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6話

 リステリア領を抜けて街道に出ると王都に入る。そこから田舎道に入り森の中を進むと、広い敷地に出た。

 そこは住居とは思えない造りをしていて、馬屋に練兵場・弓場、さらには宿舎らしき建物まである。

 私が馬車から降りると屋敷のドアが勢い良く開き、中から熊の様な男性が出てきた。その人は私を見つけると駆け寄り、幼子をあやすように天高く抱き上げた。


 「サラ!良く来た。待ちわびたよ。ほら、可愛い顔を見せておくれ」


 10歳の私を軽々と抱き上げた熊の様なこの男性こそ、母さまの兄上であるエル伯父様だ。

 私はエル伯父様が大好きで、会えたときは傍を離れずくっついて回っていた。だが、今は動けず固まっている。なぜならば、怖いから。落とされることは無いと分かってはいるが、地面に足が着いていないというのは結構な恐怖だ。


 「何度言えばご理解いただけるのですか!閣下の馬鹿力で屋敷のドアは瀕死寸前です!」


 声のする方に目だけ向けると、伯父様の後ろには騎士団時代からの補佐官、クラリスさんが眉を吊り上げて怒っていた。


 「壊れたら直せば良いだけの話だ。サラとの再会に水を指すとは、さてはクラリス、妬いているのか?」

 「なっ!?変なことを言わないでください!それよりも閣下。サラ嬢のお顔の色が優れないようにお見受けしますが?」

 「おっ?ああ、すまなかったな、サラ」


 クラリスさんの一言で漸く地面に降り立つことので来た私は、若干の目眩を覚えながらも頭を下げ、お世話になる挨拶をすませることに成功した。

 今日から七日間、伯父様の家で剣術の稽古をつけてもらう約束になっている。頻繁に王都を離れられない伯父様に無茶を言って稽古をつけて貰うのだから、こちらから出向くのが道理。難色を示した父さまを丸め込むのは大変だったが、母さまの『カーライル様はお兄様を信用されていませんの……?』の言葉で許可を得た。

 母さまのあんなに怒った顔を初めて見たけれど、凄く怖かった。顔は笑っているのに静かに怒っている様は、その場にいた者を凍らせる威力を持っていた。背後に青い焔が見えたもの……。


 屋敷の中に案内され私が使う部屋へと案内された。そこは昔、母さまが使っていた部屋だった。

 東向の日当たりの良い部屋は、母さまと同じ優しい暖かさで包み込んでくれる。


 「閣下は本当にアンジェリカ様を大切されていて、この部屋も当時のままだそうです」

 「私が使っても良いのでしょうか?」

 「もちろんです。サラ嬢だからこそ使って欲しいのではないでしょうか。姪バカですからね、あの方は」


 あはは……、姪バカね。否定出来ないのが悲しいわ。


 荷物を置いて伯父様の元へ行くと、伯父様は訓練服に着替えていた。引退したとは思えない身体付きは健在で、威圧感でこちらの身が竦み上がってしまう。

私に気付いた伯父様はにかっと笑って手招きをした。先程までの威圧感は鳴りを潜め、私の知っている伯父様になる。


 「素敵なお部屋、ありがとうございます」


 近付き、そう言った私の頭を伯父様は優しく撫で、「気に入ったか」と訊いてきたので、素直に頷くと満足そうに笑った。


 「さて、剣の稽古だったな。今日は移動で疲れているだろうから、見学にしよう。そのままの格好でかまわない、皆にも紹介せねばならぬし、練兵場へ行こうか」

 「分かりました。よろしくお願いします」


 伯父様はまだまだ現役で騎士団長を勤めることが出来るにも関わらず、『上が何時までも居座っては下が育たん』と言ってあっさり辞めてしまった。爵位だって侯爵の位を賜っても良いくらいなのに、必要ないと断ってしまった。

 爵位はきっと貴族に馴れていないワイマールのため、いきなり重荷を背負わせないようにと考えての事だろう(私からしたら伯爵も充分重荷になる気がするけど)。

 引退については若者の育成が目的とされている。が、ここに他家の公爵家が難色を示す理由があった。

バーハード家にはすでに、王家と騎士団前団長で伯爵という後ろ楯がある。そこに騎士団前団長の育てた騎士団が非公式ながら存在するとなると、バーハード家は権力に加え、武力まで持つことになるのだ。他家の公爵家が嫌がるのも無理はない。


