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「ディストラクション 壊滅」のスピンオフストーリー 『こんにちは、古木恵美子です・・・』 NO 1

「ディストラクション 壊滅」では古木恵美子は派手にスカイダイビングで登場し、日本の国が未確認生物に壊滅状態になる中、機敏に立ち向かい攻撃ヘリに乗りビーム砲を撃ちまくるなど、ある意味万能な人格の持ち主のようですが。

このお話では古木恵美子は二十歳前半のまだ、内気で人見知りの激しく、人目をとても気にする、いつも自分の世界に閉じこもっている性格の女性でした。

第一章では大学三年生の時、友人達に強引に卒業旅行に誘われて何故か日本の最西端にある古代の海底遺跡に行く羽目になるのです、そこでとんでもない目にあうことになります。

第二章では科学警察研究所に勤める叔父に頼まれて恵美子はあるイベントの受付をやる羽目になり、その会場で大きなダイヤモンドに似たブローチを拾うことから、それが元で謎の組織から命を狙われることになってしまうのでした。

次々に襲ってくる謎の男たちに、仕方なく立ち向かわざるおえなくなり、恵美子は自分を見つめ、変わらざるおえないと、決意をするしかありませんでした。

 

 第1章 謎の巨大海底遺跡


 1 古文にあこがれる日々



「こんにちは、私は古木恵美子と申します。歳は21才、某大学の文学部で、古文を専攻しています。古典の世界に入って行きますと、意識の中に(みやび)の世界が広がっていきまして、とても心が落ち着いて行きます。特に中古文学(ちゅうこぶんがく)、つまり、平安時代の初期にあたります、当時唐風(からふう)と呼ばれていまして、中国の様式が好まれて広く謳歌(おおか)している時代でありました。この頃は源氏物語(げんじものがたり)古今和歌集(こきんわかしゅう)などが成立して、広く多くの人々に読まれるようになりました。その大きな理由の一つにこの頃に平仮名(ひらがな)の発明があったことが大きな理由だと学校で学んだことがあります。確かに源氏物語がすべて漢字で書かれていましたら、私もとてもついていけなかったと思います。

 中古文学と言いましても、中古品や、お(ふる)と言う意味ではありませんよ。

 私はいつも紫式部(むらさきしきぶ)清少納言(せいしょうなごん)和泉式部(いずみしきぶ)などの写本を片手に、行きつけの喫茶店の片隅で、目立たぬように、これらのお話を読んでいますと現実の世界から当時の平安時代の宮中(きゅうちゅう)優美(ゆうび)な世界にタイムスリップをしたような感覚が好きでした。

 けれど、いつの間にか、私もすでに三年生になってしまいました。もう来年には就職活動で大変なことになりそうです。だから、今年の夏休みは、学生生活の最後の楽しい思い出を何か私も残せたらと思っています。

 でも、私は人と接することがとても苦手で内心では楽しい思い出なんて無理だと思っています。

 あー、これから私の好きな最後の暑い夏がやってくるのに、大学三年生にもなってこんな内気で、意志(いし)の弱い自分でいいのかしら、このままの自分で卒業してどこかに就職をしましてもやっていける自信はもてないでいます。どうしたらいいのかしら。とても悩んでいます。

 こんな時はいつも古文の世界に逃げ込んでいました。そうだは、よかったら、私の世界を(のぞ)いてみませんか、ちょうど授業がはじまりました。 

 では勝手に授業をスタートさせていたっだきますね、講師の先生の朗読が始まりました。聞いてみましょうね。

「秋のけはひ()(たつ)つままに、土御門殿(つちみかどどの)のありさま、(いい)はむかたなくおかし。池のわたりの(こづえ)ども、鑓水(やりみず)のほとりの草むら、おのがじし(いろ)づきわたりつつ、おほかたの空も(つや)なるにもてはやされて、不断(ふだん)御読経(おんどきょう)声々(こえごえ)、あはれまさりけり・・・・」どうですか、お分かりですか、古文は現代の人にはとても分かりずらいですよね、初めは私もそうでした。

 目をつむって、講師の先生の朗読を聞いていますと、とてもきれいな表現で心に平安時代の情景が思い描かれる感じが私は好きです。でも、目を開けますと、そこに私より背の低い、童顔のつぶらな瞳にメガネをかけました中年のおじさんがいました。そして空想の雅の世界が(くず)れていきました。

 文学部といいますと、どうしても女性の生徒が多いようですが、まして古文ともなりますと、尚更(なおさら)です。でも、私にとりましては、そんな雰囲気は安住(あんじゅう)の地となっています。

 講師の先生の、ご説明が始まりました。聞いてみましょうね。

「えーと、これは紫式部日記の一説ですね、平安中期に当ります。この日記は寛弘(かんこう)七年に完成したとするのが通説ですね、中宮彰子(ちゅうぐうあきこ)、つまり藤原彰子(ふじわらのあきこ)の出産が()まりました寛弘五年の秋から同じく七年の正月にかけましての出来事が描かれています、当時の宮廷社会(きゅうていしゃかい)の生活ぶりや、人々の生き生きとしました行動が(うかが)われますが、歴史的な価値も十分にありますね、紫式部の『源氏物語』に対しての、当時の人の評価や、彰子の同僚女房(どうりょうにょうぼ)でもあります和泉式部・赤染衛門(あかぞめえもん)中宮定子(ちゅうぐうさだこ)の女房であります清少納言らの人物評価などと、自らの人生観について述べた消息文(しょうそくぶん)ともみられます。

 うーん、古文の短編からは多くのことが読み取れるものですね。」

 講師の先生が生徒を見ると(たず)ねてきました。

「では、誰か、この文を現代語訳できる人はいますか」

 すると、周りの多くの生徒が手を上げる中、つられて恵美子もついまるで何も考えずにスーと手を上げてしまいました。

 すかさず「ハイ、君、名前は、何て言うの?」と講師が指さして名前を(たず)ねて来ました。

 明らかに講師は恵美子を指さしていました。えー、まさか私ですかと思う前に、恵美子は手を挙げてしまったことを後悔していました、少しはにかむように「えーと、古木といいます。」

「では、古木さん、訳してみてもらえますか」

 恵美子は自分が何をやっているのかしらと情けなく思いました。とにかく内心ドキドキしながらも訳し始めました。「は、はい、あ、秋の雰囲気が深まるにつれて、土御門殿(つちみかどどの)のつまり藤原道長邸(ふじわらみちながてい)様子(ようす)は、(いい)はむかたなく、つまりそこはかとなく、えーと、なんとなくということでしょうか、が(あじ)があります。庭の南側の池の周辺の木々の梢々(こずえども)つまり枝の先ざきや、遣水(やりみず)、えいと、池の水の流れのそばの草むらは、それぞれに一面に色づいて、つまり季節感があふれて、空一帯の景色の優美(ゆうび)様子(ようす)は一段と美しさをまして見えています、中宮章子、えいと藤原章子の安産祈願(あんざんきがん)のために昼夜絶え間なく経を読む声々が、いっそうしみじみと身に()み入るように感じられます。という事でしょうか」恵美子はのぞき込むように講師の顔色をうかがいました。

 すると講師が教科書から顔を上げ恵美子を見ました、感心したように「うーん、そうですね、よろしいでしょう、君名前は」とまた聞いてきました。

 恵美子はまたですかと、思いながら「あのー、古木です。」と、言うと、講師は咳払(せきばら)いをすると「そうではなくて、下の名前です。」と恵美子を見ました。

「ああ、はい、恵美子です、古木恵美子と言います。」

「古木恵美子君、覚えておきましょう」と講師は頷いていました。

「では今日は、此処(ここ)までにしておきましょう、来週は、今日の続きを行いますので、予習を行っておいてください、以上です。」と言うと講師は一礼をして教室を出て行きました。

