3話
後ろから同意を得たことに驚いて振り返れば、先程までカナリア殿下といたはずのアルフォード殿下が、冷めた瞳で取り巻きを見ていた。
私は――なんて人に素を見せてしまったんだ――と大いに焦ったが、表面上は無理やり冷静を装った。いつ剥がれ落ちてもおかしくない張りぼての微笑み仮面を慌てて着ける。無いよりはマシ。
「まあ、アルフォード殿下。いつこちらへ?カナリア殿下とご一緒にいらっしゃらなくてよろしいんですか?」
「意味の無い挨拶だ。姉上が居れば充分だろう」
そういうものなのだろうか……。どちらにしても何でこっちに来た。早くどこかに行ってくれ!
アルフォード殿下は自然な動作で椅子を引き、私の隣に座った。それが合図かのようにサッと給仕が現れ、手早く準備をして下がった。
淹れられた紅茶に口を付け、クッキーを摘まむ。
「……甘いな」
「子供向けに作られていますから甘目なのでしょう。甘いものはお嫌いですか?」
「得意ではないな。……サラ・バーハードと言ったか。お前は甘いものは好きか?」
「えっとまあ、人並みに?」
「そうか」
答えを聞いたアルフォード殿下は満足そうに頷き、口直しとばかりに紅茶を飲んだ。一体何がしたいのでしょう……。さっぱり分らない。
先程から背中に嫌な汗を掻いているのが分かった。癒されたい、平静を取り戻したい!私の癒しの源はリリーを愛でること。さあ、私を癒して、リリー!
「リリー、美味しいわね」
「はい、とてもおいしいです!」
ああ、リリーの笑顔には本当に癒される。リリーは「お姉さまも!お口開けて?」と言いながらクッキーを一枚取って差し出してきた。残念ながら期待するその瞳に逆らう術を私は持たない。子供の特権、不作法バンザイ!
「ありがとう、リリー。とても美味しいわ」
「どういたしまして!」
うん、癒された。さすが私の――(以下略)!
「おい」
はい、何ですか!?王子といえど私とリリーの甘い時間を邪魔するなんて、馬に蹴られてしまいなさい!とは言えないので、再び張りぼての微笑み仮面を着けて顔を向けると、アルフォード殿下がずいっと腕を突き出していた。
最初あまりにも近距離だった為、何を持っているのか分らなかったが、良く見るとクッキーだ。もしかして、もしかしなくても私に食べろと?何?アルフォード殿下、真似っこ?
「えっと、アルフォード殿下……これは?」
「食べないのか?」
なぜ食べない。食べるのが自然だろうとでも言いたげな表情で見てくるので、観念した私は顔色を窺いながら恐る恐る食べた。
「美味いか?」
「はい、おいひいでふ」
飲み込む前に訊かれたからちゃんと喋れなかった。ちょっと恥ずかしい。
アルフォード殿下は私が飲み込むのを確認すると、再びクッキーを突き出した。なにやら無理やり肥え太らされる動物になった気分だ。律儀に食べる私も私だけど。
「あら、アルったらここに居たのね。挨拶の途中で抜けるなんていけない子」
3枚目のクッキーを口に入れたとき、幼子を叱るような声色でカナリア殿下がいらっしゃった。ギルビック殿下はやはりカナリア殿下のドレスの裾を握りしめ、窺うようにこちらを見ている。
大丈夫ですよ~。私、可愛い子には優しいですよ~。的な顔で笑いかけると、カナリア殿下の後ろに隠れ、またちょっと顔を出し、照れたように笑った。
ヤバい……。天使、天使がここにもいました!リリーに匹敵する可愛さです!
「姉上。あれは挨拶とは言いません。あんなのに丁寧に応えるなんて時間の無駄です」
「バカね。子は親を映す鏡と言うでしょう?家を見る良い機会なのよ」
いきなり現れたカナリア殿下はとんでもないことを仰った。穏やかな方だと思っていたけれど、実は結構怖い方なのかもしれない。
カナリア殿下がそういった目でここに集まった子供を見ていたのだとしたら、私は合格だったのだろうか……とてもじゃないが怖くて聞けない。
「充分見ました。だからサラのところに来たのです」
「まあ、ずいぶんと気に入ったのね」
「良かったわ~」なんて呑気に笑っていらっしやいますが、何気に呼び捨てにしましたね?まあ良いのですけど。初対面から数十分、アルフォード殿下距離の詰め方半端ない。
「サラ様の髪と瞳はリリー様とは違いますのね」
なぜか3人とも居座った。いや、言い方がおかしいのは重々承知しているが、私は平穏が大好物です。王族3人揃い踏みで平静でいられるはずがないでしょう?
リリーの隣にギルビック様、私の正面にカナリア様が座った。表面上はまったりな空気が出ているが、こちらは最難関の面接試験を受けている気分だ。方々から羨望の声や視線が凄いが、代われるものなら代わってあげたい。
「リリーは母似で、私は祖父の血が濃く出たようだと父が言っていました」
「そうなのですか。二人とも綺麗な色ね」
カナリア様は席に着くなり『今後、殿下という敬称を私達に使っても返事をしませんよ?』と穏やかに微笑みながら言った。困惑する私に救いの手はどこからも差し伸べられることはなく、考え抜いた末“様”という敬称で呼ばせていただくことにした。
リリーの髪はストロベリーブロンドにヘーゼルの瞳。私は茶色がかった金の髪に青灰色の瞳をしている。この国において金の髪と青い瞳は王家を示す色とされていた。
「王家の血が濃くとも関係ありませんわ。ねぇ、アル?」
「もちろんです」
二人の間で交わされる二人にしか分からない会話。置いてきぼりの私はお茶を飲むことで紛らわした。決して諦めた訳ではない。だってお茶会だし、お茶を飲むのは間違じゃないもの。
行きよりも時間の掛かった帰り道、リリーは疲れからか私の膝を枕にして寝てしまった。その髪を撫でながらカナリア様と最後にした会話を思い出していた。
『またいらしてくださいね。だって私達、親戚でお友達ですもの』やけ親戚を強調した言い方だったのが気にかかる。それにしても、いつの間に友人になっていたのだろう。