 「そう言えば、ワイマールはどこに居るのですか?」

 「ワイマーなら練兵場だ」

 

 え、あのワイマールが?考えが顔に出ていたのか、私の顔を見た伯父様は豪快に笑った。

 初めて会ったとき、ワイマールはがりがりに痩せ、覇気の無い顔で睨みつけるようにこちらを見ていた。何がそんなに憎いのか、暗い瞳をしていたのを覚えている。 

 練兵場に着くと剣の交わる音、指導する鋭い声が飛び交っていた。伯父様が足を踏み入れると、訓練を止めて皆が集まってきた。なんだが自分が酷く場違いな気がしてくる。

 注目が集まる中、一歩前に出た私は後退しそうになる足をその場に踏みとどまらせ、なんとか挨拶を無事終えた。たくさんの視線の中に、より一層冷たい視線を感じながら……。


 剣術の稽古は一月に一度、七日間伯父様に付いて学び、自宅に帰ってから教えられたことを反復練習し、次回伯父様の家に訪れた際に試験を受ける。それに合格したら次の段階へ進むという内容だ。

 稽古初日、エルディエス・グランド伯爵家の朝は早い。夜が明ける前に起き、夜明けとともに走り込みから始まる。


 「サラ、慣れるまではゆっくり着いて来れば良いんだぞ?」

 「いいえ、伯父様。私は剣を学ぶために来たのです。辛くともかまいません」


 昨夜、夕食の場でそう言ったものの、すでに周回遅れとなっていた。私は決して天才ではない。だた精神の成長が速いだけだ。しかもそれは前世の副産物でしかなく、成長すれば周りとの差なんか無くなる。

 ようやく走り終えると、他の方はすでに次の稽古へと移っていた。息が限界まで上がり、心臓が激しく脈打つ。


 「終わりましたか。……エルディエス様がお待ちです。屋敷に戻ってください」


 激しい呼吸にむせ、生理的な涙が出てくる。そんな私を無表情で見つめる一対の瞳……。ワイマールの瞳は2年前から変わっていない。


 「けほっ、けほっ……。わかりました、ありがとう」


 膝がガクガクして真っ直ぐ歩くことすら難しい。滴る汗を拭いながら覚束無い足取りで屋敷に向かって歩いていると、ワイマールの横を通りすぎた瞬間いきなり肘を掴まれた。

 驚きに目を丸くする私をよそに、ワイマールは冷たい瞳で睨んでいる。


 「貴族の道楽ならば今すぐ帰れ。うろちょろされると迷惑だ」


 その言い方にカチンと来た。道楽でこんなキツいことするか!

 私は少し高い顔に下からぐっと近付くと「サラよ」と迫った。意味が分からなかったのか、ワイマールは無表情にも関わらず困惑していた。


 「聞こえなかったの?私の名前はサラ・バーハード。貴方の従兄弟よ、ワイマール・グランド」


 まさか言い返されると思っていなかったのか、ワイマールは呆気に取られたように目を見開き、掴んでいた手を放した。

 無表情でも表情はあるらしい。我に還ったワイマールにぎっと睨まれた。


 「道楽ではないならなんだ。人生経験と言う名のお高くとまった貴族のお遊びか?」


 どうあっても絡みたいらしい。なんなの?かまってちゃんですか?私より歳上のくせにさびしんぼですか?


 「ワイマール、貴方の夢は何?」

 「は?いきなり何を……」

 「私の夢はね、バーハード家を継いで家族とリステリア領に住む人々を護ることなの。そのためにはどんな努力もしてみせるわ。剣術だって魔法だって勉強だって、なんだってする。そのくらい“爵位を継ぐ”ということには責任が伴うのよ。だから私のしていることは道楽じゃなく、覚悟を背負う準備をしているの。貴方だってそうでしょう?」


 そう訊くとワイマールはぐっと息を詰まらせ、黙ったまま練兵場へ歩いて行ってしまった。

 ワイマールに言ったことは全てが真実ではないが、全てが嘘と言うわけでもない。

 私の夢はリリーを護ること。そのために学ぶと決めた剣術と魔法は、いずれリステリア領の人々を護ることに繋がる。……だから嘘じゃないもの。突っ込みは無しでお願いしますわ。

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