「ねーえ、ねーえ、恵美子、次の授業まで時間ある」と恵美子の親友の涼子(りょうこ)が聞いてきました。

 涼子は同じ学部の同期生ですが一年浪人をしていたため一つ年上の活発な女性で、恵美子とは正反対の性格をしていました。

「はい、一時間くらいでしたら」

 涼子は笑顔で「じゃあ、いつもの所に行こうか、安子(やすこ)達も来るよ」

 恵美子は口をつむって「うーん」と考えてしまった。

「考えないの、ほら、行くわよ」涼子は強引に恵美子を引っ張っていきました。

 恵美子は内気な性格なため、(さそ)われても直ぐに、その先を考えてしまうのでした。

 誘われてついていったら、誰々が来て、どんな話しになるから、そうなったらどうしましょう、どう振舞ったらいいのかしら、きっと浮いちゃうかもしれないし、やっぱり雰囲気(こわ)しちゃうかも知れないは、それでは皆に悪いし、やっぱり・・・・と。

 けれど涼子はそんな恵美子の事情などはお(かま)い無しに、いつも強引に恵美子を誘っては引っ張って行きました。

 そこは、大学構内にあります、生協で運営をしている、軽食もとれる、スナックのような喫茶店でした、割りと大きな間取りになっているのでした。

 恵美子達はいつも、お店の北側に当たる、学生通りに面した、大きな窓がある席を陣取っていました。

 すると直ぐに、いつものメンバーが集まって来ました。

「涼子、恵美子もう来ていたの、講義、早くおわったのね、紫式部でしょう、私はああいうのまどろっこしくて、じっとしていられないよ」仲間の一人の安子は首を横に振っていた。

「安子は考えるより行動が先だからね、でも古文の講師の村井先生って、はにかむと可愛(かわい)くて、私好きだよ,ハハハ」と涼子は、はしゃぎながら大笑いをして見せた。

 安子もはちきれんばかりの笑顔で「ハハハハ、涼子、バカじゃない、確かに、村井教授のメガネの外したときの顔、可愛いわよね、ハハハハハハ」と(あご)が外れるほどに笑っていた。

 そこにまた、いつものメンバーが三人程集まって来ました。

君江(きみえ)、たか子、加奈子(かなこ)、こっち、こっち」安子が手を振って名前をよんでいた。

 はしゃぎながら三人が加わって来ました。

「ねえねえ、聞いてよ、加奈子ったら生協の書籍コーナーのレジにいる子、意識しているのよ、だってお金を払うとき、恥ずかしくて、顔が見れないのよ、好きなんじゃないの、ハハハハハ」と、たか子が笑顔で言うと、加奈子が慌てて「何バカ笑いしてんのよ、そんなことないよ」


「ねえねえ見て、見て」と、君江が窓の外の学生通りを通りすぎて行く男子学生を指さしました。

 その学生を見ると涼子が「あの人、四回生の篠崎先輩(しのざきせんぱい)でしょう」

「涼子、知っていたの」と君江が驚きました。

 笑顔で話しを聞いていた恵美子は、何の気なしに顔を窓ごしにその通りに向けると、ジーンズに、白い開襟(かいきん)シャツを少し腕まくりをして、カバンを持った篠崎も同じように何の気なしに生協の喫茶店の窓ガラスに顔を向けました。

 恵美子は目を丸くして、篠崎先輩と目が合ってしまったと思い込むと、顔が赤くなり、すぐさま顔を(そむ)けてしまいました。

 その仕草に涼子が気がつき「どうかしたの、恵美子?」恵美子が篠崎と目が合ったと思ったことには、涼子は気がついてはいませんでした。

「先輩がこっちを向いてくれたわ、見て見て、ワー、やだ、ハハハ」と嬉しそうに君江がはしゃいでいた。

「キャー」と、たか子も騒いでいました。

 すると、君江が突然振り向いて「ねーえ、そういえば安子、図書館で、篠崎先輩とよく会うんですって」

「うん、でもいつも、篠崎先輩、他の男友達と一緒なので、声なんか掛けられないわよ、何とかならないかしら、アハハハ」でも安子は何とかして声を掛けたいと常々思っていました。

 しかし、篠崎が通り過ぎて見えなくなってしまうと、皆の話題はもう別の話しに次々と移って行きました。

「ねえねえ、このファッション雑紙見て、今年の秋は黒が流行るんですって」と、安子が言うと、すぐさま、たか子が「やだー」と大笑いをして「何言っているの、まだ春よ、これから夏じゃない」

 すると加奈子が「夏と言えばさ、夏休みどうする、そろそろ計画立てないと、何処も予約が取れなくなっちゃうわよ」

「あっそうだ、ごめん、私、今年は家族とハワイに行くの、両親から言いわたされちゃって」と、たか子が申し訳なさそうに、両手を合わせていました。

 すると加奈子が「いいな、ハワイなの、行きたいな、お土産、買ってきてよ、お土産」

「うん、いいよ、皆のも買ってくるからさ」たか子は何度もうなずいていた。

 涼子は思い返していた。「夏休みか、去年は確か東北の、みちのくだったよね、奥の細道をたどったわよね、あれはあれで、風情があって良かったは」

「そう言えばさ、篠崎先輩って、去年は沖縄に行っていたらしいわよ」と安子が言うと、「篠崎先輩、沖縄に知り合いいないかしらね、そうすれば安く行けるわよね」と君江は沖縄に行ってみたいと思いました。

「そうなればいいけど、篠崎先輩は確か何かの調査で行っていたようよ」と安子が得意そうに言うと、涼子が興味を示して「調査ですって、それなら今年も行くのかしら、安子、どうなの、知らないの?」

「今年ねー、どうなのかな、でも沖縄いいんじゃない、ねえ、今年沖縄に行こうよ」安子は乗る気でいました。

 恵美子は皆の話を笑顔で聞いていました、皆の話を聞いているだけで楽しかった。

 そして、篠崎先輩が沖縄で何の調査をしていたのか、ちょっと気になりました。

 すると、その思いを代弁するかのように、涼子が「ねーえ、安子、沖縄はいいけど、篠崎先輩の調査って何なのか確かめてみてよ、もしかして、何かの財宝だったりしたら、それを掘り当てたら安子、あんた億万長者だよ、一生楽が出来るわよ」

 安子の目の色が変わっていきました。

 その目の変化を見て、涼子はしめたと思った。「たとえ財宝が無くても、冒険が出来るだけでも、夏休みの楽しい思い出にはなると思うわよ」

 すると安子が確信を持って「いえ、財宝は必ずあるは」

「じゃあ安子、篠崎先輩の調査が何だったのか調べてみてよ」と涼子は安子をたきつけた。

 安子は少し考えると、微笑(ほほえ)み、これで公然に篠崎先輩に接触できるわと思った。

「いいわよ、涼子お(ねえ)さまにそこまで頼まれましたら、張り切っちゃって、確かめてくるは」

 涼子もすでにその程度のことは読んでいました。「何が私のためよ、そこまで嬉しそうにすると、ばればれよ」

 すると君江が「ちょっと安子、あたし達を出汁(だし)に、篠崎先輩に取り入ろうって言うんじゃないの、あなたの笑顔は不自然よ」

「でも、本当に財宝が見つかったら大変ね、あなた達、人生がおかしくなっちゃうかもね、私は浪人生活をした分、あなた達より人生経験は幾分豊富な意味から、金銭面も堅実なので、もし財宝を見つけたからと言って、舞い上がったりはしないは、せいぜい、気お付けなさい」と涼子は、安子を見ると「頼んだわよ」と(うなず)いた。

