12話
その理由は当日明らかになった。
一旦、伯父様の家まで行き、グランド家の馬車で施設に向かうことになっていたのだが、敷地に入ったとたんリリーは、ベンッと両手を窓に叩きつけた。
「リリー駄目よ。危ないからきちんと座って」
注意するも私の声が聞こえないようだ。
……おかしいわね。いつもだったら素直に注意を受け入れるのに、と言うかこんなこと普段しないのに。
そう考えていると、ギリギリッと、歯を噛み締めるような声で呟いた。
「やっぱり来たわ。あのストーカー!!」
ストーカーとはつまり、アルフォード殿下のこと。“アレ”とか“ストーカー”とか、リリーの殿下への評価は下がる一方だ。
「運転手!来た道を全速力で戻って!!」
「え、いや、リリー!?落ち着いて」
相手をするの面倒だなぁ、とか考えている場合じゃなかった。
リリーは内窓を開けて御者に叫んでいる。
戻れと言われた御者は困惑した表情で私を見た。
「ごめんなさい。ちょっとここで止まって」
リリーを宥めるために馬車を止めてもらう。だって、今にも身を乗り出して御者に掴み掛かりそうなんだもの……。
「リリー、駄目よ、落ち着きなさい」
一言づつ強めに言い聞かせる。ようやく声が届いたようで、「ごめんなさい」と謝るが、どうしても降りたくない、というか、どうしても私を降ろしたくないようだった。
「もう決まったことだし、相手方にもお伺いすると連絡してしまったのだから、取り止めにすることは出来ないのよ」
「分かっています。行くのは良いのです。ただ!アレはダメです!置いていきましょう!!」
……もう、苦笑いしか出てこないわね。
合わない二人だと思っていたけれど、ここまでとは……。
ギルビック殿下との婚約が順調に成されれば、将来アルフォード殿下はリリーの義兄だ。
……どうしましょう、上手く行く気がしない。
遠い目をする私をよそに、「焼き滅ぼしてやろうかしら」と物騒なことを呟いていた。
止めて。それやったら、ヒロインが出てくる前に一家斬首になっちゃうから。破滅回避とか言ってる場合じゃなくなるから。
10歳を迎えた年、リリーも私と一緒に師匠の下で魔法を学び始めたが、『私も姉さまと一緒に剣術も学びたいです!』と言い出したときは必死で止めた。
リリーが引くくらい、形振り構わず止めた。令嬢らしからぬ状態だったと認めましょう。
しかし!後悔はしていません。私の天使に怪我一つ付けさせません。
と言うことで、リリーは魔法を学んでいる。その過程で、属性を確認した結果、ワイマールと同じ火属性だったこともあり、師匠の相性占いの信憑性が増した。
同じ属性の二人の相性は悪くない。むしろ“混ぜるな危険”だ。火と火が混ざると更に大きな火になるので、ある意味相性は良すぎるくらい。
ちなみに、私との相性はバッチリ。さすが姉妹。相思相愛だ。
そしてアルフォード殿下の属性は水……。
ええ、相性は最悪です。さすが師匠。
リリーを宥めていると、外から扉が開いた。
御者は様子を見ているので、御者が開けたわけではないのは明らかだ。と、言うことは……。
「サラ!遅いから迎えに来たぞ。ほら、手を取れ」
ええ、分かっていましたとも。ちょっと現実逃避していたんです。あーもー!またリリーに火が点くじゃないの!
バシッ!
……今何が起きたか説明致しますと、リリーがアルフォード殿下の手を払い落としました。
破滅フラグが立った。立ったのがクララだったら良かったのに。そしたらスタンディングオベーションで祝福するのに……。
「あら、殿下お怪我はありませんか?大きな虫が止まっていたので、つい払ってしまいましたわ」
(何勝手に姉さまに触ろうとしてんのよ、このストーカー野郎!!)
「……おや、リリアベルも居たのか。なに、気にするな。可愛い義妹のすることだ、何とも思わん」
(また邪魔をするか。俺とサラの仲を羨んでのことだろうが、義妹になるとはいえ俺のサラにべったりくっつくとは……腹立たしい!)
……なぜかしら、心の声が鮮明に聴こえる。嫌だわ。耳が悪くなったのかしら。
狭い馬車の中でバチバチやり合う二人に頭を抱えていた私に手を差し伸べたのは、アルフォード殿下の従者デイル様だった。
しかし、このデイル様も曲者……。
「アルフォード殿下、リリアベル様、いい加減になさってください。サラ様がお困りです」
ワイマール以上の無表情で淡々と注意するのは、ヒロインの運命の相手かもしれない殿下の乳兄弟のデイル様。
私はリリーさえ幸せになれば、攻略対象者がどうなろうが知ったこっちゃない。ヒロインと結ばれるも良し。独り身で過ごすも良し。好きにしたらいい。
「うるさいぞデイル。自分の婚約者を迎えに出向いて何が悪い」
いえ、私一度も受け入れたことありませんが?あなたの婚約者になった覚えなど無いです。勝手に捏造しないで欲しい。
アルフォード殿下は年々『私の乙女ゲームプレイ記録』からかけ離れている。
最近私の日記には“残念王子”の名称で綴られていた。
「大変!殿下がご乱心ですわ。デイル様、至急お医者様の手配を」
(いつ姉さまがアンタの婚約者になったのよ!)
「心配するな。私は正常だ。サラがいずれは私の妻になることは決まっているのだからな」
(いくら姉離れ出来ずとも、私の妻となれば手も足もでまい!いずれ私のものとなるのだ。悔しいだろう)
……あーあー!きーこーえーなーいーー!!
罵倒し合う心の声なんて、私聴こえませんわ。気のせいです。気のせいでないといけないのです。
無理矢理張り付けている令嬢の微笑み仮面が取れてしまいそうだ。
誰でもいいからどうにかして。……もういっそのこと殿下に素を見せてしまうのはどうかしら。知れば幻滅してくれる気がするわ。
……ダメだわ。そんなことしたらリリーに嫌われてしまうもの。リリーに嫌われたら生きていけないわ。
「いい加減になさってください、と申し上げたはずです。サラ様、施設へ伺う前にワイマール様と話し合いがあると聞いております。さあ、どうぞ」
デイル様は殿下の行動を強く諌め、私に手を差し出してきた。手を取るべきか悩んでいた私の横から、リリーが手を差し出し、デイル様の手をぎゅっと握る。
手を添えるだけでいいのに、わざわざ握るなんて……。しかも握り潰そうとしている。
リリーのシスコンは、相手が男性だと強く反応するみたい。アレルギーじゃないんだから……。
「……私はサラ様に手を取っていただきたかったのですが」
「まあ、気付きませんでしたわ。ごめんなさい、姉さま」
(気安く姉さまに触らないでよ!主人といい従者といい、本当にろくでもないわね)
もういい加減降りたんですけど……。