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9話

 伯父様の元での稽古を終え、自宅に戻るとリリーから熱い抱擁を受け、私の気持ちは急上昇。アルフォード殿下の奇襲事件なんてどこかに飛んでいった。

 以前は一日の大半をリリーと過ごしていたけど、そこに剣の稽古と勉強が加わり、リリーと過ごす時間が激減。休憩時間にはリリー欠乏症に陥ると、リリーを探して屋敷内を徘徊するようになり、メノアさんに可哀想な目で見られるようになってしまった。

 確かに「リリー、リリー?」と名前を呼びながら彷徨いている様は、哀れまれても仕方ないかも。


 「こんなところに居たのね。お茶にしましょう、リリー」


 リリーは庭の花壇の前に座り込み、花を見ていた。私が話しかけるとゆっくり顔を上げ、力の抜けた声で私を呼んだ。


 「姉さまが頑張っているのはわかっています。でも、私はとてもさびしいのです……」

 「リリー……」


 私は服が汚れるのも気にせず、膝を着いてリリーを抱き締めた。「寂しい想いをさせてごめんね」と言いながらも、心の中では違うことを考えていた。寂しがっているリリー、激レア!どんな表情も可愛いわ!ああ、さすが私の――(以下略)!


 「そうだわ!リリー、一緒に何か育ててみない?」

 「一緒に育てる?ここにですか?」

 「そう!新しい花壇を作ってお花を育てるの。さっそくホブマンさんに相談しましょう!」


 その日の内に父さまの許可と、ホブマンさんの協力を得ることが出来た。お客様から見えない場所に、と言うことなので庭園の外れに花壇を作り、その隣に私専用の畑を作ることにした。


 「サラお嬢様、これは……」

 「畑です。苺の苗を植えようと思っています」


 農業を勉強するための小さな畑だが、さすがに野菜を植える訳にはいかなかった。公爵令嬢がガチの畑を作っていたら、ろくでもない噂しか流されない。しかし、苺なら野菜でありながらスイーツとして好まれる作物だ。誰も文句は言わないだろう。現にホブマンさんは「可愛らしいですね」と笑っている。


 それからは稽古の後に座学、その後リリーと植物のお世話が1日の流れになった。リリーも自分で育てている植物が、日々成長する様に喜んでいる。

 「このお花が咲いたら、姉さまにあげます!」と言われた日は感動で夜も眠れなかった。次の日の朝、私の顔を見たリリーが「目の下どうしたの?」と訊いてきたほどだ。



 二度目の伯父様宅訪問。ドキドキの試験も無事終わり、次の段階へと進むことが出来た。そして今回から魔法の授業が追加される。父さまは会ってからのお楽しみと言っていたけれど、魔法の授業にお楽しみはいらないです。


 「一月見ない間に随分と様になっていたな」


 昼食後、お茶を飲みながらエル伯父様とまったり中。私はお褒めの言葉に素直に頷いた。


 「毎日欠かさず剣を振りましたもの。伯父様にはまだまだ全然遠く及びませんが、いつかワイマールといい勝負が出来るくらいには強くなりたいです」


 ワイマールは義理とはいえさすが騎士団前団長の息子なだけあって、剣の腕前はかなりものもだ。今日の模擬試合でも年上を相手に勝利を収めていた。その強さは羨ましくもあり、悔しくもある。


 「サラが俺に勝つのは無理だろうな。まあ、せいぜい頑張ってくれ」

 「……ずいぶんと上からの物言いね。無理だなんて決めつけないでほしいわ。いつか私がその膝を地面に突かせてあげる」

 「それは楽しみだな」


 ギリッと歯を食いしばる私を面白そうに見ている。……ムカつくわ。本当にムカつく。特にそのにやついた笑顔が勘に触るわ。

 初会話から比べるとかなり親しい会話が出来るようになったと、自分でも感心してしまう。

 ワイマールはその生い立ちから貴族に不信感を抱いていて、貴族の筆頭である公爵令嬢の私にきつく当たってきた。仕方がないとはいえ、誰彼構わず咬み付くのは良くないわね。


 「そうだわ、魔法の先生について伯父様は何か聞いていませんか?」


 魔法の授業も伯父様の家でさせていただくことになっている。父さまも伯父様になら話しているはずだ。

 そう訊くと渋い表情で低く唸った。そんな伯父様も素敵。


 「う~ん。素性については問題ないが、魔法技術局の中でもとりわけ変人と名高い奴で、まともに会話が成り立つのはカーライルくらいだと言われている。しかしあれを副局長にするとは、魔法技術局の奴等は本当に変人揃いだな」


 嫌だわ。変人中の変人ってことでしょ?上手く対応出来る自信がないわ。……って、副局長!?