 するとたか子が乗り出してきて「私もハワイやめて財宝探しに行こうかしら」と乗り気になってきました。

 安子はなんだか話が変な方行に発展していく事に心配になってきて「篠崎先輩の調査は財宝探しとは限らないわよ、何せ篠崎先輩の選考は物理ですし、資源調査かも分らないは」

 すると、涼子が「それもいいかも知れないわね、財宝より価値があるかも分らないは」

 安子は(あき)れて「まあ、とにかく篠崎先輩に聞いてみるわ、でも、あたし一人では、ちょっと、負けそうだし、誰か来てよ」と、皆を見ると、涼子も皆の顔を見て「じゃー、恵美子を一緒に連れて行って、恵美子はこの中では一番まともだから」

 突然、恵美子に話しが振られてきた。恵美子は一瞬驚き目を見開き「うそ」むりむりと思いました。

「えー、そんな、私しむりです。」と言うと、涼子は「だめだめ、こういうの、恵美子が一番いいの、悔しいけど、恵美子みたいな雰囲気は、男性は弱いのよ」

 すると君江が「まーあ、どうせあたしはダサイは、フン」と鼻を鳴らした。

 恵美子は困ってしまった。

「私、困ります。君江さん、代わりにお願いします。」と言うと君江も自覚しているのか「やっぱりこういうの、恵美子がいいと思うわ」

 と言う事で、安子と恵美子は、次の日から図書館で篠崎先輩が現れるのを待つことになってしまいました。

 しかし、いつまでたっても篠崎は姿を現しませんでした。

 安子は考えた。そして、一つの結論を出しました。「そうよね、そんなに毎日図書館に(かよ)う学生もいないわよね、きっと篠崎先輩も、今日は忙しいのよ」と一人で納得していました。

 恵美子も、これで今日は会わずに済むと、ほっとしていると、こんどは安子が「ねーえ、それなら篠崎先輩の受けている講義の教室に行って見ましょう」と言い出したのでした。

「えー、」そのことのほうが恵美子にとっては恥ずかしいと思ったのでした。

 図書館で会うのでしたら、偶然を(よそお)う事も出来たでしょう、けれど、教室まで押しかけていくとなったら、それこそ言い逃れは出来ないは、おせっかいの押しかけ何とかと思われても仕方ありませんし、恵美子の性格からは恥ずかしくてとても耐えられる行動ではありませんでした。

 第一、どうやって篠崎先輩が受けている授業が分るというの、それは(むずか)しい事だと恵美子は思いました。

「あのー、安子、篠崎先輩が受けている授業なんて、調べようが無いですよね、(あきら)めましょう」

 すると安子は「へいき、へいき、そんなの事務局に行って教えてもらえば簡単よ」とあっけらかんとしていました。

 しかし、恵美子は、そんな簡単に事務局が教えてくれるとは思えませんでした。

 案の定、思ったとおり、無理でした。

 しかし、翌日、安子はどのようにしてなのか、篠崎先輩の講義の日程を聞きだしてきたのでした、細かく書かれたメモを持っていたのです。

「安子、どうやってこれ調べたの?」恵美子には不思議でした。

 安子はニコニコして「篠崎先輩に関心を持つ女性は結構いるようね、同じ学科の女性に片っぱしからアタックしたら、中には篠崎先輩の講義予定を知っている人もいるものね、ちょっとスイーツを、おもってあげたら、色々教えてくれたはハハハハ」

 それを聞いて恵美子は呆れてしまいました。

「でさー、篠崎先輩、理工学部の物理学科で・・・」安子はメモを見ると「そうそう」と言って、納得したように「たしか、物性物理学(ぶっしょうぶつりがく)とかを学んでいるんですって、それで、今日の講義は、固体物理学概論とか言う講義が入っているそうよ」

 恵美子は感心して聞いてみた。「安子、凄いわね、それで教室はどこだか理解しているの?」

 安子は得意そうに笑顔で「まーね」と話していました。

 実は安子にもさっぱりでした。

 とにかく行きましょう、と言うことで、その難しい講義の行われています教室を探しました。

 恵美子は安子に導かれてついていきました。

 それにしても「大学構内って、こんなに広かったのかしら、安子、この方向で大丈夫なの?」

「確か、この方角だと聞いたんだけど、どっちかしらね」と言っている矢先に、突然立ち止まり目の前の建物を見た。「あ、ここだわ、A棟の305教室」と言うと、そそくさと、その教室に入って行っちゃうんです。

「安子まずいわよ、見つかったら(しか)られちゃうわよ」と恵美子が心配して声を掛けても、安子はさっさと教室に入っていき、ちゃっかり後ろの空いている席に座ると、篠崎先輩を端から探し出したのでした。

「ねえねえ、恵美子も探して、何処かにいるはずよ」と安子はきょろきょろして、篠崎先輩を探し始めました。

 恵美子も言われるままに探しましたが、へんなのです、いくら探しても見あたらないのです。「安子、見あたらないようね、本当にこの講義受けているの?」

 安子も見つけることは出来ませんでした。「そうね?」

 そうこうしているうちに、講義が終了してしまいました。

 すると安子が急に立ち上がり、「早く、早く来て」と言って、教壇に向って走り出したのでした。そして講師を捕まえると、いきなり「すいません、今日は篠崎先輩を、お見受けいたしませんが、どこか具合でも悪いのでしょうか」と大胆にも講師にかまを掛けたのでした。

 恵美子はもう恥ずかしくて、顔が赤くなってしまいました。

 しかし、意外とその講師は気さくにも「おう、篠崎か」と言って、持っていた出席簿のノートをパラパラとめくると、その中に挟まっていた紙を取り出して、目を通すと「確かに、篠崎も今日の講義を取っているけど、今日は欠席届けが出ているな」と言って、理由の欄を見てくれました、その理由まで教えてくれました。


「えーと、海洋考古学(かいようこうこがく)敷島教授(しきしまきょうじゅ)の所だな、何かの調査のことで相談に行っているようだな」

「そんな」と安子は残念そうな表情を見せるのですが、すぐさま、その教授の居場所を(たず)ねていました。「その敷島教授はどこの教室に()られるのですか?」

「どこの教室って?」講師もうろ覚えの記憶をたどってみた「確か、小笠原だったかな」

 恵美子は小笠原と聞いて、まさか小笠原諸島のこととは違うのでしょうねと思いました。

 すると、安子もそう思ったのか、講師に「それって、小笠原諸島のことではありませんよね」と聞き返しました。

 すると講師は軽く頷いて「ああ、」と、そのようだなと言った表情をしていました。

 安子は愕然(あぜん)として「こりゃだめだは」と言うと講師に気の抜けたお礼をしました。

 そして、安子は力なくうな()れた、恵美子はほっとして自分たちの校舎に戻って行きました。

 恵美子は、篠崎先輩がいったい何のために小笠原に行っているのか少し気になりました。

 結局、篠崎先輩に会うことは出来なかったことを安子は皆に伝えなければなりませんでした。

 財宝探しなのか資源調査なのか、期待していた皆は、会えなかったことを聞くと、とても残念がっていました。


  そのころ、篠崎は小笠原諸島で研究を続けています、海洋考古学の敷島教授の元に(おもむ)いていました。

  そもそも何故、物理学を専攻している篠崎が海洋考古学の教授の元を(たず)ねてきたのか、それは去年のことでありました。

 篠崎の友人が沖縄の更に西の(はし)に位置する、与那国島の海底に沈んでいるいくつかの古代の遺跡の中でもさらに与那国島より60キロほど東に行ったところに人知れず言い伝えられていると言う海底遺跡に行ったときの事でした。明らかに人工物と思われるその遺跡を単なる興味本位からあちこちを見て回っているときのことでした、そこで見つけたと言う、5センチ四方ほどの、古代の文字らしき物が(きざ)まれた、石版を見つけてきたのでした。

