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第1話 旅立ち~”竜の夜”にはじまる~ ①

 皇国暦491年は、ウェスタニア皇国にとって特別な年となるはずだった。


 「皇国のバラ」とうたわれ、国民からも慕われる国皇の一人娘、皇太女アレクシアが新郎を迎える祝宴の年だったからである。

 都では、その婚礼にあわせ、大規模な造営工事が着手されていた。


 婚礼のときの大掛かりなパレードのために、首都街道の年季の入った石畳の拡張と整備。

 また若い皇太女夫婦のためには離宮も新たにしつらえるように取り計らい。

 国民へ新劇場と闘技場をプレゼントして、お祭り気分に更なる花を添えることも怠るはずはない。

 そして挙式のための新しい神殿の建設……。



 とは言ってもそれは国皇のお膝元、華やかな都での話。


 雨の少ない土地を耕すことと、痩せた牛馬の牧畜を頼りにして暮らす、ここノラという名の小さな村からするとまるで別世界のことだった。


 

「エリオ、お前忘れ物はないんだろうな?一旦村を出たら、畑仕事の鍬や鎌を取りにもどるみたいな訳にはいかないぞ」

「わかってるよ」

「お前ももう16だ。普通、世間じゃ立派な大人だというのに、いつまでも背はちっちゃいチビだし、頭のほうもぼうっとしているんだ」


 隣を歩く父親がそう言って顔をしかめた。言われたエリオは、どうしてこの人はいつも愚痴ばっかりなんだろうと唇を尖らせて見上げずに居られなかった。




 仕事が無い日は昼間からでも飲んでいるような父だった。

 今日は息子さんの見送りに行ってやりなよ、と気遣う雇い主からすこし早い暇をもらったその足で一杯ひっかけたあと、こうしてやってきたなということは、酒臭い息を嗅がなくてもすぐわかった。

 だらしなく伸ばしっぱなしの無精ひげには、もう白いものが目立ってきていた。普通ならまだ早いはずなのに。



 エリオがフッとため息をつきながら、手に持っていたバック、というより、頭陀袋とでもいったようなシミの目立つ大きな袋を肩に掛けかえたときである。


 道に身をうねらせて落ちていた、荷駄用麻縄の切れっ端に足をひっかけてしまい、彼はみっともなく2、3歩よろけた。古着みたいな着物しか詰め込んでない袋が肩で揺れるのに振り回され、思わずこけそうになるエリオだった。



「ほら見ろ!お前なんてそんな袋一つまともに持てないチビだから、どこに行っても一人前の仕事もできねえんだ。」

「違うよ。あれはあそこに落ちてたロープに足を引っ掛けて……」

「あんなもんを足に引っ掛けるだけでも充分間抜けだって言ってんだ!」



 これ以上口答えしても無駄だということはエリオも承知しているので、彼は黙った。

 しかし、オヤジのほうは説教の一つでもしないのが気に食わないらしい


「もう16だぞ?わかってるのか?この前もおまえは、お門違いもいいところだって言うのに、傭兵の試験を受けに行って門前払い食らっちまうし。受かるとでも思ったか?このバカが!それでも向こうの隊長さんが可愛そうに思って『飯炊きになら雇ってやってもいいぞ』というのを、身の程知らずもいいことにそれを断って帰ってきやがった!お前みたいなチビを雇ってくれるというだけでありがたい話じゃないか?それをバカが」


 ここのところ何度も聞かされた例のお小言が始まった、とエリオは密かに眉をしかめた。



 実の父親から「チビ」と言われているのはただの愛称ではなかった。

 事実、背格好は人一倍小さかったのだ。

 だから、知らない人が後ろ姿をみると、その少し華奢な体つきのせいもあって女の子と思われることもあった。


 ただ、力はちゃんとあるし、父が言うほどぼんやりしているはずはない……と、エリオは密かに思っていた。




 こんな農村の若者が見る夢と言ったら、一番はなんと言っても傭兵。

 危険と隣り合わせだが、手柄次第で、金も出世も思うまま。

 この村を出て傭兵となった若者が、大きな袋一杯の金貨を抱えて帰ってきた姿をエリオも目にしていた。

 そして、そんな勇敢な戦士の帰還の後には、彼の両親の住む家が随分立派なものに変わるのだった。


 自分にだってそれぐらいのことは親父にして上げられるんじゃないか?と密かに夢だけは見ていた。




 16歳をもって成人とするこのあたりでは、その歳になればいつまでも親のすねかじりは許されないもの。

 庶民でも経済に余裕があれば上級学校への進学もあるだろうが、このあたりの農家の倅にそんな贅沢は無理な話。

 しかも、エリオは農家の倅でもない。もっと貧しい家の一人息子なのだ。


 それは自分の土地を持たずに他人の農地の耕作を手伝ってその日の糧をなんとか得ている、というこの村でももっとも貧しい部類の小作人である。

 だから、一人息子の晴れの旅立ちだというのに、父親に用意できた衣装は、いつも果実の収穫のときに着ていた裾の綻んだズボンと、破れあとの穴があんまり目立たない古着のチョッキというものだった。

