日はとても助かりました。」

 恵美子は納得がいきませんでした。「それでは私、・・・」

「納得が行かないかもしれませんが、私も残念です。しかし恵美子さんは今は民間人ですからね、危険なことはさせることはできません、出口に殺到したお客様を誘導するのはとても危険ですので、恵美子さんに何かありましたら大変なことになります。この次の段階は試験に合格してからお願いいたしますね、今日はありがとうございました。」責任者は笑顔を見せると、出口に殺到してきたお客様を誘導にいってしまった。

 恵美子は一人残されて、何か中途半端な気持ちでいました。

 すると、慌てて叔父の古木一鬼が現れると「恵美子、直ぐ戻るぞ」はやくしなさいと言わんばかりに、急いでいた。

 恵美子がハッピを脱ごうとしていると「そのままでいいから、早くしてくれ、車を待たせている」

 恵美子も言われるままに「はい」と言うと二人は車に急ぎました。

 この慌ただしさは、一体何が起きたのかしら、恵美子には係わりは無いものと思いましたが気にはなりました。

 待たせていた車に乗り込むと、難しい表情をして古木一鬼は運転手に「至急、科警研に戻ってくれ」と言うと、何かを考えていた。

 この状況で聞いたらまずいかしらと恵美子は思いながらも「何がありましたの?」と聞いてみました。

 古木一鬼はせきばらをすると「うん、」と眉間にしわを寄せて「イベントの閉会の挨拶(あいさつ)に立った環境省の久保田大臣政務官が狙われた。」

「えー」恵美子は驚いた、あんなに警備が厳重な中で「それで犯人は、捕まったのですか?」

「いや、黒い背広を着たやつだと目撃者が言っていた。」

「そんな、あの人かしら」

 古木一鬼は恵美子の顔を見て「おまえ、何か知っているのか?」と意外な顔をした。

「いえ、その人かどうか分りませんが、黒い背広を着ました背は180センチ程で髪は七三に分けた男の人です、胸に金バッチを付けていましたので何処かの組織の人だと思いました。

 とても気味の悪い感じの人でした、その人がパンフレットをもらいに受付に来ました男の人のことでしょうか」

 古木一鬼は信じられない顔で「恵美子、おまえその男の顔を覚えているのか」犯人の手がかりが見つかるかも知れないと思った。

「はい、たぶん、それにパンフレットも渡しました。」

「パンフレット・・・」古木一鬼はそのパンフレットがどうかしたのかと思った。

「でも、何かを確認しましたら、そのパンフレットを返してきました。」と恵美子が付け加えると、古木一鬼は驚いて「何だと、そのパンフレットは今何処にある、受付なのか」そのパンフレットに指紋が残っているかも知れないと思ったからでした。

「いえ、私が持っています。」とハンカチを取り出してハッピのポケットからそのパンフレットを恵美子は取り出しました。

「叔父様、これです。」

 古木一鬼は気難しい表情でそのパンフレットを見ると「恵美子、でかしたぞ」

 車は科警研に戻ってきました。

 すぐさま生物研究室のスタッフが現れて「主査、パンフレットは預かります。指紋採取を急ぎます、皮膚痕が採取できればDNAも分析できます。」

「頼む」

 古木一鬼は恵美子を見ると「恵美子、悪いがもう少し付き合ってもらいたいが、大丈夫か、その前に少し休憩を取ろうか」と気を使って話すと、恵美子は「似顔絵(にがおえ)ですね、叔父様、すぐに始めましょう、私は大丈夫です。」疲れていましたが恵美子は犯人を早く追い詰めるために必要なのでしたら頑張ろうと思いました。

「そうか、うー、じゃー始めよう」

 直ぐに警視庁の科捜研から来てもらった似顔絵捜査官を部屋に呼んだ。

 あのぞっとする雰囲気の表情は恵美子の脳裏にしっかりと刻まれていました。


「どうですか、恵美子さん、こんな感じですか?」

「そうですね、もう少し目がつりあがっていたかしら、いえ、くぼんでいたわね、うーん、(するど)かったと思います、とにかくもっと不気味でした。」

「分りました。」

 似顔絵捜査官は素早く修正をしますと「恵美子さん、こんな感じでどうですか」

 恵美子は似顔絵を覗き込むと「そうですね、似てきました。そんな感じだったと思います。」

 そこに古木一鬼がやってきた。

「どうだ、似顔絵は」

「はい、主査、今出来ました。」似顔絵捜査官は修正が終わらせました。

「よし、それを警視庁に送ってくれ、後は向こうの仕事だ、よくやってくれた。」

 古木一鬼は恵美子を見ると「恵美子、遅くまで申し訳なかったな、疲れただろう、家まで送るぞ」

「いえ、駅も近くだし、つくばエクスプレスで帰ります。叔父様も忙しそうですし、ご迷惑は掛けられません」

「しかし、外はもう真っ暗だぞ、大丈夫か」

「叔父様、私はもう二十二です、大丈夫です。」恵美子は顔を傾げると古木一鬼を見据(みす)えました。

 古木一鬼は頷くと「ああ、そうだな、とにかく今日は申し訳なかった。事件にまで巻き込んでしまって」

「いえ、とても勉強になりました。次の段階に進むために目標も見つかりましたし」

「え、」古木一鬼には何のことだか分からなかった。

「何でもありません、じゃー、叔父様、私は帰ります。」恵美子は古木一鬼を見て微笑んだ。

「おう、気おつけて」古木一鬼も手を上げた。


 恵美子が帰ってから、科警研に警視庁の科学捜査研究所から奇妙な問い合わせが入ってきた。


 今日イベント会場で久保田大臣政務官がなんだかの暴徒に、火炎放射器のような物を浴びせられたが、SPのとっさの判断から、大臣政務官には何事も無く無事だった、犯行時間は午後の十五時十五分、その犯人は逃走されてしまった。

