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プロポーズ






『そんなの僕は我慢できないよ。もう待てない。・・・・もう、待たない』




いつも穏やかな彼の表情が、見たことないほどに鋭く変わった。




『当麻美咲(とうま みさき)さん、僕と結婚してください』




クリスマスの装飾が煌びやかなホテルの、お気に入りの鉄板焼きのお店で、

いつもはカウンターなのに個室なんて予約してあったから、なんとなく、予感みたいなものはあったけれど・・・・


それは、付き合って一年になる恋人からのプロポーズだった。


彼の月収からは考えられないような立派な指輪を、まるで映画みたいに跪いて私に見せてくれる。


嬉しくないはずがない。


彼からの告白で付き合うようになった私達は、この一年、ケンカらしいケンカもなくて、少しずつ、関係を深めてきた。


その彼からのプロポーズなのだから・・・・・・



だからもちろん、私は頷いて、指輪を受け取った。


彼は心の底からホッとしたように微笑んで、立ち上がり、私を抱きしめてくれた。



そして、


『ありがとう・・・・・』


優しい、包み込むような声でそう囁いた。





私は、彼と結婚する――――――――――――――





たった今その約束を交わしたばかりだというのに、私の心には、小さな迷いが生じはじめていた。





本当に、それでいいのかと・・・・・・・











彼が私の所属する部署に配属されたのは、去年のことだった。

新入社員研修を終えたばかりの配属初日、部署内の女性社員が少女のように可愛らしく騒いでいたのを、よく覚えている。


それほどに、彼の見た目は印象的だったのだ。


よくもまあ、ここまで整った顔の一般人がいたものだと男性社員に揶揄されるのも納得するくらいに、彼の美貌は際立っていた。


それは、”イケメン” なんて言葉が失礼に感じてしまうほどだった。


そんな美貌の持ち主は、長身で、学歴も申し分なく、新人に許される範囲の上質なスーツを着こなし、身なりは清潔感に溢れていた。


そして女性社員の期待を裏切ることなく、仕事もできた。


配属されたばかりだというのに、上司達からは即戦力扱いを受けていたのだから、研修の時点で何らかの才は見出されていたのかもしれない。


おまけに人柄もよく、例え先輩社員から理不尽な注意を受けたとしても素直に謝り、頷くような態度を見せた。


とにかく、彼、榊原 湊(さかきばら みなと)は、どこまでも完璧な人間だったのだ。


そんな彼がモテないわけはなく、同期、先輩、社内社外問わず、ひっきりなしに誘いを受けていたようだった。

けれど彼はそのどれもに丁寧な断りを入れていたらしい。


やがて、もしかしたらゲイなんじゃないの?なんて、振られた女性の八つ当たり的な噂がささやかれるようになった頃、彼は、私の手を取った。



『当麻さんのことが好きなんですけど』


『・・・・・・・・なんで?私、榊原くんとそんなにしゃべったこともないよね?』



誰もいない非常階段の踊り場、突然の告白にときめくよりも驚いた私は、そのまま疑問をぶつけた。


『理由なんかありませんよ。だってほとんど一目惚れですから』


ちょっとだけ困ったようにはにかんだ彼は、それでも視線を外さずに告げた。


『いや、それこそなんで?だよ。私は榊原くんじゃないんだから、一目惚れなんてされるわけないもの。自分の容姿がどの程度かは把握してるつもりですからね。もし冗談か何かなら・・・』