 それも、村の子供のお下がりをもらってエリオに着せていたのだ。



 そんなエリオがこうして皇都へ一人旅に出ようとしているのには訳があった。

 ある日皇国の都エストスに出稼ぎに出ていた従兄弟から手紙が送られてきた。

 読んでみると、最初は傭兵試験に落ちた自分への慰めの言葉があると思ったら、酒場で飲むメルティーワインがうまいとか、しかし朝に出てくる堅焼きパンはまずいだとか、支離滅裂なことが書いてあった最後に


――オディール叔父さんから、お前の仕事の世話をしてやってくれないか?って言われてたことだけどな。うちの鍛冶屋の親方に話をしたら、雇ってやってもいいって言ってたぞ。鍛冶屋が嫌でも、今この皇都は、レンガ職人やら大工やらがとんでもなく大忙しだから、お前がその気になれば、こちらでいくらでも職はあるよ――


 ということが書いてあった。

 


 ここまで読んでエリオは初めて、父が自分の心配をしていたことを知る。

 母が亡くなってからは長い間、エリオの存在がただの重荷だと言いたげなことが度々あった父親オディールであった。


 それはさておき、実際、従兄弟の手紙にあるとおり、皇都エストスで行われている大規模な建築工事のおかげで、大工や石工、レンガ職人、そして鍛冶屋などは引く手あまたであった。

 

 傭兵の試験にも落ちて、村に居てもこれといって仕事のないエリオには断る理由もなかった。乗り気ではないがしょうがなく村を出ることに決めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「エリオ、陸艇の出発まで、時間は大丈夫なのか?」

「うん、出発のときには護衛の吹くラッパの演奏があって、それが3度鳴るまでは車は出ないから大丈夫だよ」



 降れば降ったでひどいヌカルミをつくる村の道だったが、乾けば今度はこうやってエリオが新たな旅立ちの緊張と不安からか、足で地面を擦るように歩くたびにひどい土ぼこりを上げるのだ。


 田舎の砂利道はゆったりとしている。

 というのもこのあたりでは家というのは、道路より田畑のそばに立っているものだから道端には雑草の茂み以外はなにもない。家と言っても、ヒビの目立つ土壁に小さな藁葺き屋根の小屋がまばらに散らばっているのが見えるばかり。


 道を歩いても、アヒルか放し飼いの犬とはすれ違うが、人間なんて見渡しても影も見えなかった。

 そんな中を互いに言葉も少ない父子が歩いた。




 やがて、瓦葺屋根を乗せた化粧塗りの家々の集落にさしかかる。その辺は村でも少しは裕福な人たちの家である。たとえばエリオの父のオディールがいつも仕事をもらっているような。

 そこを抜ければ、村の中央へと出てくる。

 


 中央と言うが、実はここ、街道脇にある村の外れだった。

 なぜここが中央かというと、周りよりは小マシな白い漆喰壁をした2階建ての屋敷があって、それが村長の家だからである。


 村長はそこで、村でもっとも多くの牛の世話をするついでに、皇国の伝令のための替え馬の世話をして、手紙などの受け渡しの役目もこなしていた。暮らし向きはこのあたりの村民とあまり変わりのないものだ。

 奥さんは、一階の一角で旅人相手の料理屋をやっているが、評判はいまひとつで客の姿は少ない。

 宿屋もないような村だった。

 泊まるなら一つ先か、手前でストップ。この辺で夜を迎えたら、牛小屋にもぐりこむ覚悟をきめないといけない。


 狼やコヨーテが旅人の脅威になるのはよくある話かもしれないが、野生化してしまうと、ただの犬ですら人にとって充分脅威である。

 死にたくなければ安易な野宿は慎むべきなのが、このあたりの長寛とした草原地帯の本当の姿である。


続きは今晩中に上げます。


ストックがあるので当面は毎日更新ができると思います。

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