 しかし、犯人のものと思われる指紋を恵美子の持っていたパンフレットから採取する事が出来た、警視庁に送ったところ、久保田大臣政務官殺害未遂の犯行時間、十五時十五分とほぼ同時刻に霞ヶ関一丁目の交差点近くの歩道で、外務大臣政務官である下村衆議院議員が心筋梗塞で亡くなりました。

 年齢は三十九歳、健康には何も問題はなかったとの事でした。

 主治医は死因を不審に思い、解剖に回す事を判断した。

 そして、下村衆議院議員の法医学を行った監察医は目を(うたぐ)った。

 それは、外傷はまるで無いものの、ろっ骨と肺の裏にある心臓が明らかに(にぎ)(つぶ)されていたのでした。「何だこれは?」どうやればこうなるのか、監察医も驚いていた。

 監察医は他の原因を考えましたが、心臓に握り潰した時の指の(あと)がくっきりと残っていたそうでした。

 犯人はどうやったのか、ともかく、その時に下村大臣政務官は抵抗したのでしょう、持っていたカバンからやはり犯人のものと思われる指紋が出たのでした。

 ここまででしたら、一体犯人はどのようにして下村大臣政務官を殺害したのだろうと科警研に分析を依頼してくるはずでしたが、そうではありませんでした。

 実は、下村大臣政務官のカバンから出た犯人のものと思われる指紋が、世田谷のイベント会場で久保田大臣政務官を狙った犯人のものと思われる指紋とが一致したのでした。

 同時刻に世田谷のイベント会場にいた犯人が、霞ヶ関一丁目の交差点近くの歩道で別の犯罪を犯した事になってしまう事について、どこかに鑑定のまちがいか監察の死亡時間の判定に誤差が生じていないか科警研に再確認してきたのでした。

 科警研でもそんなことがあるのかと、色々検証をしてみましたが、同じ人物が同時刻に犯行を行うことは先ず不可能である、指紋が極めて似ているだけなのではと、何度も鑑定をしなおしたが答えは全て一致で100パーセント同じ人物であると結果が出ました。このことは科警研でもとても話題になりました、同じ指紋を持つ人間がいるとしたらと、一致する指紋を持つ人間がこの世に複数いるのかを計算する所員まで出る始末でした。もちろん限りなく確率は0でした。


 恵美子は翌日は大学で講義を受けていました。

 えーと、今日は物理化学の講義の日です。

 とても難しくて、ちゃんと予習をしていきませんと、何が何だか途中で分らなくなってしまいます。

 少し説明しますと、この学問は、科学の対象であります物質、その物質の基本的な構成をなしています化合物や、分子などについて、微視的観察(びしてきかんさつ)、つまり、より細かくミクロの世界を追求したり、物質の運動性を計算していき統計を取ったり、法則を学んでいくのですが、これらの自然界の法則を自分が学んで理解している事が、本当に恵美子自身がやっていることなのかしらと信じられない時がありました。一体こんなことをやっている自分は本当の自分なのかしらと思うことがありました。けれど、以前、文学部に席を置いていたときに、自分が古文の世界にあこがれて、のめり込んでいたあのときの心地よさに似たものが物理を学ぶ中にもありました。この物理を学んでいると、新しい物が次々に自分の中に入り込んでくる驚きが、どこか古文に似ている感覚になることがあるのです、それは難しい古文を解読して内容を理解できたときの喜びに似ていました、また、無我夢中で没頭しているときは内容は違えど、同じ感覚でした。気が付くとこの世界に安住している自分を発見したりするのでした。

 内に向かって安住していた古文と違うとしたら、それは、物理学の知識が恵美子の中にどんどん吸収されて行き、可能性が外に向かって広がって行く思いがしていたことでしょうか。

 かと言いましても、その先に、自分が何かの目的に向かっているわけでもありませんでしたし、どうしたいという欲も、何かの論文を発表するなどといった考えもさらさらありませんでした。

 物質を分析して分子レベルの世界を目の当たりにしたとき、全てが法則にしたがっている調和に感動することがままありました。

 私自身の身体の中もこの分子が法則にしたがって肉体をなして、調和をしたものが自分なのだと、今まで感じたことのない、このような事に気ずかせてくれたことから、なんだ、人間なんて皆同じじゃないのと思ったり、自分を変える可能性はこの中にありそうな気がしてきました。







 2 恵美子を襲う不気味な影


 



 警視庁の鑑識では下村外務大臣政務官の死因をやっと他殺であると認めた。

 外傷が無い事から他殺であると認める事を避けていたが、現実を見つめたとき、心臓を握り潰されたことの事実を発表するしか無いだろうと、そのトリックについては、きっと種明かしがあるものと解析を続けることにしたのでした。