 友人はそれが石にしてはあまりに比重が重い感じがしたので、いったいどのような物質なのか、興味を感じたそうでした。

 そこで、これがどんな素材からできているのかを、調べてほしいと篠崎のところに持って来たと言うのでした。

 篠崎もそのような所で見つかったものならおそらくそこに昔住んでいたであろう古代人によって作られた土器か石器の種類なのだろうと、特に興味も示さなかったものの、とにかく研究室で分析を始めました。その石版の周りに付いていた腐食物を洗い流してみると、真っ黒な色をしていて、光沢がありました。

 日本のいたるところから出土します、古代人の武器などの、やりの穂先(ほさき)や、矢じりに使われている石なども黒光りをした黒曜石(こくようせき)を使っていますが、この石版も同じような輝き方をしていました。

 だから差して珍しくも無いものと先入観からそう思い込んでいました。

 一部を削ってみたがかなり(かた)かった、古代人がこの石を加工するのはそうとう大変だと思った、そして顕微鏡に掛けて見た。

 顕微鏡の倍率を上げていくと、どうもそこに見えるものは、黒曜石特有の球顆状(きゅうかじょう)構造(こうぞう)つまり針とか繊維のような感じのものが放射状に丸い模様がいくつも見える感じだと思っていたのだけれどしかし、それとはまるで別ものだった。

 このあたりから、篠崎もこの物質はいったい何なのか、次第に興味を持ち始めた。

「いったいこれは何だろう、分子配列を調べてみるか」と、その被検体(ひけんたい)を精度の高いプローブ顕微鏡に移してみた。

 徐々に倍率を上げて行きますと、分子レベルで被検体の姿が見えてきた。

 特長は炭素によく似てはいるが、やはり別の構造組織のようでもあった、しかも、篠崎の知識ではとても分析できそうになく、色々な専門書を照らし合わせてみたが、その物質が何であるのかは、いくら調べても同じ形状の模様は見つからなかった、これって自然界に存在する物質ではないのじゃないのかと思った。隕石とか何かで作ったものなのか理解できなかった。

 そこで大学院にいます、篠崎の先輩の神野(じんの)と言う、高エネルギーを研究している物理学の准教授で、彼には篠崎も少なからず影響を受けていました人物でもありました。

 そして神野に、この石版の事を話してみたのです。

 神野も興味を示して「それは面白いな、見せてもらおうか」

 篠崎は黒光りをした石版の破片(はへん)を神野に渡すと、神野もまじまじと見るものの、やはり石器によく使われている黒曜石に似ていると思った。

 そして「顕微鏡に掛けてみるか」と準備を始めました。

 その間、神野は篠崎に話しかけていた。「篠崎、おまえ物性物理学もいいが、俺の所に来ないか、この高エネルギーの分野は将来、日本にとっても、もっと重要になってくるぞ」

 篠崎は(うなず)きましたが「考えておきます、今はまだ、物性物理学は自分にとって物理の基礎を身に付ける時だと思っていますので」

「分かった。よーし、出来たぞ」と神野は顕微鏡をのぞき始めた。

 確かに、結晶が違うようだ、黒曜石は本来ガラス質の火成岩で流紋岩質(りゅうもんがんしつ)から石英や安山岩質のマグマが急冷(きゅうれい)して生成(せいせえ)されるものだが、冷却の速度が大きいほどガラス質が強くなる、冷却され結晶せずに凝固(ぎょうこ)した天然のガラスが黒曜石のようになる、つまり完全なガラスになりきれなかった物質とも言えそうだ。

 黒曜石の成分は70%がケイ素であるのに対して、明らかにこの石版は炭素の成分をしているようであった、「うー」神野はうなりだした、「この分子構造は珍しいな、おまえ、これを何処で見つけたんだ」

 篠崎はやっぱりと思った。「やっぱりこの分子構造は珍しいですか?」

「ああ、俺もこんなのは見たことが無いな、詳しく調べてみないと、正確な所は分らないが、人工的に作られた新元素のような気もするな」

 篠崎は驚いて「本当ですか?」と目を丸くした。

 しかし、その石版を見ても分るように、表面に古代の文字のようなものも(きざ)まれているし、それを作った古代人が、まさか新元素を作り出せるはずもありえないだろうし「神野先輩、古代人と新元素とが、どう考えても(つな)がりませんが?」

 篠崎も当初は差ほど感心も無かったために、友人の説明も詳しい話しは聞いていなかった。

「先輩、それは何週間か前に友人が持ってきたんです、何でも沖縄の最西端(さいせいたん)にある、与那国島からまた何処(どこ)かに向ったところの海底に古代の遺跡があって、そこで見つけたとか言っていました。」

「与那国島か、確かにあそこの海底遺跡はダイビングスポットとしても有名だな、あれのことか」神野はそこなら、雑誌で見たことがあると思った。

「いえ、その島から、まだ何十キロも東に離れていると言っていました。」

 神野は考え込むと、右手で(あご)をさすると「そこがどういった遺跡なのか調べて見たいな、その友人とやらはまたそこに案内が出来るのか、確認してもらえないか、篠崎」

 篠崎は突然の展開に驚いて、目をパチクリさせて「えー、行って見るんですか、日本の最果(さいは)てですよ、しかも海底の底に沈む遺跡ですよ」

「ああ、別に距離とか場所などは関係ないだろう、そんな事より、この石版の元素がどんな代物なのか、もしかすると、とんでもない発見だぞ、むしろそっちのほうが重要だと思うが」と、簡単に言うのでした。

 篠崎には、まるで思ってもみなかった展開に驚かされた、そして神野の決断力の速さに感心をしました。

「それで、おまえ何時(いつ)なら行けるんだ?」

「えー、私も行くんですか」篠崎はまさか自分もそのメンバーに入っているとは思ってもみなかった。

 私はそんな所には行けませんよと、言おうとしたのでしたが、「何バカ言っているんだ、そもそも、おまえが持ち込んできた話だろう、おまえが行かなくてどうするんだ。」とたしなめられてしまった。

「えー、参ったな」篠崎は困った顔をした。

 という事で、篠崎はその沖縄の最西端の果てにある、海底遺跡に行くはめになってしまったのでした。

 そして、その案内役として、篠崎の友人に話をした所、もともとそういう所を好んで出かける(くせ)のある奴で、まして旅費まで出るともなれば二つ返事で、案内をかってくれたのでした。

 その年の夏休みを使って、調査をすることになったのでした。

 島での手配については、篠崎の友人がしてくれたのでしたが、何故か島民はその遺跡には近づきたがらない様子のようでした。けれども、なんとか、その友人のコネでガイドを見つける事が出来ました。

 そして海底遺跡に向けて出発しました。此処も沖縄諸島に属しているだけありまして、海底の中は何処までも青く澄み渡っていました。そして、色とりどりのサンゴが海底を敷き詰めていましたが、進むに連れて、それも途切れだしました。

 そして海底の中に序々に幾何学的(きかがくてき)な真っ黒い巨大な建造物のようなものが視界に入ってきた。

 海底の中に目を()らして覗き込むと確かに、これが古代の遺跡なのか、信じられないほどの巨大な建造物のようなものが横たわっていた、こんなものを古代人に作れるのか?自然現象によりできたものではないのか、よくわからない、しかし短辺が百メートル程在るだろうか、長辺は大きすぎて分からない、そこに登っていくための階段に似たものが見えていた、脇に排水溝のような溝までもがついている。

 上辺(じょうへん)を見ると真平な面になっていた、人間の手でここまで平にできるのか、しかも古代人に、そこから垂直に降りた壁面、これはどう見ても人工的に加工されているとしか思えなかった。

