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第2話 ⑤


 小さなテントのいくつかと、大きなテントが一つ。

 簡単だが、今夜の寝床もすぐにできた。


 平らな草地の真ん中に岩を組んでピットを作ってしまうと、やがてそこからは木の勢いよく爆ぜる音とともに、見上げるほどの高さにまで伸びる炎があたりを照らし出した。

 戦いのプロフェッショナルたちは、火の扱いまで上手いようだ。これほど立派な焚き火を油の力も借りずに簡単に作り上げてしまうなんて。


 

 ロイヤルガード隊の客人となったエリオは、彼らの設営作業をあっけにとられて眺めているだけだった。


 

 2本の材木の先端同士をボルトで締めて作った「く」の字型に自由に開閉することできるそれがテントの柱で、ひとつの簡易テントをつくるにはそれを二組、開閉部のほうを地面に打ち込んで、ボルトで締めてある同士を皮紐でまとめて幔幕を固定すれば、四角錐の小さなテントとなった。寝るだけなら、二人ぐらいは入れるだろう。


 大型のテントのほうは、二人がかりで担ぎこまれた丸太を真ん中にたて、数本の柱でそれを囲み、さらに鉄杭と太い綱で骨組みを補強してから、全体を幕で覆うのである。それでノラの村のエリオの家より大きなテントの完成。



 ひとつ、エリオに意外だったことがある。

 それは、荷馬車の御者やこのような資材の運搬、そしてキャンプの設営までの一切の雑事をロイヤルガード自らがこなすことだった。

 エリオの出会った一隊は、槍持ちや雑役をこなす従者の一人も引き連れない、純粋に騎士たちだけで構成されていたのだ。



「ああ、それかい?それは、我々が特別な任務についているからだよ。乳酒は飲むか?夜の森は冷えるから、少し飲むと体が温もる」

「隊長……」

「ん?なんだ、リージャ、もう彼だって16歳だと言うじゃないか。子供でもあるまいし酒のひとつぐらい――」

「そうではありません。任務のことは……」

「任務がどうした?」

「隊長が、声が大きすぎます!」


 焚き火の周りには兜を脱いだロイヤルガードたちが、見張り役を残して集まってきた。

 夜も暮れたばかり。寝るにはまだ早い。獣たちの跋扈するといわれる朧の森の中だったが、この屈強な戦士達の一団に手を出そうという命知らずは、おそらくいまい。


 だったら、ゆっくり楽しくやろうじゃないか。

 

 もとより森での野営を計算しての行軍。糧食の準備は怠りなかった。

 パンや飲み水はもちろんのこと、肉だって森に入る前の村で今朝絞めたばかりの鳥も仕入れてあるし、こうやって酒の準備もある。


 焚き火を囲む戦士達に混じって、まだ少し小さくなっているエリオへ、砕けた様子でクロンハート隊長は酒を勧めた。


 無精髭の伸びる頬だが、透き通るような白い肌の色や、いつもは穏やかな目元の様子、押し黙っていても微笑みの色の消えない口元。戦いを生業とするような人とはとても思えないたたずまいを見て、男性相手にふさわしい言葉かは分からないが、綺麗な人だと、エリオは思った。


 最初の出会いから、エリオはずっとこの隊長のそばにこうして居続けた。彼はなにかと親切にエリオの心配をしてくれた。

「はぁ……」

 隊長の勧める乳白色のその飲み物。実はあまりエリオは好きになれなかった。動物の乳で作ったその酒の匂いがとても鼻につくからである。

 しかし、言われて飲んでみると、これにはそんな匂いがまったくなくて、ほのかに甘みもあった。そのかわり、喉を付く刺激からして相当にきつい酒だろうと思われる。


「これ、ぜんぜん臭くなくて、おいしい」

「乳酒が臭いというのは、あまりいいものを飲んでいないからだろ?これは、このあたりで手に入る最高のやつだ。気に入ったらもっといくか?さあ、今夜は冷えるだろ、みんなもゆっくりと飲むといい。ささやかだが、一応の任務の成功の祝いだ。ここなら、誰もこないから気兼ねなくやれる。――?ん?リージャ。お前はさっきから何か言いたそうにしてるが、なんなんだ?」

「ですから、隊長、任務のことを話すのは、適切ではないかと……」


 様子からすると、クロンハートの副官らしい3本剣紋章の男、リージャが声を潜めてクロンハートに意見をしているのだが、それがすぐ隣のエリオにだってほとんど丸聞こえだ。どうも、自分に聞かせてはいけない話だろうと思うので、エリオはなんとか聞いていないふりだけはしていたが。