 そして、残された政務官のカバンについていた指紋及び皮膚痕よりDNAを検出する事が出来ました。そして、この人物を徹底して捜索していたのでした。

 しかし、前の無い人物だけに、この犯人の捜索は極めて難航していた。

 現場検証も何度も行われ、物証を探しましたがまるで犯人に(つな)がるものは出てきませんでした。

 殺人ともなりますと、警視庁の捜査一課の出動となります。

 現場が霞ヶ関一丁目の交差点と言いますと警視庁の目の前と言うことで、しかも外務省とも目と鼻の先にありました、当然、警備も万全を期していたはずであったにもかかわらず、まさかこんなところで政務官が殺害されるとは、警視庁に与えた衝撃は大変に大きかったようでした。

 警視庁も捜査第一課を上げて、しらみつぶしに捜索を行っていました。

 そして、次の事件が起きたのはそんなさ中のことでした。

 霞ヶ関一丁目の交差点には特設の交番まで設置されていました、角々には警備の警官が配備されていた。警護を行っているさ中、黒い背広を着た、身長が180センチ程の大柄で髪は七三に分け、顔はすこし浅黒く、一見、何処かの外交官のようにも見えた。

 この男性は仮説交番の脇を通り過ぎて行きました。

 交番の警官も特に不審には思いませんでした。

 昨日この場所で亡くなられた下村外務大臣政務官のもう一人の楠木田(くすきだ)外務大臣政務官が外務省本官に向かう途中のことでした、黒い背広の男がいきなり、楠木田の真正面に立ちはだかり、素早く楠木田の胸倉を(つか)み上げ、なにやら呪文らしきものを唱えだしました。

 楠木田は訳が分らないうちに、苦しみだし、目を白黒させて、もがきだし口から泡を吹き出した。

 何と、黒い背広の男の右腕が楠木田外務大臣政務官の胸部の中に入っていた。けれど、不思議に血が噴出している訳でもなかった。

 警備の警官は突然何事が起きたのかと思って、交番から出てきて、二人の方向に向かいました。

「どうかしましたか」

 その警官は二人に近づいていくと、楠木田外務大臣政務官が黒い背広の男にもたれかかるようにして歩道に崩れ落ちていきました。

 警官が見ると、そこに倒れ込んでいるのは楠木田外務大臣政務官であることにすぐ気が付きました。

「楠木田大臣政務官どうされました。」見ると外傷はまるで無かった、発作のように見えた。

「楠木田大臣政務官大丈夫ですか」

 黒い背広の男は何事も無かったかのように、その場を立ち去ろうとしていた。

 近くで警備をしていた、小田切警部はその様子を見て何かおかしいと思った。、走って近づいてみると、倒れているのは楠木田外務大臣政務官だと直ぐに分った。

 周りを見ると、黒い背広を着た180センチ程の男が去って行くのを見つけた。

「黒い背広か、まさか?」小田切はその男を目で追った。そして警官に「巡査、救急車を呼んでくれ」と言い残すと、黒い背広の男を追いかけた。

「ねえ、君、ちょっといいかな」

 黒い背広の男は止まろうとはしなかった。

 小田切は叫んだ「君、止まりなさい」

 周りの警官が小田切警部の所に集まりだしました。

 それでも男は止まろうとはしなかった。

 小田切は命令をした「君、止まれ、止まるんだ。こっちを向け」

 周りの警官も十数人集まってきた。

 黒い背広の男は太陽の方向を確認すると、小田切の方を向いた。そして不気味にも笑い出しました。

 小田切はその顔を見て「あの顔は・・・」と驚いた、その男の顔が恵美子の記憶から(えが)かれた似顔絵にそっくりな顔をしていたからだ。

 男は、「ふふふふ」と鼻で笑うと、右手を胸の辺りに持っていった、その瞬間に、男の身体が陽炎(かげろう)のようにゆれ始めた。

 そして、徐々に身体は消え始めたのでした。

 小田切やそこにいた警官たちは驚いた。

「どうしたんだ」

「消えていくぞ」

 警官たちは口々に叫んでいた。

 小田切も「逃がすな、逃がすな」と叫びながら(そば)にいた警官の腰から警棒を引き抜くと消えて行く男に投げつけました、男は警棒を右手で受け取ると、小田切に投げ返してきました。そして、陽炎の中で笑い続けて姿を消してしまった。

 すぐさま小田切は消えていく男に飛びつきました、しかし、小田切は路上に転がっていました。

 ピポピポピポピポ直ぐに救急車がやってきた。

 救急救命士が楠木田外務大臣政務官の状況を確認すると、(すで)に息は無いようでした。

 原因不明の突然死ということで司法解剖に回されましたが、解剖の結果、先に亡くなった下村外務大臣政務官の死因とまるで同じで、外傷は無いのに心臓が握り(つぶ)されて即死の状態でした。

 小田切は楠木田外務大臣政務官が黒い背広の男になんだかの方法で殺害されたと思った。しかし、とても短時間で気が付いたら楠木田外務大臣政務官があの男に寄り()って(くず)れ落ちて路上に倒れ込んでいた。

 一体どうやったんだ、まるでマジックの超魔術のように感じた。

 翌日、小田切は上司の上山(かみやま)第一課長に呼ばれていた。

「一体君達は何をしていたんだね、またもや、警視庁の目の前で外務大臣政務官を殺害されるとは、しかも十数人の警察官が取り囲んでいながら、取り逃がすとは、マスコミのいい笑いネタではないか、まして特別警備体制で人員を倍に増員しているにも係わらず、しかも犯人は笑いながら逃走したと言うじゃないか、面目丸つぶれだよ、警察の威信(いしん)にかけても犯人は見つけ出して捕まえなくては次は無いぞ小田切」