 篠崎の友人は、あの石版を、確かこの辺りの側溝の中から見つけたはずだと言っていたので、神野や、助手達は、その辺りを探してみたが、特にはこれといってそれらしき物は見つからなかったのでした。

 別のグループは、全体像を調べていたが、巨大なこの遺跡は、四隅(よすみ)が同じような形をしていて、石版を見つけたと言うのは別の場所と間違えたのではと、思えました。また、そこに登っていく階段が同じように各辺に、いくつも付いていて、まるで同じ形をしていた。

 そして、南側の上辺の真ん中から幅二十メートル程の通路が南の方向に延々と伸びていました。

 此処まで大きいものとは神野も想像はしていなかったため、装備も日数も不十分だと判断を間違えた。今回は、概要の調査に留めることにしたのでした。

 神野は巨大遺跡を幾つかに区分して、次回の調査の対象とする場所を、特定する作業をすることにした。

 篠崎はそんな物より、海底の景色に見とれていました。

 そして一人、その遺跡から離れて、海底を散歩していると、面白い物を見つけました。

「これは何だろう?」

 まるでイギリスにある、ストーヘンジのようだな、円柱をした大きな石柱が等間隔に丸く輪のように立ち並んでいました。

 その周りを泳いで回ってみた、その石柱の高さは十メートルは十分あるようだ、一本の石柱の直径も一トルほどで、三メートルぐらいの間隔で三〇メートル程の円形に立ち並んでいた、おそらく何かの儀式に使われたものだろうと思ったのでした。

 よく見ると、周りに幾つも他に海草の中に同じような石柱が立ち並んでいたのでした。

 これも古代人が作ったものだろうか、篠崎は時計を見た、そろそろ酸素が切れる時間になっていた。

「そろそろ戻るか」と戻りかけようとしたときでした、ふと気になることが頭をよぎった。

「この立ち並ぶ石柱の先は、何処に伸びているんだろう?」そして振り返り、石柱が立ち並んでいる方向を見ると、確かに、先へと伸びていて、その先の、ゆれる海草の中に洞窟(どうくつ)らしき入り口が見えていた。

 あの中を見てみたいと思ったが、しかし、酸素のゲージを見ると針は赤いゾーンを指していた、まあいいかと、(あきら)めて戻る事にしたのでした。

 その夜、ホテルで神野達は、海底遺跡での調査の検討を始めた。

 模造紙に画かれた海底遺跡の見取り図を指差して、篠崎の友人が「確か、このあたりで、あの石版は見つけた。」と言っていた。

 するとその辺りを調べたグループが「しかし、その辺りはけっこう探しましたが何も無かった様でした。」

 また別のグループのメンバーが「あの遺跡は四隅が対照的で見間違えた可能性はないのか」と疑問を感じていた。

 そう言われてみると篠崎の友人も記憶があいまいになっていました。

 神野は次におこなう調査をどうするか考えていた。

 大人数(おおにんずう)で一気にやるか、しかし、それでは自分の目が届かなくなる分、見落としも多くなる事も考えた、それよりポイントを(しぼ)って少人数で行うか、この場合日数は掛かるかもしれないが確実だろうと「よし解った。ではこうしよう、石版の残りの破片、もしくはそれに類したものがありそうな場所を例えば潮の流れの()まり場とか、くぼみで物のたまりそうな所、幾つかポイントを(しぼ)り込もう、次回はそこを重点的に行いましょう」と方針を決めたのでした。







  2 信じられない展開に


 


 神野は東京に戻ってからも海底遺跡の調査で撮ってきたビデオを何度も見ていた。

 見れば見るほど、いったいこのとてつもない広さの上辺の平らな面が、何のために作られたのか、普通なら何かの祭事か神事のためだったのではと考えられるのだろうが古代にこれほどまで大きい代物が必要だったとは考えにくいが、いったい何のために作られたのか不思議であった。

 篠崎は海底から上がる直前に、目に飛び込んできた、あの洞窟のことが気になっていた。

 あの時に、少しでも調べておけばよかったのに?後悔の念が残っていた。

 しかし、あの状態では・・・・、とにかく、あの洞窟の中には何があったのだろうか気になっていた。

 もしかしたら、古代の偉い人のお墓だったりして、だとすると、あの洞窟の中には副葬品が必ずあるだろう、これは凄い発見になるかも知れないと、想像を膨らませていました。

 そして、翌年になり篠崎は早めに、二回目の調査の準備を始めていた。

 とにかく、あの海底遺跡がどのようなものなのか、知っておく必要があると感じ、その道では名の知られています、海洋考古学者の敷島教授の元へ、小笠原諸島まで訪ねて来たのでした。

「君か、私に話を聞きたいと連絡をしてきた学生は、こんな所まで来るとは、君も物好きな学生のようだな、それで、君名前は?」

篠崎真(しのざきまこと)と言います。専攻は物理学ですが、実はある海底遺跡で石板を見つけまして・・・・・」と咳払(せきばら)いをすると、此処(ここ)に尋ねてきた訳を話しました。

「教授は与那国島の海底遺跡はご存知かと思いますが」

「もちろんだが、与那国島の直ぐ近くにある海底遺跡なら何度か調査に行ったが、遺跡かどうかは、決定的な証拠がいまひとつだな」

「それでは、与那国島から六十キロ程東に向ったところに存在します、海底遺跡につきましてはご存知ですか」篠崎は聞いてみた。

 敷島教授は難しい表情をして考えると、気が付いたように「うん、あれか、ワシは行った事は無いが、その昔、与那国島の島民の竹城(たけしろ)と言ったか、彼がその遺跡について語ったのを聞いた事があるな、しかし島ではその遺跡について良からぬ言い伝えがあって、誰もその遺跡には寄り付かないと聞いたが」

 篠崎はカバンから数枚の写真を取り出すと、教授に見せた。「実は去年そこに行きました。」

「君はあそこに行ったのか」と敷島教授は驚いた。

 篠崎は説明をした。「これはその海底遺跡の写真です、見ていただけますか」と写真を教授に渡した。

 教授は受け取った写真をまじまじと見入っていた。「これは凄いな、まさに人工的に施工されている事がこの画像だけでも明らかだな、ここにいる人物の大きさから()(はか)っても百メートル単位の代物のようだな、巨大なものだ、これが島民が話していた遺跡か、驚いたな」

「教授、この遺跡はもともとは陸上にあったものだと思うのですが、いつ頃海底に()したのか推測はできませんか」

「うーん」それは難しい質問だと教授はうなった。

「その遺跡は琉球海溝の近くにあるようだが、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに沈み込むときに引きずり込まれたのか、地震で沈み込んだものか、しかし、写真を見る限り損傷(そんしょう)を受けた様子も感じられないし、地震で沈み込んだものとも思えない、ユーラシアプレートに引きずり込まれたとしたら二千万年以上はかかるだろう、そんな古い時代にこれを造れる人類もいるわけもないだろう、遺跡の存在はありえないな、ただこのあたりには、ムー大陸があったとする説も言われているが、どっちにしても謎だらけだ。」

「そうですか、年代の特定は難しいですか、分りました。」と篠崎は(うなず)いて納得をしました。

「しかし、何故、君はそんな事が知りたいのかね、君にとってよほど重要なことなのかね?わざわざこんな所までわしを尋ねて来るほどだからな」

「それほどでも、実は去年、遺跡に調査に行った場所から、以前友人が見つけた石版を持ち帰ったのでした、それを見ていただきたいと思いまして、持ってきてあります。」篠崎はカバンの中から布に(つつま)れたものを取り出すと。「これです。」と教授に見せた。