「構わんだろ。どうせ緘口令を敷いても、あの村の者たちがみな律儀に言いつけを守るとも思えん――」

 エリオの隣で終始機嫌のよかったクロンハートが、急に真顔になってそう呟いた。

「――我々が到着していたときに、すでに噂は広がっていたのだ。いずれ何らかの形で人の口に上るのは間違いのないことだ」

「そうですが……」

 リージャは納得しかねるようにして、眉をひそめた。


「エリオ。君は『竜の夜』のことを聞いたことがあるかい?」

 両手にもった木の器からなめるようにして乳酒を飲むエリオにクロンハートが問いかけた。

「はい。竜が落ちてきたっていうことぐらいですけど」

「なら、探索隊の話を聞いたことは?」

「『ドラゴン探索隊』ですか?」

「そら見ろ!リージャ!この少年だって我々の噂をもう知っているんだ!隠したところで、もうユトラント中に話は広まっているだろうさ!」


 クロンハートが急に大声を出すものだから、火の周りで一心にノガモの丸焼きに喰らいついていた者たちも一斉に手を止めた。


「エリオ!君はその話をどこで聞いた?」

「どこって、言いましても……」

「隠さずに教えて欲しい」

 リージャが勢いこんで聞くのがエリオにはおかしかたった。噂の出所なんて彼にもわかりはしない。

「そんなの、もうずっと前から、村のみんなが言ってたことですから、どこから出てきたなんて僕にはわかりません」

「で、探索隊がどうなったと皆は言っている?」

「その先は分かりません。探索隊がどこかを探しているってことまでです」

「そうか、そこまでか……」

 リージャが、少しだけほっとしたような様子で岩の上に座りなおして、チーズの欠片をかじった。すると、再び、陽気そうな表情に変わっていたクロンハートがこんなことを言い出したものだから、リージャは隣で飲み干した酒を噴出しそうになるのだった。

 

「どうなったか知りたくないか?」


「隊長!!いくらなんでも、そこまでは!」

「いいじゃないかっ!どうせ、その先まで噂は立つに違いない。どんな尾ひれがつくかもわからないし、つまらないでっち上げを耳にするぐらいなら、本当のことを教えておいてもいいだろ?。おい!棺はまだ荷馬車か?ならば早く、我々のテントに運び込め」


 隊長の言葉に、二人の隊員が立ち上がった。

「君にいいものをお見せしよう。ただし、約束できるね。このことは誰にも話さないと」

 まるで年の離れた弟にでも話しかけるみたいにして、やさしく微笑むクロンハート。

 エリオはだまってうなづいた。



 やがて、さきほどの隊長の言葉にあった「棺」なるものがエリオの目の前に運ばれて足元におかれた。

 見れば、ただの長細い木の箱だった。「棺」を想像させるような装飾も何もない、衣服でもしまいこんでおくためのただの長持といった真四角な箱である。

 だだし、普通の棺よりもサイズがちょっと大きいようだ。

 この大きさの棺が必要な人間?それは、今こうして一緒に焚き火を囲んでいるロイヤルガードたちの誰よりも、背丈がありそうだが、そんな人にエリオは出会ったことはなかった。


「開けてみよ」

 クロンハートの言葉に不満そうな様子を見せるリージャだったが、もうなにも言わずに黙ってその様子を見ていた。


 『棺』の上蓋が二人の兵士によって持ち上げられると、そこにはその箱にちょうどぴったりと収まるようにして寝る、人の形をした像が横たわっていた。



「エリオ。これが『竜』だ」


 クロンハートがそう紹介するのだが、エリオにはこれがとうてい竜とは思えなかった。伝説では、四本足だったり、八本足だったり、あるいは蛇のように長細い形をしていたりするはず。なのに、目の前に横たわる像は、見た目こそ厳しい姿に見えたが、それは甲冑姿の武者にしか見えなかった。

 首の上には、牙をむき出して不気味に睨む、怒りの形相をした顔が見えるが、これも彫金細工をほどこした兜を被っているだけと見えなくもない。


「……竜、ですか?」

 エリオが納得でない様子で返事をすると、隊長が笑いながら聞き返した。

「じゃあ、君には何と見える?」

「どこかの神様みたいに見えます」

「ハハハ!おい、バディ、君と同じこと言ったな!彼は」

「いえ、私は、悪魔の像と申しましたが、神の像とは申しておりません」

「あ、そうか、そうだったかな?……エリオ、君にはこの恐ろしい姿をした像が神に見えるか?」

 エリオと出会ってから、ずっと上機嫌のクロンハートだった。

 ずっと引き込まれるようにこの像を見つめるエリオ。クロンハートは恐ろしいといったが、エリオにはその厳しい表情に、恐怖より威厳を感じていた。

 不思議なのは、カッと見開いた目に異様な輝きが見えるが、どんなに覗き込んでも、なぜ光っているのかわからない。

 水晶の玉でも入っているのかと思ったがそんなものはどう見てもなさそうだ。まるでじっと睨まれているようなのだ。


 最初はただの像だと思ったが、見れば見るほど、生きているような気がしてきた。


 その表面の色も変わっていた。

 夜の闇の中、焚き火の明かりを頼りに見た限りでは、かなり暗い色をしている。ただし漆黒というよりは、ちょうどこの森の茂みのようにやや緑ががかっているように見えた。

 不思議なことに、その色合いは常に微かな揺らぎとともに変化しているようだった。

 ちょうど油の膜に全身が包まれているかのように。


今日中に、続きを。

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