「はい」小田切警部はただ、(あやま)るしかありませんでした。

 その後、小田切警部が犯人に投げつけた警棒から検出された指紋が、下村外務大臣政務官のカバンから採取された指紋と一致したのでした。


 恵美子は大学の帰りに、いつも利用しているクリーニング屋さんに立ち寄りました。

「すいません」

「はーい、いらっしゃい、恵美子さんいつもありがとうございます。」愛想よく店員が応対しました。

「先日、預けました、ハッピはできましたでしょうか、そろそろ返さないといけないので」もうできた頃だと思って恵美子は立ち寄ってみました。

「はい、はい、出来ていますよ、わざわざおこし頂かなくても、お持ちしましたのに」店員は恵美子のハッピを取り出しました。

「いえ、帰り道ですし」恵美子は首を振った。

「あー、そう言えば恵美子さん、ハッピのポケットに大きなダイヤのブローチが入っていましたよ、ポケットに忘れるなんて、彼氏に申し訳ないですよ」

「えー、そんなものはいません」そう言えば、そのブローチはイベントの日に、受付の前で拾ったんだは、あの日は慌ただしくて、そのままポケットに入れたまま、忘れてしまったのだは、と恵美子は思い出しました。

「はい、袋に入れておきますね」と、店員はハッピを入れた袋を恵美子に渡しました。

「すいません、ありがとうございます。」

 しかし、受け取ったものの、恵美子はどうしたらいいのか、困りました。

 拾ったブローチをいまさら警察に届けられないし、あれから何週間たったかしら、かと言ってこのまま持ち続ける訳にも行かないは、どうしましょう、困ったは、と悩みながら自分の部屋に戻ってきました。

 ドアを開け、中に入ると、何か様子がおかしい感じがしました。

 玄関マットが少しずれていたのです。

 バンプスシューズを抜いて、廊下を進んで行きますと、リビングの扉が少し開いていました。確か閉めておいたはず?

「変だわ、どうしたのかしら」

 扉をそーと開けて、リビングに入りました。

 おそるおそる、照明のスイッチを入れると直ぐに明るくなりました。リビングの様子を見ても、一見、特に変化はありませんでした。

「思いすごしかしら」とテーブルの上を見たときでした。今朝、コーヒーカップの脇に置いたはずのスプーンが床に落ちていました。

 恵美子は突然目を見開いて、口元に手を当てると、息を殺して、空き巣だわと思いました。

 直ぐに自室に急いで入ると、何を探したのか、部屋の中がめちゃくちゃになっていました。

 もう、恐くなって、頭の中が真っ白になってしまいました。

 何故なの?

 どうしてなの?

 直ぐに、叔父の古木一鬼に電話をしました。

「早く出て、早く出て」とても長く感じました。

 古木一鬼はスマホのディスプレーを見ると「恵美子か、何かな?」

「おう、恵美子、どうしたんだ。」

 恵美子は震えて「叔父様、泥棒です。もー恐くて、助けて」

 古木一鬼は驚いた。「泥棒だと、おまえは大丈夫か、泥棒はどうした?」

「もういませんが、部屋があらされています。どうしたらいいの」

「分った、直ぐに警官を行かせる、私も直ぐに向かおう」

 直ぐに警察官が二人来てくれました。

 警官は状況を確認するとメモを執っていました。「これは、空き巣の犯行だな、取られた物は何かありそうですか」

 恵美子も散らかっている中をこまめに見てみましたが「どうでしょう、調べてみないと分りません」

「そうですか、何かありましたら、盗難届けを出してください」警官はメモを執っていました。

「はい」恵美子は何が取られているのか、まるで思い当たりませんでした。

 もう一人の警官が戸締りの確認が終わったのか戻ってきて「戸締りはしっかりしていましたか」と恵美子に尋ねると、犯人が何処から侵入したのか考えていた。

「はい」その点については恵美子の性格から、間違いなく戸締りはしっかりしめたはずだと思いました。

 暫くすると、古木一鬼が部下を二人ほど連れて現れました。

 二人の警官に挨拶(あいさつ)をすると、警官は驚いていた。

 一人暮らしの女の子の空き巣の検証にわざわざ科学警察研究所から重責の主査と二人もの所員まで駆けつけてくるとは、警官は逆に聞き返してしまいました。「何か重大事件に関係があるのでしょうか?」

 古木一鬼も、そう思うのも無理はないかと思った。

「いや、別に」

 所員の一人は科警研に入所まだ2年目の二十四歳の吉岡宗平といい古木一鬼の直属の部下で、ドアの状況を確認して彼が部屋に入ってきました。「主査、ドアはピッキングされていますね、ピッキング特有の傷が付いていました。」

「そうか、素人じゃなさそうだな」

 もう一人の所員は清高重蔵(きよたかじゅうぞう)四十八歳、現場捜査に関しては所でも一目を置かれていました。

「清さん、どうかな」

「うん」

 清高はあらされた部屋を細かく一つ一つ見て行きました。

「これはただの空き巣とは違いますね」

「何故、そう思うんだ」古木一鬼にはどう違うのか分らなかった。

「はい、ピッキングをするほどの空き巣ならもっとストレートに金目の物があるところだけを的確にねらうでしょう、それは単純に出来るだけ自分に不利な証拠を残さないようにするためです。しかし、このあらし方は、金銭目当てではありませんね、何か小物を探しているようですね、探している場所がタンスとかではなく、小物を入れておくような引き出しを重点的に荒らしています。