「なるほど、石版の一部か、黒曜石のようだが、うー、何だろう重いな?」敷島教授はシャープペンシルで(たた)いてみた「キンキン」

「これは黒曜石とは違うようだな、とても(かた)そうだし、何という石だろう、珍しいな」と表面の文字に目をやった。

「あー、この象形文字(しょうけいもじ)はフェニキア文字かカイダ文字のようだな、どっちにしてもやはり与那国島に関係があるのか?」

「そのフェニキア文字とはどのような文字なのですか?」篠崎は関心をしめした。

「フェニキア文字は八〇〇〇年程前に、地中海のシリア地域一帯が発祥の地だが、彼らは海洋商業民族のため、その痕跡(こんせき)は世界のいたる所に残っているようだな」

「それで、この文字は読めるのですか」篠崎は文字の意味が分かれば何か手がかりがつかめると思った。。

「もちろんだ、資料があれば」敷島教授の返事は期待ができるものでした。

 篠崎は笑顔になって「資料は此処にあるのですか?」

「いや、東京の私の大学の研究室だ。」教授は残念そうに頷いた。

「えー、ここでは解読は無理なのですか」篠崎は何とかならないものかと思った。。

「そうだな、此処では無理だな」教授はまた頷いた。

 篠崎はどうにもならないと思うと(あきら)めました。そして丁寧に礼を言うと東京に戻って行きました。


 次の週、篠崎は固体物理学(こたいぶつりがく)概論(がいろん)の講義を受けていた、講義終了後、講師に呼び止められました。

「おい、篠崎、今日は出てきたな、あー、そう言えばこの間の講義の日、おまえが休んだ日だ、可愛い女の子が二人も、おまえを探しに来てたぞ、何かちょっかい出したんじゃないのか?」

「えー、そんな、何もしていませんよ」篠崎にはまるで覚えがなかった。

「ほんとか、女の子だけは泣かすなよ」講師は(さと)すように言った。

「いえいえ、何もしていませんよ、思い当たらないし、何だろう?」篠崎は首を(かし)げた。

「分った、分った、とにかく次の講義は重要だぞ、休むなよ」と言うと講師は行ってしまった。

「はい」一体誰だろう、色々と思い返しても、篠崎にはまるで思い浮かばなかった。


 涼子や恵美子、たか子、加奈子、君江それに安子達は、いつものように生協の喫茶店にいました。

 涼子は残念そうに「ねえ、安子、その後、篠崎先輩はどうなったの、せっかく恵美子までつけたのに」

「そんな事言ったって、篠崎先輩ったら、小笠原に行っちゃって、戻ってこないんですもの、どうしようも無いでしょう」安子はそれでも何とかするつもりでいた。

 すると、たか子が「早くしないと、夏休みの予約、取れなくなっちゃうわよ、私はハワイだからいいけど」まるで他人事でした。

「まー、たか子ったら、げんきんね、お土産はチョコでいいは、チョコ」と君江が言うと、たか子が「解ったわよ」と、微笑むと、君江は嬉しそうに、はしゃいでいました。。

「確かに、予約が間に合わなくなっちゃうかもね、飛行機にも乗れなくなっちゃうかも、計画を練り直そうか」と君江が言い出しました。

 安子は落胆したように「沖縄が遠退(とおの)いて行くはー」

 すると、窓の外を篠崎が通りすぎて行きました。

「それを見つけた安子が「あ、沖縄が・・・」と叫んだ。

「えー」といって皆は窓の外に注目をしました。

 すると涼子が「安子、何が小笠原よ、先輩そこにいるじゃないの」

「だって、あの講師も先輩は小笠原に行ったと言ってたし」安子は信じられなかった。

「分ったわ、安子早く行って、早く早く、何しているの、恵美子も早く早く」

「えー、私もですか・・・」と恵美子が言い終わらないうちに、安子に手を引かれて(あわ)てて店を出て行きました。

 そして慌てて篠崎を追いかけました。

 やっと声を掛ける事が出来ました。「篠崎先輩」安子は満面の笑みを浮べて、警戒心を()ぐように、しかも親しげに呼びかけました。

 恵美子は見ず知らずの男性に声を掛けるなんて、とても恥ずかしくてそんなこと出来ないと思った。

 安子のこの辺りのテクニックは、恵美子にとって神業(かみわざ)に思えました、まさに天然に身に付いた、安子の脅威の落とし技なのだろうと分析をしていました。

 篠崎は自分の事なのかなっと、(うたぐ)りながら振り向いた。

 すると女性が二人、笑顔で自分を見ていた。

 恵美子はもう限界だと思うと、赤面をして下をむいてしまった。

 すると、篠崎は恵美子を見て、わー、可愛いな、ミスコンにでたらグランプリだと思った。

 そして思い出した。「あー、君たちか、講義の教室に尋ねて来たというのは」と、言うと。篠崎も笑顔になって「私に何か用事ですか?」と聞き返してきました。

「えへー」と安子は笑顔を見せると「篠崎先輩もお忙しいですね、小笠原には何でいらしたのですか?」と、いきなり尋ねると、篠崎も驚いて「えー、君たち、何でそんな事を知っているの」と、言うと、安子はそんな事には関心もなさそうに「それよりも、先輩、お時間取れますか」と強引にでも引き止めようと、思っていた。

 篠崎は腕時計を見て、次の講義まで時間があると思った。「多少でしたら大丈夫です。」

「ありがとうございます。」と、礼を言うと、いきなり自己紹介を始めました。

「私は梅原安子です、文学部三回生です。それで、この子は古木恵美子、同じく文学部で古典を勉強しているの」恵美子は肩をすくめて、小さく頭を下げて、礼をするのが精一杯でした。目を(つむ)って下を向いてしまった。できれば、この場を逃げ出したいと思っていました。

 その仕草に、篠崎は胸が締め付けられる思いがした。この気持ちは一体なんだろうと思った。

 そして慌てて篠崎も頭を下げた。

 安子は篠崎の心の起伏を感じると「モー」と、言って、強引に「ところで、篠崎先輩は今年の夏休みはどのように、お過ごしになられるのですか?」

 篠崎は、突然何を言い出すのかと思った。「それがどうかしましたか?」そんな事を聞いてどうするのかと思った。

 すると安子がじれったそうに「だからそれを教えてもらわないと戻れないのよ」と小声で言うと、篠崎が何のことなのかと「戻れない?」安子はまたじれったそうに「いいから教えてください」と篠崎を見据(みす)えた。

 篠崎は何故か恐縮してしまい「はー」と言って「今年の夏休みも調査で、また沖縄に行く予定ですけれど」

 安子は顔がほころんで「沖縄ですか、素晴らしいはね、でも、物性物理学と沖縄がどう関係があるのかしら」

「えー」意外に鋭い質問に篠崎は少しうろたえて「君たちに説明をしても、分らないと思うが」と首を(かし)げた。

 すると安子はあてずっぽうで「物性物理学といえば物理の理論の基礎を成すものでしょう、物質は分子から成り立っているはね、またその元素はあなた達の学んでいます基本よね、二年続けて沖縄に行くなんて、沖縄に何があるのかしら、新元素でも発見したのかしら」

