5話
「父さま、お願いしたいことがございます」
「サラが私にお願いとは珍しいね、言ってみなさい」
「はい。私、先日のお茶会で自分はまだまだ未熟だと痛感いたしました。子供だからと甘えていては、将来父さまの跡を立派に継げません」
「……気持ちは嬉しいが、サラ。私は君に伸び伸びと成長して欲しいと思っているんだよ。そんなに気負う必要はない」
私だって気負いたくないですよ!でも私がやらなきゃリリーも、バーハード家も破滅まっしぐらなんです!
言いたい!本当のことをすっごく言いたい!でも言えないし、言ったところで信じてもらえるはずがない。いきなり『将来ヒロインが現れ、リリーが悪役にされて一家破滅します』なんて言われて信じる人が居たら見てみたい。居たら私はお医者様に診ていただくことを強くお勧めする。
「お心遣い感謝いたします。しかし、私自身のためなのです。立派な跡取りとして、将来バーハード家の皆を護るため、剣術と魔法、さまざまな知識を身に付けたいのです!父さま、協力してくださいませ!」
初めて見る鼻息の荒い娘を目の当たりにした父さまは、若干引いていた。うん、分る。そうなるよね。
だがここで父さまを懐柔できなければ『リリー破滅回避への道』が頓挫してしまう。それはヤバい。
「だ、だがなサラ。君は公爵家の令嬢なのだから護られる立場だろう。魔法はともかく、剣は、」
「関係ありません!健全なる精神は健全なる肉体に宿ると誰かが言っていました。お願いです父さま。私のこの我儘を聞いて下さったらこれから先、父さまの言うことはきちんと聞きますから!」
従うかどうかは別だけれどね。卑怯?なんとでも言ってくださいませ。私にとって大切なのは1にリリー、2にリリー。3・4もリリーで5もリリーです。シスコンでも妹バカでも好きに言ってくださいな。痛くも痒くもありません。だって事実ですもの。
父さまは眉間に皺を寄せ、深く考え込んでいた。時間にして一分にも満たないが、私にはとても長く感じられた。
「はぁ……分かった。サラがそこまで言うのならば何か考えがあってのことなんだろう。私も協力しよう」
「本当ですか!?」
思わず腰を浮かしそうになった私を、父さまは片手を上げ諫める。
あら、私としたことがはしたない。
「ただし条件がある。私が無理だと判断した場合、またはそう判断された場合は即座に中止してもらう。これが守れないのならば協力はできない」
「分かりました。無茶なことはいたしません。教えていただく先生の言うことには従うと約束いたします」
「よし。では満足するまで頑張りなさい」
「ありがとうございます、父さま!」
あー良かった。『私の乙女ゲームプレイ記録』に父さまの性格なんて書いていなかったから、断られることも覚悟していたんだよね。その時は自給自足の技術獲得のため、密かに農業や酪農の勉強をしようと考えていた。まあ、知識はいくらあっても困らないし、いつか勉強しておこう。
「魔法の教師は私の知り合いに頼んでみよう。だが、剣術はどうするつもりだい?」
「エル伯父さまに頼もうと思っています。ただ、王都住まいなので受けてくださるかどうか……」
「大丈夫だろう。エルディエス様がサラの頼みを断るとは思えないしね」
「そうだと良いのですが」
エルディエス伯父さまは母さまの母違いの兄で、歳が12離れている。歳の離れた妹が可愛くて、率先して子育てを行ったエル伯父さまは『子育ては充分経験した。結婚するつもりはない』と言って未だに独身。
しかし、伯爵の爵位をもつ身でもあるので、後継ぎとして養子を取った。それがワイマールだ。
2年前、いきなりワイマールを連れてバーハード家を訪れたエル伯父さまに紹介されて以来会っていない。出生も素性も分らないが、エル伯父さまに訊いたところ『拾った』と返答があった。犬猫じゃあるまいし、それは嘘だろうと思っていたが、どうやら本当らしい。豪快にも程がある。
「魔法の先生は父さまが紹介してくださるとおっしゃいましたが、どなた?」
「それはお楽しみだ」
何その良い笑顔。逆に怖いんですけど。
そんな話をした数日後、父さまがエル伯父さまと魔法の先生に出した書面の返事が届くより先に、呪いの手紙……じゃなかった、婚約申込書が届いた。私は『私の乙女ゲームプレイ記録』でギルビック様とリリーの婚約のことを事前に知っていたので、知らない振りをして驚くのは大変だった。もしかしたら女優になれるんじゃないかという自然な演技だったと自画自賛したい。
「リリーとギルビック様ならお年も丁度良いですし良縁ですね、父さま。……父さま?」
同意は返ってこなかった。代わりに神妙な表情で書面を読み返している。
「父さま、何か不都合でも?」
「……いや、まさかと思い何度も読み返したんだが、見間違いじゃないようだ。サラ、君にもアルフォード殿下から婚約の申込みが届いている」
「……は?」
いま、何と言った?サラ、つまり私にアルフォード様から、将来結婚しましょうとの申し込みが届いた、と?
「……はあっ!?」
ちょっと待ってほしい。姉ちゃんの『私の乙女ゲームプレイ記録』にそんな記述無かったよ?え、何これ呪い?私が前世で散々乙女ゲームとヒロインを馬鹿にした罰?私まで王子殿下と婚約なんかしちゃったら動けなくなっちゃうじゃない。そこまでしてリリーを破滅に追い込みたいの?この世界の神様ってそんなにリリーが嫌いなの?
……ふ、ふふっ。良いわよその喧嘩、買ってあげる。私を敵に回したこと、私をこの世界に呼んだことを後悔させてあげるわ!
おーっほっほっほっ!……ってこれじゃ私が悪役じゃないの。今はこんなこと考えてる場合じゃないのよ。しっかりしなきゃ。
「こほんっ。失礼しました。父さま、そのお話は断ってくださいませ」
「しかし……」
「私達姉妹が両殿下と婚約を結んでしまっては、バーハード家に力が集り過ぎてしまいます。ただでさえお祖父様やエル伯父様のことで他の公爵家から疎まれているというのに……。リリーとギルビック様との婚約は良いとしましても、私とアルフォード様との婚約は受けるべきではありません」
現陛下の従兄弟の父さまに、近衛騎士団前団長の伯父様。父さま自身もそれなりの役職についている我がバーハード家は、他の公爵家からはよく思われていない。
「サラの言うことも最もだが、アルフォード殿下が納得されるかどうか……」
「そんなの関係ありませんわ。殿下がダメならば陛下に仰ってくださいな」
父さまは「うーん……」と唸ると渋い顔をした。私は陛下にお会いしたことはないが、父さまは幼い頃からお祖父様に連れられて登城していたらしく、今でも親しくされているらしい。実際に見たことが無いので想像の域を出ないが、争い事の苦手な父さまのことだ、疎まれてはいないだろう。
「陛下を説得かぁ。出来るだろうか……。あの方は型破りな事が好きなお方だからなぁ」
面白そうだから君達婚約しちゃいなよ、とかいうノリの陛下?……そんな国主は嫌だ。
数日後、リリーとギルビック様との婚約が決定し、私とアルフォード様との婚約は不成立となった。この報告に私が一人部屋で小躍りしたことを誰も知らない。