 おそらく手の平にはいるほどの物のような気がします。」

 古木一鬼は恵美子を見て「何か、思い当たる物はないのか?」

 恵美子は特に思い当たる物もなく「いいえ」と首を横に振りました。

 清高は煩雑(はんざつ)に見える荒らし方を見て、かなり神経質なやつか、相当手馴(そうとうてな)れているのか、感心していた。

「主査、この荒らし方は性格が出ていますね」

「何故、そう思うんだ。」古木一鬼はまた周りを見渡しました。

「そうですね、例えば、これです、引き出しから出した物を先ずここに置いたのでしょう、次が少しずらしてここです、同じように次も少しずらして置いています。探した順番が分りますね、これは探す重複を避けるためでしょう、そして一巡していますが、また、こちらから同じ事をやっています。

 これを見ると、目当てのものは見つかってはいませんね」

「どうして」

「引き出しの物と見比べて、この行為が中途で終わっていないからです。もし見つけ出しているのなら、どこかが中途になっているはずです。」

「清さん、という事は、その犯人はまた見つけにくるか、直接、恵美子をターゲットにしてくる可能性があるということか」

 清高は頷いた。

 吉岡は床や建具、家具と犯人の痕跡を探していた。

 蛍光スプレーをかけてブラックライトを当てても、一切ふき取ってあるようでした。

「主査、一切痕跡が残っていないようです。()き取るのに専用の器材を使用していますね、なんの痕跡もありません」

「そうか、それじゃー、指紋もおそらく出ないだろう、どう思う、清さん」

 直感で清高は現場を見たときからそう思っていた。「おそらく出ないでしょう」

 清高はもう一度、部屋を見回した、見れば見るほど無駄な物には見向きもしていない、やはり犯人は相当手馴れている、と言うより、物を探す思考が完成されているな、訓練を受けたやつなのか?

「主査、この犯人はかなり訓練を積んでいるようですね、どこかの組織に属しているのではないでしょうか」

 古木一鬼は首を傾げて「暴力団ですか?」

「いえ、もっと規律のある、日本で言いますと自衛隊のような、それ以上かな、とにかくその訓練が身に染み付いているようなやつですよ」

「しかし、清さん、そんな組織が日本に存在しますかね、ましてそんな組織が恵美子とどう関係があるんだ」と恵美子を見た「何か思い当たることは無いのか」古木一鬼は恵美子に重ねて尋ねた。

 恵美子はそれを聞いて、組織の人間で思い当たるとしたら、あのイベントの日に見た黒い背広の男を思い出しました。でもパンフレットを渡しただけで、家捜(やさが)しされるような覚えは無いし「分りません、叔父様、私恐いです。どうしたらいいのですか」

「そうだな、おまえの両親は三重県だし、そう心配も掛けられないだろう、うちに来るか、かみさんはうるさいが、ちびの相手をしてくれると、かみさんも助かるだろう」

「でも、ご迷惑ではありませんか」恵美子は叔父に迷惑をかけることは心苦しいと思いました。

「それより、おまえに何かが有ったら、それこそうちのやつに俺は殺されるぞ、部屋もいくつかあるから、大丈夫だぞ」

 そして、古木一鬼は吉岡を見ると「吉岡、お前、ボディーガードを頼むか」

「えー、しかし、・・・・・分りました。」突然の話に吉岡も抱えている案件のことを思いましたが、直ぐに承諾しました。

「それはいけません、私的乱用に当りませんか」恵美子は自分なんかのためにそこまでするなんて申し訳ないことだと思いました。

「おおげさだな、国民一人を守れなくて私的乱用も無いだろう、とにかく必要な物を持ったら出発しよう」

「はい」

 とりあえず科警研に向かった。

 車の中で、恵美子は「お預かりしました、ハッピ、お返しします。」と袋を開けました。

「何、そんなもの、記念にとっておけばいいよ」と、古木一鬼は笑い出しました。

「そういえば叔父様、あの日、落し物を拾ったのですが、今さらどうしたらいいものか困っていました。」と、恵美子はハッピのポケットから袋に入ったダイヤモンドに似たブローチを取り出しました。「これなんです。」

 古木一鬼はそれを見ると笑顔で「子供のオモチャじゃないのか」と受け取りました。

 確かに、何で出来ているのか、輝き方がまるでダイヤモンドのように反射して、光を四方に拡散していました。「凄い輝き方だな」

 それを見て、清高は「ちょっと貸してもらえますか」と後部座席を振り返りました。

 古木一鬼からそれを清高は受け取った。「ほーお、これはなんですかね、子供のオモチャにしては作りがしっかりしていますね、うー、このボタンはなんでしょうね」

 清高はそのブローチの真ん中のボタンを押してみた。すると突然(まぶし)く光りだし、清高の周りの光景が(ゆが)んで行きました。そして清高の姿が消えていったのでした。

 運転をしていた吉岡は思わず目が(くら)み、高速道路の壁に激突する直前で吉岡はブレーキを踏んでいた。

「清高さん突然何をするんですか」と隣にいたはずの清高の座席を見た。すると、今までそこにいたはずなのに清高は姿が消えてしまっていた。

 吉岡も古木一鬼も恵美子も目を見開いて驚いた。

 そして吉岡が叫んだ。「清さんが消えた?主査、清さん車から落ちたのではないですか」

 清高はもう一度そのボタンを押してみた。すると、清高がいままでいた座席の周りの状況がまるで3Dの映像を見ているように(ゆが)みだして、しだいに清高の姿が現れだしました。