 篠崎はまたしても驚いた。「君達は何故(なぜ)知っているんだ、まさか海底遺跡についても知っているのかい」

 安子は首を傾げて「海底遺跡?」また安子はかまを掛けてみることにしたのでした。

「ええ、知っているは」

 篠崎は驚いて「本当なの、参ったな」と、ため息を付いた。

 安子はその様子を見ていて、同じ沖縄に何年も行くなんて、その調査とやらは、順調ではない気がした「それで、今年は見つかるのですか?」

「さあ、どうだろう、どっちにしても、俺はあんなに遠いところには、できればいきたくはないんだよな」

「そんな、もったいないですは、沖縄といえば景色も南国ですし、見るところはたくさんあるし、海は綺麗だし、海底の美しさは、このあたりでは味はえられませんは」

 篠崎は頷いて「確かに、それは美しい所ですね、特に夜空の星は言葉では言えないほどですね」

「わー、素晴らしいは、ロマンチックだわね、ねえ、ねえ、ねえ、私達も何とかご一緒させていただけませんでしょうかしら」安子は強引に頼み込んでいました。

 恵美子は安子の強引さに、はらはらしていました。

 篠崎は困ってしまい「え、一緒にですか、参ったな、そう言われても、こまるな」

 すると恵美子が「安子、篠崎先輩もお困りのようですし、私達がご一緒ではきっとご迷惑だと思いますし、ご縁了したほうがいいようですね」

 篠崎は恵美子を見ていて、こんな子と一緒だったら、あのつまらない調査も楽しいだろうなと、一瞬思うと、つい口が滑ってしまった。「いや、そんなに迷惑でもありませんが」と言ってしまった。

 安子はその一言を聞き(のが)さなかった、すぐさま「あーら、そうですわよね、でしたら今年の夏休みはぜひともご一緒させていただきます。」

 篠崎はしまったと思った。「でも無理だと思いますよ、第一スキューバダイビングは出来るんですか」と、言うと、安子は笑って「もちろんですは」と自信ありげに笑顔で頷いて見せた。

 恵美子は不安になってきた。私はスキューバダイビングなんて出来ないしと、安子を見ると、直ぐに安子も察しが付いたのか「私もよ」と笑顔を見せました。

 篠崎は大変な理由をいくつも()げて、何とか(あきら)めさせようとするのですが「なんと言っても遠いいよ」

 安子は笑顔で「あたりまえでしょう、それは沖縄は遠いいですは」

 篠崎は口ごもって、ぼそっと「与那国はもっと遠いいのにな」と言うと、安子は聞きのがさなかったのでした。「与那国ね、大した事無いわ」と涼しい顔をして言いました。

 恵美子は小声で「安子、与那国島知っているの?」

「もちろん、知らないはよ」と、そんな事は今は二の次よ、と言わんばかりに、今大切な事は、とにかく先輩と沖縄へ行く事です、と思っていた。

 篠崎は仕切りと、危険な理由を並べていた。「それにその海底遺跡は海藻(かいそう)に埋もれていて危険だから」

「海藻に埋もれているなんて神秘的でその遺跡、何か財宝でも出てきそうね素晴らしいは、そんな景色見てみたいは」と安子は興奮してきました、そしてとうとう篠崎に止めを刺したのでした「篠崎先輩、そんな素晴らしい景色を是非案内していただきたいはね、ねーえ、恵美子」と恵美子に振ることで、恵美子がどうようした仕草を見せることで先輩はきっと何とかしてあげたいと思うはず、これで決まりね、と思ったのでした。

 案の定、恵美子は動揺(どうよう)して、えー、私、しゃべれないはと思いつつ、でも此処で安子に合槌(あいづち)を打たなければいけないと、表情は不自然な作り笑いを浮べて、そのくせ困った表情がかぶっていました、篠崎はその表情を見てしまった瞬間、何とかしてやらなければいけないと思う感情が()いてきた。

 そして恵美子が意を決して「ええ、是非素晴らしい景色を見せていただきたいと思います。」と言うのが精一杯でした。

 恵美子は胸がドキドキして直ぐにでも何処かに逃げ出したい思いで、唇を噛み、はにかんでしまった。

 その仕草を見るなり篠崎は一瞬思った。この子に、あの素晴らしい海底の景色を見せてあげたいと、そして自然に「案内いたしましょうか」と口からついて出てしまった。

 安子はしめたと、()みを浮べた。

 篠崎はまたしてもしまったと思ったが、もう遅かった。

 安子が嬉しそうに「ありがとうございます、是非お願いしたいと思うは、ねー、恵美子」

 恵美子は仕方なく、うつむいたまま「はい」と返事をしたのでした。

 そして安子は微笑んで「では、細かい打ち合わせにまた、お(うかが)いさせていただきたいと思いますね」と言うと恵美子の手を引いて、そそくさと行ってしまった。

 篠崎は呆気に取られて、あれ、俺は今、何を約束してしまったのだろうと、思い返していた。

 安子は顔全体に満面(まんめん)の笑みを浮べて、ニコニコして内心は、やった、やったは、と思いつつ、急いで皆が待っている喫茶店に戻って行ったのでした。


 安子は弾む声で「ねーえ、ねーえ、やったわ、夏休みの行くところは決定よ!篠崎先輩が、私達をロマンチックなサンゴ礁の海を案内してくれるそうよ」

 すると皆から歓声が上がり「安子、やったわね」

「でも、よくOKしてくれたわね」涼子は信じられない顔をしていた。

「最高の夏休みが過ごせそうね」と君江がはしゃいで「やったー」と叫んでいた。

 恵美子は意味が皆に正しく伝わっていない気がしていました。

 安子はコーヒーを飲みながら「ねえ、所で与那国島って何処にあるの、石垣島の近くなのかしら」とちょっと気になり皆に聞いてみた。

 すると、たか子が知ったかぶりをして「あたしのお父さん沖縄に何度か行ったけど、沖縄本島の近くに栗国島という島があるんですって、与那国島もきっと近くよ、だって栗国、与那国、似ているわよね、どっちにしてもハワイより近いよ、ハハハハ」

「それもそうね」と安子も気楽に考えていて納得していました。


 そして、男性メンバーと女性メンバーの打ち合わせの日がやって来ました。

「それでは、この度、海底遺跡の調査にご同行させていただきますことになりまして、ありがとうございます。まず、メンバーをご紹介させていただきます。。私は九条涼子、それに森君江、そしてご存知かと、梅原安子と古木恵美子です。

 私達四名、皆様のご旅行のご迷惑かと思いますが、先輩方の調査のお邪魔にならないようにいたしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。」

 すると、海底遺跡の調査に行くメンバーの一人でもある森下裕介(もりしたゆうすけ)がちょっと不満そうに「ご旅行と言いましても、私達は遊びに行く訳ではありませんよ」

 もう一人のメンバーの山岸一(やまぎしはじめ)は腕組みをしたまま頷いていた、そしてゆっくりと「うーん、そうだな、あそこは極めて危険だと思うよ、何かあった時どれだけあなたたちをサポートできるか分らないな」と正直な思いを言った。

 すると、それまで、腕組みをして、うつむいて聞いていた篠崎が、顔を上げ腕組みを解くといきなり「すまん」と頭を下げて「俺がいいかげんな返事をしてしまったために、皆に迷惑をかけることになってしまって」と森下と山岸に頭を下げた。

 そして、篠崎は涼子達を見ると「一緒に行くことにOKしてしまった事は、今さら撤回はしませんが、ただ、我々は南国の島に遊びに行くのではなく、海底にある遺跡を調査に行くのであって、あなた方のお相手をしていることはできませんよ」と、念を押すと涼子は頷いて「ごもっともです、海底の遺跡に行きましても、ご迷惑はお掛けいたしませんので、ご心配は要りませんは」

 森下が驚いて「えー、まさか、あなた達、海底遺跡までついてくると言うのですか」信じられない顔をして「それは危険だ、よしたほうがいいな」

 山岸も頷いて「そうだな、あの辺りの海底にはサメも回遊してくるし、エイも生息(せいそく)しているからな、あの辺りのエイの猛毒は牛をも倒すそうだし、それにスキューバダイビングになれていなくては、あの海底には(もぐ)れないだろう、何せ二十五メートル以上はあるだろうし、一つ間違えると肺に障害が出たり、潜水病にもなりかねない深さだからな」