 「お、伯父様?魔法の先生は技術局の副局長なのですか!?」

 「ああ。確かカーライルの学友だったはずだ」


 さすが父さま、忘れがちだけれど知り合いは凄い方ばかりね。それにしても癖の強い変人の副局長か……。

 私はじっとワイマールに視線を送った。それに気付いたが、意地でも目を合わせようとしないワイマールに、負けじと見つめ続ける。結果、根負けしたのはワイマールだ。


 「……まさか、俺にも魔法の授業を受けろって言うんじゃないだろうな」

 「あら、良く分ったわね」

 「あれだけしつこく見られて分らない訳がないだろう!」


 だって、伯父様が認める変人なのよ?私一人で対応出来る自信がないんだもの。目の前に巻き込みやすい人間が居たら、巻き込むのが人の性ってものではなくて?

 「俺はエルディエス様のように剣に生きるんだ!」と取り付く島もない。伯父様は最初から剣を究めようとしたのではない、悲しいくらい魔法の才能が無かったので仕方なく剣を究めた。という話を本人から聞いたことがある。


 「はぁ。そんなに嫌ならしかたがないわ、大人しく諦めます。残念だけど、私だけ強くなってしまうのね。これではワイマールに膝を突かせる日もそう遠くないかしら。楽しみだわ」

 「分かった。俺も参加しよう!」


 ワイマールって意外と単純なのよね。でもこれで何かあった時に押し付けられるわ。


 

 夕方になったころ、待ちくたびれた私たちが庭先で伯父様から体術の指南を受けていると、馬車が入ってきた。

 「やっと来たか」伯父様が呟く。降りてきたのは背が高く、細身で色白の不健康そうな男性。眠いのか、充分に開いていない瞼は今にもくっ付きそう。


 「これはこれはエルディエス殿。お久しぶりですねぇ。貴方が騎士団を辞めて以来ですか?」

 「相変わらずだな。言っておくが、こうし顔を合わせて話すのは5年ぶりだ。お前はいつ行っても研究室に籠っているか、行方不明だったからな」


 「そうでしたか?」ととぼけている。

 どうしよう、苦手なタイプだわ。何を考えているのか読めない表情と声音。得体がしれない、それだけで身構えてしまう。

 胡散臭い人ね、と失礼なことを考えていると、ぐりんっと顔をこちらに向けられたので、思わず「ひぃ!?」と悲鳴を上げてしまった。


 「こちらがカーライルのご息女ですかぁ。ああ、良く似ていらっしゃいますねぇ。貴方ですね、魔法を教えてほしいというのは」


 あー吃驚した。ドキドキし過ぎて心臓が痛いわ。閉じかけていた目を開いて、いきなり顔を向けてくるんですもの。


 「失礼いたしました。カーライル・バーハードが長子、サラ・バーハードと申します。このたびは私の我儘を聞いて下さり、感謝いたします」


 努めて冷静に対応をする私を見て、「にたぁ」と笑った。ゾワッと肌が粟立つ。

 怖い、本当に怖いわ。助けて父さま!


 「そんなに畏まらなくても良いですよぉ。私はフェルです。師匠と呼んで下さい」

 「フェル様……?」

 「ええ。ただのフェルです。訳有って本名は捨てました。詮索は不要です。なので、師匠と呼んでください。そちらの小さな剣士もね」


 “小さな剣士”その言葉に引きまくっていたワイマールがムッとする。事実なのだから仕方ないのに、プライドが高いワイマールは気に食わないようだ。


 「ワイマール・グランドと申します。俺は無理やり貴方の教えを受けることになりました。どうぞよろしくお願いいたします」


 棘があるわよ、ワイマール。これから先も貴族として生きていくのならば、その生き方も学ばねばならないようね。前途多難だわ。


 「その反骨精神は良いですねぇ。将来が楽しみです」


 楽しみなんだ……。変人かぁ。上手くやっていけるかしら。


 「ところでエルディエス殿。サラ君の滞在中は私もこちらにお世話になりますね」


 「いや~。晩御飯が楽しみだ」そう言って師匠は勝手にグランド家に入って行ってしまった。慌てて追うと、ゲストルームで寝息を立てている師匠を発見。思わず伯父様を見る。


 「だから言っただろう。フェルは変人なんだ」


 いいえ、これは非常識と言うのです。こんな方と友人の父さまが心配だわ。同類と思われていなければ良いけれど……。

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