 すっかり元に戻ると清高は古木一鬼の顔を見て「主査、これはとんでもない物です、霞が関で起きた事件の犯人が姿を消したと聞きましたが、これと関係があるのではないですか」

 古木一鬼は厳しい顔をして、やはり同じことを感じていた、そして恵美子を見て「恵美子、おまえの部屋を荒らしに来たやつらは、これを探しにきたんだろう」

 清高も頷いて「まちがいないですね」

「恵美子、こうなると大学に通っている場合じゃーないぞ、相手は殺人犯だぞ」古木一鬼は心配をした。

 吉岡も心配になり「部屋を探して見つからなかったとなると、次は恵美子さんが・・・かなり危ないですね、主査、私も気を引き締めてボディーガードをやらせていただきます。」

 科警研に戻ると、すぐさまダイヤモンドに似たこの装置の分析が始まりました。

 しかし、それは意外にとても複雑で、その日は何も手を付ける事すら出来なかった。

「古木主査、こっちは今日は終わりましたので、家まで送りましょうか」と吉岡が気を利かせて言ってきた。

「おう、助かるな、ありがとう」古木一鬼と恵美子は送ってもらう事になりました。

 車は国道十六号を走っていた。

 古木一鬼は神妙な表情で「恵美子、悪いな、とんでもないものに巻き込んでしまって、元はと言えば私の責任だ」本当に申し訳ないと思った。

「いえ、そんな」

「あーそうだ、吉岡、おまえ専門は科学でも、物理も学んだんだろう」

「はい、一応、一通りはやりました。」

「じゃあちょうどいいな、恵美子の勉強も見てもらったら」

「えー」恵美子は慌てだしました、恥ずかしくてそんなことは出来ないと思うと、「あ、あの、だ、大丈夫です。自分で出来ますので」

「そうか、分った、ところでこんな危ない状況で恵美子、近頃、学生生活はいつもと変わることはなかったのか」

「そう言えば、イベントのあった日から、何だか監視されているような、不気味な感じがしていました。駅を出て家に帰るときなども、なんとなく付けられているような感じのときもありました。気持ちが悪かったでした。」

「そんなことがあったのか」

 じきに、車は古木一鬼の自宅に到着した。

「主査、付きました。」

「おう、今日はありがとう」古木一鬼は吉岡を見ると礼を言った。

 吉岡は車から降りて、古木一鬼と恵美子が家に入るのを確認すると、自宅に戻っていきました。

「おーい、帰ったぞ」家に入るなり、古木一鬼はどなりました。

「はーい、あなた、恵美子さんもお帰りなさい」と妻の和子が笑顔で玄関までやってきました。

 古木一鬼は和子を見ると「電話でも話したが、そう言う訳で、恵美子を今日からうちで少しの間預かることになったので、悪いが頼んだぞ」

「あなた、何言っているんですか、恵美子さんなら大歓迎ですよ」そして、恵美子を見て微笑むと「恵美子さん、うちのひとが、変なことに巻き込んでしまって、ごめんなさいね、自分の家と思って自由に使ってくださいね、お部屋へ案内しますね」