 君江はそれを聞いて、少しびびって来た。

 しかし、恵美子はスキューバダイビングなんて出来ないし、もちろん自分はそんな所には行く事にはならないだろうと、落ち着きはらっていました。

 安子はあまりに落ち着いている恵美子を見て、ここは強気にならなくてはいけないと思った。

 そして「私達もなまじ、行くからには覚悟がありますは、それに石垣島では、あまりの美しさに、一週間海底に潜りっぱなしでしたは」

 涼子は安子の顔を見て、石垣島なんて行った覚えは無いけど、安子ったらいつ行ったのかしらと首を傾げた。

 すると篠崎は自分よりスキューバダイビングの経験はありそうだと思った。「分りました。そこまで経験があるのでしたら問題も無いでしょう、同行お願いします、ただし、もう一度念を押しますが、私達はあなた方に気を配る余裕は無いと思います。くれぐれも自分たちで用心してくださいね」とやはり心配な様子をのぞかせた。

 すると、涼子達は頷いて「分りました。」と、笑顔を見せたのでした。

「では、私達のメンバーを紹介しておきます。」と篠崎が指差して「彼は同級の森下裕介です、そして同じく山岸一です、その他に大学院生の神野准教授に助手が三名ほど加わる予定です。日程については、七月十日出発、現地には二週間ほど滞在する予定です。

 内容は毎日ただ海底に(もぐ)って遺跡を調査するだけです。君達にとって、それ程面白いとも思えないが、飽きたら別の目的地に変更するのは、かまいませんので、無理はしないで下さい」と篠崎はあくまで彼女達を気遣って言ったつもりだったのでしたが、逆に涼子達の感情に火を付けてしまったようでした。

「私達は、そんな()きっぽい性格ではありませんは、でも、無理だと思いましたらさっさと引き上げますので、お気使いなさらずとも、大丈夫です。」

 篠崎は失礼なことを言ってしまったかと思った。

「分りました。ではご同行こちらこそ、歓迎いたします。」男性たちも納得した様子でした。

 帰り際、森下と山岸は、何でこんな面倒くさいことになったのか、疑問に思った。

「おい、篠崎、どうしてこういうことになったんだ?」森下がため息をついた。

「何でって」篠崎にもどうしてこうなったのか、考えても、自分でもよく分らなかったのでした。

 ただ、篠崎の脳裏に鮮明に残っているのは、古木恵美子の困った時の、なんともやるせない表情でした。自分が何かをしてあげないといけないと思ったことは事実でした。

「何故だろう?」篠崎は首を傾げた。

 森下が、篠崎の顔を見て「おまえ、何でか分らないのか、アホか」と笑って「ハハハハハ、まあいいか、君江ちゃん、同じ森が付くし、親近感を感じるな」と頷いていた。

「なんだよ、その納得の仕方は、でも俺は性格がはっきりしないから、安子さんのようなはきはきした子はあこがれるな」と山岸が言うと、篠崎が真面目な顔をして「二人とも、いかれたんじゃないのか、俺は何にも感じていないがな、君達に言っておくが、恥ずかしいまねだけはするなよ」

 すると森下が信じられない顔をして「おまえ、あんな可愛い子たちが目の前にいて、何も感じないのか、おまえも健全な青年だったら少しは何か感じるだろう、でないとしたらおまえおかしいぞ?」

 篠崎は笑顔になって、「そんなことはないよ、だから気になる子はいるよ」

「ほんとかよだれだれだれ」森下がおちょくって言った。

 そして三人は大笑いをしました。

 すっかり日の落ちた夜空には、不気味に三日月が雲の中に飲み込まれて行きました。



 それから数日して、涼子、安子、たか子、加奈子、君江、そして恵美子はいつもの生協の喫茶店にいました。しかし、いつものはしゃいだ様子も無く、皆、深刻な表情をしていました。

 たか子が「そんな深刻な顔にならなくたって」と言うと、加奈子が合槌(あいづち)を打って「そうよ、篠崎先輩達と一緒に沖縄に行けるんですもの、それだけでも最高じゃないの」

 すると安子が力なく「あなた達二人はハワイに行くんだし、この重い気持ちは分らないわよ」

 すると今度は君江が「でも、安子はスキューバダイビングは出来るんでしょう、だって石垣島でやっていたんだし、私なんか底なし沼に落ちた感じよ」

 すると、気が重そうに安子が「嘘よ、石垣なんか行った事も無いわよ」

 君江が驚いて「えー、嘘なの、じゃー、スキューバダイビングは出来ないの、それはまずいわよ、私は安子から習おうかと思ったのに」

 君江は涼子を見て「まさか、涼子は出来るのよね」と念を押すように尋ねた。

 涼子も力なく君江を見ると「私も嘘よ、そんなの見たこともないわよ」

「えー、じゃあ誰も出来る人はいないの、どうするのよ」

 恵美子は初めから、スキューバダイビングなんか出来るなんて言っていないし、まして海底に(もぐ)る気も無かったため、気楽な物でした。恵美子の落ち着きはらっている様子を君江が見て、いつもの恵美子と違うと思った。「恵美子、あなたずいぶん落ち着いているけど、まさかスキューバダイビングをやった事があるんじゃないでしょうね?」と、言い出すしまつでした。

 恵美子はありえないはと思いながら「もちろんスキューバダイビングなんて・・・」と言いかけて、皆の顔を見たら、皆は真剣に恵美子の顔を(のぞ)き込んでいました。

 恵美子も皆の顔を見ながら引き気味に「・・・やったことはありません」と、言うと皆は期待をした自分がバカだったと言わんばかりに、ため息をついたり、がっかりしたりしていました。

「そうだわよね」と涼子は聞くまでもない事だったと力なくため息をついた。

 すると安子が思いついたように「今日は六月十日でしょう、出発まで、まだ、一ヶ月あるわよ、この間に習えばいいのよ、それにスキューバダイビングなんて、難しいことは無いわよ、だって芸能人なんか二~三時間習っただけで、サンゴの海の中を紹介なんかしているじゃない」

 君江が呆れて「バカね、あれは編集でそうなっているのよ、しかもダイビング中なんか代役がやっているにきまっているでしょう」

 すると涼子が立ち上がって「とにかく、どこかで練習しましょう、このままでは格好がつかないわ」

 すると突然思い出したように、今まで黙っていた加奈子が「あーそーだ、そう言えばおじさんが神宮で、スキューバダイビングのスクールをやっていたんだ」

「えー、なにそれ」そんな大事なこと早く思い出しなさいよと言わんばかりに安子は呆れた。

「こんな転回ありえないし」嬉しそうに君江が信じられない顔をしていた。

「この流れ、できすぎよ」涼子はこれで何とかなりそうだと思った。

「とにかく、加奈子のバカ」安子は強烈に言った。

「だって、忘れてたんだもん」加奈子は申し訳なさそうに笑っていた。

 全員ほっとすると大笑いをしだしました。「ワハハハハハハ」

 恵美子も嬉しそうに喜んで手を叩きながら他人事のように、でも私はスキューバダイビングなんてむりです・・・・・と思っていました。

 次の日からスキューバダイビングの特訓が始まりました。

 恵美子も他人事ではなくなり、強引に皆に特訓を押し付けられていました。

「私海に潜らないので」

「恵美子何バカ言っているの」

「行動は皆いっしょです。しっかりやりなさい」

「こんな重いものを付けて、私動けません」

「すぐになれるはよ、いい加減にしなさい」

 そして出発の日がやってきました。



「ディストラクション 壊滅」では思いがけないほどの方々が私のお話に来ていただきまして有難うございました。

感謝の気持ちから「ディストラクション 壊滅」のスピンオフのストーリーとしまして、古木恵美子の大学生の頃のまだ人見知りの激しい状況から次第に前向きに活発な生き方に成長していく姿を表現してみました。お楽しみいただければとおもいます。

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