私がちょっとおどけて先輩の余裕を見せようと試みたとき、ぐい、と腕を引かれて、気が付けば彼の腕の中に閉じ込められていた。



そしてその力強さに、はじめて、ドキリとしたのだった。




『僕の好きな人を、そんな風に言わないでください』


抱きしめられたまま、耳元で彼の声がした。


その囁きの甘さに、またドキリと胸が跳ねた。


『ちょ、ちょっと待って。ほら、ここは誰が来るか分からないんだから、職場でこういうことは・・・』


『じゃあ、職場以外の場所ならいいんですか?』


『なに少女漫画に出てくるようなセリフ言ってるのよ。いいわけないでしょ?ほら、早く離しなさいってば!』


心臓が飛び出しそうになっているくせに、”先輩” という立場が頭に残っていた私は、冷静なフリをした。


けれど―――――――――



『年下扱いしないでください』



それまでと打って変わって真剣な声で言われると、ビクリ、と体が竦んでしまった。


『当麻さんから見たら、僕なんて新卒のまだまだ学生が抜け切れてない甘ちゃんにしか見えないのかもしれませんけど、・・・・・本気なんです。本気で好きなんです』


ぎゅうっと、背中にまわった彼の腕に力が込められたのを感じた。


するともう、年上の余裕なんて取り繕うことはできず、私は『榊原くん・・・・』と呟くことしかできなかった。




そのときは返事を一旦保留にしてもらったものの、何かにつけて絡んでくる彼に、私の気持ちも次第に傾いていった。


そしてクリスマス、『プレゼントは何もいりません。そのかわりに、美咲さんの彼氏というポジションをください』と言われてしまえば、陥落するしかなかった。



彼の二度目の告白を受け入れたときの、全身から喜びを爆発させたような彼の笑顔は、今もはっきりとまぶたに焼き付いている。



それから、付き合いがはじまった。


けれどその付き合いは、二人だけの秘密にした。


人気者の彼と付き合うことで噂の的になることは分かり切っていたからだ。

彼も自分のモテ具合を理解していないわけではなく、万が一悪意に満ちた ”何か” で私が傷付いてはいけないと、二人の関係を隠すことには反対しなかった。


そして春がきて、新入社員に何度か言い寄られたりしながらも彼はよそ見することなく、順調に付き合いを続けていた。



変化の兆しがあったのは、私に昇進の話が舞い込んだときだった。


主任だった私を、上司が係長に推薦するということだった。


とりわけ出世欲がある方ではなかったが、同期の女性社員はまだ皆主任どまりだったので、素直に嬉しかった。

けれど、彼の反応はぎこちないものだった。



『係長って・・・・・・、それは・・・おめでとうって言いたいところだけど、昇進したら研修があるんだよね?』


一人暮らしの私の部屋で夕飯のパスタを前に、彼は複雑そうに表情を歪ませた。


『あ・・・・・・やだ、忘れてた。そうよ、研修があったのよね』


うちの会社では係長以上に昇進する場合は研修を受ける必要があり、それは自分が在籍しているところとは別の地方支社で実施されることが多かった。

通例でいくと、私の場合はおそらく関西方面に行くことになりそうだ。

期間は定められてはいないが、長くて数ヶ月といったところだろうか。


そのことをすっかり失念していた私に、彼は拗ねるような眼差しを向けてきた。


『美咲さんは、僕と離れても平気そうだものね』


『そんな言い方しないで。私だって・・』


『私だって?』


その先を求めるように、意地悪そうに尋ね返す彼。



”私だって離れたくない”



そう言いかけた私は、思わず言葉を飲み込んでしまった。


付き合っているのだから、これくらいのセリフ別におかしなものではない。

けれどそう言ってしまえば、彼を私に繋ぎ止めてしまいそうで、それが、少しだけ怖かったのだ。


どこか、自分が年上だということに対して後ろめたさを持っていたから。


まだ若い彼を、私なんかに縛り付けていてもいいのだろうかと、密かに悩んでいたから。


けれど私の知らないところで、そんな私の迷いが、ずっと彼を不安にさせていたらしい。


そしてその不安を爆発させた彼が、クリスマスにプロポーズを決行したのだった。




クリスマスデートだからお洒落して来てと言われて、連れて来られたのは私達二人のお気に入りのホテルの鉄板焼きのお店だった。


『今日は特別だから』


と個室に入り、食事が終わったところで彼が静かに話し出した。


『美咲さんが昇進するのは、本当に嬉しいよ。自分のこと以上に喜んでるし、そんな美咲さんを誇りに思う。でも、何カ月も離れ離れなんて僕は耐えられない。子供じみてると思われてもいい。美咲さんは離れてもちゃんと頑張れる人だと思うけど、僕は今の状態で美咲さんと離れてしまったら、きっと美咲さんのことが気になり過ぎて、仕事だって集中できないかもしれない。だからせめて、美咲さんは僕のものだって証明をください』


そこで言葉を切った彼は、ゆっくりと、私の前に跪いた。


『美咲さんがフリーだって知ったら、研修先で誰かに言い寄られるかもしれない。美咲さんはいつも否定するけど、本当に美咲さん、陰でモテてるんだから。落ち着いた物腰で愛想がよくて、結婚するならあんなタイプだって・・・・。美咲さんがよそ見するなんて考えられないけど、それでも、そんなの僕は我慢できないよ。もう待てない。・・・・もう、待たない。当麻美咲さん、僕と結婚してください』





彼からのプロポーズを受けた後、年が明けてから、私の実家に二人で挨拶しに行くことを決めたのだった。



けれど、やっぱり私の胸の中では、本当に彼と結婚してもいいのかという迷いを抱えたままだった。




十二歳も下の彼を、結婚という縛りで繋いでしまってもいいのか、




私には、分からなかった。




自信が、なかった・・・・・・・









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