 恵美子は部屋に案内されました。

 恵美子は申し訳なさそうに「すいません、おばさま、ご迷惑をおかけします。」と頭を下げました。

「そんな、縁りょうなんかしなくてもいいのよ、さー、食事にいたしましょうね」和子は恵美子を見て微笑んだ。

 古木一鬼の家族は他に小学五年生の京一と小学三年生のみゆきの二人の子供と四人家族でした。

 特に、みゆきは顔をほころばせて喜んでいました。

「恵美子おねえちゃん、うちに泊まるの、嬉しいな」

 恵美子も微笑んで「みゆきちゃん、よろしくね」

 そして、京一にも微笑んで「京一君も、よろしくお願いしますね」と言うと、京一は照れていて「えへへ」と笑顔を見せていました。

 和子は心配して「それで大学の方はお休みするのでしょう」と恵美子を見ました。

 恵美子は休んでもいられないと思っていました。「でも、もうじきに試験になりますから、行かなければいけないと思っています。」

 和子は心配して「いくら試験といっても、恵美子さん、危険すぎるわよ、もしさらわれたりしたら大変だは」

 古木一鬼は大学でおいそれと人一人さらうとも考えられないと思った。

「まあ、大学へ行くときは、吉岡に一緒に行ってもらおう」

 和子はよけいに心配して「大丈夫かしらあの子で、何だか頼りなさそうだし」

「おいおい、それを言ったら、彼がかわいそうだぞ、ああ見えてもしっかりしているぞ、ハハハ」

「あなたも、あなたで、人を見る目が弱いから・・・・」と和子が呆れていると、「なに言っているんだ、おまえを射止(いと)めたのは、俺だぞ」古木一鬼は自慢げに言った。

 すると和子はため息をついて「あなたの当たりくじはそれだけよね」

 それを聞いて恵美子はおかしくて微笑んでいました。


 翌朝、恵美子は大学に向かうため、つくばエクスプレスの駅にいました。

「恵美子さん、おはようございます。」

「まーあ、吉岡さん、お仕事は大丈夫なのですか?」

「はい、古木主査から警視庁を通して大学の方に事情を話したそうです。今日から私も授業を一緒に受けることになりました。」

「えー、そんな、それは、私も困ります。」と、恵美子は本当に困った表情をしていました。

 吉岡は笑顔で「安心してください、私は目立たないように、それとなく離れていますので、私は意識しないで、授業をいつもと変わらずに受けていてください、そういうことで」

「はい」と言うと、吉岡は恵美子から離れて行きました。

 恵美子も意識しないように勤めましたが、よけい気になって仕方がありませんでした。

 いつものように電車を降りて、改札に向かいました。

 駅を出て、大学に向かう途中、周りを見ましても怪しそうな人は見受けられませんでした。

 恵美子は教室に入って行きました。

 いつものように、後ろの席で目立たないように座りました。

 本当に吉岡さんはこの教室にいるのかしら、それとなく探して見ました。

 一見、何処にいるのか、分りませんでした。

 もっとも、後ろの席までは、振り向いてまでも探す事はしませんでしたが。

 講師が現れるとすぐさま授業が始まりました。

「おはようございます、えー、今日の講義は先週言っておきましたように、気体分子運動論について行いますが、予習してきたかな、まあ、一番分り易いのは水だな、熱運動が加わる事により、分子の繋がりが広がり、比重が軽くなりますね、空気の分子より軽くなったとき、上空に拡散するが、この状態を気体と一般的には呼ばれているよね、でも、これでは中学校の授業になっちゃうので、私達はそれを原子論の立場から、気体を構成する分子の運動を追って行きたいと思います。」

 恵美子は一生懸命集中しようと思うのですが、つい自分が本当にねらわれているのか、どうなのかとつい、思考がそっちに行ってしまうのでした。

 これではだめだはと、ため息をついた。

 結局、身が入らないまま授業は終わってしまいました。

 それでも仕方なく、次の授業に向かうことにしました。

 えーと、次の講義は、結晶構造についてでした、でも、これではとてもだめだは、と思いながらも、次の教室に向かいました。

 いつも通っています、通路を通って、階段を降りて行きますと、芝生に(おお)われた広い敷地に出ました。そこは、ちょっとした公園風になっていました。

 あちこちに樹々が植えられていました。そして小さな池のほとりに幾つかのベンチが置かれていました。

 周りを見ても吉岡は見あたりませんでした。

 このままでは授業にも身が入らないし、どうしましょう、と恵美子は困り果ててベンチに座り込みました。

 ため息を付いて、こんな事がいつまで続くのかしら、困ったは。

 すると、後ろから人が近づいて来る気配(けはい)を感じました。

 吉岡さんかしらと、恵美子は後ろを振り返ると、そこにいたのはイベントの日に受付に現れた、例の黒い背広の男だったのでした。

 恵美子は心臓が破裂するほど驚きました。

 その男は低い声で「驚かせて申し訳ないが、尋ねたいことがあります。」

 恵美子は慌てて立ち上がり口元に手を持って行き、震える唇を押さえていました。

 男は続けて「実は、あの日、失くしたものがありまして、知りませんか、小さな物で、このくらいです。」と右手でその大きさを示しました。

「このくらいの、多面に削られたガラス細工でダイヤのような輝きをしています。」

 恵美子は言葉がでず、ただ、首を横に振っていました。

 その男は数歩前に出て「どうなんですか、あなた、拾いましたよね」と、決め付けてきました。

 恵美子は恐ろしさに震えながら後ろに下がると、首を横に振っていました。

 男はしだいに、感情的になりだして、恵美子の腕を(つか)むと「話したほうがあなたのためですよ、あれ、何処(どこ)にやりました。」

 恵美子は恐くて男の捕まえている手を振り切ろうと、後ろに下がると石に足を取られてよろけてしまった。

 その時、男は掴んでいた手を離すと、恵美子は後ろに転んでしまいました。

 吉岡の機転で既に刑事たちが学生に扮して配備されていた。

 木陰から男の行動を監視していた小田切警部は「よし、婦女暴行罪成立だな、捕らえるぞ」と無線マイクで各刑事に言うと、刑事達は飛び出して行きました。

 吉岡も飛び出していき、すぐさま恵美子を(だき)かかえると、後方に下がって行きました。

 黒い背広の男は周りを刑事に囲まれて、逃げ道を失っているように思えた。

 しかし、まるで落ち着き払っていて、それどころか笑みさえ浮かべていた。

 小田切は、その男の顔を見た時直ぐに、外務大臣政務官連続殺人の犯人にそっくりだと思った。

「あなた、あの女性に対して暴行を加えましたね、現行犯で逮捕します、事情を聞かせてもらいましょうか」

「ふん」鼻を鳴らすと、その男はまだニヤニヤしていました。「ほーお、そういうことか、おまえらに捕まえられるのか、俺はいくぞ」

 一人の刑事がその男に近づいて「反抗すれば、罪は重くなるぞ」と、叫び腕を取ろうとした、すると黒い背広の男はその手を逆手に取って、刑事を軽々と持ち上げると、そのまま投げ飛ばした。

 小田切は目をみはり、「凄い力だ」とつい言葉が出てしまった。

 そして「公務執行妨害も加わったぞ、まだ罪を重ねるか」と小田切は叫びました。

 男は「ばかばかしい」と言うと、振り返ってその場を立ち去ろうとした。

 小田切はこのまま殺人犯を逃がす訳には行かないと、意を決して「止まれ、止まらないと撃つぞ」と強行にも言ってしまった。

すると、その男は振り返って「おまえ、この構内で、そんなものが使えるのか、俺は使えるぞ」と胸の辺りで両手の親指と、人差し指を合わせ、口元で呪文のようなものを唱えだした。その組んだ手を前に押し出して「トリプラーを食らうがいい」と言うと、いきなりその手から燃え盛る火球が飛び出してきたのでした。

 小田切達は目を見開いて、こんな武器を隠していたのかこれはやばいと、とっさに「危ない」と叫ぶと慌てて横に飛びのきました、すると後ろの樹木に火球が激突して樹木はばらばらに吹き飛んだ。

 またもや小田切警部にめがけて火球が襲ってきた、小田切はオブジェの大きな岩に飛び込みました。

 黒い背広の男は次に恵美子と吉岡めがけて火球を撃ち込む姿勢をした。

 「あのやろう」小田切は仕方なく胸のホルスターからオートマチックの9ミリ拳銃を引き抜き構えた。

「やめろ、撃つぞ」

 男は笑みを浮かべて「見せ掛けだけならやめておけ、お前達は引っ込んでいろ」と恵美子を見ると「女、早くだせ、さもないと死ぬぞ」と不気味に笑った。

 そして、男の手から火球が現れた、小田切は慌てて男の肩をねらって銃を発砲した。

 銃弾は男の肩を貫いた瞬間、男の放った火球がそれて刑事達に向かって走って行った。

 刑事達は慌てて火球を撃ってきた男に向かって拳銃を一斉に発射してしまった。

 火球は刑事達の目前で炸裂(さくれつ)して数人の刑事が吹き飛ばされてしまった。

 黒い背広の男はベンチに持たれていた。

「クソ、やつら、本当に撃ちやがった、小娘だけだと油断した、防弾装置を装着すべきだった。うー」

 小田切はその男に近寄っていき、脈を取ったが既に死んでいた。

「やっちまったか」と苦虫をつぶした表情をした。

 その後、救急車や何台ものパトカーが構内に乗り込んできました。

 そしてかなりの数の警官が現場検証を行っていた。

 吉岡は恵美子に付き添っていた。

 しかし、恵美子は震えて、恐怖のために頭の中は混乱していた、いつまでもあの男の不気味な表情や、恐ろしい火球の爆発した光景や男が射殺される瞬間の映像がごちゃごちゃになって頭の中を(めぐ)っていました。それは恐ろしい光景の連続でした。

 恵美子は首を横に振ると、両手で顔を(おお)ってしまった。

 私がいけないんだわ、弱い自分が、だからこんな目に・・・・。こんな自分はもうたくさん、もうたくさんだはと、震えていました。


 古木一鬼は心配をして駆けつけてきた。「恵美子、大丈夫か」

 恵美子は叔父の一鬼の顔を見るとなきそうな表情になってしまった。

「どこも、なんともなかったか」古木一鬼は心配して恵美子を見た。

「はい、とても恐かったでした。」恵美子は恐怖から震えていました。

「もう大丈夫だ、安心しろ」古木一鬼は心配そうに恵美子を見守った。

 なきそうな顔で恵美子はうなずいていた。

 吉岡は古木一鬼に状況を説明をした。「主査、犯人は射殺されました。」

 古木一鬼は頷いた。「うん、それは聞いた、一体何があったんだ?」

「犯人が火炎放射器のようなものを使ったのです。それで、刑事が応戦しまして」

「何だと」

 古木一鬼は直ぐに思った、あのイベントの時と同じだ。「どんな武器を持っていたんだ」

「それが何も持ってはいませんでした。」吉岡は首を横に振った。

「何、いったいどうやったんだ」古木一鬼は眉間(みけん)にしわを寄せて考え込んだ。

 吉岡も不思議に思った。「今、警視庁の科捜研が調べています。」

「そうか、分った。じぁあ、その結果を待つか」

 そこえ、小田切警部がやって来ました。「古木主査、今日は恵美子さんに恐い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。何せ、あんな武器を持ち出すとは、思いもよりませんでしたので」

 古木一鬼は「あー、いや、とにかく、鑑識の結果が出たら科警研にも回してもらいたいな」

 小田切は頷き「分りました。」と言って、現場に戻って行きました。

 そして、古木一鬼は恵美子を見ると「どうだ、落ち着いたか、こんな事があった後だし、今日もうちに来たほうがよくないか」

 恵美子は首を横に振って「叔父様、もう私は大丈夫です。事件は解決したのですからアパートに帰ります。早く普段の生活に戻りたいので」本当は怖くて叔父の家に行きたいと思っていました。でも、事件は解決したのに、これ以上は叔父に迷惑をかけられないと思ったのでした。

「そうか、じゃー、家まで送ろう、吉岡、所に戻るぞ」と言うと、古木一鬼達は車に向かいました。



 まさか、恵美子を追って現れた政務官を殺害した容疑者が目の前で刑事たちに射殺されてしまうとは、この衝撃は恵美子の人生にとって耐え難い出来事でした。そして恵美子の考え方を一変させるには十分のようでした。

 自分の身は自分で守らなくては、こんな状況でこの先いったい何が起こるかもわからない、恵美子はいったいこれから何を始めようと言うのでしょうか。

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